43. ユフィア・クインズロード <3>
──廊下で泣きじゃくるユフィアにシオン付き添った日の、翌日。
ユフィアはそれまで同じように、放課後にシオンと魔術の練習をする予定だった。
しかしその日、急遽、ユフィアは先に済ませておきたい用が出来ていた。
「ごめんね、シオン……。あの……。ちょっとだけ、待ってて……」
「ああ、それは別にいいけど……。……なにかあったか?」
どこか普段と様子の違うユフィアに対して、シオンは少し心配そうに尋ねた。
「……! 平気……。大丈夫」
ふるふると、ユフィアは目を閉じながら左右に首を振った。
「……そうか。分かった。先に一人でやっておくから、俺のことは気にしないで行ってきな」
シオンがそう言うと、ユフィアはコクリと頷いた。
「……すぐ、戻るから」
「ああ」
……そういって、ユフィアは教室を後にした。
ユフィアが出た後の扉に対して、シオンはなにか思うところがあるような視線を向けていた……。
◆
シオンと別れた後、ユフィアは一枚のメモ用紙を手に廊下を歩いていた。
そのメモ用紙は、今朝登校してきたときにユフィアのロッカーに入っていた物だった。
メモ用紙には、『ユフィアさんに大切なお願いがあります。今日の放課後、〝第二東棟一階、一番奥の空き教室〟に一人で来て下さい。このことは誰にも言わないで下さい』と書かれていた。
差出人は不明、そして用件も不明瞭。しかし、もしかしたら何かに困っている人がいて、自分にしか頼れないような状況なのかもしれないと、ユフィアは放課後一人で指定の教室まで行くことにした。
もし自分に助けを求めている人がいるなら、どうにかしてあげたい。きっとシオンならそうするだろうとユフィアは考えた。
そうしてユフィアはメモの指示通りにシオンにも告げず、一人で指定の教室に向かった。
……しばらく歩いて、ユフィアは指定の教室に到着した。
「(ここ……、だよね)」
少し緊張しながら扉を中を覗くと、教室の中央辺りに人影が見えた。
「(あの子が、メモの差出人……?)」
後ろ姿しか見えなかったが、どうやら女子生徒のようだった。
「あの……」
ユフィアがその女子生徒に近づいて声を掛けようとした、──その時だった。
「⁉」
突然、布状の何かがユフィアの口元に強く押し付けてきた。
たった今ユフィアが声を掛けようとした女子生徒ではない。
別の何者かがユフィアを背後から襲った。
ユフィアは口元と胴体に手を回してきている人物から咄嗟に離れようとしたが、その際に鼻で大きく息を吸ってしまった。
「……っ! ………ん。……」
どこかツンと来るような、仄かに甘い匂いを感じたのを最後に、ユフィアの意識は途切れた……。
◆
「……ちゃんと眠ったみたいだね」
「顔、見られてないよね?」
「平気よ。……手足縛るから、手伝って」
「分かった」
「……ねぇ、本当にバレないかな?」
「荷車に乗せるまでに誰かに見られなければ、……ね。気を付けて運ぼ」
「だね」
「あ、口元も縛らなきゃ。ちょっと持ち上げてて」
「うん。よいしょっ……」
◆
「お嬢ちゃん達、大きな荷車引いてどこに行くんだい?」
「宿題に必要な素材を、山まで取りに行くんです!」
「そう~、偉いわねぇ。でも、山奥は熊や狼が出るかもしれないから、あんまり奥まで入ったら危ないわよぉ」
「はい! 気を付けます!」
「頑張ってねぇ」
「ありがとうございます!」
◆
「ね、ねぇ」
「なに……。どうしたの?」
「もし今、荷台のユフィアさんが起きたらどうするの……?」
「手足と口元を縛ってあるんだよ? それに、蓋もしてあるんだから平気よ」
「でも、ユフィアさんなら魔術で簡単に開けられるんじゃない?」
「心配ないよ。さっきの薬品は気絶させるだけじゃなくて、魔力の流れを乱す効果もあるから」
「あ、そうなんだ」
「それに、あのロープ。あれは魔力の流れを抑制する石を合成してあるものだから、あの子でもそうそう魔術は使えないわ」
