【二章】12. 出会った男
思わぬ形で魔石の用意が完了、及び魔力不足問題が解決したシオン。
彼は一度学園に戻り、学園でアルフォンス=フリードと会って話をした。
そこでシオンは事前に確認を頼んでいたある事をアルフォンスから聞き出し、そして追加でもう一つの頼み事を伝えるのだった。
深くは事情を聞かずにシオンの頼みを快諾してくれるアルフォンスに後ろめたさを感じながらも感謝すると、シオンはもう一度学園を出る前に学園長と話をしに行った。
そこでシオンは、何日間授業を欠席すると進級が出来なくなるのか、例えば三ヵ月授業を欠席するとどうなるのか、と学園長に確認した。
事前に休学の申請をした場合、成績や普段の授業態度が高評価に値する生徒、または特別な実績を持つ生徒に限り、休学明けの特別試験で一定の結果を出せば問題なく進級が可能──例えば学園対抗戦で立派な実績を収めた生徒などはそれに値する、と、学園長ルドルフはシオンに説明した。
そのことを確認すると、シオンはその場で休学申請の用紙を提出した。
ユリウスとの命懸けの戦いが待ち受けている中、留年するかどうかなどを気にするような状況ではない。しかし、それはある意味で「必ずユリウスを討って戻って来る」というシオンのささやかな誓いが込められていた。
そして、シオンは寮に戻って準備を済ませてから学園の敷地を後にした。
……そんなシオンの姿を、学園長は離れた所から黙って見送った。
「(長年広い世界を見てきて、そして数多くの魔術学生達を見てきた私には、なんとなく分かる……。これから先、幾度となく大きなモノを背負い、そして何かを成し遂げる事になる人間というのが……)」
◆
ギルバート王国から約五九〇〇キロメートル離れた国、ブレイバーズ合衆国。
そこは世界で最も地下迷宮開拓が盛んな、冒険者達が主役の夢と危険に溢れた国だ。
シオンはとある目的でそんなブレイバーズ合衆国を訪れていた。
その目的とは、ユリウスと闘うために必要な武器の素材を入手する事。
先日、シオンの切り札である限界加速のスピードを見た上で、ユリウスはシオンに対してあらゆる武器の持ち込みを認めた。つまり、この世界に現存するあらゆる武器が使用されることを想定しても、それでもユリウスはシオンに負けることはないと判断したのだろう。
実際、それだけの実力差があるであろうことはシオンも痛感させられた。
そこで、シオンは三ヶ月後の決闘に勝つためにはユリウスでも絶対に想定出来ない武器が必要だと考えた。
──まだこの世界に存在していない、現存する全ての武器を凌駕する〝最強の武器〟が。
そして、そんな最強の武器を作る為の素材を手に入れる為、シオンは事前にある情報をアルフォンスから聞き出し、その情報を頼りにこのブレイバーズ合衆国を訪れたのだった。
その素材の入手場所は、「N-843」という登録番号で管理されているブレイバーズ領海内の無人島だ。つまり、その島へ向かうには船に乗って移動するしかないのだが……。
シオンは、船に乗せてくれる業者を探すのに思わぬ苦戦を強いられていた。
まず初めにブレイバーズ合衆国の港町──「トライデント港」の船着き場を訪れ、次に冒険者ギルドの受付窓口にも足を運び、さらには冒険者や漁師たちが集まる酒場にも顔を出した。
しかし、どこへ行っても目的地まで船を出してくれる者は一人も見つからなかった。
魔石の購入に使うつもりだった六千万ゼニーの予算は丸々浮いたため、最大で一千万ゼニーという巨額の報酬金を提示したが、……冒険者はおろか、港で暇そうに釣りに興じていた釣り人ですら、自分の船を持っていてもシオンの依頼は断固として拒否された。
誰もが口を揃えて「無茶なことを言わないでくれ!」と言って断ると、時間を惜しむようにさっさとシオンとの会話を切り上げて去って行くばかりだった。
