53. 釈明
「(馬鹿な……ッ!タイソン・エストラーダに、ロイド=シグルズまで敗れるなんて……!!)」
学園対抗戦の次鋒戦の決着後、アルバレス騎士学園の学園長であるアラム・デラホーヤは頭を抱えていた。
クロフォード魔術学園同様、アルバレス騎士学園もまた、先鋒戦と次鋒戦は意地でも白星を獲得しようと目論んでいた。
過去二年間の対抗戦で魔術学園代表選手の攻撃を全て耐え抜いた程の驚異的なタフネスを持つタイソン・エストラーダと、まさに目にも止まらぬ高速移動を行い、通常の対魔術師戦において圧倒的な優位に立てるロイド=シグルズ。
それぞれ、耐久力とスピードにおいて"S"評価を与えられている二人が連続で敗れるなど、アラムにとってはまるで想定外の事態であった。
「(くっ……、このままでは……ッ!!)」
アラムの胸中にあったのは、強い動揺と焦燥感。
「(今年だけは……、今年だけは絶対に負ける訳には……ッ)」
ドーム型の闘技場で半円を描くように席の並ぶ観客席とは反対側にある特別観覧席。
その特別観覧席の椅子に座っているアラムは、フィールドを見つめながらギリッ、と拳を硬く握り締めた。
現在の騎士学園の学園長を務めるアラム・デラホーヤには、今年の対抗戦で絶対に負けられない理由があった。
それは、騎士学園が今年の対抗戦に勝利した場合に実行される、学園に対する国からの援助金の増額にある。
近年の近隣の武装強化や、直近のドラゴン襲来により大幅な武力強化に踏み切ったギルバート王国。
その武力強化の一環として、騎士学園への援助金の増額がほぼ決定されている。
しかし、あくまでほぼであり、完全な決定ではない。
騎士学園への援助金の増額に伴い、逆に援助金の減額が決定されつつあったクロフォード魔術学園の猛抗議によって、援助金の変動は「今年の学園対抗戦の結果次第」という事になったのだ。
学園対抗戦に勝利し援助金の増額を獲得する事はアルバレス騎士学園の優秀さの証明を意味し、逆に、敗北すれば名誉ある騎士学園の威光を汚す事に他ならない。
そして、アラムが今年の対抗戦で絶対に負けられない理由は学園への援助金の増額や、学園の威光の為だけではない。
アラムが今現在強い焦燥感を覚えている理由は、この対抗戦の勝敗にアラム自身の名誉が掛かっているという要因が大きい。
現在のアルバレス騎士学園の学園長であるアラム・デラホーヤは、前任の学園長から引き継いでから今年で三年目。
つまり彼は、まだ学園長に就任したばかりなのである。
そんな中、過去十年以上も学園対抗戦において連勝を重ねて来た名誉ある騎士学園が、学園の威光の掛かった大事な年の対抗戦で敗北するような事があれば、アラムの威信は大きく失墜する。
その事はアラム自身も充分過ぎる程に自覚しており、また、前任の学園長やアルバレス卒生の王国騎士団の重役らからも非常に大きなプレッシャーを掛けられている。
就任した途端に重大な戦いで黒星を付けられるような事があれば、アラムの名誉は挽回のしようがなくなるだろう。
故にアラムは、今年の対抗戦だけは絶対に負ける訳にはいかず、中堅戦までに既に二敗した現状に強い焦りを抱いていた。
───「(あの男さえ……、あの男さえ来てくれたら……!!)」
残りの三戦において全て白星を獲得しなければならない──、そんな追い詰められた状況の中、アラムは一人の男子生徒の到着を心の底から願った。
中堅、第四学年序列十位、シーサケット・ロドリゲス。
副将、第四学年序列三位、アントニオ・マクドネル。
大将、第四学年序列一位、ライアン=デュノー。
以上が、現在の騎士学園の残りの代表メンバーである。
中堅のシーサケット・ロドリゲスは学園序列で十位ながらも、その特異体質によって繰り出される"技"によって魔術学園の代表を打ち破るという強い確信があった。
シーサケットは今年初めての代表選手入りだが、実際のところは対抗戦出場可能になる二年生の時点から本人は代表に強く立候補しており、その技によって「対抗戦で魔術師を相手に白星を挙げる事は間違いないだろう」という評価は受けていた。
しかし、その技の性質から「騎士学園の代表としては不適切」という理由で、代表に選ばれる事はなかった。
だが今回、騎士学園は絶対に負けられない対抗戦において、騎士としての"気高い勝利"よりも、不意を突いてでも"確実な勝利"を得るために、アラムはシーサケット・ロドリゲスを中堅戦に起用した。
そして、大将のライアン=デュノー。
第四学年序列一位であるライアンは、タイソンやロイドのような突出した能力はないものの、パワー、剣技、スピード、ディフェンス、スタミナ、戦闘IQと、全てにおいて高水準を誇り、S級の二人以外の魔術学園の代表が相手ならばまず負けないだろうと予想された。