「そこまでしてあるんだね」
「当然よ、簡単に抜け出せたらつまらないでしょ? ……誰かに聞かれたらマズいから、もうこの話は終わりね。もうすぐ街の外だから、それまでは怪しまれないようにね」
「うん、そうだね」
◆
「よいしょ、っと」
「ここまで運べば、簡単には人目に付かないね」
「そうねっ。あはは! ユフィアさん、起きたらどんな反応するんだろうね?」
「怖くてぴーぴー泣いちゃうんじゃない? ふふっ」
「あははは、いい気味っ。あんなに魔術の才能があるのに、こんな簡単になにも出来なくなっちゃうなんて可哀想。あはは!」
「ふふっ、そうだね。いつも上から目線な態度で、調子に乗り過ぎだよね」
「ねー。これで少しは懲りるんじゃない?」
「ふふっ、そうだね! あ、そうだ! ちゃんとメッセージも残しておかなきゃね」
「あははっ。これでもう、学校に来なくなっちゃったりして!」
「ふふ、そうなればいいのにね?」
「ね? あはは。……それじゃ、戻ろっか。 学校に荷車とか戻さなきゃ」
「あ、そうだね。バッグもさっきの教室に置いたままだもんね」
◆
「……ふー。結局、誰にも気付かれなかったね?」
「そうだね。これで、誰もクインズロードさんの居場所は分からないねっ」
「それじゃあ、バッグも取ったし帰ろっか?」
「うん。ふふっ」
「……あっ、そう言えば!」
「なに? どうしたの?」
「このあいだの課題の提出日っていつまでだったっけ?」
「うーんと、確か今日じゃなかった?」
「わー! すっかり忘れてた! 私、職員室に提出してくるから先に帰ってて!」
「あはは、しっかりしなよ。分かった、また明日ね」
「うん、また明日!」
◆
「(あれ? おかしいな、バッグの中に課題が入ってない……)」
「(あ、そうだ! 休み時間に終わらせて、そのまま自分の席の引き出しに入れたんだ!)」
「(教室に取りに戻らなきゃ……!)」
◆
「(……あれ……、ここ……どこ……?)」
ユフィアが目を覚ますと、そこは見覚えのない雑木林の中だった。
「(……動け、ない……)」
とりあえず起き上がろうとしたが、両手は背中側でロープで縛られ、足も同様に縛られて動きが制限されていた。
さらに身体にはまるで力が入らず、姿勢を変えることすら出来なかった。
「(……痛い……。それに、苦しい……)」
手足だけでなく、布上のものが両顎の間に噛ませるようにして頭部に強く結ばれており、息苦しさと締め付けられるような痛みも感じられた。
「(……どうして私、こんな所に……)」
頭に靄もやがかかったように朦朧とする意識の中、ユフィアは自分の身に何が起きているのか理解が出来なかった。
そうして目が覚めてから十分ほどの時間が経った頃。ユフィアは少しずつ意識が鮮明になっていったユフィアは、覚えている限りの記憶の整理を始めた。
「(……確か、手紙で呼び出されて……。指定された教室に行って、……それで……)」
空き教室で女子生徒に声を掛けた直後、何者かに背後から襲われたのを最後にユフィアの記憶は途切れていた。
「(………あれ、これ……。なんだろう……)」
ユフィアが記憶を思い起こしている途中。わずかに視線を下げると、一枚のメモ用紙が視界に入った。
そのメモ用紙は小石に立てかけらるように置かれており、横向きに倒れているユフィアからでも体を動かさずに読むことが可能だった。
そんな、自分のために用意されたとしか思えないメモ用紙に書かれたメッセージをユフィアは読んだ。
『お前に友達を作る資格はない』
「……‼」
じわっと、その目に涙が滲んだ。
そのメモを読んだとき、ユフィアは自分の身に何が起きたのかを理解した。
「(そっか……。騙されたんだ、私……)」
意図的に誰の筆跡か分からなくしているような、癖のない無機質な書き方で書かれている文字。
それはユフィアのロッカーに入っていたメモ用紙と全く同じ書き方だった。
