42. ユフィア・クインズロード <2>
シオンから本を借りた日、ユフィアは帰宅してから自分の部屋で黙々とそれを読んだ。物語というものに慣れていないせいで読むのに少し時間が掛かったが、彼の言う通り、彼女にとってそれはとても新鮮に楽しめるものだった。
「……あ、あの、シオン。これ、ありがとう。すっごく、楽しかった……っ」
「もう読んだのか、早いな。楽しめたなら俺も嬉しいよ。もし気に入ったら明日も新しい本を持ってくるけど、どうだ?」
「……! よ、読みたい……!」
「うん。分かった」と、シオンは笑顔を浮かべた。
それから、ユフィアはシオンから繰り返し本を借りて読んだ。読み終えた翌日にはシオンと本の内容について話して過ごした。
シオンは本にの内容にちなんだ余談や逸話を交えたトークをするのが上手く、ユフィアはそれを聞くのが楽しくて仕方がなかった。
これまでの孤独感が嘘のように、ユフィアは毎日心が躍るようだった。
いつも本を貸してくれるシオンに何かお返しがしたいと思い、ユフィアは彼の魔術の練習の手伝いをするようになった。
シオンは魔力のコントロールに関する感覚が一切分からず、何度も試行を繰り返しながら正しい魔力の通し方を覚えてきたのだという。
それはまるで、目隠しの状態で何度も壁にぶつかりながら手探りで道を進み、どこにあるかも分からないゴールを目指して進むかのようなやり方だった。
感覚的なものを言葉で説明して相手に理解させるのは非常に難しい。それでも、ユフィアは自分なりの感覚やコツを一生懸命シオンに教えた。
ユフィアが教えるようになってから、シオンの上達のペースは格段に早くなった。
やりたくもない魔術をずっとやらされるくらいならば、いっそ魔術の才能なんて持って生まれなくて良かったとさえユフィアは思っていた。
しかし、ユフィアのアドバイスで上達したシオンから嬉しそうに感謝を伝えられた際、ユフィアは生まれて初めて自分に魔術の才能があって良かったと思えたのだった──。
◆
「──どうだ、ユフィア。前より、少しは魔術を好きになれたか?」
「うん……。魔術の勉強も……実技の練習も……。最近は、前より、楽しい……」
「そっか。……ユフィアは折角才能あるんだから、何か魔術でやりたいこととか、夢が出来ると良いな」
「やりたいこと……夢……。考えたこと、なかった……」
「ま、別に才能に人生を縛られる必要はないけどな。才能で人生を決めるのが正解なら、俺なんてとんでもない大馬鹿だ。はっはっは」
「……シオンには、あるの? 夢……」
「ああ、あるぞ」
「……どんな夢か、聞いても良い?」
ユフィアがそう尋ねると、シオンは真っ直ぐな目を向けた。
「俺の夢は、最強の魔術師だ」
「最強の、魔術師……?」
「ああ。……最強の魔術師になって、助けが必要な人や、誰かの大切なモノの為に……、戦えない人の代わりに、俺が戦う。英雄譚の主人公のように、誰かの為に戦える最強の魔術師になる。───それが、俺の夢だ」
そう語った彼の姿は、今でもユフィアの目に焼き付いて忘れられないでいる。
とても真っ直ぐで、優しく、力強い瞳だった。
彼としばらく一緒に過ごして、彼が魔術に強い憧れを抱いていることは知っていた。
しかし、どうしてそこまで尋常ではないほどの執念を持って努力を続けられるのかが、ユフィアには疑問だった。
だがきっと、どこまでも高潔なその信念と目標こそが一之瀬シオンという人間を突き動かし続けたのだろうと、ユフィアは思った。
だからこそ、誰もが諦めてしまうような困難の中でも彼は己の道を進み続けることが出来たのだと、ユフィアは納得することが出来た。
「すごい……。素敵な、夢」
「そう、思うか?」
とてつもなく大きな夢で、現時点のシオンにとっては途方もないほど高みにある目標。
しかし、それはただの見栄や虚勢なんかではないと、彼は本気で「最強の魔術師」を目指しているんだとユフィアは疑わなかった。
「うん……。とってもカッコ良くて……。シオンにぴったりの、素敵な、夢……!」
「!」
「シオンなら、なれる……! 絶対……っ」
「………ッ」
ユフィアが言うと、シオンは珍しく言葉を失っている様子だった。
「ど、どうしたの……? シオン」
