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52. 史上最悪の試合

 




 ───試合の後、観客は口を揃えて言った。


 ───「あの試合は、歴史上()()の試合だった」、と。




 ◆ ◆ ◆



 クロフォード魔術学園が今年の騎士学園との対抗戦で敗北すれば、国からの援助金が大幅に削減され、それに伴い各種教科のカリキュラムの質が著しく低下し、更に、植物魔術に至っては授業の廃止を余儀なくされている。


 故にクロフォード魔術学園は、今年の学園対抗戦だけは何としてでも勝利しなければならなかった。


 そんな魔術学園が行った采配は、学園最強の二人を先鋒戦と次鋒戦に選出するというもの。


 本来、代表の内で強さに順位付けを行った場合に1位と2位に値する選手は、それぞれ大将と副将を務めるのが通例である。


 しかし、何が何でも勝利を手にしたい今年のクロフォード魔術学園は、体裁など構わずに異例の采配を行ったのだ。


 ユフィア・クインズロードとアルフォンス=フリード、二人のS級を大将と副将に据えても、副将戦までに3つの白星を騎士学園に譲ってしまえばその時点で敗北が決定してしまう。


 更に、S級とは言え、まだ二年生で実戦訓練の経験の少ない二人では、騎士学園の上級生が務めるであろう大将と副将を相手に間違いなく勝てるとは断言出来なかった。


 だからこその、S級二人を先鋒と次鋒に選出するという采配。


 教員内での会議で様々な意見は出たものの、最終的にまとまった学園側の計画は、


「先鋒戦と次鋒戦にて連続で白星を獲得し、最良の流れを作り出した上で中堅戦、或いは副将戦で3つめの白星を獲る」──というもの。


 ユフィアかアルフォンスでなければ、騎士学園の先鋒を務めるであろうタイソン・エストラーダを打ち破れない事は間違いなかった。


 もしユフィアとアルフォンス以外の三人の内誰かが先鋒戦でタイソンと戦った場合、過去二年のように学園全体の戦意を削がれるような大敗北を喫してしまい、後続に悪い流れを作る事は容易に予想が付いた。


 そして、その悪い流れのままでは、ユフィアとアルフォンス以外の選手の勝率は大きく低下するだろう、と教員達は考えた。


 であるならば、S級二人のどちらかがタイソンに勝利した上で逆に騎士学園の戦意を削ぎ、最良の流れを作った上で後続の選手を戦わせた方が最終的に3勝出来る可能性が高い、と言う結論に至り、

「先鋒戦と次鋒戦、連続で白星を獲得し、最良の流れを作り出した上で中堅戦、或いは副将戦で3つめの白星を獲る」

 という判断が下された。


 実力的には大将に不相応な四年の学年序列二位、デイビス・ジャーホンクを()えて大将に据え、何が何でも副将戦か中堅戦での白星獲得を狙うクロフォード魔術学園。


 そんなクロフォード魔術学園にとっての3つ目の白星を獲得する大本命は、副将を務める第四学年序列一位、セオ・サンタクルス……ではなく、


 中堅戦を務める、第二学年序列三位のエリザ・ローレッドであった。



 学園の教員達による会議で代表メンバーを選出する際、当初、エリザ・ローレッドの名前は挙がっていなかった。


 実戦的な訓練経験の浅い二年生であり、更に、実力的には()()()()()()()ともなれば、教員達の中で候補になりえないのも無理はなかった。


 しかし、それに待ったを掛ける人物が一人。


 それは、2年Aクラスの担任教師だった。


 S級の二人の生徒を除けば、エリザ・ローレッドには間違いなく全学年中トップクラスの実力があると彼女は熱弁した。


 そのあまりの熱意と、元々ローレッド家が名家である事もあり、他の教師陣は「一度、見るだけ見てみましょう」と、エリザの実力を測る為に二年Aクラスの模擬試合の授業を検分した。


