18. 決着、そして勝利 <2>
エリザ・ローレッドが闘技場から去り、一人場内に残ったシオン。
彼は壁にもたれ掛けながら右足を伸ばし、左膝を立てた姿勢で座り込んでいた。
そしてその彼の顔は現在、──滅茶苦茶ニヤついていた。
いつもの様にクールな表情を作ろうとする、……が、駄目。直ぐに表情筋が緩んでしまい、ニヤけを抑える事が出来ず、つい口角を上げてしまう。
表情を取り繕う事に関しては人一倍優れた技量を持つ彼をその有様たらしめるのは、先程のエリザ・ローレッドとの決闘内容であった。
エリザ・ローレッドの「巨人の凍拳」に叩き潰され、シオン自ら降参をした先ほどの決闘。
あの決着こそが、彼が決闘開始前に描いた明確な勝利のビジョンだった。
エリザ・ローレッドの魔術を全て躱し、いかにもそれが圧倒的な実力の片鱗であるように見せ、その後彼女の魔術にわざとらしく被弾して降参する。
それこそが彼の描いた勝利のビジョン。
その中でキーとなる条件だったのは、「その気になればいつでもトドメは刺せた」という印象を持たせたる点、そして「パンツを見られた腹いせにボコボコにしたい」という彼女の望みを叶える為に彼女の魔術に被弾するという点だった。
更に言えば、ただわざと魔術に被弾するのではなく、彼女が被弾に納得せざるを得ないような状況で被弾する事が重要だった。
もし仮にシオンがわざと手を抜いて負けたとなればエリザは決闘の決着に納得せず、事態の収束には更に時間掛かっただろう。
そのような複雑な条件を全てクリアし、シオンは見事に自身が描いたビジョン通りの決闘を演じてみせたのだ。
エリザ・ローレッドは敗北感を抱いたまま決闘に勝利し、一之瀬シオンは全て自身の描いたビジョン通りの決着に至った。
それはまさに「試合に負けて勝負に勝った」というもの。
魔術師としての才能をまるで持たずに生まれた凡人にも劣る彼が、圧倒的に格上であるエリザ・ローレッドから実質的な黒星を手にしたのだ。
それ程までに見事な下克上を達成したとなれば、彼が現在ニヤけ面を抑えることが出来ないのも無理はなかった。
……しかし、実力面では間違いなくシオンはエリザよりも劣っていたという事を誤解してはならない。
彼はエリザに対して「その気になればいつでもトドメを刺せた」という印象を持たせようと画策し、その目論見は見事に成し遂げたられた。
だが、「その気になればいつでもトドメを刺せた」というのは事実とは異なり、実際は印象を持たせただけに過ぎない。
「限界加速」を使用し、彼女の魔術を全て躱して接近した彼はエリザにトドメを刺す事は如何様にも可能だったかのように思えたが、実際にはそれは絶対に不可能だった。
何故ならば彼がエリザに対して「チェックメイトだ」と宣言したあの瞬間、シオンは既に魔力切れを起こしており立っている事もままならないような状態だったからである。
「限界加速」は非常に強力な魔術であるがその分魔力の消費量も多く、保有する魔力量が少ないシオンがそれを使用できる時間は最大でも十数秒。
また、シオンはまだ「限界加速」のコントロールを十分に身に着けておらず、発動中は常に肉体に余計な負担が掛かり満足に身体を動かすことが出来ない。
「限界加速」を完璧にコントロールすることが出来れば亜音速に達する速度で自由自在に動き回ることも可能になるが、現在のシオンにはそのような芸当は到底不可能であり、彼は精々何かを躱しながら歩くという程度の事しか出来ない。
つまり彼は歩きながら余裕を持ってエリザの魔術を躱していたのではなく、それ自体が彼の限界だったのだ。
わざと「巨人の凍拳」に被弾したかのように演じて見せたが、魔力切れを起こしていたシオンは実際にはどう足掻いても「巨人の凍拳」を避ける事など出来なかったのである。
先ほどの決闘において、エリザが「滅し穿つ旋風の雨射」を当てる事にギリギリまで拘らず、シオンとの距離があるうちに遥か後方へ下がっていたならば、彼は途中で魔力を使い切ってしまいエリザに詰め寄る事は叶わなかっただろう。
もしくは、エリザが根負けせずにあと一秒でも長く「滅し穿つ旋風の雨射」を撃ち続けていたならば、彼は今頃ただの肉片となっていたかもしれない。
まずそもそも、シオンが「チェックメイト」を宣言した時点でエリザが冷静に仕切り直して続行していれば、彼はそのまま魔力切れによる醜態を晒して惨敗しただろう。
彼が自身の描いたビジョン通りの決着に至れたのは、奇跡的なタイミングが折り重なってくれたからに過ぎない。
つまり、先の決闘は全てがたまたま運良く事が進んだだけである。
にも関わらず、彼は決闘後のエリザとの問答でいかにも「わざと負けてあげましたオーラ」を醸し出しながらやり取りをし、現在はエリザとの決闘の全てが自身の手の平の上であったと信じて疑わず悦に浸る始末。
自身の持てる限りの力を出し切り渾身の「真の実力を隠している」ムーブをかます事に成功した彼は、未だにニヤけ面を抑えられずにいた……。