脱走
「なんだ、どういうことなのだ」
ミクロ伯爵は焦っていた。
今日はルミナ・ドラゴンのおかげで沢山の商談もできた。資金も問題なく集まりそうだ。我が領は1匹のドラゴンのおかげで安泰だ。さらに上に行くことも夢ではない。
その上、年も取らぬ。この若返った姿で、再度マリアに後日プロポーズをと思い、ホクホクしていたのにーー。
上空に3匹のドラゴンが浮かんでいる。
だがそのうちの2匹はどこかうちのドラゴンに酷似している……
「ヒ……進化したのか?」
2匹のドラゴンは見慣れた姿ではなく、巨大に、そして凶悪な姿に変わっている。牙が伸び、鱗もギラギラと固そうなものへと変わっている。あれはもう《ホールド》できる状態ではないのは明らかだった。
なぜ?誰が?
肉を与えねばならないのにそんな危険なことを今の時代わざわざする奴がいるか?
否、いたからこのようなことになっているのだ。
「くそ、誰だかは知らぬが…必ず突き止めてやるぞ」
周囲は騒然として叫び声が止まらない。ほとんどの人が出口に向かって走り始めている。
すると見慣れぬ青く輝くドラゴンが口を開けたーー。
暑い。
気温調節機能があったはずのこのゲージ。壊れたのじゃないかしら。
ロンたち親子がでていってから、すぐに咆哮が聞こえた。おそらくマルク達だろう。
成功したのかなぁ……?
一体自分はなんでこんなことに。一緒に行くと言えばよかったのだろうか。しかも我が心のオアシス、ロンがいなくなってしまったことで余計後悔してしまう。
「ギュアアア」
しかもこの声。
握りつぶされたガマガエルのようだ。なんたる悲劇。
原因であろうフルッティアジュース美味しかったけどね!
というか紛らわしいのだ!肉だったら、例えばフルッティアミートスープとか、他の言い方をしたらいいじゃない!?肉は食べちゃ行けないってママにも言われてたけど…あぁ。やらかしたなあ。
いやこのままガマガエルの声さえ我慢したら、わたくしが粗相したってバレなくってよ。ええ。下品なドラゴンなんて言われなくってよ?!
ああ、それにしても暑いし息苦しい上に視界がぼやけてきた。ドアを叩く音はもう聞こえないが、代わりに体内の血液がドクンドクンと脈打つのが頭に響く。
先程から意識が遠のきそうになるのを堪え、考えを巡らせている。
あのまま壇上にいれば、何が起こってるのか見れたはずなのに。このアウェイ感。寂しい。
彼らが脱走したのを目撃されているとするならば、今日のパーティは中止だろうか。そりゃそうよね。ドラゴンが脱走を図るだなんて…
人間たちの平均的な強さは把握していないが、マルクは強そうだ。逃げ切ることはできるのだろう。
ああ叫び声が聞こえてきた。
何事だろうか。彼らももしかしたら、お肉、を食べて進化を目論んだのではないだろうかと気づく。
そして悲鳴が聞こえたということはそれは成功したのだ。彼らはついに檻から解き放たれた。
うん、なんとなくね、気付いてる。
認めたくないけれど…ゆっくりとだが、身体の血が変わっていく感覚がするのだ。
わたしも彼らのように進化、しちゃうのかもしれない……。
その事実を受け止めた瞬間、急速に体の変化が始まった。
膨れ上がった体がゲージを押し上げ、そして砕け散らせたのを感じた。
「ひぃ…ひぃ……!」
ミクロ伯爵は這うように逃げた。青いドラゴンが突然、《アイスランス》を空から何本も降らせてきたのだ。
ドラゴン舎はもちろん、庭にいた人々にあたり、周囲は一瞬であたかも地獄絵図のようになった。
こんな人を傷つける事件など起きてしまっては、自分の責任まで問われてしまう……
「トーマスは何を…」
先ほどまではいたのだ。そばに。
探すと血だらけで虚ろな目をしたトーマスが人と重なり倒れているのを発見した。
「ひぃぃぃぃ、マルク?!マルクはどこだ?!」
せめて身を守らねばならぬ。こんな時に雇った護衛なのにあの男はどこにいったのだ。焦って体が震える。
あの恐ろしい攻撃をしてきた青いドラゴンがまた吼えている。
見るとドラゴンの腕に赤い宝石のついた腕輪がついている。
まさか、あれは……?