「……! ああ、いや……。まさか、そんな風に言われるとは思ってなかったからさ……。少し、驚いた」
「……? どうして? 私、変なこと、言っちゃった……?」
ユフィアが不安げに尋ねると、シオンは少し困ったように頭を掻いた。
「変……って言うかさ……。ユフィアも知っての通り、俺には魔術の才能なんてまるでない。今年入学したばかりの1年生全員にだって、もう追い抜かされてる……。そんな俺が"最強の魔術師になる"なんて言って、本気にして貰えるとは……。ちょっと、思わなかった……」
「え……っ? だって、それは……。シオンは、一番、すごい人だから……」
「すごい? ……俺が?」
自分が知る限り、この世の誰もシオンには敵わないと。自分のように、ただ魔術師の名家に生まれただけの人間よりも、シオンはずっとずっとすごい人物だと、ユフィアは本気でそう思っている。
「シオンみたいに、絶対に諦めない努力家で、目標に向かって一生懸命な人、……他にいない、と思う……。だから、シオンなら、絶対に最強の魔術師にだって、なれる……。絶対……」
「絶対、か……」
ユフィアの言いたいこと、思っていることが全て上手に言葉に出来たわけではなかった。それでも、ユフィアの気持ちはシオンにしっかりと伝わった。
「……そっか。ありがとう、ユフィア」
と、シオンは薄く微笑んだ。
「私、応援する……っ。シオンが夢を叶えられるように、応援……!」
「ああ、ありがとうユフィア。……それじゃあ最強の魔術師になるために、手始めに点火からマスターするか!」
シオンは、気合の入ったように朗らかな笑顔を浮かべた。
「うんっ」
……ユフィアにとって、魔術も、学校も、ずっとつまらないものだった。
しかし、彼と出会ってからユフィアは少しずつ魔術が好きになって、魔術を覚えることに達成感が生まれて、学校生活も楽しめるようになった。
こんなに楽しい日々がいつまでも続きますようにと、ユフィアは心から願っていた……。
◆
ユフィアとシオンが仲良くなってから一ヶ月程経った、ある日の放課後。
その日もユフィアはシオンと放課後の時間を一緒に過ごす約束をしていた。
シオンと合流する前に、授業の課題を提出するためにユフィアは職員室へと向かった。
既に提出済みだったシオンには教室で待っていて貰い、ユフィアは課題を提出してから教室に戻った。
すると、普段ならユフィアとシオン以外は誰も残らない放課後の教室から珍しく話し声が聞こえてきた。
「──ねぇねぇ、一之瀬君!」
「ん?」
「今度、グループを作ってやるレポートがあるでしょ? あれ、私達と一緒にやらない⁉」
どうやら、クラスメイトの女子生徒二人とシオンが教室で話しているようだった。
「ああ、あれか。悪い、もう他に一緒にやる人が決まってるんだ」
「そっか……。あのレポートのグループ、最大三人までって言ってたもんね……。ちなみに、誰と一緒にやるの?」
「ユフィアだ」
「……ふーん、ユフィアさんとやるんだー。……一之瀬君、最近ユフィアさんと仲良いよね」
「(……!)」
会話の声は静かな校舎内では良く響き、廊下にいたユフィアにもその内容がはっきりと聞き取れた。
「ああ、まあな」
「……もしかして、今日も今からユフィアさんと……?」
「ああ」
「ふ、ふーん……。そうなんだ……。二人で、いつもなにしてるの?」
女子生徒から発せられたのは、なんの変哲もない、普通の質問だった。
しかし、その女子生徒の声色は妙に不穏な気配を孕んでいるように感じられた。
「なにって、なぁ。俺がユフィアから魔術を教えて貰ったり、お互いに読書の感想を話したりって感じだな」
シオンは普段と変わらない、何気ない口調で答えていた。
……しかしその直後、女子生徒たちの雰囲気がガラリと変わった。
「そう、なんだ……。あ、あのさ、一之瀬君、本当はこんなこと言いたくないんだけど……」
「ね、ねぇ、本当に言っちゃうの?」
「だって、言わなきゃ一之瀬君が可哀想だよっ」
「そうだね……、それもそうだよね……!」
「………」
彼女たちのやり取りに対してシオンがどんな表情を浮かべていたのか、廊下にいるユフィアには見えなかった。
「ごめんね、一之瀬君……。きっと、一之瀬君にとっては悲しいことかもしれないけど……」
