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【二章】7. リリィ

 

 ……二年Cクラスの実技の授業終わり。

 更衣室で制服に着替えながら二名の生徒が会話していた。

 

 「──なあ、聞いたか? 今日の三年生の植物魔術の授業の話」

 

「あ……! 聞いたわ! 授業中に植物モンスターが出たってやつだろ?」

 

「そうそう。実験用に用意した鉢の中に植物モンスターの種みたいなのが入ってて、生徒が魔力を込めた瞬間にモンスターになって鉢から飛び出したって」

 

「普通に危ねぇよな?」

 

「ああ。それに、なんかつい最近も敷地内に植えてあるデケェ木の枝がへし折れて生徒の近くに落下したってのもあっただろ? あれもあの先生が管理してるやつだったらしいしよぉ。安全管理がなってないんだよ、あの先生。今回の授業中のやつは込められた魔力も少なくて弱いモンスターだったから怪我人はいなかったっぽいけどよ? あんな授業で怪我しちゃたまんねぇよ」

 

「だよな。別に成績にも関係ないような、どうでも良い授業だし」

 

「そんで噂で聞いたんだけどさ、安全が保障されるまでしばらくあの授業での実験はなくなるっぽいぜ」

 

「お! まじ? ラッキー。あれいちいち面倒臭かったんだよなー。寝てるだけで良いのがあの授業の長所だしさ! ははは」

 

「あはは! 俺らの担任の授業だけどさー、ぶっちゃけいらないもんな、あの授業」

 

「植物魔術なんて将来使わないっつーの、はははっ──うぐっ‼」


 ガン! と、二人組の内の片方の男子生徒が突然その体をロッカー勢いよく打ち付けられた。

 

「……⁉」

 

「ぅ、うぐ……苦し……」

 

「お、おい……⁉」


 突然乱入して来た人物に胸倉を掴まれてロッカーに叩き付けられた生徒は、グググ……と、そのままま上腕部分を首元に押し当てられていた。

 首を圧迫されている状態の生徒が苦しそうに呻く中、もう一人の生徒は動揺して冷や汗を浮かべつつ、襲撃して来た人物の名前を呼んだ。

 

「きゅ、急になにするんだよ、一之瀬……⁉」


 すると、呼ばれたその人物は「……!」と、ハッとしたような表情を浮かべた。

 気のせいか、その黒髪の生徒は自分自身の行動に驚いているようにも見えた。


「う、ぐ……」

「……」

 

 そして、その生徒は無言のままパッと胸倉を掴んでいた手を離し、その腕を|反対側の手で掴みながら《・・・・・・・・・・・》降ろした。

 それはまるで、自分自身の腕を上手くコントロール出来ていないかのような動作だった……。

 

「……」

「お、おい、大丈夫か……」

「がはっ、かはっ……」


 解放された生徒は軽く目に涙を滲ませながら、苦しそうに咳き込んだ。

 そんな様子の生徒を無視するように、黒髪の生徒はパッと背中を向けて歩き出すと、そのまま更衣室の出口へ向かった。

 

 そして、出入り口のドアを半分開けた状態で軽く顔を後ろへ向けると、黒髪の生徒は動揺した表情の二人組へ声を掛けた。

 

「……すまない、迷惑掛けたな。……それと、この腕(これ)については……、──詮索するな」


 それだけ言うと、その生徒は更衣室を退出し、バタン……と出口のドアを閉めた。

 

「な、なんなんだよ、あいつ……」

「げほっ、げほっ……。ほんと急に……。なんだってんだ……」

 

「まあ、もし何かあいつの怒りを買ったんだってんなら、い、命があっただけマシだと思わないとな……」

 

「だ、だな……。あのクリフ・ワイルダーを瞬殺した男だ……。俺らなんか蟻を殺すよりも簡単だ……」

 

「全く、ちょっと前までクラスの落ちこぼれ扱いだったあいつがな……。──それにしても、なんかあいつ、変じゃなかったか……? 自分の意思とは無関係に、勝手に腕が動いていたような……」

