5. 担任教師
この日の全ての授業が終了すると、シオンは本校舎の外れにある教員用の書類庫へ向かった。
彼はこの日、担任教師であるリナ・レスティアから「いくつか書類を運んで貰いたいから、放課後書類庫に来て欲しい」と頼まれていた。彼女が翌日に行う授業の準備の手伝いだ。
シオンは普段からレスティアの授業の準備を手伝っているが、彼はクラスの委員長のような役職でもなければ、正式にレスティアのサポート係りを請け負っているわけでもない。
しかし彼は自ら率先してレスティアに授業の手伝いを申し出ており、今ではレスティアも積極的にシオンに授業の手伝いをお願いしている。
シオンからすれば尊敬する教師の授業の手助けをしたいという純粋な動機だが、レスティアに関しては人手が必要ということ以上にシオンと二人で一緒に過ごしたいという下心があった。
二年前、シオンが魔術学園の入学試験を受ける前日に偶然街で困っていた老人をレスティアとシオンが二人で助けたことがあり、元々彼のことを気にかけていたというのはある。しかし、それ以上にレスティアがシオンに惹かれているのには訳がある。
──レスティアの教える授業は植物に関連する魔術の授業であり、クロフォード魔術学園において実技試験や学術試験の行われない科目である。
また、植物魔術は他の分野と比較して世間的な人気もイマイチで、植物に関連する魔術を扱う職業も少ない。そのためか、ほとんどの生徒が彼女の授業を真面目に受けていない。
どの生徒も皆、学園の成績を伸ばすためにレスティアの授業中は他の授業の予習復習を行ったり、他の授業に集中できるように休憩時間変わりにしているというのが現状だ。
そんな中、一之瀬シオンは彼女の授業を真剣に受けている。
彼の魔術に関する知識はそれなりに豊富で、大概の授業は今更真剣に聞く必要が無い。
しかし、それは彼が今まで興味を持って勉強したことのある魔術の授業に限定される。
彼はあくまで戦闘に有用だと判断した魔術や、基本属性の魔術、見た目のカッコ良い魔術にしか関心が無く、その他の魔術を自主的に学ぶことはなかった。
そして、植物に関連する魔術も学園に入学する少し前までは彼の関心の対象外であった。
理由は単純、あまりカッコ良くないからである。
しかし、彼は根本的には新しい魔術を学ぶこと自体を好む性格であり、入学してから初めてレスティアによる植物に関連する魔術の授業を受けると、彼は真剣にそれを学ぶようになった。
レスティアはいつだって誠実に、そしてとても楽しそうに授業を行う。
ほとんどの生徒が授業を聞いていなくとも、彼女は手を抜かず、分かりやすく、生徒が興味を持ちやすいように、そして面白い内容になるよう心掛けて授業を行う。
また、授業終りに授業内容について質問されると、自分の授業に興味を持ってくれた事に対してとても嬉しそうにする。
シオンは、「何かに対して一生懸命で、例え周りから評価されずとも自分のやっていることに誇りを持っている人間」が好きだった。
例え世間からあまり評価されずとも、彼女の教える「多様な植物を成長・増殖させる魔術」や、「医療用の薬の原料となる植物の練成術」などは、間違いなく人々の役に立つ魔術だ。
だからこそ、彼はレスティアの授業を真剣に受ける。レスティアの授業は真剣に受けるべきであると、間違いなくその価値があると彼は考えている。
あくまで澄ました表情は崩さないが、集中して授業を聞き、ノートをとり、授業が終われば分からないところを尋ねにレスティアの元を訪れる。
授業についての話をするためにレスティアの元を訪れる生徒はシオンを除けば誰もいないので、彼は必然的にクラスの中で最もレスティアと交流の深い生徒となっていた。
……ある時、彼はレスティアに率直に伝えた。
「他のどの授業よりも、俺は先生の授業が好きです。良かったら、授業の準備を俺に手伝わせて下さい」──と。
どれほど真剣に授業を行っても生徒達にはろくに聞いて貰えず、誰からも評価をされず、何度も挫けそうになりながらも、それでも生徒達の為に一生懸命に授業を続けて来たレスティア。
そんな彼女にとって、シオンのその一言は一体どれ程の救いになっただろうか。その日、レスティアは家に帰ると思わず涙目を浮かべてしまう程だった。
そういった経緯もあり、Cクラスの中で最もレスティアとの交流が多く、お互いに気心の知れているシオンは度々レスティアから授業の準備の手伝いを依頼されている。
彼に依頼を受ける義務はないのだが、それでもシオンはレスティアからの依頼は快く引き受けるのだった。