一体どういうことなのかと、シオンは昼間から酒場で飲んでいた暇そうな冒険者に情報料を渡して話を聞いた。
すると、その「N-843」という無人島の近くは元々かなり強力なモンスターが多い島で、周辺の海域にも凶悪な海洋モンスターが多く、一流の冒険者であっても簡単には近づけないような場所だということだった。
そして更に、その島と周辺の海域は一ヶ月前に突如として世界政府によって最高レベルの侵入禁止エリアに指定され、無許可での侵入が発覚すれば、冒険者ライセンスや漁師の漁獲許可証を一発で失ってしまうような状況になった、とのことだった。
『だからよぉ、例え高額の依頼だろうが、あんな島まで行く船を出すような馬鹿はいねぇのさ。けっけっけ……、諦めるんだな』──と、シオンが話を聞いた冒険者は語った。
「(……──出来るものなら自分で船を買ってでも行きたいところだが……。海上でモンスターに襲われたら流石にどうしようもない……。冒険者を護衛に雇おうにも、船を出せないのと同じで依頼を受けてくれる人は見つからないだろうな……。さて、どうするか……。ひとまず、まだもう少し声を掛けてみて、依頼を受けてくれる人を探してみるか。この際、六千万ゼニー全てを報酬につぎ込んでも……)」
そんな風に考えながら、再びシオンが街の酒場出て港の方へ向かっていると……。
「(ん……? あの人、さっきからずっといるな……)」
舗装されている道の外──少しだけ開けている草地の方でしゃがみ込んでいる人物が、シオンの気にかかった。
なんとなくシオンがそこに近づくと、その人物は直径一メートル半を超える大きな切り株の前で体を小さく畳んでしゃがみ込み、ぼーっとした顔をしながら切り株に向けて両手を合わせていた。
先程、酒場に行く前にシオンが見かけた時から計算すると、恐らく一時間以上はその状態を続けていると思われた。
「……? ……!」
一体何をしているのかとシオンが視線を向けていると、その人物──かなり色の薄い金髪で、毛先の方だけグレーがかった髪色、白を基調としたゆったり目の開襟シャツを着ており、二十代前半位の年齢と思われる中世的な顔立ちの男──は、一瞬だけくるりとシオンに視線を向けて、そして再び切り株の方に顔を向けた。
そうして、数秒の間を置くと、
「……お葬式……」
「……!」
ぼそり、と男は一人でに呟いた。
そして何を聞かれるでもなく、男はそのまま話を始めた。
「……ここに生えてた木……。すごく大きくて、日差しの強い日はここに大きな木陰が出来たんだ。僕は、よくここに涼みに来ていて……。木陰で涼みながら、街行く人を眺めたり……。それで、僕が他愛もない話をすると、この木はただ黙って聞いてくれて、そんな時間が好きだったんだ。だけど、ここの道路が拡張される事になって、切り倒されちゃってね。明日には、残った切り株も引っこ抜かれちゃうんだって。だから、今日はこの木のお葬式」
ぽけーっとした顔をしながら、男はゆったりとした口調でそう語った。
シオンは何の返事もしなかったが、男はそれに対して特に気にしてもいない様子だった。
「……」
「(……)」
先程までと同じように、ただじっと切り株に向かって手を合わせ続ける男を数秒だけ見つめてから、シオンは黙ってその場を立ち去るのだった……。
◆
──……大きな切り株の前で男がしゃがみながら手を合わせていると、そこに再びシオンが現れた。
そして、シオンは無言で切り株の側面に十字の形をした石を立てかけた。
「……!」
それからシオンが無言のまま男の隣でしゃがみ込んで手を合わせると、立て掛けた十字の石は上の先端部分から小さな光の結晶を散らしながら徐々に欠け始めた。