誰かが助けを求めていると思ったメッセージは、自分を騙し陥れるためのものだったのだとユフィアは理解した。
昨日シオンと放課後に話していた女子生徒達のように、自分のことを嫌悪している生徒はきっと沢山いる。自分が誰かと仲良くしているだけで気に食わないと思う生徒による犯行なのだろうと、ユフィアは察した。
「(……私はただ、誰かの力に、なってあげたかっただけなのに……)」
ぽろぽろと、ユフィアの目から涙が零れた。
自分が誰かと仲良くすること、シオンと友達でいること、だだそれだけのことさえ自分は許されない。誰かを助けようとすれば騙される。
そんな現実が酷く悲しく、惨めで、ユフィアは静かな森の中で一人涙を流した……。
◆
……どれだけ時間が経っただろうか。しばらく悲しみに暮れたあと、ユフィアの中にはじわじわと恐怖心が沸き始めた。
ユフィアがいるのは見渡す限り草木の生い茂っている森の中。近くで人が通るような気配など一切ない。
身体には未だに力が入らず、手足はロープで縛られている。
魔術で解ほどこうと試みても、なぜかいつものように魔術を発動させることが出来なかった。
両親は王都に仕事に行っているため、家には誰もいない。
つまり、ユフィアが家に帰らなくても誰もそれに気付くことはない。
自分が今どこにいるのか、ユフィア自身を含めて誰も知らない。
──このまま、誰も助けに来ない。
時間が経つにつれて、その恐怖は現実味を増していった。
まるで人気のない森の中。魔物や、野犬や熊に襲われるかもしれない恐怖。このまま誰にも見つけて貰えずに、人知れず衰弱していくかもしれない恐怖。
「(怖い……! どうしよう……‼ もう、いやだ……)」
恐怖と焦燥感で、ユフィアの心は今にも壊れかかっていた。
「(このまま、死んじゃうのかな……?)」
そう思った時、ユフィアはその可能性を必死に拒絶した。
「(──死んじゃうのは、やだ……! だって……。もっと、学校に行きたい……! 折角、お友達が出来たから……。嫌われてても……、酷いことをされても……。それでも、いま、毎日がとっても……、楽しいから……! だから……!)」
ユフィアは諦めそうになっていた心を必死に奮い立たせた。ボロボロと涙を流しながらも、ユフィアは体を動かそうと精一杯力を入れた。
──その時だった。
直前まで静かだった森の中で、やや遠くの方から物音が聞こえて来た。
ガサガサッ、と草木を掻き分けながら落ち葉を踏み鳴らすような足音だった。
「(………ッ!)」
咄嗟にユフィアの中に浮かんだのは、熊や野犬などの野生動物の可能性。
次に浮かんだのは、魔物や山賊の類。
どの場合でも、見つかれば命の保障はなかった。
どうにか見つからないように、そのままやり過ごせるようにユフィアは必死に息を殺した。
「(お願い……、こっちに来ないで……)」
しかし、祈りも虚しく足音は徐々にユフィアの方に近づいて来た。
バクバクと心臓が高鳴る。
まるで何かを探して行ったり来たりしているような足音が、どんどんと迫ってくる。
眩暈がするほどの恐怖を必死に耐えるように、ユフィアはギュッと目を閉じた。
……そうして、一向に止まる気配のなかった足音が、ユフィアのすぐ背後に来た途端にピタリと止まった。
「(………‼)」
ユフィアは体を強張こわばらせ、覚悟するように口元で縛られている布を嚙み締めた。
──その直後。
「すぐ戻るって、言わなかったっけ? こんなとこでなにしてんだ」
「………‼」
ユフィアは自分の耳を疑った。
聞こえてきたのは、とても聞き慣れた声。
そして、きっと誰よりもユフィアを安心させることが出来る声だった。
「(嘘……っ。そんなはず……、ない……っ)」
到底信じられない状況のなかで混乱するユフィアを余所に、背後に立つ人物はユフィアのすぐ近くでしゃがんだ。
「ロープ切るぞ。じっとしてろよ」
「……‼」
聞き間違いではなかった。その声は、確かにユフィアのよく知る声だった。
