50. 先鋒戦
クロフォード魔術学園とアルバレス騎士学園の代表選手による対抗戦。
全ての試合において白星を挙げる事は当然重要ではあるが、こと先鋒戦においては、その白星が後続の試合の流れを左右するような重要な一戦と言える。
先鋒戦での勝利は後続の選手を鼓舞する精神的な支えとなり、逆に、先鋒戦での敗北は後続の選手の自信や気合を落とす事にもなりかねず、更に、不要なプレッシャーを背負わせパフォーマンスを低下させる事にもなりかねない。
また、選手のモチベーションの一つの要素である観客の声援も、先鋒戦で出鼻を挫かれてしまえば弱まってしまうのは間違いない。
先鋒戦で白星を獲得していれば、続く試合に黒星が付いた場合にも「次がある」と前向きに考えられるが、先鋒戦から黒星が続けば「駄目かもしれない」と後ろ向きになってしまう。
観客の弱気な空気感が伝染し、選手のベストなパフォーマンスが出せなくなってしまう事は、学園対抗戦においては珍しい事ではない。
反対に、先鋒戦で自分達の代表が白星を挙げれば、選手、観客共に強気な空気感を生み出し、後続の選手のよりベストなパフォーマンスへと繋がる。
故に、両学園共に先鋒戦では確実な白星獲得を狙っている。
更に言うなれば、求めるのは"より圧倒的で、より強い印象を与える事の出来る勝利"。
そのような勝利を手にするべく騎士学園側が先鋒に選出した選手こそ、アルバレス騎士学園第四学年序列二位のタイソン・エストラーダであった。
現在、闘技場のフィールドにてクロフォード魔術学園の代表、ユフィア・クインズロードと向き合うその男は、身長は190cmを越し、体重は130kgに迫ろうかという筋骨隆々の巨漢。
そんな大男が最重量の分厚い鎧を全身に纏い、両手で地面に突き立てるようにして巨大な大剣を構えている。
まさに、"屈強"と呼ぶに相応しい出で立ちであった。
そして、そのような見た目に相応しい程、……否、見た目を遥かに凌駕する程の防御力を、タイソン・エストラーダという男は有している。
彼の魔力による肉体硬度の上昇と、装着している防具の耐久力を引き上げる魔術はアルバレス騎士学園において過去数十年例を見ない水準であり、常軌を逸したものだった。
彼に与えられている総合評価は"A"であり、学年序列は2位。
怪力によって振るわれる剣の威力も優れてはいるが、こと防御力に関しては「優れている」の範疇を遥かに越え、学園の教師曰く「こいつの防御力はハッキリ言ってどうかしてる」との事で、実技の成績では常に防御力の項目に"S"が与えられている。
──「避ける必要のない攻撃を回避する事は恥じである」。
それは、タイソン・エストラーダの信条であった。
大砲から放たれる無数の鉄球を回避し、切り伏せ、或いは盾によって防ぐという訓練において、タイソンは「全ての砲弾を全裸で受ける」という異常行為に及び、それに対して注意を行った教員に対して、
「避ける必要のない攻撃をわざわざ回避する訓練に意味など無いッッ!!」という訓練の目的を根本から否定する滅茶苦茶な持論を展開し、周囲を騒然とさせた経験を持つタイソン・エスストラーダ。
そんな彼は、二年生時から過去二回出場した学園対抗戦においても異常な戦い方をして見せた。
それは、「相手の魔術学生の魔力がなくなるまで、全ての攻撃を無抵抗で受け続ける」というもの。
相手の全てを受けきる事が、タイソンにとっての勝利。
相手の攻撃を回避する事は、タイソンにとっての敗北。
自分の防御力に対して異常な程の誇りを持っているからこその、異常な戦い方。
それは、過去二回の対抗戦において魔術学園側の心を完膚なきまでにへし折り、二回とも魔術学園の選手の降参によって決着を迎えた。
タイソンは「お前達が磨き上げて来た魔術による攻撃は、一切通用しないぞ」と、魔術学園の生徒達に突きつけ、戦意を削ぐ。
だからこその、先鋒戦への選出。
