番外編 イーサン・キャンベル②
大掛かりな商談の場に場違いな子供まで連れてきてしまうターゲットの慢心ぶりを目の当たりにし、今回の仕事は簡単なものになるとイーサンは率直に思った。
しかし、いかに簡単な仕事であろうとイーサンが油断をすることはない。
「──『この商売を自分が最初に思いついていたらなぁ』なんて、商人であれば誰もが思うでしょう」
彼は新進気鋭の広告企業の社長イーサン・キャンベルとして、完璧なパフォーマンスを披露する。
「革命の先取りです!この『予買保証』の事業は既に他国では成功を収めています!まだこの事業が他にないこの国でなら誰よりも先に市場を独占出来るでしょう!」
ターゲットの感情を揺さぶり、まるで本当に自社の未来が掛かっているかのような熱量で言葉を紡ぐ。
「御社の資金力と影響力、そして当社が短期間で成功を収めた広告能力やマーケティングノウハウがあればこの新事業は確実に成功します!」
確かな手応えを感じなが、イーサンは微塵も慢心する事なく商談を進める。
「これこそまさに、革命の先取りです!」
──イーサンが事業計画の説明と彼の見据えるビジョンを語り終える頃、四人のいる応接室内は既に契約合意の空気で満たされていく。
「──キャンベルさん。最後に一つだけ、質問を良いかな」
「はい、なんでしょうか」
「貴方は何故我が社に今回の合同事業を持ち掛けたのだろうか?君の言う通り、この事業をスタートする上で資金力と影響力は重要だろう。であるならば、我が社よりもより大きな資金力と影響力と持った商社があったはずだ」
「……失礼ながら、貴方はこの国の他のトップ商社の方々が今回の新規事業に乗っかると思いますでしょうか。当社のようなベンチャー企業と手を組むとお思いでしょうか」
「……と言うと?」
「全くの私見ではありますが、この国のトップ商社の方々は自分たちの市場での支配力に胡坐をかき、挑戦的な新規事業に対しては非常に保守的で、小さなベンチャー企業との合同事業など視野にも入れていないでしょう」
「……続けてくれたまえ」
「ですが御社は新規ビジネスへの開拓へも意欲的で、常に柔軟な姿勢で経営を行っていらっしゃる。挑戦的な事業こそより大きな利益を生み、いずれ来る新しい時代に取り残されない為に必要なものであるとよく理解していらっしゃる」
「……ふむ」
「今回の新規合同事業を行う上で、この国で御社以上のパートナーは存在しないと私は確信しております。──革命を起こし、新しい時代を作るのは間違いなく御社のような企業です。それが、私が今回の事業パートナーを御社に選ばせて頂いた理由です」
真っすぐなイーサンの視線を受け止めたターゲットは、誇らしいような満足気なような、そんな表情で小さく頷いた。
「是非、宜しく頼む」
ターゲット立ち上がってイーサンへ手を差し出すと、イーサンも同様に立ち上がりその手を取った。その握手が、ターゲットが今回の合同事業に最終的な合意の意志を示した瞬間となった。
「(……事前準備に随分手間を掛けた案件だったが、最後は楽な仕事だったな)」
ターゲットからの合意を得た後、イーサンは僅かな物足りなさを感じながらもターゲット達と商談後の雑談に花を咲かせていた。
お互いの過去の仕事の話や遠方の国での経験など、すっかり砕けた空気の中でイーサンは得意の嘘を交えながら和気藹々と語った。
「社長、そろそろサインを……」
「おお、これは失敬。つい雑談に夢中になってしまったよ」
歓談も良いですが、とターゲット側の重役がターゲットにサインを促した。
最後にサインさえ書かせれば……という状況から十数分ほど停滞していたが、ついにターゲットがペンを手に取った。
「……」
「そういえば、イーサンさんはヘイドリック王国のイーストランドでお仕事されていたんですよね?」
「……!ええ、二年前に半年ほど」
イーサンが計画のフィニッシュとなるターゲットの署名に注視していると、先程までの雑談の延長でターゲットの息子から話しかけられた。
無意識にニヤついた表情を浮かべていなかったかと一瞬ハッとしたイーサンだったが、すぐに平静を装って返答した。
「僕も父の紹介でイーストランドの博覧会に行かせて頂いたんですが、あの街は凄いですよねぇ。ギルバート王国とは街並みから違うっ」
「確かに、あの国は凄いですね。都心を中心に街並みの統一が徹底されている。昔ながらの国の色を守る素敵な国でした」