 

「よ、よせよ……。詮索するなって言われたろ……!」

 

「や、やべ! い、今のナシな!」

 

「それよりも、俺らもさっさと着替えて出ようぜっ。次の授業に遅れちまう!」

「あ、ああ……!」


 そのように話しながら、二人とも冷や汗を浮かべながら急いで制服に着替えるのだった……。


 ◆

 

 ……更衣室を出た後、一之瀬シオンは納得のいかないような表情をしながら廊下を歩いていた。


「(さっきのは、クールな俺らしくない感情的な行動だったな……。それに、力を見せびらかさないように、目立たないように振舞わなければならないのに、あれじゃ真逆だ)」


 ……と、彼は先ほどの更衣室での一件を振り返りながら反省していた。


「(──ただ、とっさに切り替えて〝勝手に腕が動いた〟かのように演技をしたのは良かったな……。まるで自分の右腕に危険な力が封印されているかのような……。あれは良かったな……。くくく……)」


 そうして一人で廊下を歩きながら、シオンはニヤつく口元を手で押さえて隠した。


「(そして何より、去り際の台詞……。『詮索するな』……、あれは抜群に良い……! アドリブとは思えないワードチョイスの良さだった……! 今後も使っていこう、『詮索するな』……。くっくっく……! 良いものを手に入れたぞ……)」

 

 そのように下らないことを考えながら廊下を歩き続ける中、ふとシオンは心配そうな表情を浮かべた。

 

 「(……それにしても、レスティア先生……、大丈夫だろうか……)」


 先ほど更衣室で二人組の生徒達が話していた内容を思い出し、シオンは考え込むような顔をした。


「(この前の造園木の件……。あの時も『生徒の身を危険にさらしてしまった』って相当凹んでたが、今回は授業中の事故……。この前よりも更に直接的に生徒を危険に晒してしまった形だ……。あの人は優し過ぎる分、今回の件でかなり思いつめているかもしれない……。それに、今まであんなに頑張っていた授業での実験が出来なくなってしまうとなると……、落ち込むだろうな……)」


 レスティアが自分自身を責め立て、苦しんでいる様子は想像に容易かった。

 そして同時に、そんなレスティアをどうにか元気付けられないかとシオンは頭を悩ませた。


「(……俺には、今回の件を解決する(すべ)はない……。『大丈夫』『大した問題じゃない』『どうにかなる』『落ち込む必要はない』……、そんな言葉じゃ、きっと励ましにもならない……。今回の件は先生が何よりも大切にしているモノに関する事だ……。見え見えの気休めなんか言ったって、かえって不愉快な思いをさせるだけかもしれない……)」


 ……そのように思考を巡らせる中で、シオンはリリィとのとある会話(・・・・・)をふと思い出した。


 それは先日、ユフィアとアルフォンスと三人でリリィと会った日の翌日の会話だった──。

 

『昨日はありがとな、リリィ。俺の代わりに二人を励ましてくれて』

 

『ううんー! いいよー! でもシオン、どうして自分で二人にお話ししなかったの? 二人とも、シオンが褒めてるって伝えたらすっごく、すーっごく喜んでたよ? シオンが自分で言ったら、二人ともきっと喜んだのに!』

 

『それじゃダメだったんだ。俺が直接言ったとしても、励ます為にお世辞を言ってるだけだろうと考えて、本心で褒められてると信じられないんだ』

 

『むむむー? むずかしくて分かんないー』

 

『そう。リリィには分からないくらい、人間は難しくてややこしいんだ』

 

『んー。そうなんだー? 人間さんはややっこいんだねー』

 

『それもまた人間らしさだ。悪いことばかりじゃない。……とにかく、今回はありがとうな、リリィ。助けられたよ。俺も、あの二人も』

 

『ううんー! どういたしましてー! ユフィアとアルフォンスが元気になってくれたなら、リリィも嬉しい!』

 

『ああ。ありがとう、リリィ』

 

