第二話 『チートどころか人生ハードモード』
第二話 『チートどころか人生ハードモード』
大概の物語において、二度目の人生というものは神様から摩訶不思議な神通力を与えられたり、或いは前世の知識や技能を有効活用できる環境を与えられたりするものだと思う。
しかし現実はどうだろう。前世において最後の方は兎も角、成人するまではそれなりに裕福な一般家庭で特に不自由のない人生を送ってきたはずなのに……いや、だからだろうか? 今のボクを要素だけ表すならばこうだ。
親無し金無し扶養家族(男女合わせて5名)あり。住居は不法占拠した風呂無しトイレ無しの廃教会跡地(雨漏りはあり)である。環境で言えばスタート地点が下方修正どころかマイナスまで振り切っているにも関わらず、そこから成り上がる為に必要な転生者にお約束のチート能力などは今のところ(もう諦めているが)一切発現する予兆がない。
これは酷い。と、一年前に東雲蓮としての記憶と人生をこのボク(名前は偶然かなんなのか分からないけど前世と同じレンという)が思い出した時には、半日ほど頭を抱えて項垂れたものだ。
けれどいつまでもうだうだとしてはいられない。生きていれば食べる物は必要になるし、レンには自分と同じ境遇の、けれど自分よりも幼い子供達がいるのだ。正直10歳ちょっとのボクにはどう考えても荷が重いのだけど、意識としては三十路過ぎのいい大人である以上、彼らを養うのは年長者としての義務だと思うし、レンとして生きていたボクにとって彼らは大切な家族なのだ。なんとかしてみんなを養っていかなければならない。
けれど現実は厳しい。前世では(良くもないけど)頭の悪い方では無かったし、趣味が読書だったと言う事もあって知識量はそれなりだと自負している。けれど、その知識を使おうにも、読み書きもろくに出来ないガキの戯れ言なんぞ誰一人として耳を傾けてはくれないし、よしんば効いてくれる人がいたとしていいように毟り取られるオチが見えている。
孤児ならば孤児らしく孤児院にでも頼りたいものだが、十年ちょっと前の戦争以来この国は慢性的に疲弊しており、捨て子なんて掃いて捨てるほど転がっている。そういった施設はとうの昔にパンクしており、だからこそレン達はこうして町の隅っこで身を寄せ合って生きているのだ。
ではどうするか。他の孤児達にならってスリや空き巣をやろうとはしたものの、前世と同じく基本的に不器用な自分はどうにも上手く行かなかった。物乞いもやってみたけれど、どうにも不況なこのご時世、銅貨一枚どころかパン屑一つ恵んで貰えず、代わりに石くれと唾を頂戴した。悲しいかな子供達を養うどころか自分一人食うことすら到底無理だった。
ならそれまでのレンはどうやって稼いでいたかと言えば、早い話が非合法な売春だった。前世と比較して唯一勝っている面があるとすれば、レンの容姿は幼い事を差し引いてもお釣りがどっさり来るほど整っていることだ。
東雲蓮としての記憶と人格に目覚めていなければ、レンはそういった事をしながらいずれはどこかの娼館で男娼として働いていたことだろう。そして、最後は病気かなにかで蛆の餌になる未来が待っているはずだった。
しかしながら前世の性的嗜好としては比較的ノーマルであった東雲蓮からすれば見ず知らずの(見知っていても嫌だが)男の慰み物になるなぞ死んでも御免だったので、別の手段で稼ぐしかない。
そんなボクがどうやって生きているのかと言えば、今目の前に広がっている光景が全てだった。
雲一つ無い満月の夜は、現代文明の夜になれた人間にはわからないかもしれないが、月明かりで影が出来るくらい明るいのだ。とはいえその光は真昼の太陽のそれには及ばず、貧民街特有の建物と建物が密集した狭い路地は、その影でかえって墨を落としたような暗さになっている。
そんな影に一歩踏み入れたばかりの場所は今、酔っ払いの反吐と生ゴミの腐敗する臭いを塗りつぶすように、濃密な鉄錆の臭いが満ちていた。
ボクの目の前にいる貧相な体付きの男は、似合わない上等な上着を血に染めながら、仰向けに倒れている。ボクは男の顎に突き刺さったままの鉄杭を引っこ抜いて、念のためもう一度突き刺した。間違いなく死んでいる事を確認して、ボクは男の懐を漁る。それなりの金子の詰まった革袋を探し当て、自分の衣嚢に仕舞った。
男が身に付けている首飾りやら指輪やらはそのままにしておく。このまままにしておけばその辺の浮浪者達が漁るだろうし、宝飾品の類は換金しようとしても、ボクみたいな子供じゃどうせ買い叩かれるだけだ。
路地裏から一歩出れば。そこには夜を生きる人々の日常が広がっていた。
千鳥足の酔っ払い。下着同然の格好で客を誘う娼婦に男娼。それに応える人達。遠くに聞こえる酒場の陽気な喧噪。
まるでボクの起こした惨劇なんてなかったように営まれている日常だけど、実際の所そうではない。
言ってしまえば、ボクの背後にある死体すら、ここでは大して珍しくもない日常風景の一部なのだ。
その証拠に、上衣にも腰衣にも返り血が染みこんでいるボクを一瞥こそすれ、咎める者など居はしない。
ボクは鼻歌をふんふん歌いながら、今の自宅である廃教会を目指す。懐の革袋の重さが却って足取りを軽やかにした。
元死刑囚東雲蓮改め連続強盗殺人犯のレン。12歳(推定)のある満月の夜の出来事だった。