「本当に、僕も感動しました。イーストランドといえば、あのレストランには行きましたか?」
「ああ!そういえば、地元で食事の話となると必ず話題になるレストランがありましたね!残念ながら私はタイミングが合わなくて行けなかったんですが……。なんて言ったかな、レストランの名前が、ええと……」
「イースト・レッカー!」
「そう! イースト・レッカー!地元の方々が必ずオススメするレストランだったので、是非行ってみたかったんですがね……。ご子息様は行かれたんですか?」
「ええ、行きましたよっ。あそこのシチューが本当に美味しくて……」
「そうそう、イースト・レッカーのシチューですね。私も現地の人たちから聞きましたよ。煮込み加減が本当に絶妙なんだとか」
「ええ、それはもう。あの煮込み加減の再現はあのお店以外では不可能だと思います。もしまたイーストランドに行く機会があれば、是非っ」
「ははっ。そこまで言われると、二年前に食べ損ねたのが本当に悔しいですね。ええ、またあそこに行くことがあれば、必ず」
ターゲットの息子から振られた話題に対して、当時の現地の人たちとの話を思い起こすように返答していたイーサン。
しかし、その国はイーサンは実際は行ったこともなく、何の所縁もない国だった。
話を合わせられるようにターゲット本人に所縁のある土地や企業などに関してはいくつか事前に情報をインプットしていたが、ターゲットの息子から話を振られることはイーサンの予定にないことだった。
しかし、イーサンにとってはその程度のことはトラブルという程のことでない。
こういったシチュエーションにおいては〝コールド・リーディング〟とよばれる話術を使用して乗り切る。
知っている体を装い、さりげなく相手から情報を引き出しながら話を合わせるベーシックな話術だ。
当然、イーサンは実際には話題に上がったそのシチューのことなど聞いた事もない。
しかし、絶品と評判のシチューに対して「煮込み加減が良い」という大抵の場合当てはまるような言い回しで、さも知った風に発言する〝バーナム効果〟の応用スキルも併用して話を合わせた。
言い回し、間の取り方、自然なリアクション。
高度なスキルと思考力が必要なこの状況でさえ、イーサンはいつも通り息をするように他愛もなくやり過ごした。
──……はずだった。
「ええ、必ず行って下さいね」
──その少年が、不敵な笑みを浮かべるまでは。
「……そもそも、イーストランドにイースト・レッカーなんていうレストランはありませんが」
「ん……?」
「……?」
「(──……‼)」
イーサンが仕込んだターゲット側の重役、そしてターゲット本人が困惑した表情を浮かべた。少年の発言の意味が汲み取れないという様子だった。
しかし、その少年の発言は決して無意味な冗談ではないと、イーサンは一瞬で悟った。
「(このガキ、俺を出し抜きやがったな……⁉)」
完全に油断した、いや、油断させられたのだとイーサンは察した。
この目の前のターゲットの息子は、初めから自分を油断させるためにわざと〝カモ〟の振りをしていたのだ。
イーサンにボロを出させて、嘘を露呈させることがこの少年の最初からの目的だったのだと、イーサンは先ほどのたった一言から全て推察出来た。
天才詐欺師のイーサンだからこそ、その少年が人を騙し欺く優れた才覚の持ち主であるとわずか一瞬で理解したのだ。
長年詐欺師として修羅場を潜って来て、ここまで初歩的なカマ掛けに簡単に引っ掛かるようなイーサンではない。
それは、それだけこの少年のスキルは尋常ではないと物語っていた。
「イーストランドは漁業が盛んで、新鮮な魚料理が人気の町だ。一度でも現地に足を運んだことがある人間なら、あそこでシチューが看板メニューのレストランなんて不自然だとすぐに気付く。──あんたは、イーストランドに行ったことすらないんだよ」
「(──こいつ……ッ)」
相手に弁解の余地を与えない囲い込み方。もはや何を言い返したとてターゲット側の不信感はぬぐえないような状況へと追い込まれた。
その追い詰め方も間違いなく一級品だと理解したイーサンは、演技への没入を深めて対抗せざるを得なかった。
「はは、これは失礼……。どうやら私は記憶違いをしていたようだ……。シチューの美味しいレストランが有名だったのは、ヘイドリック王国のイーストランドではなく、カムズ州のイーストプールだったようです。よく、ごっちゃになってしまうんですよ」
