#2
「オンユアーマーク、ゲットセット――――ゴー」
機械音声の掛け声の後、私はスターターから足を離してロケットスタートを決めて走り出す。
前を向くと長い髪の女の子が私のちょっとだけ先を走っている。
ゴールが近付くにつれてその娘の姿が大きくなり、もうちょっとで追い抜ける。
――と思った所でゴールインのブザーが辺りに鳴り響いて今回のレースの終了を告げた。
「はぁっ……はぁっ……今回も私の勝ちみたいね」
「ううっ、もうちょっとだったのに〜」
「最後の追い上げは凄いのに相変わらずスタートが下手なのね」
「私的にはロケットスタートだったのにな〜」
「スタートして相手の背中が見えるのはロケットスタートとは言わないわよ。そんな事より、もう少しスタートの練習をしたら?」
「う〜ん。そう言われてもなかなかコツが掴めないんだよね〜」
「ほら、だったらすぐにもう1セット行くわよ」
「えっと、少し休憩してからにしない?」
「あら? もうすぐ訓練校の入学試験があるのにそんな事を言ってていいのかしら?」
「そうだった!」
私はすぐにスタート地点に向けて走って行く。
「理沙ちゃんもはやく〜」
「――ふう。全くやる気があるんだか無いんだか」
理沙ちゃんの到着を待ってもう一度100メートル走の練習を始める。
「あっ、今回は録画するからちょっと待って」
「うん。わかった〜」
理沙ちゃんは設置してあるカメラに付いているスイッチを押して競争の録画が始まった。
うう、録画しながら走るのって何回やっても緊張するな〜。
「ほら、録画っていっても私達しか見ないんだし緊張しないの」
「わかってるよ〜」
――緊張してるのを見透かされちゃった。
今はだいぶマシになったけど、最初の時は凄くぎこちない走りって言われたっけ。
「行くわよ」
「うん」
私達はもう一度同じ道を走り出した。
「また私の勝ちみたいね」
――また理沙ちゃんに負けてしまった。
ちなみに理沙ちゃんとの戦績は10回に1回勝てるかどうかって感じだ。
「さあ、今回のビデオチェックするわよ」
「オッケー」
私達はカメラから記録ディスクを取り出して部室に戻ってモニターに出力する。
ディスクには数台のカメラから録画された映像が入っていて、様々なアングルで私達の走っている姿を見る事が出来る。
今は後からのカメラでスタートの瞬間を見ていた。
「ねぇ。このアングルちょっとエッチじゃない?」
「こ〜ら。そんな事考えてないで真面目に見なさい」
「えっと、ここをまじまじと見るのは少し恥ずかしいような……」
「ほら、始まるわよ」
――それから私達はしばらく映像で自分たちのフォームチェックを続けた。
「ひかり。貴方スタートの時もうちょっとお尻を上げたほうがいいんじゃないかしら」
「そう? 自分ではよくわからないんだけど」
「ちょっとスタートのポーズしてみなさい」
「えっ? ここで? ちょっと恥ずかしいだけど……」
「ほ〜ら。こう言うのは気付いた時にすぐ直した方がいいの!」
「う〜ん。仕方ないなぁ」
私はその場で立ち上がってクラウチングスタートの格好をした。
「ほらここをこうして――」
「えっ!? ちょ……理沙ちゃん急に変な所さわらないでよ」
「――まったく。女同士で何を言ってるの。いいから黙ってなさい」
「……あうぅ」
私が動かないのをいい事に理沙ちゃんはさり気なく私の体のいろんな所を触ってきた。
「あっ…そ、そこは……やめっ……」
「ほほ〜。なかなかの育ち具合じゃの〜」
「もう。いい加減に――」
「はいおしまい」
「ひにゃっ!?」
理沙ちゃんは私のフォームを修正し終わった後、軽くお尻を叩いてその場を離れる。
「ちょ、いきなり何を――」
「はいそこ動かない〜」
「む〜」
理沙ちゃんはそのまま私の周りを一周する。
――このポーズで止まってるの結構きついから早くして欲しい。
「うん。結構良くなったんじゃない?」
「――そ、そう?」
「それじゃあ戻ってもう1セット行きましょうか?」
「そうだね。次は負けないよ!」
私達がグラウンドに戻った時にはもう空が暗くなり始めていた。
「ありゃ〜、結構時間がかっちゃったみたいだね〜」
「じゃあ次がラストでいいわね?」
「そうだね、暗くなる前に早く走ろ〜」
私達はスタート地点に並んでスタートの合図を待っている。
しばらくしてからスピーカーから音声が流れ出した。
「オンユアーマーク、ゲットセット」
一瞬だけど永遠かと思うくらいの沈黙の後。
「ゴー」
――今っ。
今回はかなりいい感じのスタートが出来た。
「――あ、あれっ!?」
前を向いたけど理沙ちゃんがいない?
軽く横を見たら横に理沙ちゃんがいた。
理沙ちゃんがスタートをミスした?
――いいや違う。
多分今回は私のスタートがうまく行ったんだ。
今回はいける!?
私が少し油断してしまったスキを突かれて理沙ちゃんが少しだけ前に行ってしまった。
いけない。
今は走る事だけを考えるんだ。
私は全力で前を向いて走る。
「あああああああっ」
ゴールインした瞬間、横にある電子掲示板をみる。
そこに表示された順位は――。
「――勝った!?」
「はぁっ……はぁっ……今回は私の負けみたいね」
「なんだか今回はかなりいいスタートが出来たみたい。えへへっ、これも理沙ちゃんのおかげかなっ」
「そう? まあ私もライバルが強い方がいいからね。さあ、今日は片付けを始めましょう」
「あっ、じゃあ他の皆には私が伝えてくるね」
「ええお願い。私はこのコースを片付けておくわ」
「じゃあ行ってくるね〜」
私は後輩達に今日の部活の終了を告げていく。
理沙ちゃんの元に戻ると何かを手に持っていた。
「どうしたの?」
「ひかり? どうやらスターティングブロックが壊れてしまったみたいなの」
理沙ちゃんの手には壊れてしまったスタートの時に足を乗せる三角のやつが持たれていた。
「あちゃ〜。うちの部活って新しいの買う予算とかってあったっけ?」
「ああ、それは大丈夫。実はお姉ちゃんの友達にこういうのを直すのが得意な人がいるからその人に頼むつもり」
「ふ〜ん。そんな人がいるんだ。これを直せるなんて技術系の人とか?」
「私も詳しくは知らないんだけど普通の修理とは違うみたい」
「へ〜。凄い人もいるんだね〜」
「ちょうど明日は部活が休みだし、私が明日修理を頼んで来るわね」
「じゃあ私も一緒に行ったほうがいい?」
「別に部活じゃないんだし私一人で行くからいいわよ。そんな事より、ひかりはちゃんと体を休める事。いいわね?」
「は〜い」
私達はそのまま部室に戻って着替えてから帰路につくのだった。