「うちのマジックボックスではないか?」
あの高価なマジックボックスは、特注品でわたしの護衛にいつも渡すものだ。領地においては、わたしの従者としての身分証も兼ねている。体の大きさにか変わらず、サイズが変動する仕様である…それをあのドラゴンがつけているのだ。
「マルクか…?」
口の中が乾き、唾が出てこない。喉がヒリヒリとして息をする度、ヒューヒューと音がなる。
信じられぬ。信じられぬが…しかし、私はどうして奴を信用していたのだ。それに奴を雇った時の記憶が曖昧だ…あいつはどこの出身で、誰の紹介だった?
時々不審な動きをしたが、何も問題はこれまで起きなかったし、頼むと行動が迅速で最近ではあいつ一人に任せることも増えていた。それにやつはなにより、人間だったではないか。
……いや。竜王が人の姿を模して行動していた、というおとぎ話は誰かから聞いたことがある。だがそんなのは作り話であろう?
「ああああ、くそ!くそぉ!」
もしあれがマルクであるなら、ある程度の資産をあのマジックボックスに入れてしまっている。ただでさえ今回の件では損害が大きい。自慢の庭の花も折れてボロボロだ。
せめてルミナ・ドラゴンを回収だ。そうだ。
あれがあればとなんとか挽回できるはず。なにせあの鱗さえあれば、金はいくらでも集まる。
あの白いドラゴンを思い出し、彼は決死の覚悟で動き出す。
ドラゴン達が空で吼えている。
その度にビリビリと空気が揺れる。
「もしかして、最近有名なブルーダイヤドラゴンじゃないか……?」
「あの討伐優先度が急に上がってきた…とにかく冒険者連合会になんとか連絡を…」
物陰に隠れながら人々が噂話をしているが、どうでもいい。今見つかったら質問ぜめだ。
ミクロ伯爵は身を小さくしながら屋敷の中に飛び込んだ。あれは確か厨房だ。厨房に連れて行ったはずだ…
だが連れたのはマルクだ…最早信用していいのか…?
震える足を抑えながら一階の通路を行く。
もうすぐ、と考えた時、大きな白い物体がドアを突き破ってきた。屋敷が崩れ、ミクロ伯爵は無様に転がった。崩れ落ちた瓦礫に当たらずに済んだが、上を見上げて息が詰まる。
やはり、こいつまで……!?
ママへ
拝啓
風も気持ちがよい季節になってきました。いかがお過ごしですか。
…わたし…ついに大きく、成長しちゃいました。
そのうち妖精が宥めるために飛んできそうだ。
わたしの身長は屋敷の屋根まで伸びちゃったらしい。それだけでなく身幅も…どうやらなかなかのボリューム。可愛かった爪もなんかだかちょっと尖ってるじゃいの。安心したのは本体の鱗の色はそのまま!いや、ママほどではないけど輝きが増してる。それに赤い鱗の範囲が少し広がった。
しかしどうしよう。屋敷、壊しちゃったのよね。屋根から倒壊してるいるし。こんな壮大なイタズラをするわたしだけど、まだ可愛かってもらえる余地、あるかしら。あるわよ…ね?この修繕費くらい、わたしの鱗で稼げるわよ…ね?
ふと見るとお尻の穴の付近に男が腰を抜かして震えている。
あらあらまあまあ、彼はミクロ伯爵じゃないか。
やだ!あなた、すぐそこは、わたしのこうも…いや失礼。
さてさてどうしようか。
うっかりフルッティアジュース飲んじゃった!えへ!とか伝えられたらいいけど、無理だよね?
ミクロ伯爵の顔を覗き込むも、あいも変わらず口をパクパクして彼は動かない。
とりあえず声をかけてみる。
「ギュアン?」
思いの外、ドスの効いた声が出た。うあああ。可愛さが!
「ギュ、グッ、キュヴ、ガッ」
元々の声を出そうとしてもでない。濁音が混じってしまう。
ちらりと横目で見ると、ミクロ伯爵が更に震えを増して小さくなっている……過呼吸まで起こしている。そっとしておこう。
庭の方を見ると、彼ら3匹がまだ上空を飛んでいるのが見えた。
あ!ジースさんもアモネさんもやはり進化、したようだ。姿形が変わっている。かっこよくなった。
ちらっと全員を《スキャン》させてもらう。
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マルク
ブルーダイヤ・ドラゴン
♂ Lv.56
健康
ランク: B
固有スキル:潜入の心得
スキル:《氷の嵐》《鏡の間》《アイスランス》
《人化》《ゲート》《ライト》《ハイケア》
《スキャン》《チェック》
称号:硬派気取り
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ジース
ファード・ドラゴン
♂ Lv.53
健康
ランク: B
スキル:《地鳴り》《穴掘り》《星落とし》
《硬化》《ケア》《チェック》
称号:荷運び上手、居眠り王
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アモネ
フライネス・ドラゴン
♀ Lv.41
健康
ランク: C
スキル:《疾風》《エアーカッター》《鉤爪》
《癒しの風》《逃げ足》《チェック》
称号:清涼な風、エスケープマスター
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やはりあの青いドラゴンはマルクさんらしい。
3匹の中で1番小ぶりだ。全身が青い鱗で覆われ、1枚1枚がギラギラと輝いている。頭から生えた無数のツノが特徴的だ。
ジースさんとアモネさんのドラゴンの種族名が変わっているようだ。進化するとレベルやランクが上がるようだが、スキルに変化はなさそうだ、と考察する。
距離を開けてわたしが立っていると、まるで怪獣大戦争の映画のようである。しかし1番わたしが身体が大きいのではないか。なぜこんなことに、もっと小さければ、などと考えながら、ふと視線をドラゴンたちの下にやり、息を飲んだ。
人々が血を流し倒れている。
一体何が起こったのだろうか。彼らが脱出する際に瓦礫の破片などが当たってしまったのだろうか。
体の自由は効く。わたしの《命の息吹》で人々を癒そう。
そう思い、庭へ近づき始めたその時に、青いドラゴンーーおそらくマルクが口を開け、《アイスランス》を何発も打ち出した。人が連なって倒れていく。
(マルクさん…?!)
