【二章】6. 癒し効果
「最近はリリィの研究や論文作りでお忙しいのは分かっているんですが……。明日の放課後、個人的な理由でこちらまでお邪魔出来ないかなと」
「もし都合が良くないようでしたら、明日以降でも全然──」
「……あ、ありがとうございます……? ──それで一応、ご用件なんですが……。──はい、友人を二人、──」
「──、──」
「本当ですか? ──ありがとうございます。では明日、お邪魔させて頂きます」
…………
………
……
──翌日。
植物学準備室にて、ワクワクとした表情を浮かべながら室内を歩き回るレスティア。
少し緊張した様子で壁掛けの時計をチラチラと何度か見ていると、何者かの来訪を告げるノック音が響いた。
レスティアは軽快な足取りで出入口に向かい、少しだけ重たい扉を開いた。
「お待ちしてましたっ!」
彼女が扉を開けた先に立っていたのは、昨日来訪の約束をしていた教え子の一之瀬シオン。そして、彼が事前に連れて行きますと予告していた友人二人。
シオンの顔を確認してから歓迎の声を掛けたレスティアだったが……。
「ようこ、そ……えっ。えっ⁉」
……シオンの後ろに立っていた二人の生徒を見て彼女は驚きの表情を浮かべたのだった。
昨日シオンから「友人をリリィに会わせたい」という相談を受け、レスティアはそれを快諾した。
事前に「友人を二人連れて行きます」とは言われていたものの、その友人が誰かとは知らされていなかったレスティア。
普段クラス内で親しげな相手がいるようにも見えず、交友関係に関しては普段から全く口にしないシオンの友達とは一体どんな相手なのだろうか……と、レスティアは興味を抱いていた。
そんな中、現れたのはレスティアがまるで予想だにしていなかった二人だった。
シオンと共に訪れたのは、アルフォンス=フリードとユフィア・クインズロード。
教師のレスティアでなくとも、学園中の全員が顔と名前を知っている超有名人。
二年Aクラスの二人で、学園トップツーのS魔術学生。
どのような相手だろうと一之瀬君の友人なら大歓迎!と受け入れ態勢だったレスティアだったが、全く想定もしていなかった人物達の登場に完全に面食らってしまっていた。
「──今日は無理を言ってすみません。お忙しい中、お時間作って頂いてありがとうございます。……昨日話していた、友人のユフィアとアルフォンスです」
「えとっ……、一之瀬君、あの……っ」
「あっ、アルフォンス=フリードです。お邪魔させて頂きますっ」
「ユフィア……クインズロードです。今日は、ありがとうございます」
「あっ、えっ、リ、リナ・レスティアです! お、お二人のことは、ぞ、存じ上げています……! ぜ、全然っ、だ、大歓迎です……!!」
ペコっと軽く会釈をしたアルフォンスと、丁寧に頭を下げたユフィア。
そんな二人に対して、レスティアは未だに頭の整理がついていないような様子で挨拶を返した。
そんなレスティアの姿を見て、「(さてはシオン君……、僕たちのことちゃんと話してないな……?)」と、アルフォンスは苦笑いを浮かべながらシオンへ視線を向けた。
「と、取り乱してしまってごめんなさい……っ。あの、一之瀬君、二人とは一体どんな交友が……?」
オロオロとしながら、レスティアは抱いた疑問を率直に質問した。
「ユフィアは俺と魔術学校の頃から一緒の幼馴染です」
「えっ、ユフィアさんと一之瀬君が……⁉」
「シオンの〝幼馴染〟、です」
「なんで僕を威圧するように言うのさ……」
ゴゴゴゴゴ……と圧を放ちながらユフィアはアルフォンスに向けて「幼馴染」という単語を強調した。
「(ふ、普段のユフィアさんってこんな感じなんですね……)そ、それでは、フリード君とも昔からの関係なんでしょうか?」
「いえ、アルフォンスとは学園に入ってからの仲ですね。知り合ってから大体三ヶ月くらいです」
「でも過ごした時間の密度は十年分以上です」
「そうだったのか」
「それは、違う。三ヶ月は、三ヶ月。……私は、シオンと七年以上、ずっと仲良し」
「七年を超える三ヶ月もあります。そうですよね、先生?」
「えっ⁉ わ、私ですかっ⁉」
「これ、なんの競い合い?」
「と、とりあえず、お二人とも一之瀬君と親交が深いのは分かりましたっ。……ふふ」