「(………‼)」
その女子生徒の声を聴いたとき、ゾワリ……、とユフィアの全身に悪寒が走った。彼女はその嫌な感覚に覚えがあった。
二年生の時、身に覚えのない出鱈目な噂を流され、周りから冷たい目を向けられた時のあの感覚。
三年生の時、クラスメイトの女の子に酷い言葉を浴びせて泣かせたという濡れ衣を着せられ、周りの生徒たちから責める様な言葉を受けた時の、あの感覚。
あの時と同じようなことが起きてしまう予感が、ユフィアの中に生まれた。
そして次の瞬間、悲しくもその予感は当たってしまった。
「──あの子ね、陰で一之瀬君のことをすっごく馬鹿にしてるよ」
「え……」
「(………ッ⁉)」
「それって……、どういう意味……?」
シオンは明らかに動揺した様子で聞き返した。
「あの子、シオン君と仲良くするフリをしながら、陰では悪口を沢山言ってるんだよ……」
「『いつまでも上達しなくて笑える』とか、『馬鹿にされてるのに気付きもしないで、必死になって可哀そう』とか、沢山酷い事言ってて、私も驚いちゃったよ……」
「(───そんなこと、絶対に言わない……‼)」
そう言いたくても、ユフィアはその場から動くことすら出来なかった。
ユフィアは人と話すのが得意ではない。これまでも一生懸命周りの誤解を解こうとしたが、誰一人として信じて貰うことは出来なかった。
誰も、本当のことを分かってはくれなかった。
──シオンはすごく、すごく優しい。
──シオンなら、もしかしたら、私を信じてくれるかもしれない……。
──でも……。もし、シオンに信じて貰えなかったら……。
折角友達になれたシオンにさえ信じて貰えないかもしれない。
過去に周りから向けられた視線、あの冷たい目をシオンから向けられることが、彼に嫌われてしまうのがユフィアには何より怖かった。
それを想像すると、教室に入るどころか、この場から逃げ出してしまいたいとすら彼女は思ってしまった。
「そんな……。ユフィアが……」
「ショック、だよね……。ごめんね、もしかしたら知らないままの方が良かったのかもしれないけど、騙されてる一之瀬君が可哀想で……」
「酷いよね、ユフィアさん……」
「ユフィア……、信じてたのに……。くっ……」
「一之瀬君、可哀想……」
「もう、あんな子と関わらない方が良いよ……」
「ちくしょう……! あんまりじゃないか……ッ」
「(………っ‼)」
シオンの悲痛な声を上げた。彼は怒りをぶつけるように机を叩き、ドンッと、鈍い音が教室中に響いた。
そんな彼の声を聞いて、ユフィアは胸が張り裂けるような思いだった。
悲しく、苦しく、ユフィアの目からポロポロと涙が溢れた。
「(私なんか、が……)」
シオンに嫌われてしまうことは悲しい。
しかし、シオンが彼女たちから酷い言葉を掛けられていることはそれ以上に悲しかった。ユフィアは自分が悪く言われるよりも、シオンが傷つけられる方がずっと辛かった。
「(私が……。私が、シオンとお友達になったせいで……。私なんかが、シオンと仲良く、なっちゃったから……)」
彼のような優しい人が、自分のせいで傷付けられている。
自分が仲良くならなければ、きっと彼がこんな風に傷付けられる事はなかっただろうと、ユフィアは自分を責めた。
すぐにでもシオンに本当のことを知って欲しかった。しかし、今自分が出て行っても余計に彼を傷付けてしまうだけではないかと、ユフィアはその場から動けなかった。
ユフィアは胸元でぎゅうっと両手を握りしめ、その両目から流れる涙がぽたぽたと滴った。
……その時だった。
「───なんてな」
「「………え?」」
「どうだ。これで満足か?」
それまでの雰囲気が嘘だったかのように、ケロリとした口調でシオンは言った。
「え、な、なに? ど、どういう……?」
「ん? 俺の傷ついた姿が見たくて、そんな作り話をしたんじゃないのか?」
「えっ、作り……。い、一之瀬君、なに、何言ってるの……?」
「ふーん、違うのか。じゃあ、君らが気に食わないのはユフィアの方か」
「………ッ‼」
「(………!)」
「……クソ。こっちが当たりか……」
「あ、当たりって……。ちょっと、一之瀬君、さ、さっきからなに言ってるの?」