「より圧倒的で、より強い印象を残せる勝利」を得る為に、騎士園の学園長が彼を先鋒戦に選抜した理由。
タイソン・エストラーダこそ他の誰よりも先鋒戦に適していると、騎士学園の学園長は彼に絶対的な信頼を寄せていた。
そして、騎士学園側の思惑は、魔術学園の学園長の想定通りであった。
過去、二年連続で先鋒戦にタイソンを選出し、初戦から魔術学園側の戦意を大きく削られた経験からも、今年もまず間違いなく先鋒戦にはタイソンを差し向けてくると魔術学園側は踏んでいた。
過去二年間、圧倒的な防御力を誇ったタイソンを下す事が出来れば風向きが大きく変わる事は間違いなく、通常よりも遥かに価値のある一勝となる。
だからこその、ユフィア・クインズロードの選出。
クロフォード魔術学園の歴史上僅か3人しか存在しないS級魔術学生の一人であり、学園史上最強とも言われているユフィア・クインズロード。
彼女が対抗戦の代表を断固として辞退し続けている事に学園長は頭を抱えていたが、二週間前、突然に彼女が自ら参加を表明して来た事はまさに僥倖であった。
彼女であれば、タイソン・エストラーダを打ち破る事が出来ると、学園長は信じていた。
現在、ユフィア・クインズロードが学園内最強である事は恐らく間違いなく、本来であれば大将を務めて然るべき生徒。
しかし、彼女はあくまでもまだ二年生。
魔術学園内で二年生までに行われている授業内容からして、彼女は上級生に比べて実戦的な経験値が少ない。
故に、経験で勝る騎士学園の上級生に本来の能力差をひっくり返される可能性も少なからず存在した。
しかし、相手があのタイソン・エストラーダであればその心配もない。
何故ならば、彼は攻撃を避けないから。
ユフィア・クインズロードの実力を最大限活かす上で、タイソン・エストラーダに彼女をぶつける事は、まさにベストな采配と言えた。
そんな両学園の思惑によって実現したのは、魔術学園最高の火力と、騎士学園最高の防御力の衝突。
最強の矛 対 最強の盾。
観客の期待の歓声が沸き上がらない訳がなかった。
自分達の学園最強であるユフィア・クインズロードが、あのタイソン・エストラーダを破る姿が見たい魔術学園の生徒。
魔術学園史上最強と噂されている学生の攻撃を凌ぎ切るタイソン・エストラーダの雄姿が見たい騎士学園の生徒。
先鋒戦の両者がフィールド上で向き合う今、観客席のボルテージは最高潮に達していた。
◆
銀色の分厚い鎧を身に纏い、大剣を手にするタイソン・エストラーダと、黒を基調としたスカートタイプの強化繊維の戦闘着を身に纏い、先端に魔力を増強する石の付属した鉄製の杖を持つユフィア・クインズロード。
結界の張られた、縦横共に25メートルの正方形の平面フィールドにて、二人は20メートル程の距離を空けて対峙している。
そしてついに、
「──それでは、学園対抗戦先鋒戦………開始ッ!!」
先鋒戦開始を告げるアナウンスが闘技場内に響いた。
開始の宣言と同時に杖を構え魔法陣を展開しようとしたユフィアに対して、タイソンは大きな剣を両手で地面に突き立てどっしりと構えながら、大きな声を上げた。
「魔術学園最強の少女よッ!!私は君の攻撃を避けはしないッ!!さぁ、君の本気をぶつけて来ぉいッ!!!」
やはりと言うべきか、タイソンにはユフィアの攻撃を避ける気など毛頭ないようだった。
タイソンの高らかな宣言は当然観客の耳にも届き、その何時も変わりない漢気に対し、騎士学園の生徒達は熱い声援を惜しみなく飛ばす。
そして、魔術学園の生徒もまた、騎士学園に対抗するようにユフィアに対して声援を送る。
代表選手だけでなく、観客までもが競うように歓声を増長させ、空気を震わせる程の大歓声となる。
───しかし、その直後。
そのような大歓声は、突如として鳴り止んだ。
「………え?」
闘技場のフィールドに熱視線を向けていた生徒達は、一様に茫然とした声を漏らした。
