〜交友〜
ふと、空を見上げる。若干オレンジ色に染まりつつある空は、夕方であることを日本全体に伝えている。
気がついたら帰りのHRも終わっていた。クラスメイトが続々と帰路につく中、俺だけが帰る準備を一切していなかった。
横を見ると大輝と梓が怪訝そうな顔でこちらを見ている。そりゃそうだろうな。
「さっくん、調子悪いの? 4時間目あたりからすっかり上の空だったよ?」
心配そうに見つめてくる2人に少しばかり申し訳なさが込み上げてくる。
「大丈夫、すこぶる元気だよ。ところで2人共、誰かを好きになったことはあるか?」
俺の唐突な質問に2人は意味が分からないといった様子で首を傾げる。
とりあえずといった感じで大輝が口を開く。
「まあ、恥ずかしいけど好きになった人は2,3人くらいいるよ。ほら、俺バカだから全員にフラれたけどさ」
「でも全員にアタックする勇気は凄いじゃない! わ、私も2人くらい好きになったことあるけど、遠くから見てるだけで特に接点はなかったかな…」
2人らしいやと思わず笑みがこぼれる。
「俺さ、ないんだよ。人を好きになったこと。中学の時だって周りが色恋沙汰に浮かれてても、全然興味湧いてこなかったし、もし自分が誰かを好きになって付き合ったとしたら、いつも通りの日常が崩れちゃうんじゃないかって思ってたんだ。だから俺は恋愛から目を背けてきた。楽しそうなカップルにジェラシーを感じないように振舞ってきたんだ」
柄にもなく何を語ってんだ俺は。ちょっとずつ恥ずかしさが込み上げてくる。
「ねえ、さっくん。もしかして誰かを好きになったの?」
梓がゆっくりと尋ねてくる。
「いや、分からない。なんせ恋愛は未経験だからね」
自分でこの話題を振っといて、自分はわからないと言ってしまう自分に呆れてしまう。
でも、しょうがない。俺はいつも通りが好きだから。安心感があるから。こいつらと他愛もない話をする時間が、何よりも大切だから。
「なんだよ朔夜! オチはなしかよ、らしくないな!分からないならもう帰ろうぜ。俺は腹減っちまったよ!」
そうだ。分からないことをいつまでも考えても意味は無い。これに関しては国語や英語、数学と違って正解はない。きっと時間が解決してくれるものだ。
俺は素早く荷物をまとめ大輝達と帰路に着いた。
***
「「あ」」
気の抜けた2つの声が重なる。
横で大輝がキョトンとしている。
とりあえず何か言わなければ。
「お、おはよう。昨日はごめんな」
「い、いえいえ! こちらこそごめんなさい。おはようございます!」
いつも通りの朝の登校時間、校門前で昨日ぶつかった子とばったり会うとは思いもしなかった。
俺の体は昨日のようにおかしくはならなかった。少しばかり鼓動が早くなったが、気にならない程度には落ち着いている。
「なあ朔夜。この子誰? 知り合い?」
「いや、ちょっとな」
大輝が問いかけてきてハッとする。そういえばこの子の名前も知らないし、相手も俺のことを知らない。せっかくだから自己紹介でもしよう。
「俺は能登朔夜、2年生だ。こいつは同じ2年生の有原大輝。自己紹介が遅れたけど、よろしくな」
親しみやすさを出すため軽く微笑んでみる。普通に笑うことは出来るが、意識的に表情を作るのは苦手だ。以前、鏡の前で試しに作り笑いしてみたら非常に残念な顔が映っていた。今もそうなのだろうか。
大輝は「よろしく!」といつも通りの笑顔を見せていた。こいつの裏表のない性格がとても羨ましい。
そして彼女が口を開く。
「わたしは、1年の長谷川樹里です。これからよろしくお願いします、先輩!」
先輩、という響きに思わず「おおお…」と2人で感動してしまう。そうか、もう俺達には下級生がいるのか。
「まあ確かに先輩だけど、俺たち先輩らしいことしてあげられないだろうから、上下関係じゃなくて普通の友達として接してくれたら嬉しいよ」
その大輝の意見には賛成だ。いくら先輩とはいえども1つしか年は変わらない。たった1年の差に堅苦しい上下関係を作るのは正直怠いだろう。
「わかりました! えへへ、先輩方が優しくて安心しました。友達と、先輩が怖い人ばかりだったらどうしようとか心配してたんですよ?」
「でもまあ中には威圧的なやつもいるから気をつけてな! 朔夜はぶっきらぼうで無愛想に見えるけど良い奴だぜ!」
「余計なことを言うなよ大輝…」
ギロリと大輝に睨みを利かせると「わりぃわりぃ」と反省の色もなく笑っている。全く、憎めない奴だ。
その様子を見て長谷川はクスクスと笑っている。その笑顔はとても可愛らしい。
「さあ、先輩方。学校が始まってしまいますから行きましょう!」
くるりと学校へ向かう長谷川の長く綺麗な黒髪が春の風に靡く。
ーーああ、やっぱり
俺は彼女から目が離せない。