『うん-! ……でもねー、シオン』

 

『ん? どうした』

 

『やっぱりリリィは、シオンが自分で励ましても、あの二人は嬉しかったと思うよー』

 

『……どうしてそう思うんだ?』

 

『だって、リリィだったら、シオンがリリィを励ましたいって思ってくれたら、それが嬉しいから! きっとそれだけで、たっくさん元気もでるから! だから、きっとあの二人もそうだと思うよー!』

 

『……! ……そっか。……そうかな』

 

『うんっ。絶対そうだよ!』

 

『はは、絶対か』

 

『うん、ぜったい! もしもシオンが落ち込んでたら、リリィがいっぱい励ましてあげるねー。むふふー』

 

『……くす。ああ、そのときは頼むよ、リリィ』


 ……そんな会話を思い返し、そうしてシオンは決心した。

 

「(──多分、励ましにもならないかもしれないけど……。でも、伝えよう。変な気休めなんかいらない。『落ち込まないで欲しい』って。『悲しまないで欲しい』って。ただ、そんな俺のワガママだけ伝えてみよう。もしかしたら、それに意味なんてないかもしれないが……、でも、リリィの言葉を信じてみようか。──よし、決めたぞ)」


 そうして、シオンは放課後にレスティアの元へ行くことにしたのだった──。


 ◆


「──あ、一之瀬君! いらっしゃいませ! 嬉しいなー、一之瀬君だ~! うふふー。……って、あれっ⁉ 今日はお手伝いはお願いしていなかったかと思いますが、何かありましたかー⁉ くすくすっ」


「あ、いや……。えーっと……。あー……。……なんだか楽しそうですね? 先生……?」


 ……放課後、植物魔術の準備室を訪れたシオン。

 そこには、とても上機嫌にデスクワークをしているレスティアがいた。


「えっ? 楽しそうですか⁉ そりゃ勿論ですよ~! あははっ。毎日大好きな植物と触れ合って、お仕事で生徒達に植物のことを教える事が出来るいるんですから~! 楽しいに決まっていますよー! えへへー」


「そう、ですか……? それは何よりですね……?」


 落ち込んでいるどころか、いつも以上に遥かにテンションが高いレスティアにシオンは心底驚いていた。

 すると、そこで……。

 

「……ん? 先生、それ……。ひょっとして、〝ラフチェリー〟……ですか?」


 シオンの目に入ったのは、レスティアのデスクの上の小皿に乗っているさくらんぼのような果実だった。

  

「あ、あははー! わ、分かっちゃいますか~! 流石ですね、一之瀬君……! でも、一之瀬君が植物のことをよく知ってくれていて、私嬉しいな~! えへへ……」

 

 やや気まずそうに頬を軽く掻きながらも、レスティアはにんまりとした笑顔を浮かべながらそのように言った。

 

 〝ラフチェリー〟とは、それを食べると一時的にテンションが上がると同時に、何事にも過剰に楽しさを感じるようになり、笑いが堪えられない状態が続くという不思議な果実だ。


「だ、大丈夫なんですか? ラフチェリ(それ)ー……」

 

 ラフチェリーの効果が存分に現れている様子のレスティアを見て、シオンは顔を強張らせながら問いかけた。

 

 ラフチェリーはその愉快な効果に反して、効果時間が切れると底無しの無気力感に襲われるという副作用を持つ。その無気力感も一時的なものだが、誰しも「もう二度と食べようとは思わない」と口を揃えて言う程の強烈な副作用だ。


「副作用ですか~? うふふふー! 大丈夫ですよ~! わたーしを誰だと思っているんですかー⁉ 植物の研究者、リナちゃん先生ですよ~⁉ 副作用を抑える薬もばっちり用意してあるに決まってますからー! むふーっ」


「そ、そうですか…… (す、凄いな、ラフチェリーの効果……)」


「良かったら、一之瀬君も今度試してみて下さいー!」


「え、遠慮しておきます……。それよりも、一体どうしてラフチェリー(そんなもの)を……?」


「えっとー、それはですねー! うふふ~」

 

