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29. 英雄の意思(3)

 


 己の身体に何が起きているのか、アルフォンスはまるで理解が出来ていなかった。


 体力は限界を迎え、手にしていた剣も折れ、満身創痍(まんしんそうい)状態だったアルフォンスに振るわれた黒殲龍からの(とど)めの一撃。

 振り下ろされた巨大な尻尾は、到底アルフォンスにふせげるものではない筈であった。


 黒殲龍もまた、それが(とど)めとなるという確信があった。


 しかし、その一撃をアルフォンスは防いだ。

 刀身を(ほとん)ど失った剣で受け止めたのだ。


 終焉の黒殲龍(シュヴァルディウス)の表情に、確かな驚愕が見て取れた。

 五体満足のまま立ち続けるアルフォンスの姿を確認すると、黒殲龍はアルフォンスを睨み付け、まるで息の根を止める事を()くかのように次々と攻撃を繰り出した。


 直撃すれば即死。

 そのような攻撃をアルフォンスは幾度と無く躱し、防ぎ、そして負けじと打ち返す。


 瀕死の虫螻が小突かれ弄ばれているかのようだった姿は、もうそこにはなかった。


 圧倒的な力を持つ終焉の黒殲龍(シュヴァルディウス)との攻防。意識が擦り切れるほどの集中の最中(さなか)、アルフォンスは不思議な感覚に包まれていた。


 先程まで立っている事さえままならない(ほど)憔悴し切っていたにも関わらず、何故か黒殲龍の一撃を防ぐ事が出来た。


 そして更に、満身創痍だった筈の肉体に力が戻り、今は全身に魔力が(みなぎ)っている。

 黒殲龍と打ち合う(ため)に尋常でない魔力量を身体強化魔術や付与魔術(エンチャント)に注ぎ込んでいるが、魔力の減る感覚や疲弊感がまるで現れない。


 それどころか、氾濫した川のようにとめどなく魔力が溢れてくる。


「“貴様、その力……!!”」


 黒殲龍は目を見開き、思わず驚きの声を漏らす。


 気が付けば、アルフォンスは燃ゆる炎の様に揺らめく金色の光を全身に纏い、その手に握る剣は失われた刀身の先から光の刃が伸びていた。


 黒殲龍はその姿を忌々しく睨み付けると、一層(はげ)しく攻撃を振るった。


 アルフォンスは金色の軌跡を描きながら黒殲龍と打ち合う。


 勿論、アルフォンスにとって金色のそれは初めて扱う魔力だった。

 扱い方を聞いたこともない、名前も知らない強大な魔力。


 だが、あたかもそれが初めから自分の一部であったかのように自然と扱えた。


 アルフォンスの魂に刻まれた意思が、強く訴えかける。


 ───人々を守れ。


 ───かの黒き龍を打ち倒せ、と。


 黒き暴力と金色の光による凄烈たる攻防。

 その衝撃は壮絶で、学園の食堂はもはや面影を残さぬ程に崩壊している。


 魔力が次々と溢れてくるが、それでもアルフォンスの力が黒殲龍を越える事はない。


 しかし、黒き龍を討ち倒さんと、その一撃一撃が厄災の如き攻撃に何とか食らい付く。


 そして、打ち合いの最中に見えた一筋の隙。


 前脚によって繰り出された横薙ぎの攻撃を光の刃で上方へ弾いた事によって生まれた、黒殲龍の上体の隙。


 気が付けば、アルフォンスは無意識に剣を後方へ振りかぶり、金色の魔力を剣へ込めていた。


 やる事は唯一つ。

 この一縷の好機に、渾身の一撃を黒殲龍に打ち込む。


 ──僕はこの力を使ったことが無い。

 ──だけど、分かる。

 ──この技には想いが込められている。


 ──かつて、人々を守る為に闘った、英雄の想いが。



   「栄光の煌き(スパークル・エーレ)



 アルフォンスの振るった剣から、眩い光の刃が放たれた。


 凄まじく甚大な魔力が凝縮されたその一撃は、眩む程の光と共に黒殲龍の上体へと炸裂した。


 直後、技を放った自分自身が吹き飛ばされそうな程の衝撃波がアルフォンスを襲う。


 自分でも信じられない程の威力を見せた技に驚きつつも、アルフォンスは会心の手応えを感じながら多量の瓦礫や砂埃の舞っている正面を見据えた。


 暫く砂埃が落ち着くの待っていると徐々に視界が開け、前方の様子を確認する事が出来た。


 そして、その先に広がっていた光景にアルフォンスは目を見開き、───言葉を失った。




 ◆ ◆ ◆ ◆




 そのドラゴンは、幾千年もの(あいだ)厄災として言い伝えられてきた。


 数百年に一度人々の前に現れては虐殺の限りを尽くす。


 村を、畑を、命を、黒き炎で焼き尽くす。


 かのドラゴンに、人々は何度も抗った。


 果敢なる抵抗の中、幾度と無く人々の希望となる者は現れた。


 時に巨漢なる剣士が、時に幾千の魔術師が、かのドラゴンを討ち取らんと立ち上がった。


 しかし、その希望は何度も何度も潰えた。


 どれだけ優れた戦士が剣を振るおうと、何百何千の術師が集い強力な魔術を振るおうと、攻撃を受けたドラゴンは何食わぬ顔で戦士達を薙ぎ払う。


 かの黒き龍が現れると、人々の平穏は終わりを迎える。


 人々の希望を、光を、祈りを、(ことごと)く圧倒的な暴力によって(ほろぼ)す。



 故に名付けられた。


 ───終焉の黒殲龍(シュヴァルディウス)