 そこでエリザの魔術を見た教師陣は、2年Aクラスの担任が言っていた言葉が()()()()()()()である事を知った。


 彼女はあらゆる属性の攻撃魔術、防御魔術を非常に高水準で扱える上に、風属性の攻撃魔術に関しては特に際立って優れていた。


 エリザの扱う「絶迅(ヴィンディヒ)滅槍(・シュトゥルム・)暴嵐(ランツェ)」という、無数の風の矢を放つ魔術はまさに圧巻であり、その発射回数、速度、威力は教師陣が舌を巻くほどであった。


 そして、教師陣が2年Aクラスの模擬試合を検分した(のち)の会議では、エリザの代表選出に異議を唱えるものは誰一人としていなかった。


 魔術師であれば、防御用の立体的な魔術を作り出してエリザの繰り出す無数の風の矢を防ぎ、その奥から攻撃魔術を放つ事で戦う事は出来るだろう。


 或いは、ユフィア・クインズロードのように、無数の風の矢ごと飲み込む巨大で強力な魔術を繰り出せば、エリザの攻撃に対抗出来ると言える。


 では、近接武器を用いて戦う白兵ではどうだろうか。


 一発一発が硬い岩を粉砕する程の強力な風の矢が、亜音速に匹敵する速度で無数に襲い掛かる。


 そんな魔術を繰り出されれば、タイソン・エストラーダのような規格外の防御力であるか、亜音速を超えるような、非現実的な速度で動く事の出来る人物でなければ、エリザと対等に戦う事さえ出来ないだろう。


 故に、S級の二人を除けば、対白兵においてエリザ・ローレッドが学園最強クラスの実力者である事は明白だった。


 以上の理由により、魔術学園側は3つ目の白星を獲得する上で大将戦でも副将戦でもなく、エリザを選出した中堅戦こそが大本命であり、教師陣は彼女の勝利に大きな期待を寄せていた。



 ◆ ◆ ◆



『      中堅戦


 KNIGHT  第四学年Aクラス シーサケット・ロドリゲス


 MAGICIAN 第二学年Aクラス エリザ・ローレッド   』



 闘技場の平面フィールドに立つエリザ・ローレッドは、ユフィア・クインズロードと同様、黒を基調としたスカートタイプの強化繊維の戦闘着を装着し、魔力を高める杖状の魔装武器(マジック・ウェポン)を手にしてる。


 そして、そんなエリザと20メートル程離れた位置で向き合う騎士学園の代表シーサケット・ロドリゲスは、腹部以外の部分に中量級の鎧を身に着け、左手には直径40の円形の盾を持ち、右手には刃渡り80cmの両刃のロングソードを構えている。