その理由は、フィールド内に突如現れた異常な光景にあった。
──魔法陣とは、術師の魔力によって描かれ、描かれた円形の術式に魔力を通す事で"魔術"へと変化させるものである。
魔術の威力は必ずしも魔法陣の大きさに左右される訳ではないが、大きな魔法陣を展開し、その魔術を使用するには、それだけ大量の魔力を必要とする。
同じA級とランク分けされる魔術師の中でも、魔力量の多さ、作り出せる最大の魔法陣の大きさはピンキリであるが、トップクラスのA級魔術師であってもその魔法陣が使い手の身長を越える事は殆どない。
故に、会場にいた多くの魔術学生や騎士学生らの中で、術師の身長を越える魔法陣を見たことがある者などごく僅かであった。
にも関わらず、たった今闘技場にいる観客達の目に映ったユフィア・クインズロードが展開した魔法陣は、ユフィアの身長どころか、その3倍以上の5メートルを優に越えていた。
観客達にとっては、それだけでも文字通り「信じられない光景」である。
しかし、観客達の目に映ったのはそれだけではない。
ユフィアは、同じサイズの魔法陣を7つも並べていたのだ。
彼女は、幅25メートルものフィールドの一面を、自身の展開させた魔法陣を二列に並べるように埋め尽くしていた。
「う、嘘ぉ……」
結界に守られ、更には離れた客席にいる生徒達でさえその場から逃げ出したくなるような光景を目の前に、タイソンは思わず悲観的な声を漏らした。
『魔術学園最強の少女よッ!!私は君の攻撃を避けはしないッ!!さぁ、君の本気をぶつけて来ぉいッ!!!』
先程のタイソンの言葉に返事をするように、ユフィアは表情を変えぬまま、小さな声で呟いた。
「───じゃあ、遠慮なく」
ユフィアは右手で杖の中央部を握りながら横に向けるように前に出し、左手を柄に添えるように構えると、魔術の詠唱を行った。
「喰らい滅ぼす七水龍」
それぞれ5メートルを越える7つの巨大な魔法陣から、7頭の水の龍が勢い良く繰り出された。
膨大な量の水は爆発音のような音と共に魔法陣から放出され、一瞬にして離れた位置に立つタイソンに直撃した。
7頭の水の龍は闘技場ごと破壊するのではと思わせる程の地響きと衝撃を生み出し、結界の中を沈めんばかりに水で溢れ返らせた。
観客が目を覆いたくなるような凄惨な一撃の後に残ったのは、太腿の半ばまで浸かる程の嵩の水の中に立つユフィアと、彼女と反対側の奥の壁に腰掛けるように倒れ込んでいるタイソンの姿だった。
そして、微動だにしないタイソンの鎧の左胸部に付いた水晶は緑から赤へと色を変えていた。
静まり返った闘技場内に、我に返った様子のアナウンスが流れた。
「しょ、勝負あり!!勝者、魔術学園!!」
『 WINNER ユフィア・クインズロード 』
静寂を破ったアナウンスと同時に、大きな黒いボードに魔術による文字が浮かび上がった、
試合に決着が付き、フィールド内に溢れ返っていたユフィアの魔術による大量の水は、煌びやか光を散らしながら霧散するように消滅した。
絶対的な防御力を誇ったタイソン・エストラーダをたった一撃で破るという快挙。
代表が敗れた騎士学生はともかく、魔術学生にとっては喜び沸き立ち上がる筈の結果。
だがしかし、両学園の生徒はどちらも完全に言葉を失っていた。
観客席の中、誰かが茫然と呟いた。
「……ば、化物だ……」と。
一対一の対抗戦であり、ルール上は何ら問題なく、一切責められる謂われは無い。しかし、観客はユフィアに対して思わざるを得なかった。
「(その威力は、人に向けて良いものじゃないだろ……)」──と。
そのように、会場中から畏怖の視線を向けられているユフィア・クインズロード。
観客からは、まるで感情の無い完全な無表情にしか見えず、酷く冷酷な印象を抱かせた。
しかし、その直後だった。
ユフィア・クインズロードは、冷酷な表情を変えぬまま両手を胸の前できゅっと握り締めると……