シーサケットとライアンの勝利は堅いと思われているが、問題は副将を務める第四学年序列三位のアントニオ・マクドネル。
騎士学園の代表を務める以上、アントニオも決して弱い選手ではないのだが、もし仮に魔術学園が大将戦を捨てて副将に魔術学園の"第四学年序列一位"の生徒をぶつけてきた場合、勝算は低いと言わざるを得ない。
いやむしろ、S級の二人を大将と副将に据えなかった時点で、魔術学園が大将戦を捨てている事はほぼ間違いないだろう。
つまり、まず間違いなく魔術学園の四年序列一位の生徒と四年序列三位であるアントニオはぶつかる事になり、そして、その試合で勝てる確率は高くない。
既に二敗している中、騎士学園が残りの三試合で確実な勝利を上げられない可能性がある以上、アラムの焦りも必然だった。
しかし、まだその現状を打破出来る可能性が存在した。
それこそまさに、アラムが到着を待ち望む一人の騎士学生の存在である。
その男は、"千年に一人の男"と呼ばれ、現在のアルバレス騎士学園で唯一"S級"の称号を持ち、騎士学園史上最強と謳われている生徒。
その名も、"クリフ・ワイルダー"。
アルバレス騎士学園三年、学年序列一位の生徒である。
ワイルダーは学生ながらも突出した実力を見込まれ、既に王国騎士団の臨時団員としても活動している。
そして、ワイルダーは学園対抗戦を行っている現在においても騎士団としての作戦に赴いている真っ最中である為、「作戦終了後、学園への帰還が間に合った場合」に限りワイルダーを既存の代表メンバーと入れ替えて対抗戦へ出場させる事になっている。
もし仮にワイルダーの帰還が副将戦までに間に合えば、大将のライアンとワイルダーを入れ替え、副将のアントニオとライアンを入れ替える事によって、騎士学園の勝つ可能性は大きく変わる。
故に騎士学園の学園長アラム・デラホーヤは、ひたすらにクリフ・ワイルダーの到着を待ち望んでいた。
そして、その間に行われた中堅戦に決着が付き、騎士学園はついに念願の一勝を手にした。
『 WINNER シーサケット・ロドリゲス 』
シーサケット・ロドリゲスの戦法に対して観客席から激しいブーイングが飛び交う中、
「(既に勝負がついた後ではあったが……、あの赤髪の少女の風の矢の魔術、凄まじいものだった……。まともに戦えば、ライアン、ロイド、タイソン以外の生徒では決して勝てはしなかっただろう……。あんな生徒がまだ二年生だなんて、今年のクロフォード魔術学園は本当に恐ろしい……)」
「(しかし!だからこそ、これで良い!私のシーサケットの起用は、決して間違いではなかった……!勝つ為には……仕方無かったんだ……ッ)」
と、アラムは自分に言い聞かせるように、唇を噛み締めながら己の采配を正当化した。
◆
史上最悪の中堅戦の決着後、
『 WINNER シーサケット・ロドリゲス 』
と、ボードに大きく表示されている会場内では、魔術学園側からの大ブーイングが巻き起こっていた。
「ふざけるなー!!あんな勝ち方があるかー!!」
「お前に騎士道精神はないのかー!!」
「帰れー!!」
「あれで本当に勝ったと言えるのかー!!」
「謝れー!!謝罪しろー!!」
「騎士学園では屁を使った戦い方を教えているのかー!?」
「帰れー!!」
防毒マスクを着用した係員がフィールド内の消臭作業を進める中、口々にシーサケット・ロドリゲスに対する痛烈な批判を飛ばす魔術学園の生徒達。
そして、自分達の代表が念願の初白星を獲得したものの、騎士学園の生徒達の心境もまた複雑だった。
正々堂々を理念とする騎士が、完全なる不意打ち、しかも、あのような下品な戦い方では、シーサケットを称える事は難しい。
「あの戦い方は流石に……」
「なぁ……。いくら勝ったとは言え……」
「しかも、よりによって女子にあれは……」
と、騎士学園の生徒達は口々に呟く。
シーサケットを称賛するよりも、むしろ、騎士学園の生徒達は殺人的な悪臭ガスを食らわされたエリザ・ローレッドに対して同情的な生徒が大多数だった。
しかし、そんな苦い顔を浮かべている騎士学生達に、喝を入れる生徒が一人。
「お前達には!!シーサケットの戦士としての気高さが分からないのかッ!!」
騎士学生が並ぶ観客席にて立ち上がったその生徒の名は、ルイス・ケリー。
騎士学園第四学年序列四位の生徒であり、現在の代表メンバーを除けば、シーサケットが代表に選出されるまで代表入りが最も有力視されていた生徒である。
戦闘能力では勝るものの、シーサケットの持つ特異体質によって代表入りを逃した形のケリーであるが、そんな彼は、シーサケットに対して擁護の声を上げた。