 そして、鎧を着けずインナーが剝き出しになっている腹部は、体型の割に妙にぷっくらと膨らんでおり、黒いインナーはパツパツに張っている。


 ───そんな両者が向き合う中、アルバレス騎士学園とクロフォード魔術学園の学園対抗戦は、いよいよ中堅戦が始まろうとしていた。


 先鋒戦、次鋒戦と圧倒的な実力差を見せた連勝が続き、魔術学園の生徒達は大いに盛り上がりを見せていた。


 騎士学園側の代表をまるで寄せ付けない試合を続けた魔術学園は、完全に勢いに乗っていた。


 対抗戦の勝利まで、あと一勝。


「十数年に及ぶ連敗の雪辱を、いよいよ果たす時が来た」と、「今年こそは自分達魔術学園が勝利するのだ」と、強い期待を膨らませていた。


 対する騎士学園は、ここまで二連敗。


 もはや後はなく、「歴代最強」と謳われるに相応しい魔術学園の圧倒的な実力に完全に気圧されていた。


 しかし、だからと言って応援する側が自分達の代表選手の勝利を諦める訳にもいかない。


 騎士学園の生徒達は、意気消沈しかけた心に喝を入れ、精一杯自分達の代表に声援を送った。


 そして、ついに。


「中堅戦───、試合開始ッ!!」


 中堅戦の開始を告げるアナウンスが、会場内に響いた。



 ◆



 シーサケット・ロドリゲスは、アルバレス騎士学園の第四学年序列()()の生徒であり、これまで学園対抗戦には一度も出場経験がない。


 そもそも、学年を問わず序列下位の生徒が騎士学園の代表を務めるなど異例中の異例。


 戦闘スタイルなどに関しても殆ど詳細な情報はなく、序列十位にも関わらず代表入りしたシーサケットに対して魔術学園側は少なからず警戒心を抱いてはいた。


 間違いなく()()()()に特化した隠し玉である事は予想出来ていたが、それを言うなれば、エリザ・ローレッドもまた、()()()における魔術学園側の隠し玉。


 エリザの「絶迅(ヴィンディヒ)滅槍(・シュトゥルム・)暴嵐(ランツェ)」は、初見であれば王国騎士団の一流の騎士でさえ手を焼くだろう。


 故に、仮にシーサケットにどのような隠し玉があるにせよ、所詮(しょせん)序列十位程度の実力ではエリザ・ローレッドの風属性魔術は破れないだろう、と魔術学園側は踏んでいた。


 しかし、シーサケット・ロドリゲスの持っていた()()()は、たった一度しか通用しない、魔術学園側の想定を遥かに越えた()()()()()()の戦法だった。



 ───魔術学園にとっての隠し玉であるエリザ・ローレッドと、騎士学園にとっての隠し玉であるシーサケット・ロドリゲスが衝突した中堅戦。


 その試合の決着に対して、「()()()()()()()()()()()()()()()()()」と言うのは、あまりに酷である。


 どのような魔術師であっても、何も知らないままにシーサケット・ロドリゲスの()()を防ぐ事は、非常に困難だったと言える。


 試合開始の宣言の直後、エリザが魔法陣を展開して魔術を繰り出すよりも先に放たれたのは、シーサケットの"腸内生成ガス"だった。



 ◆



 アルバレス騎士学園第四学年序列十位のシーサケット・ロドリゲスは、3つの特異体質を持っていた。


 ──一つ目は、腸内の悪玉菌の異常な増殖率。


 人間の腸内で発生するガス、所謂(いわゆる)"()"は、ウォルシュ菌や大腸菌といった、悪玉菌と呼ばれる菌が腸内を腐敗させてしまう事によって有害物質や悪臭を発生させる。


 食べ物を消化する際、その"悪玉菌"が多い程人間の腸内生成ガスの悪臭は強まる。


 そして、シーサケット・ロドリゲスの腸内の悪玉菌の増殖率は、常人の(およ)5()0()0()0()()


 つまり、シーサケットは食べ物を腸内で消化する際、常人の5000倍の悪臭を孕んだガスを腸内に発生させるのだ。


 ──シーサケット・ロドリゲスの特異体質、二つ目。


 それは、腸の動きと括約筋を自在にコントロール出来るという体質。


 彼はその体質により、自身の体内に糞便と腸内ガスを自由に蓄積する事が可能であり、また、己の意のままに排出する事をを可能にしている。


 これによって彼は、極力人に迷惑の掛からない場所、タイミングで排泄を行い、不幸な事故を回避してきた。


 ──3つのシーサケット・ロドリゲスの特異体質の内、最後の一つ。


 それは、吸った息を瞬時に腸内ガスに変換出来るというもの。


 通常、人が吸った息は気管を通って肺に溜まる。人間の体の構造上、横隔膜が下がる事に連動して肺が大きくなり、内圧が下がる事によって空気が肺に吸い込まれる為である。


 しかし、シーサケットは意識的に腸内を動かし、気管ではなく食道から空気を吸い込み、腸内に空気を送る事が出来る。


 つまり彼は、自由自在に腸内ガスの容量を増加させる事が出来るのだ。


 そんな特異体質を持つシーサケットの腸内ガスは、まさに武器、いや、兵器と言っても差し支えないだろう。


 プスっ、とシーサケットが極微量(ごくびりょう)の放屁を行った場合でも、その悪臭は100メートル離れた位置にいる人間の鼻をひん曲げる程の強い激臭であり、風に乗れば1()k()m()()()離れた場所まで匂いが届くという。