その場でぴょんぴょんと飛び跳ねた。
「「「(………………!?)」」」
ユフィアが跳ねる度、彼女の長い銀色の後ろ髪と、スカートが可愛らしく揺れる。
理解の追いつかない光景に、観客一同は驚愕の表情を浮かべた。
そう、傍から見ればユフィアの表情は無表情そのものであるが、その実、彼女の内心には天にも昇る程の喜びが沸き立ち上がっていたのだ。
「(やった……っ!!やった!!)」
「(これで……。これで───!!)」
無言無表情でぴょんぴょんと跳ねながら、ユフィアは二週間前に交わした一つの約束を思い返していた。
◆ ◆ ◆
ユフィア・クインズロードが急遽参加を表明した事は学園側にとっては嬉しい誤算であったが、一体、なぜ彼女は対抗戦二週間前になって突然気が変わったのか。
──それは、彼女が2年Aクラスの担任教師に対抗戦参加の意思を伝える前日の事。
放課後、ユフィアとシオンは二人で魔術の練習をする為にいつもと同じ実技訓練場にいた。
そしてシオンはその場で、
「ユフィアに、どうしても頼みたい事がある」
と切り出した。
するとユフィアは、
「うん、分かった。良いよ」
と即答した。
「いや、まだ何も言ってないが……」
「私がシオンのお願いを断る訳ないよ」
「それは有難いが……。ただ、これに関してはユフィアも嫌がると思ってな……」
と、シオンは僅かに困ったような顔を浮かべた。
「大丈夫だよ。それで、頼みってなに?」
まるで心配ないと言わんばかりのユフィアに対し、シオンは意を決したように口を開いた。
「ユフィア、お前に、───今度の学園対抗戦に出場して貰いたいんだ」
と、シオンは、ユフィアに頭を下げた。
「アルフォンスから聞いたんだ。もう5人の代表は決まってるけど、ユフィアが参加を表明すれば今からでも代表になれるって。だから頼む、今度の学園対抗戦に出場してくれ!」
「そ、それは……」
先程まではシオンの頼みは聞いて当然と言わんばかりの態度のユフィアだったが、いざシオンがその内容を伝えると、彼女は明らかに嫌がる態度を見せた。
「……い、嫌……」
と、彼女はとても弱々しい声で言った。
そしてシオンは、
「そうだよな……。無理を頼んでるのは分かってるんだ……」
と、ユフィアがそのようなリアクションを見せる事を予想出来ていたいように頷いた。
「この間の食堂で、エリザから『どうして対抗戦の代表を辞退してるんだ』って聞かれた時、ユフィアは『大勢の前で見世物みたいに戦うのが好きじゃない』って答えてたけど、本当の理由はそうじゃないんだろう?」
ただでさえ人の心情を見抜く事を得意とするシオンが、長年共に過ごしたユフィアの嘘に気付かない筈がなかった。
「ユフィアが対抗戦に出たがらない本当の理由は、俺にも分からない。もしかしたら、ユフィアにとって凄く重大な理由があるのかも知れない」
「それでも……」と、シオンは続けた。
「頼む、ユフィア。俺に出来る事があれば何だってする。だから、対抗戦に出場してくれないか?」
こればっかりは聞き入れられない、という態度だったユフィアだが、出会って以来初めてと言えるくらい真剣に自分に頼み事をするシオンに対して、彼女は質問をした。
「どうして、シオンはそんなに私に対抗戦に出て欲しいの……?」
「それは……」
真っ直ぐ目を見て尋ねるユフィアに対して、言い淀むシオン。
「……ごめん、ユフィア。悪いけど、それは言えないんだ」
話を他の生徒に広めない事は、レスティアと交わした約束。
シオンは、とても申し訳なさそうにユフィアに謝罪した。
「………理由を話してくれたら、考えても良いよ」
「……っ」
ユフィアにも、どうしても対抗戦に出たくない理由がある。
彼女としても、ここで引く訳にはいかなかった。
「………分かった」
自分を信頼して話をしてくれたレスティアを裏切りたくは無い。