完全に目が据わっているアルフォンスを前に冷や汗をかきながらも、レスティアは楽しそうに微笑みを浮かべた。
「……シオン、ここで私達に見せたいものがあるって」
「ああ。……正確には、会わせたいやつだけどな」
「……?」
不思議そうな表情を浮かべるアルフォンスとユフィア。
そして、レスティアはすぐにハッとした表情を浮かべた。
「そうでしたねっ! こんな所で立ち話をさせてしまってごめんなさい! どうぞ、三人ともお入り下さい……!」
そう言うとレスティアはドアを開きながら片手を室内の方へ向け、三人を招き入れた。
「失礼します」と普段通りの様子で入室したシオンに続いて、「失礼します……っ」と少しドギマギした様子でアルフォンスも入室し、最後に「お邪魔します」とペコリと頭を下げてユフィアも入室した。
「(……わ、いい匂い)」
「(花の良い香りだ……。落ち着くな……)」
植物学準備室に初めて訪れた二人は、室内を漂う植物の匂いに思わず和んだ。
二人が室内に視線をぐるりと向けると、部屋の角やテーブルの上の鉢に色とりどりの鮮やかな花が栽植されているのが見えた。
「すみません、ちょっと散らかってましてっ……」
室内は十八平方メートル程の広さがある。しかし、壁際には大きめの本棚が並べられており、その本棚の周辺には多くの木箱が積み重ねられている状態で、室内のかなりの面積をそれらが埋めている。更に、作業用のデスクやキャスター付きの台、室内の中央辺りに円形のテーブルなどもあり、人が自由に移動出来るスペースはあまり広くはない状態だった。
それぞれのデスクや台の上にはかなり無造作に書類の山が積み上がっており、散らばっていた書類を急ぎで片付けたような様子が見て取れた。
この部屋の昨日までの様子を知っているシオンは、わざわざ今日のためにレスティアが時間を割いて室内の整理をしてくれたのだとすぐに分かった。
そんな室内の右奥の方には更に扉があり、そこからレスティアは三人に声を掛けた。
「……どうぞ、こちらへ!」
「あ、はいっ」
室内を物珍しそうに眺めていたアルフォンスとユフィアは、言われるがままシオンと一緒にレスティアが呼び込んだ奥の部屋に向かった。
三人が招かれた奥の部屋はレスティアの研究室だった。
先程の部屋にあった物よりも本格的な作業用デスクが並び、薬品の生成や実験用と思われる器具が複数置かれている。壁際のガラスケースに入っているいくつかの植物は青白い照明に照らされており、鑑賞ようではなく研究中の植物だろうと思われた。
ほんのりと薬品のような匂いもあるが、こちらの部屋も爽やかで優しい花の匂いが感じられた。
そんな室内で──。
「あー‼ シオンー‼ やっと来たー‼」
と、可愛らしい少女のような声が室内に響いた。
「……! ……?」
「……⁉」
今入室した四人の他には誰もいないように見える室内で、ユフィアもアルフォンスも驚いた表情を浮かべた。
声の主を探すようにキョロキョロと室内を見渡す二人に構わず、シオンは室内の窓際の方に向かって歩き出した。
窓際の方には八十センチメートルほどの高さの小さいテーブルがあり、その上に置かれた植木鉢からは純白の蔓を纏った綺麗な花が咲いていた。
ユフィアとアルフォンスは、そこへ向かって真っすぐ歩いていくシオンに視線を向けた。
「悪い、待たせたなリリィ」
「んー! いいよー! すっごく楽しみだったから、寝ないで待ってたのー」
「そっか。ありがとな」
「うんー! えへへー」
「「……⁉」」
どこからどう見ても、シオンはその花と会話をしている。
ユフィアとアルフォンスは、喋るのに合わせてピコピコと楽しそうに揺れる花に驚きの視線を向けた。
そんな二人に向かってシオンは振り返った。
「紹介するよ。この子が今日俺がお前らに会わせたかったリリィだ」
「えっ、あっ」
「リリィ、この二人が俺の友達のアルフォンスとユフィアだ」
「リリィだよー! はじめましてー! リリィって名前はねー、リナが付けてくれたのーっ」
「あ、は、はじめまして……っ」
「初めまして、リリィさん。素敵なお名前ね」
「ありがとうー! リリィでいいよー!」
「分かった……。リリィ」
「んふふー」
リリィが楽しそうに喋っている様子を、レスティアは少し後ろから微笑ましそうに見ていた。
「えと、あの、シオン君……? これは……? 花が、喋って……」
