〜本音〜
point of view 梓
さっくんの質問は正直怖かった。
私の心の中を見透かされてるようだった。
確かにさっきまでネガティブだったけど、顔には出ていなかったはずなのに。
2人に聞こえそうな程に心臓が高鳴り、無数の小さな針が突き刺さってくる。
「何も無いけど…どうして?」
動揺を悟られないようにポーカーフェイスで質問を返す。
「あー、いや。なんとなくだけど、いつもと違うなって思ったんだ。ちょっとだけ元気ないなって」
「あっ! もしかしてさっき話してたやつですか? 親友や幼馴染はいつも通りの対応をしてても、怒ってるとか調子悪いとかの変化がなんとなくわかるやつ!」
「そうそう、それ。めちゃくちゃタイムリーだけど、今、梓からそれを感じたんだ」
そんな「なんとなく」で見破られるなんて思わなかった。
でも確かに、私もさっくんからその感覚を感じたことは沢山ある。
でも、なんでこんなタイミングで――
その時、勢いよくドアが開け放たれる。
「おっす、お待たせー! 飲み物買ってきたぜ!」
「おつかれ、大輝、長谷川」
5人分の飲み物を持った大輝と樹里ちゃんが帰ってきた。さっくんが2人に声をかける。
「えーと、俺がサイダーで時野がお茶、梓がオレンジジュースだったな」
大輝がそう言いながら葵ちゃんと私に飲み物を渡してくれた。
「ありがとうございます!」
「あ、ありがと…」
「いいってことよ!」
ニッと笑う大輝を見て少し安心感を得る。大丈夫、いつも通りだ。
「能登先輩! コーラですよ!」
「おお、ありがとな、長谷川」
そんな何気ない会話が気になってしまい2人の方を見る。
そこには嬉しそうに、そして少し照れくさそうに頬を赤らめるさっくんと樹里ちゃん。
ドクン、ドクンと心臓が叫び出した。
この動悸の原因は間違いなくこの2人だろう。
でもどうして、2人が話すだけでこんなにも苦しいのか。それが不思議でたまらない。
まるで心臓を握られたかのように痛み出す。
「ハァッ…ハァッ…」
走り回ったわけでもないのに、突然息が切れ始めたと思えば、眩暈が起こりたまらずその場にしゃがみこんでしまう。
「梓!?」
さっくんと大輝が私を見て慌てて駆け寄ってきた。突然のことで戸惑いを隠せない後輩2人も遅れて近づいてきてくれる。
……優しいなぁ。身体はとても苦しいのに少しだけ嬉しくなってしまう。
「大丈夫か? 立てそうか?」
「汗がすごいし、貧血かな。とりあえず保健室に行こう。俺がおぶってやるよ」
大輝がそう言うと私を軽々とおんぶする。
いつもはお調子者で馬鹿なやつだけど、今はとても頼もしくてかっこよく感じてしまう。背中もこんなに広いんだね。
そんな私達の隣をさっくんが心配そうな顔をして歩いている。
ふと、さっくんにおんぶして欲しかったなんて無意識に考えてしまう。でも今私が身体を預けているのは大輝だ。
ちょっと複雑な気分。
ああ、もう。
自分自身を誤魔化しきれないや。
幼馴染だからって、ずっと気付かないふりをしていたけど、
私はずっと前から、
さっくんのことをーー。
***
point of view 大輝
「梓、大丈夫か?」
「うん、ごめんね、迷惑かけちゃって」
困ったように笑う梓を見ると、少しだけ苦しい。
儚げなその表情の裏には、俺の想像も出来ないような悲しみを抱えていそうな、そんな顔だ。
ここは保健室。だが、俺達が来た時は誰もいなかった。
念の為、梓の状態を見てもらおうと、朔夜と長谷川が職員室へ行き保健の先生を探しに行った。
今ここにいるのは俺と梓、そして葵ちゃんの3人だ。
葵ちゃんは何も言わずに、ただ梓に寄り添っているだけだ。彼女なりの優しさなのだろう。
いつも馬鹿みたいにふざけ合っている梓が、こんなにも弱々しくなってしまうと調子が狂う。こんな時、お前ならなんて声をかけるんだよ、朔夜。
悶々と悩んでいると梓がゆっくりと話し出す。
「さっくんがさ、よく言ってるじゃない? "いつも通りが好き"って。私もその意見には賛成…というか同意見なんだ。いつも通り私とさっくんと大輝とでくだらない話をして、ふざけ合って笑いあって。そんな毎日がとても大切なんだ」
――それは、俺だって同じだよ。
「そして進級してさ、今みたいに樹里ちゃんと葵ちゃんが加わって一緒に勉強して。……テスト期間がこんなに楽しいだなんてびっくりだよね。クラスのみんなは憂鬱みたいで勉強嫌だとか嘆いてるけど、私は放課後がすごく楽しみで不思議な気分だよ」
ーー俺もテストは憂鬱だけど、放課後のテスト勉強は楽しくて好きだよ。
「……ただね、さっくんってば、自覚はないだろうけど結構顔に出るタイプじゃない? きっと、さっくんは樹里ちゃんに惚れちゃったんだと思う。面白いくらいにわかりやすくて、応援したくなっちゃうね」
ーーそうだな。
「でもね、私、あの2人が仲良く話してるところを見ると、胸が痛くなるんだ。細い針に刺されるようにチクチクするの。なんでだろー? なんて思ってたけど、原因は単純なんだよね」
ーーああ、それ以上は勘弁してくれ。
「私はさっくんのことが大好きなんだって。幼馴染で昔から仲良く遊んでたから、今更恋愛対象になるなんておかしいなって。今の関係が崩れちゃうんじゃないかって、心のどこかでこの気持ちにセーブをかけてたんだ」
ーーだって、俺は……!
「でもさっくんは最近仲良くなった樹里ちゃんを好きになって、今はすごく夢中でしょ? だから私の余計な気持ちで邪魔したくなくて。だけど、すごく苦しくて悲しくて、どうしたらいいのか分からないの…!」
梓の目からは大粒の涙が、口からは今まで言えなかった不安が溢れ出す。
「ねぇ大輝。私これからどうしたらいいんだろう……!?」
知らないよ。わからないよ。俺にだって。
梓にかける言葉がまるで見つからない。
苦しみを吐き出した梓は赤子のように泣きわめく。隣で葵ちゃんが何も言わないまま背中をさする。
どうしたらいいかなんて、俺に聞かないでくれ。
ああ、朔夜。お前は罪深いやつだよ。最強の悪役だ。
お前のことを想って泣いてるやつは、
俺が好きな女の子なんだぜ?
俺が1番どうするべきかわからねぇよ。
窓の外から沈みかけた太陽の光が差し込み、梓の涙に乱反射する。
辛そうに泣き続ける彼女を、俺は黙って見ているしかなかった。