しかしそれでも、ユフィアに対抗戦に出てもらう為、そしてレスティアの解雇を白紙にする為、シオンはユフィアに説明を行った。
「実は……」
………
……
…
「……って事なんだ。だから、俺はユフィアに対抗戦に出場して欲しいと思ってる」
今度の学園対抗戦で負ければ魔術学園への援助が減額され、その際に植物魔術の授業とリナ・レスティアの雇用が打ち切られる事、それを白紙にする為に学園最強のユフィアの学園対抗戦への出場を切望している事を、シオンはユフィアに打ち明けた。
シオンが他人の信頼を裏切ってまで話をしてくれた以上、ユフィアはその話を断る訳にはいかなかった。
「………そう、なんだ……」
しかし、それでもユフィアの心情はとても複雑なものだった。
そもそも、何故ユフィアはそこまで学園対抗戦に出たがらないのか。
その理由は、対抗戦に出場する事自体にある訳ではない。
彼女は、対抗戦に出場した場合に"あるシチュエーション"を実現する事が出来なくなる事を心の底から嫌がっているのだ。
その"あるシチュエーション"とは、ずばり「一之瀬シオンの隣の席で学園対抗戦を観戦する事」だった。
学園対抗戦を観覧する闘技場内では、生徒達は学年もクラスも関係なく各々自由な席に座る事が出来る。
そして、去年の学年対抗戦では、ユフィアはシオンの隣の席に座り、全ての試合の間ずっとシオンの横顔をチラチラと何度も覗き見し、隣に座るシオンを感じる事で至上の幸福感に包まれていた。
だからこそ、彼女は今年もまた対抗戦中はシオンの隣の席で過ごす為に頑なに代表選手への選出を拒否し続けていたのだ。
シオンと過ごす為に代表を辞退しようとしていたユフィアにとって、「リナ・レスティアの為に自分がシオンと過ごす時間を手放してまで対抗戦に出場する事」は、彼女の心境を非常に複雑なものにした。
そもそも、ユフィアはレスティアの事を常々敵対視している。
ユフィアは度々シオンからレスティアの話を聞くが、レスティアがわざわざシオンに授業の準備等を手伝わせる事がどうしても腑に落ちない。
ユフィアは「シオンは超めちゃくちゃ世界一カッコいいので、この世の誰もが彼に惹かれる」と本気で思っている。
故にユフィアは、シオンに対して気がある為にレスティアは彼と一緒に過ごす時間を作っているのだと考えており、レスティアの事は"恋敵"であると認識している。
そんなレスティアの為にシオンは必死に頭を下げ、自分はシオンと過ごす時間を手放してまでレスティアの為に戦わねばならない。
その事は、ユフィアにとって大変複雑だった。
どうするかは、ユフィア次第。
本音を言えば、やりたくないと考える卑怯な自分もいる。
シオンはきっと、ユフィアが断っても責めたりはしない。
しかし、それでも───、
「……分かった。良いよ。私、対抗戦に出場する」
ユフィア・クインズロードが、一之瀬シオンの真剣な頼みを断れる訳がなかった。
「本当か……!?」
「うん。勿論。だけど、その代わり……」
「……その代わり?」
出場する代わりに一つ条件を出そうとしたユフィアだったが、
「………ううん。やっぱり、なんでもない」
と、途中で言うのをやめた。
「(シオンは、自分以外の誰かの為に頭を下げたんだ……。本当は、シオンは自分が力になれない事が悔しくて仕方がない筈なのに、その気持ちを押し殺してまで……)」
──そんな彼に見返りを求めるのは卑劣だと、ユフィアは思い止まった。
そんなユフィアに対して、
「何だよユフィア。言えよ?」
と、シオンは優しい口調で促した。
「ううん。良いの。本当に何でもないから……」
「(これで良いんだ)」と、ユフィアは自分に言い聞かせる。
しかし、その直後。
「────っ!?」
がしっと、シオンが突然ユフィアの両肩を掴んだ。
「ユフィア」
「し、シオン……!?」
30cmも離れていない至近距離で、シオンはユフィアの目を見つめ、ユフィアは顔を真っ赤にしながら慌てふためいた。