「一之瀬君が何を言いたいのか、よく、分からないんだけど……」
女子生徒達は困惑したように、しかし内心の焦りが隠せない様子でそう言った。
一呼吸間を置いて、薄く笑顔を浮かべながらシオンは口を開いた。
「……いい加減ムカつくから、はっきりと言っとくわ」
そう言うと、シオンは今度は真剣な視線を二人に向けて言い放った。
「ユフィアは絶対にそんなこと言わない。下らない嘘を吐くな」
「「………ッ‼」」
「(………‼)」
二人の女子生徒はギョッとした表情を浮かべ、教室の外にいたユフィアも一瞬だけ目を見開いた。
「う、嘘じゃないよ! ね、ねぇ、嘘じゃないよね!?」
「そうだよ、私も聞いてたもん! ユフィアさん、本当に一之瀬君の事馬鹿にしてたよ!」
「そうか。じゃあそれは、いつ? どこで?」
「そ、それは、……き、昨日! 昨日の実技の授業の後に、更衣室で!」
「昨日の更衣室で、か……。なぁ。俺、ユフィアが君らと会話してるところなんて一度も見た事ないんだけど、実は仲良かったりするのか?」
「あんな酷い子と、仲良い訳ないでしょ!」
「そうだよ! あの子、前のクラスでも酷いこと言って嫌われてて、今のクラスになってからもほとんど話してないよ!」
「じゃあ昨日の実技の授業後に、ユフィアが急に君らに話掛けてきたのか?」
「そ、そうだよ⁉ ユフィアさんがいきなり話掛けて来て……というか、それがなんなの!?」
「なんなのって、はは。おかしいだろ、それ」
シオンは呆れた様な笑い声を上げた。
「人を騙したいなら、もう少し話の整合性を考えたらどうだ。仲良くもない相手にいきなり話しかけて、聞かれてもないのに俺の悪口? そんなの不自然過ぎるだろ」
「そんっ……」
「明日、他の女子に聞いてみるか? 昨日の授業終わり、君らとユフィアが更衣室で話しているところを見た子がいるかどうか。会話が出来るだけの時間、ユフィアと君らが同じタイミングで更衣室にいたのかどうか。そのとき更衣室を使っていた全員に聞いて、矛盾が出ないか確認してみるか?」
「……‼」
「……な、なんなのっ! さっきからひどいよ! 最初っからユフィアさんのことだけ信じて……‼ ユフィアさんが言ってないって、どうして決めつけてるの‼」
図星を付かれたような表情を浮かべ、女子生徒達は焦ったように話を逸らした。
「そうだよ! 一之瀬君だって、最近話すようになったばかりじゃない‼ ユフィアさんが本当に良い人かどうかなんて、分かりっこないでしょ!」
「……」
そう言われたシオンは、少し考えるように視線を下げた。
「本当に良い人かどうか、か……。そうだな……」
──『シオンなら、絶対に最強の魔術師にだって、なれる……。絶対……』
──『私、応援する……っ。シオンが夢を叶えられるように、応援……!』
そうして少しの間を置いてから、シオンは口を開いた。
「……言っても、どうせ分からないだろうな。……ただ、俺はユフィアを信じてる。ユフィアが誰よりも優しい奴だって知ってる。それだけが全てだ」
静かに、しかし力強い視線を向けてシオンはそう言った。
「……そ、そんなの、一之瀬君があの子の演技に騙されてるだけかもしれないじゃない‼」
「そうだよ! 結局ただ一之瀬君がそう思ってるだけで、あの子の本心は分からないでしょ!」
「そうだな。ただ、もしユフィアが本当に俺を演技で騙してるんだとしたら、あいつはとんでもなく嘘が上手いってことになるな。──少なくとも、君らよりかは」
「──~~ッ‼」
「も、もう良いっ‼」
そんな大声が廊下の奥まで響いた。
「折角、一之瀬君の為に言ってあげたのに‼ 後で一之瀬君が傷つく事になっても知らないからね‼」
「そんときは遠慮なく笑ってくれ」
「……ッ‼ い、行こっ‼」
「うん……っ、そうだね、もう帰ろ! ……本当に、知らないからね一之瀬君‼ 私達、嘘なんか言ってないから‼」
そう言うと、二人の女子生徒は荒々しい足取りで教室から出た。
それから数分後……。
「……それにしても、ユフィアはやけに遅いな」
二人の女子生徒が教室から出て行ってからしばらくして、まるで何事もなかったかのように気の抜けた声でシオンは呟いた。
「職員室で先生に捕まってるのか……? (まあ、ユフィアがこの場にいなかったのは幸いか……)」