その十字の石は冥灯石と呼ばれる物で、死者の魂が安らかな世界へと辿り着けるよう祈りを捧げる目的で、東洋の国々で用いられているものだ。
……そんなシオンの行動を見て、ぽけーっとした表情をしていた男が、少しだけびっくりしたような顔をした。
「……。君……」
「……」
数秒間、追悼するように静かに目を瞑った後、シオンは目を開いて視線をやや下に向けた。
「……。俺も……。植物の友達が……。大切な友達が、最近死んでしまったばかりで……。だから……、気持ちは分かります」
そう言ってもう一度シオンが目を瞑ると、その様子をじっと見ていた男も再び顔を前に向けて、ぽけーっとした顔で切り株に手を合わせた。
……すると、その時。
「うぃ~、ヒック……。お……? あ~⁉ なんだ~? 怪しい奴らがぁ、いるなぁ~?」
カチャカチャと鉄の防具の音を鳴らしながら、酔っぱらった中年の冒険者が二人に近づいていた。
「おい、お前ら~。そこで何してるってんだぁ~? 不審なことしてると、このB級冒険者の俺が保安官に突き出すぜ~?」
「……」
シオンの隣の男は、ぽけーっと危機感のない顔で切り株の方を見続けており、冒険者の方には見向きもしなかった。
「おいコラ? 無視か? この不審者どもが~ッ」
「(……)」
徐々に口調が荒くなってきた様子の冒険者を見かねて、シオンが代わりに答えた。
「……切り倒された木を、供養してあげているんだ」
「は~? 木を供養だ~?」
「……あんたに迷惑は掛けないから、もう行ってくれ。頼む」
穏便に済むように、シオンは相手を刺激するような言葉は敢えて避けた。だが、しかし……。
「あぁ……? ひっひっひ……。ば~~~かッ」
「(……)」
酔っぱらった中年の冒険者は、わざとらしくゆっくり歩いてシオン達の前に回り込むと、
「……ペッ!」
と、ニヤニヤとした表情を浮かべながら切り株に向かって唾を吐きかけた。
──が、その時。
「……あっ⁉ な、なん……」
「……」
……いつの間にか、まるで間の時間が切り取られたようにシオンが立ち上がっており、その左手で中年冒険者が吐いた唾を受け止めていた。
「(……!)」
それを見て、切り株の前でしゃがみ込んでいる男は驚いているようだった。
「お、おま……」
そして唾を吐いた冒険者の男の方もまた、理解の追いつかない出来事に面を食らった様子だった。
……そんな冒険者の男に対して、シオンは真っすぐ視線を向けた。
「……見逃してくれ、頼む」
「……ッ‼」
静かに、しかし力強い感情を視線に滲ませているシオンに対して、酔っ払いの冒険者は大きく動揺した顔を浮かべた。
そして、
「か、勝手にしやがれ……‼ あ、頭のおかしな連中め……ッ」
と、バツが悪そうに言いながら中年の酔っ払い冒険者は立ち去って行くのだった。
「……。……汚ったね」
酔っ払いの冒険者が完全に立ち去った後、シオンは右手で魔法陣を作り、そこから出した水で唾の付いた左手を洗い流した。
すると……。
「じー……」
「(……な、なんだ?)」
いつの間にやら立ち上がっていた薄い金髪の男が、かなりの至近距離でシオンの顔を見つめていた。
「……。……君、名前は?」
「え……? シオン、です……?」
「シオン……。良い名前だね、……僕の名前はキュリアス。きゅーちゃんって呼んで」
「あ、はい……。きゅーちゃん……?」
「口調も、もっと友達みたいにして」
「あ、ああ……。分かった、きゅーちゃん」
「……! うん」
ニコ……と、キュリアスと名乗った男は満足気な顔を浮かべた。
そして、キュリアスはシオンに対して質問を重ねた。
「シオンはどこから来たの?」
「ギルバート王国からだ」
「ギルバート……、大英雄の国だね。随分と遠いけど、この国には何しに来たの?」
好奇心溢れる様子で、キュリアスはわくわくとシオンに尋ねた。