 そう言うと、レスティアは何かを確認するように視線を室内の右奥に向けた。

 そこでは、窓際で日に当たりながら、すぴーすぴーと気持ちよさそうな寝息を立てているリリィの姿があった。


 そして、レスティアは再びシオンの方へ顔を向けると、彼に対して手招きをした。

 

「……?」


 シオンが頭に疑問符を浮かべたままレスティアの側に寄ると、レスティアは少し声のボリュームを落としてシオンに話しかけた。


「私、実は今日、結構深く落ち込んじゃっていまして……! あ、今はラフチェリーの効果で全然へっちゃらなので、心配無用です……! ただ、私が落ち込んでると、リリィがすっごく大騒ぎしちゃて……! 『リナー! 元気だしてー! 笑ってよリナー!』って、もう凄くて、すごくて……! ただ、私も私で、そう言われてもなかなか作り笑顔も大変で……、くすくすっ。だから、ラフチェリーで強制的にテンションを上げて、それでようやくリリィも落ち着いてくれたんですっ。……あははっ!」

  

「なるほど、そうだったんですね…… (大騒ぎするリリィ……。想像が簡単だな……)」


「でも、こんな時に……、って言うのも変ですけど、リリィがいてくれて本当に良かったなって、思いますっ! リリィがいなかったら……、きっと、もっとずっと落ち込んでいたと思いますから……! それに、今の状況でラフチェリーを利用してしゃぐのも、本当ならかなり不謹慎ですから……、一人だったら絶対にやっていなかったと思います……! でも、お陰で、今は元気溌溂(はつらつ)ですよ~! なんちゃって……! ……くすくすっ」


 口元に手を当てながら、レスティアは小さく肩を揺らして笑った。

 

「……そうですか。それなら良かったです」


 そう言うと、シオンは口元に薄い笑みを浮かべた。


「ほんと、良かったですよっ! うふふ~! ……あ! それで、一之瀬君は今日はどうしたんですか? リリィとお話に来てくれたんですか? くすくす」


「いえ、違います。今日は先生を励ましに来たんです」


 間を置かず、シオンはきっぱりとそう言った。

 

「え⁉ 励ましにってどういう、ことでしょうか……⁉」


「実は、先生が落ち込んでいるんじゃないかと思って。だから、落ち込まないで欲しいって、笑顔でいて欲しいって、そう言いに来たんです」


「へっ⁉ えっ⁉」


「でも、その必要はなかった。リリィのお陰です。──では、俺は帰りますね。大変だと思いますが、お仕事頑張って下さい。何かあれば、手伝いますから。それじゃあ」

「あっ⁉ ちょっと一之瀬君ー⁉」


 引き止めようとするレスティアの声がまるで聞こえていないかのように、そのままシオンは満足気に部屋を出た。


「い、今のって、どういう……‼ い、いひひっ! ……もうっ! ら、ラフチェリーのせいで情緒が……、ちょ、ちょっと、頭が変になっちゃいそうです……‼ う、うぅ~‼ 一之瀬君~~~‼」


 残された部屋で一人、悶え苦しむように、顔を真っ赤にしながらレスティアは頭を抱えるのだった……。


 ……一方、植物魔術準備室を後にしたシオンは、


「(余計な心配だったが、結果オーライだな。……ありがとな、リリィ)」


 と、心の中で呟き、無意識に口元を緩ませながら廊下を歩いていくのだった──。


 ◆


 ──シオンが放課後にハイテンションなレスティアと邂逅した日から、数日が過ぎた。


「……まず、こ、この専用の籠手を着けてから、『形状再構築(リビルディオ)』っていう魔術で、そ、素材にする鉱物とかに自分の魔力を流して、か、形を変えたり、他の鉱物やモンスターの一部とかと合成したり出来る状態にするんだ。──こ、こんな感じで、素材全体が白っぽく光ったら、鍛錬が出来る状態になってるんだっ。……こ、この時、流す魔力が安定していなかったり、素材の強度に対して魔力が足りていないと、上手くいかなくなっちゃうんだ」