 まさに彼は、"歩くテロ兵器"とも呼べる男である。


 そんなシーサケットは、学園対抗戦に向けて、入念な準備を行ってきた。


 彼が対抗戦の一週間前から摂取して来た食事は、腸内の悪玉菌の栄養となるタンパク質や脂質を多く含んだ牛肉や豚肉、そして、"驚くべき悪臭(アメイジングスメル)"と呼ばれる魚の塩漬けだった。


 驚くべき悪臭(アメイジングスメル)とは、ギルバート王国よりも北部にある国で生まれた、内臓を取り除いた魚を塩を薄めた水に漬けて発酵させた食べ物である。


 12℃から18℃の温度で10週間以上発酵させる驚くべき悪臭(アメイジングスメル)は、発酵の際に、その名の通り信じられない程の刺激臭を発生させ、"地上で最も臭い食べ物"とも呼ばれている。


 驚くべき悪臭(アメイジングスメル)の匂いは数キロ離れた場所にも臭いが届く為、北部の国では風下に人が住んでいる屋外での容器の開封が条例で禁止されている程である。


 シーサケットは、そんな驚くべき悪臭(アメイジングスメル)を一週間食べ続け、腹部がパンパンに膨れる程に消化した糞便と腸内ガスと蓄積させ続けた。


 その結果、学園対抗戦の中堅戦の舞台に立つシーサケット・ロドリゲスの体内には、もはや想像もしたくない程、過去最大級の悪臭を孕んだ腸内ガスが充満していた……。



 ◆



「中堅戦───、試合開始ッ!!」



 その宣言の直後、シーサケットは食道を通して大きく空気を吸い込んで腸内に送り、パツパツだった腹部を更に膨張させると、身を(ひるがえ)して四つん這い──

 いや、まるで虎が後ろ足に力を込め獲物に飛び掛らんとするような姿勢を取り、後方のエリザに対して突き出すように臀部を向けると、腰から臀部に掛けてを覆っていた鎧のプレートを捲り上げ、下半身の黒いインナーを剝き出しにした。


 試合開始の宣言から、シーサケットがこの姿勢に入るまでの洗練された動きは恐ろしいほどに素早く、僅か0.3秒にも満たなかった。


 そしてそのままシーサケットは括約筋を身体能力増強の魔術で強化し、肛門を硬く締め上げると、同じく身体能力増強の魔術で腸を強化し、硬い石を磨り潰す程の圧力を腸内に掛けた。


 圧縮された腸内ガスは肛門によって塞き止められながら、外界に飛び出す力を溜め続ける。


 ───そして、ついに。


 ボンッ!!という爆発音と共に、シーサケットの凶悪な腸内ガスが凄まじい勢いで噴出された。


「!?」


 20メートル離れた位置にいたエリザの戦闘着と髪を激しく(なび)かせる程に凄まじく、そして()()()()突風がエリザを襲った。


 シーサケットの不可解な行動に一瞬魔法陣に魔力を込める手が止まってしまったエリザ。


 そんな一瞬の隙に、まさに()()()()と呼ぶに相応しい攻撃を受けたエリザは──、



「うっ、ぅおえええぇぇぇえええッッ!!!!」



 と、これ以上ないくらいに顔を(しか)めながら、思いっきり()()()()


 それは、人間である以上は決して避ける事の出来ない反射だった。


 常人の5000倍の悪玉菌を所有するシーサケットが、地上で最も臭い食べ物を一週間腸内に蓄積して発生させた殺人ガス。

 それは、大型の猛獣を気絶させる程の激臭だったのは間違いない。

 