「魔術学園代表の魔術を見ただろう!!一体、他の誰にあの女子を打ち倒せたと言うんだ!?この観客席に座る誰に、出来たと言うんだ!?」
大きな声で熱く語るケリーに、周りの騎士学生達の視線が集まる。
「シーサケットは、汚名を背負ってまで我がアルバレス騎士学園に大きな一勝を上げてくれたんだぞ!!彼は、僕達の代表としての責務を全うしてくれた!!魔術学園はともかく、僕達が彼を称えなくてどうする!?」
「!!」
そんなケリーの声を聞いた騎士学園の生徒達は、まるで強く胸を打たれたかのような衝撃を受けた。
「……そうだ……。ケリーの言う通りだ……!!」
「ああ、俺が間違ってた……!決して褒められた戦い方じゃなかったかもしれないが、シーサケットは俺達の為に、学園の為に勝ってくれたじゃないか!!」
「よくやったー!シーサケットー!!」
と、ケリーの近くにいた生徒達を中心として広がるように、シーサケットを称え始めた騎士学園の生徒達。
魔術学園側の生徒達は相変わらずシーサケットに対するブーイングを飛ばしているものの、騎士学園の生徒達は先程とは打って変わり、シーサケットを称えるように拍手を送っていた。
そんな闘技場内に、次のようなアナウンスが流れた。
「現在、フィールド内は消臭作業を行っております。副将戦まで、今しばらくお待ち下さい」
「また、魔術学園側からシーサケット・ロドリゲス選手に対して抗議の声が上がっていますが、ここで、意識の戻ったシーサケット選手の釈明を読み上げさせて頂きます」
というアナウンスが響くと、騎士学園の生徒達は力強い声を上げた。
「釈明だって?俺達は、お前の気高さを理解してるぞー!!」
「シーサケットー!お前が気にする必要なんかないぞー!」
「そうだ!お前はよく戦ってくれたんだから!!」
そして、そんな生徒達の声が上がる中、係員はシーサケットの「中堅戦での戦法に関する釈明」を書きまとめた文書を読み上げた。
ほぼ全ての観客は、抗議に対する釈明として、騎士らしからぬ戦いをしてしまったシーサケットの懺悔と謝罪の言葉が並べられていると思った。
しかし、実際に読み上げられた内容は、観客の想定を遥かに超えたものだった。
「『俺の戦法に抗議の声が上がっているらしいが、俺には批判される謂れは一切無い。俺は、俺の持つ能力を最大限活用したに過ぎない。騎士道精神などとは言うが、持てる限りの力を尽くす事こそ相手に対する最大の敬意だろう。それに、俺にその気があれば"物"をぶちまける事も出来たんだ。それをしなかっただけでも、俺の厚情を称えるべきではないだろうか?ともかく、俺の戦い方を批判するのは全くの筋違いである。防げなかった者に全ての責任がある。放屁を攻撃手段にするのは、野生動物やモンスターにおいては特別変わった事ではない。対策出来ていない者が未熟である。更に言えば、魔術師は風を扱って戦う事が認められて、騎士には認められないのだろうか?それは極めてアンフェアだろう。俺はルールに則って戦い、勝利したに過ぎない。魔術学園側の批判は、負け犬の遠吠えに過ぎず、ただの言い掛かりである。以上、文句のある奴は掛かって来い。生まれてきた事を後悔する程の悪夢を見せてやる』───との事です」
係員が文書を読み終えると、シン……と、会場全体に一瞬の静寂が訪れた。
そして、その直後。
「───ふ」
堰を切ったように、会場中から怒声が飛び交った。
「ふざけるなーーー!!!」
「それが騎士の言う台詞かー!!」
「帰れー!!」
「お前が騎士道を語るなー!!!」
「こいつを代表に選んだ奴誰だ!!!」
「お前は騎士学園の恥だー!!」
「腸内だけじゃなくて性格まで腐ってるのかー!!」
「謝れー!!謝罪しろー!!!」
「帰れー!!」
真っ先に声を上げたのは、ケリー初め、騎士学園の生徒達だった。
シーサケットのそのあまりの物言いに、先程までシーサケットを擁護していた騎士学園の生徒達でさえ怒りの声を上げた。
勿論、最初からブーイングを行っていた魔術学園の生徒達の怒りは更に燃え上がり、会場全体がブーイングの嵐となった。
それを見た騎士学園の学園長は、シーサケットの起用を流石に少し後悔したという。
そして、別室で消臭処理を施されていたエリザにもそのアナウンスは耳に入り、壁を越えて会場まで届く程の声量で「ふざけんじゃないわよーーー!!絶対に殺してやるーーー!!!」という怒声が発せられた。
───シーサケット・ロドリゲスとエリザ・ローレッドとの試合は、史上最悪の試合、そして、史上最も大きなブーイングを巻き起こした試合となった……。