「……ん」

「そしてね、こ、こっちの金槌にも自分の魔力を流して、この金槌で素材を叩くことで形を変えたり、不純物を取り除いたり、物質の密度を高めて、が、頑丈にしたりするんだ」

「……ん」

「ま、まずは、ある程度は用意してある型に埋め込む感じで、素材の形を整えていくんだけどね、この時に大事なのはね、実は素材を叩く力じゃなくて、た、叩くリズムなんだっ。──えっとね、『形状再構築(リビルディオ)』で素材に魔力を流している時はね、形を変えやすいタイミングと、そうじゃないタイミングがあってね……! 素材に流した魔力がまた自分の手元に流れてくるんだけど、そのときの感触に微妙な違いがあってね、その感触で素材を変形させやすいタイミングかどうかが分かるから、それを見極めて叩くんだ」

「……ん」

「この時に気を付けなくちゃいけないのが、い、一気に形を変え過ぎると、素材が脆くなったり、他の素材と上手く合成出来なくなったり、と、途中で砕けちゃったりするんだ。だから、丁寧に、少しずつ形を変えるのが、た、大切なんだ」

「……ん」

「こ、こうしてある程度、原型になる形になったらね、ここからまた金槌で叩いて、が、頑丈にしながら、最終的な形に整えていくんだ」

「……ん」

「形が整ったら、最後に砥石で研磨して、刃を仕上げるんだ……! この作業もね、雑にやっちゃうと全然切れない刃になったり、切れ味がバラついた刃になっちゃうから、時間を掛けて、て、丁寧にやっていくんだ。これも、そ、素材の強度が高いものほど、使う魔力が沢山必要だったり、時間が掛かる作業になるんだ」

「……ん」

「こ、これで刃は完成……。さ、最後に刃に柄を付けたら完成なんだけど、こ、今回は木製の柄にするねっ。『形状再構築(リビルディオ)』で魔力を通して、ね、粘土みたいに柔らかくなったこの木材の形を、変えて……、柄にしたら……、完成……!」

 

「……」

 

「か、完成、なんだ、けど……。ど、どうだった、かな……? (シ、シオン君が『いつか剣作りの現場をみてみたい』って話してたから、そ、それなら良かったら……って、実際に見てもらったけど……。シオン君、ず、ずっと真顔のままで……。た、楽しくなかったかな……。そ、そうだよね……。見てて楽しいものじゃ、な、ないよね……。む、無理に付き合わせちゃった、かな……)」

 

「……なるほどな、大体分かった。──とりあえず、今のをあと10回見せてくれないか? 金なら払う」

 

「え、じゅっ……、え?」

 

「(はぁ……‼ はぁっ……‼ これが世界クラスの鍛冶職人の神業……‼ 些細な所作でさえ人間離れした鮮やかさ……‼ た、たまんねぇ……‼)」


 ……と、シオンはエリオット・フリーガンとの交流などもありながら、平穏な日常を過ごしていた。

 

 一方、レスティアの方も──。

 

「よしっ、これで明日の授業の準備も出来ました! レポートの進捗も良い感じですっ」

「リナは今日もいっぱい頑張ってえらいねー!」

「リリィも、今日も一日元気で偉いですねーっ」

「でしょー! えへへー!」


 ……と、結局ラフチェリー頼りで強制的にテンションを上げていたのは一日だけで、それ以降は明るいリリィが常に近くにいてくれることもあり、レスティアは自然に元気付いていた。


「それじゃあ、リリィ、また明日お会いましょう。──おやすみなさいっ」

「うんー! また明日ね、リナー! おやすみ~!」


 ◆

 

 ……レスティアが退勤してから次に出勤してくるまでの間、リリィは研究室に保管される。

 レスティア自身は本当は家に連れて帰りたいと思っているが、〝アルラーネ〟自体が学園が所有する研究対象扱いであること、そしてリリィが快眠出来る設備は学園の研究室にしかない事が理由だ。


