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最終話. 自分をSSS級だと思い込んでいるC級魔術学生

 


 ───前回の定期試験から、およそ二ヵ月後。



 ギルバート王国立クロフォード魔術学園の演習ルームにて、教員であるリナ・レスティアは一人の男子生徒の所作を凝然と見つめていた。


 いや、その男子生徒の所作を凝視しているのは彼女だけではない。


 他のクラスメイト達もまた、様々な感情の乗った視線をその男子生徒に対して真っ直ぐに向けていた。


 生徒の名は一之瀬(いちのせ)シオン。レスティアの担当する2年Cクラスの生徒だ。


 彼はゆっくりとした動作で右手を上げると、18.44m先にある(マト)に掌を向け呪文を唱えた。


 「火球(ファイアボール)


 彼の掌の前方に直径30cm程の魔法陣が出現し、赤橙色に煌めく魔法陣から人の頭部程度の大きさの火の玉が的に向かい放たれた。


 的に当たった火の玉はボウッ、と音を立てて周囲に分散した後、静かに消滅した。


 それを確認したレスティアは、手元にある用紙の「炎属性魔術」の項目に「C」と記入する。



 魔術の評価は上からS、A、B、C、Dとなっており、Cとは初歩的な魔術が扱える、というレベルである。



 彼は続けて水属性、土属性、風属性、雷属性の魔術を繰り出す。


 レスティアはそれらの魔術を確認後、C、C、C、Bと記入していく。


 全ての魔術の試験を終えた一之瀬シオンに下された総合評価はC。


 レスティアが彼にそう伝えると、何食わぬ顔で「分かりました。有難う御座いました。」と言い頭を下げ、彼は踵を返した。


 演習ルームを後にする一之瀬シオンを、レスティアは微笑みながら見送った。




◆ ◆ ◆ ◆




「やれやれ……。目立つのは好きじゃないんだがな」


 

 演習ルームを後にした一之瀬シオンは、一人ぽつりと呟いた。


 まるで彼は、意図せず目立ってしまう自分に呆れるような、うんざりするような、そんな態度を見せる。


 そんな彼を目にすれば、先程シオンに注目を向けていたクラスメイト達は、「やっぱりあいつは目立ちたくなくて本当の実力を隠していたんだ!」と確信するだろう。


 だが、それは大いなる勘違いである。


 彼はただ、()()()()()()()()()()()()()()()()である。


 そう見えるように、とはどういう事か。


 要するに彼は、あたかも「SSS級の実力者が目立たないようにC級魔術学生のフリをしている」ように振舞っているだけなのだ。


 彼には何か意図や、そのように振舞う必要がある、という事は決してない。


 

 彼は「本来は学園最強だがその実力を隠している」という事が最高にクールだと考えている。


 つまり彼は、「本当はSSS級魔術師であるが、その事は周りには隠している」()()()()で学園生活を送ることが最高に快感であるから、そのように振舞っているだけである。


 演習ルームから退室し、誰も見ていない場所で先程の独り言を漏らしたのも、設定を徹底し、ただただ悦に浸りたかっただけである。


 また、彼がAクラスへの移籍を断固として拒否したのも「Cクラスのままの方が()()()()()()()()()がしてカッコいいから」というのが最たる理由に他ならない。


 そう、彼はただの変人なのである。


 そしてそれは、実技試験においても同様。


 彼は()()()C級魔術師程度の魔術しか扱えないが、「あたかも()()()()()()()()試験で手を抜いている」ように見せる為に、実際は必死で力んでいるのだが、それを悟られないよう、表情を一切変えずに全力で魔術を繰り出していたのだ。


 言うまでもなく、一之瀬シオンお馴染みの痩せ我慢である。


 その証拠に彼は試験を終え、演習ルームから退出した後に一気に全身から汗が噴出し、現在は顔を歪ませながら肩で息をしている。


 それもまた、毎度お馴染みの光景である。


 あたかも「自分にはSSS級の実力があるにも拘らず、それを隠してC級学生のフリをしている」かのように振舞う事で悦に浸る変態、それが一之瀬シオンという男───だった。


 そう、()()()……。


 一之瀬シオンが「自分にはSSS級の実力があるにも拘らず、それを隠してC級学生のフリをしている」かのような()()()()()()演技をしていたのは、もはや過去の話である。