「ここから船に乗って行かなくちゃならない無人島にあるんだが、俺はその島が目的で来たんだ。ある、素材を手に入れる為に」
「そうなんだ。……あれ? ……ギルバート……、シオン……、黒髪の少年……」
ふと、キュリアスは何かをハッと思い出したかのような顔をした。
「ねえ、シオンってもしかして二ヵ月くらい前に──」
そう言うと急に話は変わり、キュリアスは突然ある事をシオンに尋ねた。
「──……え、ああ……。確かに、それは俺だけど……。どうしてきゅーちゃんがそれを?」
まるで予想していなかった質問に答えたシオンが、キュリアスに対して不思議そうにそう尋ねた。
「ふふ、やっぱり、そうなんだ……。ふふふ……」
「……?」
「それよりも、シオンが行きたい場所……。僕が連れて行ってあげよっか?」
と、キュリアスはシオンの問いかけには答えず、そのように提案した。
「え? きゅーちゃんが? それはありがたいが……。でも、難しいと思う。色んな冒険者や漁師に依頼してみたが……。どうやらそこは、簡単に行けるような島じゃないらしいんだ」
「もしかして、一か月くらい前から政府が立ち入り禁止にしてる海のところ?」
「……! ああ、そうだ」
「そうなんだ……。危ないって分かってるのに、シオンはどうしても行きたいの?」
「……ああ。例えどんなに危険だろうと……。俺は、行かなくちゃいけなんだ」
一瞬険しい表情を浮かべたシオンを、キュリアスはぽけーっとした顔で見つめてた。
そして、数秒が経って……。
「……うん。分かった。それじゃあ、やっぱり僕がそこに連れて行ってあげるね」
──と、キュリアスはあっけらかんとした様子で言った。
「……⁉ ……きゅーちゃん、ちゃんと話を聞いてたか?」
話の流れからして、そのように言われるとは想定していなかったシオン。
そんな彼に、キュリアスは平然とした様子で答えた。
「うん、もちろん。実は僕、仲間と一緒に何でも屋みたいな仕事をしてるんだ。だから、船を出して、シオンをその島に連れて行ってあげる。実際に船を運転するのは僕じゃないんだけど、僕も一緒に行くよ。お葬式、一緒にやってくれたお礼」
「そ、そうだったのか……」
そのように、願ってもいなかった提案をキュリアスから受けたシオン。しかし……。
「……いや、ありがたいよ、……ありがとう、きゅーちゃん……。そう言ってもらえて嬉しいよ、だけど……。……本当に良いのか? もしバレたら、きゅーちゃんが所持してるライセンスなんかも全部取り上げられて、下手したら国際指名手配なんて事も……」
と、シオンは申し訳なさそうに視線を下げた。
リリィの仇を討つ為に手段は選ばないと決めていたシオンだったが、キュリアスのように危機感のなさそうな人間を巻き込んでしまうのは気が引けるようだった。
「シオンはどうしてもそこに行きたいんでしょ? じゃあ、行かなくちゃ。それに、ライセンスや指名手配なんて心配する必要ないよ」
まるで何でもないような顔をしながら、キュリアスはそう言った。
「……? 心配ないって、どういう……?」
「だって、僕達は元からライセンスなんて持ってないし、あちこちで指名手配もされてる大悪党だからね」
ニコリ……と、キュリアスは目元を緩ませた。
「は……? きゅーちゃん、何を言って──、……‼」
言い掛けた途中で、シオンはその目を見開いた。
……なぜなら、キュリアスの言葉が本当かどうか、彼には見抜くことが出来たから。
そして、そんなシオンに向けてキュリアスは言葉を続けた。
「僕達の組織は政府への反逆なんて当たり前、いわゆる反社会的な闇ギルドってやつでね。組織に正式な名前はないけど、周りは僕達をこう呼んでるんだ──……」
「──〝忌まわしき亡霊達〟、……ってね」