 いかなる希望も、黒き龍の前では絶望に帰す。





「そん…な……」


 アルフォンスの目に映ったのは、渾身の一撃を受けてなお傷一つ負っていない終焉の黒殲龍(シュヴァルディウス)の姿だった。


 無傷どころか、その身体は先程より一回り大きくなり、漆黒だった体躯には(ひび)割れのように禍々しい本紫色の光が走っていた。


 (ほとばし)るようなその光からは、尋常でない(ほど)強力な魔力が感じられた。


 会心の一撃を与えて尚、より力の増した黒殲龍を前にアルフォンスは思わず愕然としたが、すぐに我にかえる。


 倒せなかったのならば、再び闘うしかない。

 先程の技を放った時から徐々に力が失われつつあるのを感じるが、それでも諦める訳にはいかない。


 アルフォンスは再び気を引き締め、黒殲龍と相対した。


 しかし、


「“やはり、あの男の血は危険だ”」


「   …  …ッ!!!」


 アルフォンスが自身を襲った途轍もない衝撃を感じた時、既にその身体は空高く打ち上げられていた。


 黒殲龍に攻撃された事は間違いないが、アルフォンスはその始終を一切捉える事が出来なかった。


 そして、自身の身体が宙を舞っていると認識した次の瞬間には、アルフォンスの身体は地面にめり込む程強く叩きつけられていた。


「が…ッ……ぁ……ッ」


 全身を強烈に打ち付けられた事によって呼吸機能が麻痺し、顔を歪めながら呻く様な声を出すアルフォンス。


 その眼前に、忽然と巨大な黒い影が現れる。


 言うまでもなく、終焉の黒殲龍(シュヴァルディウス)であった。


「“どうやら、流石にもう立つ事も叶わぬようだな”」


 先程までの焦った様子とは異なり、どこか落ち着いた(さま)でアルフォンスを見下ろす黒殲龍。


 アルフォンスは立ち上がろうとするが、身体がガタガタと震えるばかりで、力を入れることすらままならない。


「“……どれほど薄まろうと、侮り難いものだ。()()()の血は……”」


 そう言うと、黒殲龍は口を大きく開き、どす黒い炎を蓄えた。


「“この我に(わず)かながらにも(あらが)えた事を称え、灰も残さず消し飛ばしてやろう”」


 黒殲龍は口の前に巨大な、とてつもなく巨大な黒炎の塊を練り上げた。


 畳み掛けるような攻撃から、間髪入れずに入った(とど)めの姿勢。


 もはや、二度と奇跡も希望も生ませないという気迫が感じられた。


 そして黒炎の塊は、なんの猶予もなく、一切の容赦なく、アルフォンスへ向けて放たれた。


 黒き炎は、「破壊する」でなく、「消滅させる」といった表現が近いほど、一瞬で大地を消し飛ばした。


 黒炎が完全に燃焼しきった時、黒殲龍の眼前には底が見えぬ程の巨大な大地の窪みが出来ていた。


 今度ばかりは、疑う余地もなくアルフォンスを仕留めたと黒殲龍は確信した。


 しかし、黒殲龍の中に強い違和感が生まれた。


 その違和感の正体を、視覚ではなく、嗅覚が捉えた。


 今しがた確かに消し飛ばした筈の匂いが、()()()()()


 黒殲龍が後方へ振り向くと、そこには横たわるアルフォンス、


 そして、()()()()()()()()()()()()()()()




 ◆ ◆ ◆ ◆




 薄れいく意識の中、アルフォンスの視界に一人の男の姿が映った。


 その男の姿にどこか見覚えのある気がしたアルフォンスだったが、すぐに気が付いた。


 先程(さきほど)食堂の二階で騒動の中悠長(ゆうちょう)に食事を続けていた男子学生であった。


「よく戦ったな。あとは、俺に任せろ」


 アルフォンスに真っ直ぐ向けられた眼は、先程と少し様子が異なっていた。


 黒かった筈の瞳は、()()()()()()()()()()


 男子学生は立ち上がると、振り返り、終焉の黒殲龍(シュヴァルディウス)へ向けて悠然と言い放った。



「“久し振りだな、黒いやつ(ブラッキー)”」


 ──と。


 その光景を最後に、アルフォンスの意識は途切れた。




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― 新着の感想 ―
[一言] 更新があるとは、すばらしい!
[一言] で、どうやって戦うんだ?
[一言] 更新きたぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!登場が良すぎる。問題は既に必殺技使ってる件
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