 現在の一之瀬シオンは、"設定"などではなく、本気で「SSS級の実力を隠している」()()()なのだ。


 そう、ただ演技をしていただけの時とは違い、一之瀬シオン()()が「()()()()()()()SSS級の実力がある」と確信してしまっているのだ。


 なんとも常軌を逸した思い上がりである。


 一体何故、()()()C()()()()()()に過ぎない彼が、そんな大それた勘違いをしてしまっているのか。


 前回の定期試験の際には、流石の彼もそこまでの異常思考を持ってはいなかった。



 前回の定期試験から今回の試験までの間、およそ二ヶ月。


 その二ヶ月の間に起きた、二つのビッグイベント。



 その二つのビッグイベントの中で彼は、歴史上唯一SSS級の称号を与えられた大英雄と同じく「終焉の黒殲龍(シュヴァルディウス)の撃退及び無害化」に成功し、さらに、数週間前の学園対抗戦において「実力は"SS級"と呼ばれる騎士学園最強の男を瞬殺する」という二つの偉業を成し遂げた。


 その二件の成果によって、彼は思い上がってしまったのだ。



 「自分には、()()()S()S()S()()()()()()()()」───と。



 確かに彼は、「限界加速(リミット・アクセル)」という、C級とは一線を画す高位の魔術を扱える。


 しかし、"没我の極致"や「限界加速/限界突破(オーバーリミット)」を安定して発動させる事が出来るならまだしも、彼が基本的に安定して維持出来る「限界加速」の性能は、至って貧弱なものだ。


 故に、実用性や使用後の反動、「限界加速を発動して出来る事の上限」を考慮すれば、彼のランクを上げるような要素には到底なりえない。


 「限界加速」込みで評価したところで、彼が魔術学園の評価基準においてBランク以上の評価を与えられる事はないだろう。


 紛う事なく、正真正銘のCランクである。

 

 だが、彼は数週間前の学園対抗戦において、「ついに覚醒して己の限界を超え、騎士学園最強の男、"クリフ・ワイルダー"を瞬殺した」と()()してしまった事が決定打となり、一之瀬シオンは「それが()()()()()()()自分の"真の実力"」であると解釈してしまったのだ。


 クリフ・ワイルダーが、()()()C()()()()()()()()()である事も知らずに……。



 先程のクラスメイト達も含め、これまで幾人もの人達が「あいつは一体何者なんだ……?」という疑問を一之瀬シオンに向けてきた。


 何度も言うように、「内に秘められた"SSS級"の実力がある」というのは一之瀬シオンのただの勘違いであり、彼の()()()()()は相変わらずCランク程度のままである。


 故に、どれだけ大きな成果を挙げていようと、一之瀬シオンという男はあくまで"C級魔術学生"に過ぎず、それが「何者なんだ?」という疑問への答えだろう。


 だが、一之瀬シオンという男を言い表すうえで、「()()()C級魔術学生」と呼ぶのは少し不適切かも知れない。



 存在しない"内に秘められたSSS級の実力"などと言うものを存在すると()()()()、それを()()()()()()()()で振舞うという、桁外れの異常者。


 そんな一之瀬シオンの事を端的に、そして正確に言い表すには、こう呼ぶのが最も相応しいのではないだろうか。





 『自分をSSS級だと思い込んでいるC級魔術学生』


 

 ─────と。


 

 

 そのような一之瀬シオンは現在、実技試験を終えた後に更衣室へと向かって廊下を歩きながら、先程の"自分の姿"を俯瞰的に思い起こしている。



 SS級の実力者をも瞬殺してしまうような"得たいの知れないC級魔術学生"が、あたかも自分の実力を隠すように手を抜いて実技試験を行い、そんな様子に周りのクラスメイト達がざわつく。



 まるでお手本のような「隠していた実力が周りに露呈した後の様子」であり、それは彼にとって、この上ない絶好のシチュエーションであった。


 更に言えば、以前までのような"設定"のつもりではなく、彼は実際に「実力を隠している」という()()まで抱いてしまっている。


 そのような先程の光景を俯瞰的に想像した彼のテンションは最高潮までに達し、内心で踊り狂うような歓喜の声を上げていた。


 「へへぇ……へはぁ……」と、汗ばんだ顔に気色の悪い笑みを浮かべ、息を切らしながら廊下を歩いている彼の姿は、どっからどう見ても完全に変質者である。




 ───クロフォード魔術学園二年Cクラス所属、一之瀬シオン。


 ───このイカれた男による狂気の物語は、これからも続く……。






────────

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― 新着の感想 ―
[良い点] ここまでの道中、自分の実力を把握してるんだからタイトルと違うんじゃ…って思って読んでたけど… そういうことかっっ!!!って思いましたね、見事なタイトル回収、とても面白かったです。
[気になる点] 面白かったし、最初の話をなぞるように、しかしこれまでの物語の積み重ねを感じるような「第一話との違い」を描く最終回っていうのも最高ではあるんですが、デート回のやや駆け足感ある良い話の詰め…
[一言] めちゃ面白かったです! 会話の漫才が最高でした!
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