「イ、イーサンさんは、あちこち色んな国に行かれますもんねぇ?」
「ええ、短期での移動も多いものですから、お恥ずかしながら記憶違いをしてしまったようです。それにしても、ご子息も人が悪い。私が勘違いしていることに気付いていたのなら、すぐに教えて下さればよいものを、はは……」
まだ確証を与えた訳ではない。
少し苦しい言い訳になったのは間違いないが内通者である重役のアシストもあり、この場の雰囲気も明らかに持ち直している。
ここで商談を中止させるほどの致命的なボロにはなっていない。
相手の中でこれが〝本物の商談〟である可能性があるうちは、今はまだ取り返しのつかなくなるような物言いはしてこないはずだと、イーサンはここからの立て直しのビジョンを描いた。
「(とにかく、強引な詰め方さえされなければこの場は凌げる──)」
「人が悪い?──それが人から金を騙し取ろうとしてる奴の言葉か?」
「「!!」」
「(馬鹿な──⁉)」
イーサンの想定は、目の前の少年にいとも簡単に覆された。
──あり得ない、絶対にあり得ない。まだこの少年は確証を手にしていない、している訳がない。これだけ大掛かりな商談で、俺の偽りのエピソード一つから詐欺師だと断定する訳がない。これが本物の商談という可能性を切り捨てて、考えなしにリスクを冒しているのか⁉──いや、こいつの顔はほぼ確証を得ている顔だ。何故だ、一体どこから露呈した。何がこのガキに確証を与えた⁉──一体、何が……⁉
「どうした、さっきから汗が凄いぞ」
「はは……。悪い冗談はよしなさい。そりゃ君の珍妙な発言には驚いてはいるが、私は汗などかいていないじゃないか?」
──今度はカマかけか⁉この俺が、少し追い詰められたくらいで冷や汗などかくわけねぇだろうがっ……。
事実、イーサンはわずかなボロが出た瞬間から今に至るまで、冷や汗の一つもかかずに涼し気な表情を浮かべていた。
しかし、続いた台詞は……。
「イーサン、あんたじゃないよ。……俺はあんたに言ってるんだよ、──アドルフさん」
少年が口にした名前は、イーサンが買収したターゲット側の重役だった。
「……ッ⁉」
「──あんたがこの詐欺計画の内通者だって、最初からバレてるんだよ」
「……ッ‼」
──クソッ‼やられたッ……!!
そこで初めて、本当にイーサンの背中に冷や汗が噴き出ることとなった。
「ぁ、えっ、なっ⁉」
突然名前を呼ばれたアドルフは酷く動揺しながら狼狽えた。
「(こいつがアドルフが内通者だと知っている訳が無い‼これはハッタリだ!!こいつ、内通者をハメにいきやがった!!)」
──人を騙す上で最も重要なのは……〝騙せるターゲット〟を選ぶこと。
「(内通者だ、内通者だったんだ!!このガキが得た確証は……‼)」
「この商談は社内幹部達の会社への忠誠度を確かめるテストだ。この男があんたに持ち掛けた詐欺の計画は全部会社側が仕組んだ嘘なんだよ」
「そ、そんな馬鹿なっ!!」
──デタラメだ!!……だが、今の内通者にその嘘を看破する方法はない……ッ‼この状況じゃ、俺もフォローには入れない……っ。
「最初から全部嘘だったって、俺を騙してたのか⁉本当はあんた、詐欺師じゃなくて会社側の人間だったのか⁉」
──よせ……っ。
アドルフから向けられた視線から、イーサンは目を逸らした。
「──何とか言えよ‼」
──やめろ、それ以上喋るな……‼
「おい、イーサン⁉」
──この、クソ馬鹿がッ……ッ。
イーサンは思わず片手で自身の額を押さえた。
軋むほど歯を食いしばりながらイーサンが血走った目を向ける先には、「内通者が証拠だ」と言わんばかりに不敵な笑みを浮かべた少年がいた。
「計画を有利に進める駒のはずが、かえって仇になっちまったな?」
そういうと、少年はターゲットがサインした書類を素手で破いた。
「なんっ、なんだ、どういうことだ⁉」
アドルフは全く状況を理解出来ずに騒ぎ立てる。
しかし、イーサンはもはやそれを意に介さず、この先のいつくもの言い逃れの台詞と、その発言のあとのビジョンを瞬時に脳内に巡らせた。
……しかし、どうやってもこの状況から打開する方法は存在しなかった。
「(クソッ、この俺が、こんなところで……!!こんなガキに……!!)」
プライドの高いイーサンにとって、かつてこれほど屈辱的なことはなかった。
しかし、理性を失いそうになるほどの怒りが沸くイーサンだったがすぐに思考を切り替えた。