ギリギリと音を鳴らしながら、ユフィアの手を縛っていたロープはナイフで切断された。
淡々と作業を進めるように足を縛っていたロープも切断され、最後に口元を縛りつけていた布が解かれた。
そして、ユフィアのロープを解いた人物はゆっくりと立ち上がると、正面に回り込んでユフィアと目を合わせた。
「平気か、ユフィア?」
「……ッ」
その人物は心配しているというよりも、気さくに挨拶をするような笑顔を浮かべていた。
涼し気で穏やかな表情に反して、その人物は前髪の先から汗を滴らせるほどに汗だくだった。
こんな非日常的な状況の中で、いつもと変わらない優しい顔。そんな顔を見て、ユフィアの目からボロボロと涙が零れた。
「どう、して……?」
「あんまり遅いから、迎えにきた」
ニカッと笑いながらそう言ったのは、紛れもなく一之瀬シオンだった。
来るはずのない、いるはずのない人物の登場に、ユフィアは夢でも見ているのかと錯覚した。
よく見てみると、彼の手には草木で切ったような小さな傷がいくつもあった。
そんなシオンは服の袖で額の汗を拭うと、左腕を正面からユフィアの胴体に、右腕を背面から肩に回し、彼女の上体を起こした。
「よっ……、と。大丈夫か?」
「うん……っ」
シオンはユフィアの体を支えながら近くの木を背もたれにするように座らせた。すると、そこで──。
「……ん? 何だこれ」
ふと、地面に落ちていたメモ用紙がシオンの目に留まった。
「あ……。それ……」
ユフィアは自身に向けられた悪意をシオンには見られたくなかったが、体にも口にもまだ力が戻っておらず、止めることが出来なかった。
シオンはさっと紙を拾い上げ、書かれていたメッセージに目を通した。
「──はは。誰かと友達になるのに〝資格〟だってよ。意味分かんねぇな」
「………‼」
彼は、まるで小さな子供のイタズラでも眺めるかのように笑った。
たった一言で、ユフィアの中に渦巻いていた暗い感情が跡形もなく消え去るようだった。
そして彼は手の中のメモ用紙をクシャっと丸めて上着のポケットに仕舞うと、反対のポケットから小瓶を取り出した。
「飲めそうか?」
「うん……。……ぁ」
ユフィアは頷いて小瓶を受け取ろうとしたが、上手く力が入らず腕が上がらなかった。
「まだ薬品の影響が結構残ってるな……。俺が飲ませても大丈夫か?」
「う、うん……」
「よし、出来るだけ溢こぼさないように頑張って飲んでくれ」
シオンは左手でユフィアの顎に触れて少し上を向かせ、右手で小瓶に入った回復薬を飲ませた。
「──~~‼」
優しく顔を触られながら、小瓶の飲み口を当てている唇をじーっとシオンに見つめられ、ユフィアは強烈な恥ずかしさで思わずギュッと目を瞑った。
それからゆっくりと時間を掛けて小瓶一本分のポーションを飲ませ、シオンは再び口を開いた。
「もっと休ませてやりたいんだけど、もうかなり日が落ちてる。夜になる前に山を下りたいけど、いけるか?」
シオンに確認され、ユフィアはコクリと頷いた。
ユフィアは自力で立ち上がることは出来たが、ふらついて倒れそうになったところをシオンが支えた。
「おい、無理すんな」
「ご、ごめんなさい……。私、大丈夫だから……。シオンは、先に行って……。私のせいで、シオンに迷惑、かけたくない……」
「……ばか。俺みたいな子供が一人で暗い山道を帰れるか。危なくなったらお前の魔術で助けてもらわねーと」
「……‼」
シオンは少し悩んだ様子だったが、すぐに意を決したように口を開いた。
「……仕方ない、俺が背負っていく。──乗れ」
そういうと、シオンはユフィアの前で背中を向けてしゃがんだ。
「……⁉ お、おんぶ……⁉」
「そうだ。汗でべしゃべしゃだけど、それはもう我慢しろ」
「それは、ぜんぜん、平気……! い、嫌じゃない……!……で、でも、私を背負って街まで帰る、のは、シオンが大変……」
「いいから。歩けるようになったら降りればいい」