 そのような凶悪なガスをもろに吸い込み、意識を飛ばさなかっただけでもエリザの驚異的な精神力が伺える。


 しかしそれでも、エリザが思わず()()()()臨戦態勢を解いてしまう事によって生まれた隙は、致命的だった。


「ッ!!」


 口元に左手を当て、尋常でない吐き気を堪えるようにえずいたエリザの顰めっ面に、ガンッと、高速で飛来した物体がぶち当たった。


 それは、放屁の直後にエリザに向かって勢い良くダッシュし始めたシーサケットが、走りながら彼女に向かって力強くぶん投げた円形の盾だった。


 結界の効果によって肉体的なダメージはごく小さいものの、完全に意識の外から強くぶつけられた盾は、エリザの顔面を跳ね上げさせた。


 エリザがえずき、顔面に攻撃を受けて彼女が完全にシーサケットを視界から外すに至るまでの時間は、僅か()()


 しかし、その二秒という時間は、例え下位であろうとも騎士学園の第四学年序列十位のシーサケットが、20メートルの距離を詰めるには十分過ぎる時間だった。


 そして───、


「………ぐっ、ぁッ!!」


 ドッ、と、隙だらけのエリザの左脇腹に、シーサケットは容赦なくロングソードを叩き付けた。


 そして、体勢の崩れたままのエリザの胴体へ向けて、二撃、三撃、四撃と、素早く剣が叩き込まれる。


 既に、エリザの戦闘着の左胸部に付属している水晶は、緑色から限りなく原色に近い黄色へと変色していた。


 まさに、どん詰まり。

 まさに、万事休す。


 5撃目の剣が振りかぶられている今、エリザに逆転の手段はなかった。


 どれ程素早く魔術を繰り出そうとしても、5撃目を防ぐのには確実に間に合わない。


 エリザが手持ちの杖を用いて物理的に防ごうとしたところで、身体強化を行っているシーサケットと無強化のエリザではまるで話にもならない。


 相手が毒ガスの類を使用する事が初めから分かっていたならば、エリザにはいくらでも対処する事が出来た。


 しかし、騎士学園の剣士が爆発的な放屁を行うなど、まさに想定外。


 完全に意表を付いたシーサケットの奇襲と、ほんの僅かな隙を見せてしまった事によって、エリザは勝機を失ったのだ。


 決して(くつがえ)しようなど無く、エリザの敗北は決定していた。


 更に言うなれば、常軌を逸した悪臭ガスの吸引によって、エリザの体調は著しく不調をきたし、肉体的にも精神的にも最悪の状態だろう。


 もはや、彼女に戦闘の意思など沸く筈がなかった。


 この絶望的な状況に立ち向える訳などなかった。


 しかし、それでも──。



 ───エリザは、崩れた体勢のまま、シーサケットの剣の軌道上から逃れぬまま、シーサケットに杖を向け、魔法陣を展開した。



 必死に敗北を拒絶しようとするエリザの本能を後押ししたのは、かつて、ある男子生徒から言われた言葉だった。



『どれだけ打ちのめされようと、どれだけ実力の差を突きつけられようと、どれだけ絶望的な状況になろうと……』





『諦めない限り、負けじゃない』





 ───「絶迅(ヴィンディヒ)滅槍(・シュトゥルム・)暴嵐(ランツェ)!!!」


 魔法陣を展開している間にシーサケットの五撃目を受け、更に続く六撃目を受けながらも、エリザは気力を振り絞って魔術を繰り出した。


「ぐっ、ぐあああああああ!!!!」


 シーサケットは回避行動を取ろうとしたものの、エリザの魔法陣から放たれた無数の風の矢を躱す事は出来なかった。


 全身の至る箇所に被弾するその一発一発が凄まじい勢いで彼を突き飛ばすように、シーサケットを遥か後方まで吹き飛ばした。


 エリザがいた位置とは反対側の、最初にシーサケットがいた奥の壁まで彼が運ばれるように吹き飛ばされている途中、エリザの無数の風の矢は瞬く間にシーサケトの鎧の耐久値を削り切り、緑から赤へと変色させた。