「(……落ち着け、まだこの場から脱出する方法はある。ターゲットとこの少年を素早く無力化し、警備員が集まる前に建物から脱出出来れば外で待機している協力者と合流して逃亡出来るはずだ)」
武力で解決するのは酷くスマートじゃないと、イーサンにとっては信条に関わる問題だったが、他に打つ手はなかった。
この商社の建物に入る際にはボディチェックを受けるため本来は凶器の持ち込みは出来ないが、内通者を仲介すれば容易に凶器の用意は出来た。
イーサンが本当に万が一に備えて用意だけしていた凶器、背中側の腰に忍ばせたナイフを手に掴んだ。
「(この部屋から出たあと、騒ぎになって警備員に囲まれたら脱出は困難だ。──3秒、いや、2秒でターゲット側の二人の喉を切り裂き声を奪う。そして自然な装いでこの部屋から退出する……)」
迷っている時間はない、相手の虚をつくならこの一瞬しかないと、イーサンはベルトからナイフを抜いて素早く腰を浮かせてターゲットに迫ろうとした……が、そのとき。
「雷撃」
まるでイーサンの動き出しを制するようように、鋭くバチィッっというプラズマ音が室内に響いた。
「……ぐっ……ッ……‼」
全身を激しい痛みと痺れるような感覚に襲われたイーサンは、体をコントロールすることも出来ずそのままテーブルの横の床に勢いよく倒れ込んだ。
「っ、ぅ……ッ(──こいつ、魔術師かっ……‼)」
歩み寄ってきた少年に対して、イーサンは倒れ込んだ姿勢のままその顔を睨みつけた。
「あんたほど隙のない演技は初めて見たよ。ちょっと強引にイーストランドの話を持ち出さなければ最後まで見破れなかったかもしれない。……多分、あんたはこれまで相当な数の人間を騙し抜いて来たんだろうな。ただ──」
そういうと、少年はイーサンの手に力なく握られているナイフを蹴り飛ばした。
「……ッ」
イーサンの手元から弾かれたナイフは応接室の端の方へ転がった。
「──今回は運が悪かったな」
そういうと、自身の足元で身動きを取ることすら出来ないイーサンを少年は静かに見下ろした。
「ち、くしょう……ッ……‼」
完膚なきまでに突き付けられた失敗と敗北。
屈辱、怒り、絶望、嘆き、イーサンの中で様々な感情がせめぎ合った。
「お前……一体何者だ……っ⁉」
イーサンはまだ体も動かせない痛みの中、激しい怒りを滲ませた視線を少年に向けた。
少年はその視線を平静とした様子で受け止めた。
わざとらしいほど艶やかな整髪剤で整えられていた髪をぐしゃぐしゃと手で乱しながら、少年は淡々とした口調で答えた。
「──俺は、ただのC級魔術学生だ」
……その後、イーサン達のいる応接室には複数の警備員が集い、イーサンはあっけなく拘束された。
イーサン・キャンベル……本名アーサー・レイドリックの詐欺師としての成功とキャリアが終幕を迎えた瞬間だった。
◆
ギルバート王国の王都にある和ノ國商社の王都支部ビル──そのビル内の社長室にて現社長の一之瀬デイオンは、客人用ソファに腰かけながら読書をしている息子のシオンに話かけた。
「──いやぁ、今回は本当に助かったよ。ありがとうなぁシオン……!お前の才能は相変わらず凄まじいよ」
「……ん?ああ、どういたしまして。あれくらいの仕事ならいつでも手伝うからさ」
持ち込んでいた魔術本を読むのを一旦止めると、シオンは答えた。
わざとらしいほど煌びやかに整えていたスーツやアクセサリーは外し、シオンは普段通りの黒基調の私服に着替えていた。
「いや……お前には学業もあるのに、わざわざ休日にすまない!」
「ははっ、いいって。十七にもなって未だに親に学校に通わせて貰ってるんだから、家業の手伝いくらいしないとバチが当たるよ」
そう言うと、シオンは目の前のテーブルに出されていた紅茶を一口飲んだ。
「何を言ってるんだ、親には好きなだけ甘えて良いんだよ。──でも、本当に毎回ありがとうな」
「いいって。……それと、仕事の報酬っていって俺の金庫に大金ぶちこむのはやめて欲しい、マジで。このあいだ二十万ゼニーくらいしか入ってないはずの貸金庫に突然一千万入ってたときは本気で焦ったからさ……」
「いや、いくら実の息子だからといって仕事の報酬を払わないわけにはいかないだろ。今回はあわや50憶ゼニーを持ってかれるところだったんだ。それを未然に防いだ凄腕の立会人には相応の報酬をださねばな!」