「ああ。リリィはアルラーネだからな。喋るぞ」
「えっ⁉」
「いっぱいお喋りするよー」
「あ、アルラーネって、あの、伝説の……⁉」
「正真正銘、あのアルラーネだ」
「ほ、ほんとに……?」
「あはは、本当だよー! むふー」
ピコピコと楽しそうに揺れるリリィに向かって、ギョッとした顔を浮かべるアルフォンス。
アルフォンスが知っている限りではアルラーネは千年以上前には絶滅し、今では空想上の存在に近い植物。
伝承では人と同じように喋る事が出来たとされてもいるが、それが本当かどうかすら確かめようがないほど遠い昔の存在。
現存するとなれば間違いなく世界中が驚愕するような植物との対面に、アルフォンスは驚きと緊張が隠せない様子だった。
「お前ら二人、昨日から辛気臭いからよ。この喋る花でも見て元気だせ。面白いぞ」
「おもしろいよー!」
「うん、分かった。よろしくね、リリィ」
「うんー!」
「……なるほど、そういうことか。ありがとう、シオン君」
そう言うと、「僕はアルフォンス。よろしくね」とアルフォンスもリリィに笑顔を向けた。
「紅茶とクッキー用意しましたので、良かったらどうぞっ」
そう言いながら、レスティアはリリィと三人がいるテーブルにお菓子とティーカップを運んだ。
「すみません、ありがとうございます」
シオンに続いて、アルフォンスとユフィアもレスティアにお礼を言った。
「いえいえ! 良かったら、リリィと沢山お話してあげてくださいっ。それでは、私は隣の部屋で荷物を整理していますので、ごゆっくりどうぞっ! あとで紅茶とお菓子のお代わりも持ってきますね!」
もう一度お礼を言うシオン達に「いえいえ!」と笑顔で答えると、レスティアは隣の部屋に移動した。
それからシオンはテーブルの近くに椅子を三つ運び、二人をそこに座らせた。
「……それじゃあ二人とも。改めてリリィに自己紹介してやってくれ。名前だけじゃなくて」
「分かった。……私は、ユフィア。改めて、よろしくね、リリィ。……私は、シオンとは幼馴染。子供の頃から、シオンとずっと仲良し」
「いいな、いいなーっ。リリィはね、シオンとお友達になってから一か月くらいなのーっ」
「大丈夫、大事なのは時間じゃないよ、リリィ。……改めて、僕はアルフォンス。よろしくね。シオン君とは知り合って三ヶ月くらいだけど、そんなのは関係ないさ。何より大事なのは過ごした時間の密度だからね」
「密度も、私の方が上に決まってる。圧倒的に」
「……やれやれ。まぁ、僕とシオン君の二人の絆は他の人には分からないもんね。仕方ないよね」
ビキィッ……。
「(げッ⁉)」
こめかみに太い青筋を浮かべながらギギギギ……と小刻みに震えているユフィアに対して、シオンはギョッとした視線を向けた。
「(これは、号泣半裸中年振り回し事件の時の顔……⁉) お、落ち着けユフィアっ。ほら、これ飲め紅茶、美味いぞっ……!」
シオンの脳裏に浮かんだのは、魔術学校時代にブチギレて男性教員を振り回しまくった時のユフィアの姿だった。
こんな場所でユフィアが本気の魔術を放てば校舎ごと全壊してしまう。そんな事態になることを阻止する為、シオンはやや強引にユフィアの口元にティーカップを近づけて飲ませた。
「あはは。二人とも、そんなにシオンと仲良しなんだねー」
「(言ってる場合か‼ そんでアルフォンス、お前は何でちょっと誇らし気な顔をしてんだ……!! よく分からんけど、お前のせいだろユフィア‼)」
くぴくぴ……とユフィアがカップの紅茶を全て飲み終えたことを確認し、シオンはティーカップをユフィアの口元から放した。
ユフィアはその後数秒はギギギギと震えていたが、紅茶のリラックス効果によって次第に沈静化し、スン……といつも通りの無表情に戻った。
「……そう。私とシオンは仲良し」
「僕もね」
「(こいつら、俺の心労をなかったように……)」
「リリィもね、シオンと仲良しなんだよーっ。一緒だねぇ。──あっ! あのね、あのね! リリィ、ユフィアともアルフォンスとも、もっと沢山お喋りしたいっ!」
「ええ。沢山お話しましょう」
「うん、僕でよければ」
「わー、やったーっ!」
そんなやり取りを見て、シオンは口元を緩めていた。
……四名は和やかに歓談を続けた。十分も経過すると、リリィはユフィアとアルフォンスとすっかりなく良くなれたようだった。