「……ぅうらあああああああああ!!!!!」


 そんなシーサケットが後方の結界の壁に叩きつけられてなお、エリザは彼に風の矢を放ち続けた。


「死ねえええええええええええ!!!!!」


 一切の容赦なく攻撃を続けるエリザは、完全に怒り狂っている様子だった。


 ズドドドドドドド、と、無数の風の矢の着弾による激しい破壊音が鳴り響く中、フィールドに慌しい様子のアナウンスが流れた。


「けっ、決着!!決着!!試合終了です!!!やめて下さい、エリザ選手!!試合は終わっています!!ちょ、係り員さん!!!」


 ()()()()()を着用した二人の係り員がフィールド内に入り、アナウンスが流れてなお攻撃の手を止める気配のないエリザを止めに入った。


「エリザ選手!!落ち着いて下さい!!もう試合は終わっています!!」


 酷く焦った様子の係り員二人が左右からエリザを羽交い絞めにするようにして、ようやくエリザの攻撃は止まった。


「ちょっと、離しなさ──ぅうぉおおおおえっ!!離しなさいよ!!私はあの男を……うえええ!!!くさっ!!!」


 改めてフィールド内に充満する悪臭にえずきながら、エリザは羽交い絞めにされたままジタバタと暴れる。


 そんなエリザと、向かいの壁でひしゃげるように倒れ込み気絶しているシーサケットのいる場内に、再びアナウンスが流れた。


「で、では、試合結果を発表致します……。中堅戦、勝者───、」



「───騎士学園!!」



『 WINNER シーサケット・ロドリゲス 』



 アナウンスと同時に、試合結果がボードに大きく表示された。


 勝利したのは、騎士学園代表のシーサケットであった。


 そう、エリザが魔術を放つ直前に受けたシーサケットの六撃目……いや、五撃目が当たった時には、既にエリザの水晶は赤色に変色していたのだ。


 クロフォード魔術学園の代表、そして名家ローロッド家の人間として華々しい成績を挙げられるよう、エリザはこの対抗戦に向けて並々ならぬ熱意を向けていた。


 しかし、そのような試合で負けたという事実を告げられて尚、もはやエリザにはどうでも良い事のようだった。


 アナウンスの後にも、エリザは変わらず怒り心頭のまま気絶しているシーサケットに向けて怒鳴り散らした。


「おいコラぁッ!!あんた寝たフリしてんじゃ無いわよ!!もう試合の結果なんか関係ないわっ!!こんな下劣な……うえぇぇぇ!!こんな最低な戦いで負けたままじゃ死んでも死にきれないわよ!!うええええ!!くさっ!!!」


「お、おい、どうすりゃ良いんだこれ……」

「……と、とにかく、フィールドから連れ出そう」


 と、防毒マスクを着用した二人の係員はエリザを左右から羽交い絞めしたまま、ズルズルと場外までエリザを引き摺った。


「ちょっ、離しなさいよ!!おいアンタぁ!!もう一回、今度は正々堂々と勝負しなさいよ!!!───うぐっ、くさっ!!!!おい!!!!!」


 そしてそのまま、エリザは入退場口の奥まで力ずくで連れていかれたのだった。



「絶ぇぇ対にッ、殺してやるわああああああ!!!!………クサッ……」



 というエリザの雄叫びが通路の奥の方から観客席まで響く中、史上最悪の試合内容だった中堅戦は幕を閉じた。



 これで、クロフォード魔術学園は2勝、アルバレス騎士学園は1勝。


 魔術学園にとって、3つ目の白星を獲得する為の大本命だった中堅戦は黒星に終わり、学園対抗戦の決着は副将戦へと(もつ)れ込んだ───。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 最悪だwwwwかわいそうwwww
[一言] 屁って……騎士学園それでええんか…… でもエリザの負け方としては全然アリ 面白いし
[一言] タイソンも色々おかしい奴だったし、騎士学園は思っていた以上に実力主義なんだな。 よくこんな戦い方をする奴を公式の代表選手に出来るな。 向こうには向こうの事情があるってことか?
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