 そんな、リリィの眠る研究室にて──。


 レスティアが帰宅してから、数時間が経過した真夜中。

 人の気配を感じ取ったリリィが、ふと目を覚ました……。

 

「んぅ……。もう、朝……? おはよう、リナ……」

 

 まるで人間のように、寝ぼけているような様子でリリィは可愛らしい声を出した。

 

「あれ……。リナ、じゃない……?」

 

 真っ暗な室内だが、生物が保有する魔力を光のように知覚するリリィは、研究室に入って来た人物がレスティアでない事に気が付いた。

 

「はじめましてっ。あなたは、リナのお友達? それとも、シオンのお友達?」


 初めは寝ぼけた様子だったリリィだが、徐々にいつもの元気いっぱいな声に変化していった。

 

「あ、リリィはね、リリィっていうの! リナが付けてくれたお名前なの! いいでしょー? えへへ」

 

 天真爛漫に話し掛けるリリィだったが、相手からの返答は一切ない。

 

「……? あ! もしかして、リリィがお花だから、驚いてるの……⁉ あのね、リリィはね、あるらーねって言うんだってー。だからね、お花だけど、お話が出来るのー! むふーっ」


 そんなリリィの言葉には一切反応せず、──相手の人物は手元のマッチを小箱の側薬に擦って着火した。

 

「あっ……。それ、もしかして火……? あのね、リリィね、それを見てるとすっごく怖くなっちゃうの……。だからね、消して欲しいの……」


「……」


 まるで顔を(そむ)けるように花の部分を下に向けて下げ、それを(つる)と葉で覆い隠すようにしながらプルプルと震えるリリィ。

 そんなリリィに向けて、火の着いたマッチを持った人物が初めて口を開いた。

 

 

 ──その人物は、今からリリィを焼き殺すと宣告した。

 

 ──その人物は、リナ・レスティアを絶望させるためにリリィの死を利用する、ただその為だけに今から焼き殺すと語った。


 

 リリィは無垢であり、人を疑わない。

 知らない人間からいきなり殺すと言われても、それを疑わない。


 リリィは植えられている鉢の上から自分が動けないことを分かっている。

 リリィはただ、これから自分が焼き殺されるのだと簡潔に理解した。


「──そっか……。しんじゃうんだ、リリィ……。もっとたくさん、リナやシオンとお話したかったなぁ……。ユフィアやアルフォンスみたいに、新しいお友達も、もっと、たくさん作りたかったなぁ……。とっても……、さびしい……。しんじゃうの、いやだな……。こわいよ……、いやだよ……」


 唐突に今際(いまわ)(きわ)に立ち、リリィは弱弱しい声で切実な想い吐露した。

 そして、

 

「あのね、お願いがあるの……」


 と、リリィは相手の人物に向けて話掛けた。


「……」


「リナはね、……とっても優しい子なの。だからね、リリィは……、しんじゃってもいいから……、リナには、酷いことをしないであげてほしいの……。リナのこと、悲しませないであげてほしいの……」

 

 火を片手に、無言でゆっくりと近づいてくる人物に向けてリリィは一生懸命に言葉を紡いだ。


「あのね、リナにね、言っておいてほしいの……。リリィをリリィにしてくれて、どうもありがとうって……。リリィはリリィになれて、とっても幸せだったから……。リリィはね、リナやシオン達に会えて、毎日、すごく楽しかったから……。だからね、……いっぱい、いーっぱい、ありがとうって……──」

 


 ──伝えてほしいの。

 


 ……そうしてリリィは、自分に訪れた運命を受け入れた──。

 

 

 ………………


 …………


 ……


 ……──数時間後。

 

 昨日まで元気いっぱいなリリィの姿があったはずの鉢には、ただ何かが燃え尽きたような灰だけが残っていた。


 

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― 新着の感想 ―
こいつ屋久杉を重機でへし折るぐらいのことやったぞ!
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