ユフィアとアルフォンスは先日の敗戦によるショックを引きずっていたが、溌溂としたリリィの雰囲気につられてか、二人とも楽しそうに話をしていた。
また、アルラーネが放つアロマ──人体に癒し効果を与えるものを浴びて、精神的にも復調しているようだった。
「──っと、そうだった。悪い。今日が期限の提出物があるから、ちょっと行ってくる」
「あ、そうなんだ。分かったよ」
「分かった」
「えーっ。シオン行っちゃうのー⁉」
「すぐ戻って来るから。しばらく二人の話し相手になってやってくれないか?」
「分かったーっ!」
「それじゃ、また後でな」
「うんーっ!」
そう言うと、シオンは椅子からから立ち上がって出入り口の方まで歩いた。
部屋を出る前に少しだけ後方に振り返って楽しそうに会話を続ける三名を見届けると、シオンは扉を開けて退出した。
…………。
………。
……。
「──……それでねー。シオンはよく二人の話をしてたから、今日は本当に会えるのが楽しみだったのー」
「そうだったんだ。ち、……ちなみに、シオン君は僕のことをどういう風に言ってたのかな……?」
「わ、私も……。気になる……」
「二人とも、いいやつらだってー」
「そ、それだけ……? ま、負け犬とか虫けらとか恥知らずとか言ってなかった……⁉」
「過大評価……。ボロ負け女……」
「えーっ⁉ なんでー⁉ シオン、そんなこと言わないよーっ⁉」
表情を凍らせながらガタガタと震える二人に対して、リリィはビックリしながら否定した。
「シオンはね、二人のことすっごい尊敬してるんだよーっ⁉」
「えっ……。尊敬……?」
「シオンが、私を……?」
「そうだよーっ。あのねー、アルフォンスのことはねー、『あんなに凄い奴を、俺は見たことがない。あんなに勇敢な人間は、きっと他にはいない。誰よりも真っすぐで、誰よりも勇気がある男なんだ』って言ってたよー」
「シ、シオン君が……‼ あのシオン君が、そんな風に……‼ う、うぅ……」
アルフォンスは気持ちが悪いほどドバドバと涙を流していた。
「ユフィアのことはね、『ユフィアは誰よりも優しい奴なんだ。純粋で優しくて、本当は誰かと競い合うこと──誰かを負かしたり、自分が勝ったりするも好きじゃないのに、夢のためにずっと努力しているんだ。あいつの一生懸命さ、ひたむきさには敵わない。あいつの夢が何かはまだ分からないけど、それも絶対に叶うはずだ』って」
「そ……ぅ、ぁ……」
耳を赤くしながら、ユフィアは視線を左右させんがらプルプルと震えていた。
「二人とも、今でも十分過ぎるくらい凄いのに、それでもまだまだ一生懸命努力してるって。だから、二人のことを本当に尊敬してるんだって。そんな二人と友達なのが自分の自慢なんだって、シオンは言ってたよー。だからね、シオンが二人のことを悪く言ったりするはずないよーっ」
「うっ、うぅ……‼」
「シオン……」
「そんな凄い二人がね、いま大したことない問題で落ち込んでるから、元気出して欲しいって、シオン言ってたよー。あっ、それとね、アルフォンスは俺よりちょっとだけ足が短いって言ってたーっ。あはは」
「……。……私、もっと頑張る」
「うぅ……‼ ありがとう、シオン君……ッ」
──でも、足は僕の方が長いじゃないか……‼と、アルフォンスは泣きながら心の中でツッコミを入れるのだった……。
……それから少しして三名の元にシオンが戻り、すっかり調子を取り戻した様子の二人を見てシオンは安心した表情を浮かべた。
リリィが眠くなるまでたっぷり話し尽くすと、三人は最後に今日のお礼としてレスティアの部屋の整理を手伝ってから解散した──。
◆
──翌日。
昨日までの陰気な様子が嘘のようにユフィアとアルフォンスの二名はすっかり元通りに──どころか、非常にご機嫌な様子だった。
一日を通して 「ぬふふ……」と急に一人でニヤつく行為を繰り返すアルフォンスと、無表情だが常にぽや~とした幸福オーラを全身から放ち、まるで全身でニコニコしているように見える様子のユフィア。
そんな学園のツートップの気の抜けた様子は数日続き、「これはこれで癪に障るわね……」と、エリザは頭を抱えるのだった……。
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