「わ、わかった……」
思い通りに動かせない体に反して、心臓だけは飛び出るほどにバクバクと鼓動する。
ユフィアは意を決してシオンの胸の前に両腕を回した。
すると、シオンはユフィアの膝裏辺りを持つようにして背負い、ゆっくりと立ち上がった。
「よし、落ちないようにちゃんと掴まっとけよ」
「う、うん……っ」
言われた通りに、ユフィアはギュっとシオンの背中にしがみ付いた。
「じゃあ、行くぞ」
「……──~~っ」
シオンは平然と歩き出したが、ユフィアは左胸の鼓動が密着しているシオンの背中まで伝わっていないかと気が気ではなかった……。
◆
「重くない……?」
「平気だ。むしろ軽すぎるくらいだな。ひょっとして内臓とか入ってないんじゃないか?」
「そうかも……」
「なわけねぇだろ」
「⁉」
そんな会話をしながら山道を下っていると、ふとユフィアが神妙な様子で口を開いた。
「ねぇ、シオン……」
「ん?」
「どうして、私があそこにいるって、……分かったの?」
「そりゃ、聞いたからな」
「えっ……? 聞いた、って……、誰から?」
「決まってるだろ。お前をあそに置いてった奴からだよ」
「……⁉ ど、どう、……どういう、こと?」
「教室で一人で魔術の練習してたんだけど、休憩中に教室に来た生徒がいてな。俺を見てやたらと挙動不審になってから、色々聞いてみたんだよ。そしたらお前をあそこに置いてきたっていうから、迎えにいった。そんだけ」
「……。……そう、なんだ……」
ユフィアは開いた口が塞がらなかった。
犯人と思わしき人たちはユフィアに顔を見られないようにしていた。つまり、素性を明かしたくなかったとみて間違いないだろう。
そんな犯人が、人を拘束して山奥に置き去りにしたなどという犯行をそう簡単にバラすはずがない。
きっと、犯人が白状せざるを得ないほどのなにかがあったのだろうと考えられた。
──『分かるんだ俺、そういうの』
彼がその驚異的な洞察力で犯行を明らかにし、自分の居場所を突き止めてくれたのだろうとユフィアは確信した。
きっと、犯人と遭遇したのがシオンだったからこそ、自分は奇跡的に助かったのだと思えた。
「(……シオンは、……すごい。本当に、すごい……)」
──私は、シオンみたいになりたい。……汗だくになりながら、手を傷だらけにしながら、誰かを必死で助けることが出来るような……。だった一言話すだけで、他のなによりも安心させてくれるような……。人を一人背負って、嫌な顔一つせずに山道を歩いてくれるような……。
──こんなに優しいシオンみたいな人に、私は、なりたい。
……考え込むようにしばらく無言の時間が続いた。
そうして、ふとユフィアはシオンに声を掛けた。
「……シオン」
「どうした?」
「前に言ってた……。私に、夢が出来たらいいなって……」
「あー。確か、そんな話もしたな」
ユフィアを背負って山道を下りながら、シオンは何気ない様子で答えた。
「……出来たよ。私にも、夢」
「おっ! ほんとか、ユフィア! どんな夢だ?」
驚いたような、嬉しそうな、そんな様子でシオンは右肩の後方、ユフィアの顔がある方に少し顔を向けた。
「……内緒」
「なにー? くそったれめ……」
「……くすっ」
ぷいっと正面を向いたシオンの後ろで、くすくすとユフィアは小さく笑った。
……まだ、彼には言えない。
言えばきっと、彼に甘えてしまうから。
私は、彼とずっとずっと一緒にいたい。
私も、彼のように素敵な人になりたい。
彼は、いずれ必ず最強の魔術師になる。
だから私も、そんな彼の隣にいられるように、立派な魔術師になる。
最強の魔術師を支えられるような、隣にいても誰にも文句を言われないような、そんな魔術師になる。
「ずっとあなたの隣にいたい」、いつか胸を張って彼にそう言えるようになるまでは、彼には打ち明けられない。
だから、必ず私は"最強の隣にいられるような魔術師"になる。
───それが、私の夢だ。