「言っただろ、ユフィア。俺に出来る事があれば何だってするって。言えよ、言ってくれよ」
「だ、だから、本当に良いって……、ち、近いよ、シオン……」
混乱し、もはやろくに回らない頭でユフィアは返事をする。
しかし、シオンは引かなかった。
「言ってくれなきゃ、このままずっと離さないぞ」
「………ッ!?」
「(それはそれで!!!!!)」と思うユフィアだったが、一切引く気配のないシオンに根負けし、ついに、観念したように口を開いた。
「そ、それじゃあ、私からも……、一つ、お願いを聞いて欲しい……」
「ああ、何でも言ってくれ」
どんと来い、とシオンは答える。
「も、もしも、私が対抗戦で勝ったら──」
ごくり、とユフィアはとても緊張しながら一呼吸置き、
「一日だけ、シオンと一緒に王都の街を見て回りたい……っ」
と、勇気を振り絞って口にした。
そんなユフィアに対し、
「え?」
と、シオンは呆気に取られたリアクションを取った。
「だ、駄目……かな……?」
「えっ!?いやいや、駄目じゃない!!良いに決まってる!!勿論、それくらい断る理由がない!!」
俯きがちに尋ねるユフィアに対して、シオンは必死に否定した。
「けど、そんな事で良いのか?他に、もっと何か……」
「私、それが良い。それ以外は、いらない……っ」
「そ、そうか……。ユフィアがそれで良いなら勿論俺は構わないが……」
依然腑に落ちきらない様子のシオンだったが、すぐに「よしっ」と頭を切り替え、
「それじゃあ、約束だ。ユフィアが対抗戦に出場してくれたら、俺はユフィアと一日王都の街を見て回る。それで良いか?」
と、改めて確認した。
「『出場したら』じゃなくて、『勝ったら』って約束にしようよ」
「え?いや、ユフィアが出場してくれるなら、それだけでも俺は構わないが……」
「シオンは、私に対抗戦で勝って欲しいんでしょ?」
「まぁ……、それはそうだが……」
「じゃあ、『勝ったら』って約束の方が良いよっ」
「その方が私──」と、ユフィアは言葉を続けた。
「頑張れるから……!」
「……そうか。分かった」
力強い眼差しを向けるユフィアに対して、シオンは頷いた。
「それじゃあ、ユフィアが対抗戦で"勝ったら"、俺はユフィアと一日王都を見て回る。約束だ」
「うん、約束だよ、シオン」
第三者からみれば無表情そのものだが、シオンにはそれがユフィアの笑顔である事が容易に分かった。
「有難う、ユフィア。頼りにしてるぞ」
「うんっ。任せて……!」
と、ユフィアは大きく頷いた。
そして、その翌日にユフィアが2年Aクラスの担任教師に対抗戦参加の意思を伝えると、第四学年序列3位の生徒と代わってユフィアが出場する事があっさりと決定した。
それから約二週間、ユフィアは対抗戦に向けて毎日夜遅くまで鍛錬に没頭した。
彼女の対抗戦での勝利に向けた執念と集中力は尋常ではなく、彼女のこれまでの人生で最大の力が注がれた。
対抗戦参加が決まる前までは実用に向けた練習段階にあった大技「喰らい滅ぼす七水龍」をたった10日弱で実戦レベルに仕上げ、入念な準備を済ませた上で彼女は対抗戦へ臨んだ。
そしてその結果、見事、彼女は騎士学園最強の防御力を誇る男、タイソン・エストラーダをたったの一撃で破り、先鋒戦での白星を獲得した。
「(──これで、これで……!!)」
そんな彼女は、先鋒戦の決着後、闘技場内の観客達から畏怖の視線を向けられるなか、喜びを押さえきれずにその場で跳ねた。
「(シオンと、一日王都デート………!!!!)」
無表情で無慈悲に、常識の範疇を遥かに越えた大規模魔術でタイソン・エストラーダを破った魔術学園最強の女子生徒、ユフィア・クインズロード。
そんな彼女が、内心ではそのように乙女チックな感情を爆発させていようとは、1500人を越える観客達は思いもしなかったという。