そういって、シオンは様子を見るかのように廊下に出た。
……そして、シオンが廊下に出て視線を左右にキョロキョロと向けると、すぐに彼女が視界に入った。。
「……」
両膝を両手でぎゅっと抱え、おでこを膝頭にくっつけるようにしながらユフィアは壁を背中に座り込んでいた。
「……ひっく、ぅ……」
「……どうしたユフィア、……こんなところで、そんなにこじんまりと……」
「ぐすっ……、ぐす……」
小刻み肩を揺らしながら啜り泣くユフィアに対して、シオンはわずかに苦い顔を浮かべた。
「ちなみにだけど、なんか、……聞こえてたりした?」
「……っ、ぐすっ、……ぅ」
「(聞かれてたのか……)」
ユフィアはただ声を殺しながら泣き続けるだけだったが、シオンはその様子を見て察したようだった。
「……なんかこの廊下の床、座り心地が良さそうだな。俺も座っちゃおっかな」
そういうと、壁に凭れるようにしてユフィアの右隣に並ぶように座り込んだ。
……そうしてしばらくお互いに何も喋らなかったが、やがてシオンが静かに口を開いた。
「このあいださ……」
すすり泣くユフィアの横で、シオンは向かい側の壁の方に視線を向けながら話した。
「俺が最強の魔術師になりたいって言ったとき……。俺なら絶対になれるって、言ってくれたろ……?」
「……っ」
ユフィアは膝に顔をうずめるようにしたまま何も言わなかったが、シオンは構わずに話を続けた。
「俺の両親も、周りの奴らも、良い人達ばかりだけどさ……。それでも、俺が本気で最強の魔術師になれるなんて思ってる人は誰一人いない。冗談だと捉える人もいれば、表面上は応援の言葉を掛けてくれても、そんなのは不可能だと本心では思っている。分かるんだ俺、そういうの」
「……!」
「だけど、俺が世界最強の魔術師を目指してるって言ったとき、ユフィアはすぐに真剣だって信じてくれた。俺ならなれるって、本気で言ってくれた。すげぇ嬉しかったし、本当に、本当に優しい人間なんだなって、俺は思ったんだ」
「……っ!」
「ユフィアに嫌がらせをしようとする人たちはきっと……、ユフィアの家柄とか……、才能とか、そういうのが気に食わなかったり、妬ましいだけでさ……。本当のお前は、絶対に人から嫌われるような人間じゃないから……。俺みたいにちゃんとユフィアと話せば、きっとみんなも、ユフィアがどれだけ優しいか分かるよ……」
「……! う、うぅ……っ。ぐす……」
「だからさ、そんなに泣くなよ……」
「うぅ……! ううぅ……! ひっく……!」
シオンはそう言ったが、ユフィアはより涙を流し、嗚咽はさらに止まらなくなった。
彼はそれ以上なにも言わず、ただ静かにユフィアの隣に座っていた。
数分くらい経過した頃だろうか。相変わらず嗚咽は止まないが、少しだけ落ちついた様子のユフィアが、隣に座るシオンに向けておもむろに右手を伸ばした。
「……!」
シオンの制服に手が触れると、ユフィアはシオンの制服の上腕辺りをギュッと指で掴んだ。
「……あ、ありがとう……っ。シオン、ありがとう……。ぐすっ……」
未だに流れる涙を左手で拭いながら、ユフィアはそう言った。
そして、震える涙声でユフィアは続けた。
「ご、ごめんね……。ひっく……。わた、私のせいで、シオンが……、ひ、酷いことを言われて……! 私が、シオンと、お友達に、なら、ならなかったら、よかったのかも、って……! だ、だけど、わたし、や、やだ……! 私、シオンと、お友達になれて……なかったら……、そんなの、やだ……っ。うぅ……!」
「……バカ。友達にならなかったらなんて、そんなこと二度と言うな。……俺は、ユフィアと友達になれて良かったよ、本当に……」
「うっ……、うぅ……! ぐすっ……。シオン、ありがとう……。私のこと、信じて、くれて……っ。ありがとう……。ひっく……! う、嬉しい……。とっても……っ。ぐす……」
「……鼻水垂れてるぞ」
「……⁉」
「なんてな」
「……‼ う、うぅ……! ぐすっ……」
……それからユフィアが泣き止むまで、二人はお互いに何も話さなかった。
泣き続けるユフィアに制服の袖を握られたまま、シオンは何も言わずにただ隣に座り続けた……。