「……俺じゃなくても、未然に防げただろ?普段会わない俺でもアドルフさんの不自然さにはあの場で気付いたんだ。普段から一緒に働いている父さんが気付けない訳がない」
「……まあ、そうだな。だからお前を呼んだんだ」
「別に俺を呼ばなくても、事前にアドルフさんや相手の会社について洗いざらい調べておけば良かったんじゃないのか?」
「いや、なぁ。調べるとは言っても、俺が直接調べられる訳ではないからなぁ。調査員に依頼して調べることになるが、その調査員ごと相手に買収されてしまえば意味がない。幹部のアドルフが買収されてるとしたら、社内のどの範囲まで相手の手が伸びてるか把握はしきれないしな。あらゆる対策を打ちながら徹底して調べるなら、それなりに時間も金も掛かる。それなら、最後の対談でお前の力を借りて一発でケリを付けるのが一番手っ取り早いだろ?」
「……一理あるけどさ、もし俺が相手の嘘を見抜けなかったらどうしてたんだ?」
「絶対に見抜けるさ、お前なら。実際そうだっただろ?……まあでも、お前で見破れない相手に騙されるなら仕方ない。そのときは高い勉強代だったってことだ、しょうがねー!」
「このいかれジジイ」
ははは、とデイオンは豪快に笑った。
「こんな頭のネジが外れたおっさんが社長をやってて、この会社は大丈夫なのか?」
「わっはっは、今のところはな!会社潰しちまってお前に残してやれなくなったら、そんときはすまん!」
「いや、いいよ。俺は冒険者になるからさ」
「それもそうか!──まあ、イーサンが練り上げていた空想の商売は実際にかなり面白そうだったからな。ちょっとやってみて一儲けしてみようと思ってる!うまく行けば玄孫の代まで安泰だっ!」
わははと、デイオンは楽しそうに笑った。
「……ふふ、そっか」
この豪胆さと、有用であれば手段を選ばない不敵さがこの人の社長としての強みなのだと、シオンは腑に落ちるのだった。
「……というか、シオン。お前もイーストランドに行った事なんてなかったよな……?」
「うん、ないよ。漁業が盛んとか、新鮮な魚料理が人気とか、全部テキトー言ってた」
「こわっ……。俺の息子、こわっ」
……その後、一年を通して滅多に会う機会のないシオンとデイオンは親子水入らずの会話に花を咲かせた。
「そういえば、今度王都にある騎士学園でシオンのところと学園対抗試合をやるんだよな?」
「ああ、そうだよ」
「去年は一年生から代表は選出されないって言ってたけど、今年は二年生だからシオンが出る可能性もあるんだろ?もし出るなら、仕事全ぶっちして応援しに行くぞ!」
「大企業の社長が全ぶっちとか言うな。一体いくらの損失が出るんだそれ。それに、対抗戦の代表はもう全員決まったから、俺が出ることはないよ。どのみち、一部関係者以外は会場に入れないけど」
「そうか……。じゃあ、シオンの魔術師としての雄姿を見られるのはまた次の機会だな」
「ああ、またいずれね」
……それから、二人はシオンの最近出来た友達やデイオンとも顔見知りのユフィアの話で談笑を深めた。
「──さて、それじゃあ俺はそろそろ帰るよ」
「えっ!?泊まって行かないのか⁉一緒にご飯食べて行かないのか⁉」
「いや、次の列車に乗らなかったら深夜まで帰れないからさ。夕方には戻ってトレーニグしなきゃ。折角父さんと母さんに魔術学園に通わせて貰ってるんだから、疎かには出来ないよ」
「……そうか」
「寂しい!もっと一緒にいたい!」と言いそうになるデイオンだったが、昔から変わらない真っすぐな情熱を宿した息子の目を見て引き下がった。
「……少しだけだが、お前の魔術も見れてよかった。見事だったよ。凄いな、シオン」
「父さんと母さんのお陰だよ。でも、あんなんじゃまだまださ。……だから、もっと頑張らないとね。それじゃあ、また何かあったら遠慮なく呼んで」
「うむ、今日は本当にありがとうな。──頑張れよ、シオン」
「ああ。父さんも、身体には気を付けてね」
そう言うと、シオンは和ノ國商社のビルを後にし魔力機関車に乗車して王都から離れた。
……夕暮れに魔術学園へと戻ったシオンは、そのまま寮の自室から回復ポーション類を持って寮の裏庭へ出るといつも通り魔術のトレーニングを開始するのだった。
世界的大犯罪者を牢獄送りにした日でさえ、一之瀬シオンにとっては普段と変わらない日常の一幕に過ぎない。
それからしばらくして、近く銀行の自分の貸金庫の中に入っている五千万ゼニーの札束を目の当たりにしたシオンは頭を抱えるのだった……。