なぜそんな酷いことをするのか。ただ飛び立つだけでいいではないか。
動揺して心臓がドキドキする。慌ててさらにうち出そうとしている、マルクの目の前まで飛んで行った。
(マルクさん、なぜそんなひどいことを!?)
(……?!まさかチビか?…どうやらお前もこちら側にきてしまったようだな。どうやって、とは今は聞くまい)
一瞬突然現れたわたしに戸惑いつつも、マルクさんは冷たい声で淡々と話す。
(理由だな。我々の恐ろしさを人間に思い知らせる為だ。思い上がった人間共にな)
うめき声が下から聞こえる。まだ助かるはずだ。
(…もういいだろう、マルク。そろそろ行こう)
後ろからジースは最早一刻も早く立ち去りたいと言わんばかりに、翼を羽ばたかせている。
彼の赤黒い鱗は固く、すこし鋭利なものに変わっている。触れるだけで怪我をしそうだ。ずんぐりとした体型も、スマートになっている。
(かわい子ちゃん…本当に一緒に来ないのかい?そんなんになっちまったら、もう人といられないと思うんだけどね)
アモネさんが心配そうに聞いて、マルクに確認をとるように視線を移す。
アモネさんは、よりスマートになっているが、翼だけは体型の割に大きい。翼にはなかったツノが生え、爪も長い。
(ふん。もうこいつには何度も聞いた質問だろう。違うか?)
確かに思わずして、お肉を食べてしまったが。わたしは下の人たちをほってはおけない。
あの欲まみれの目をした人たちは怖い……だが傷つけていい理由ではない。
(わたし、下の生きている人たちを治療してきます)
(そうか…では達者でな、弱きドラゴン)
そう言って3匹は勢いよく飛びっていった。風圧で体が少し流される。見送っている暇はない。一刻も早く、人びとを助けて回らねばならない。
わたしは大きく息を吸い込んで、下降した。
息をのんだ。降りていくとさらにひどい状態が目に入った。痛みで声にならない声をあげるひと。もう意識がないひと。そして…トーマスさんは亡くなっていた。《アイスランス》が直撃してしまったようだ。ああ、一緒に逃げると言っていたロンたちは無事だろうか。
わたしが降り立つと、動ける人は必死で体を引きずりながらも逃げていく。こんなあとじゃ仕方ないけど……わたしは傷つけたりしないわよ?
《命の息吹》であれば、死んでいない人間なら治せるはずだ。わたしは大きく息を吸い込み、周囲にむかって勢いよく《命の息吹》を吹きかけていく。
青い顔をした人々に、生気が戻り、皆そのまま心地よくまどろんでいく。
逃げていく人にも後ろから吹きかけると、ぼおっとしたように立ち尽くし、不思議そうに傷が塞がっていくのを確認している。さらに全方位に吹きかけておこう。首をまわしながら、次々に人を回復させていく。
さて。見渡す限りの治りそうなけが人は治した。と思った時だった。残念ながら亡くなった人も多いが……。
「やれーーー!!」
一斉に飛んでくる矢、そして数々の魔法。翼を広げ、体に当たるのを避ける。
みると街から、冒険者の集団らしき人たちが押し寄せてきていた。
「あれが連絡のあったドラゴンか!?」
「間違いない。今も炎を吹いていたではないか」
「みんな、慎重にかかれ。野良ドラゴンでも見たことのない種類だ」
「包囲して追い込め!けが人を助け出すんだ!!」
ちがう!!
わたしじゃないったら!!!思わず叫んでしまった。
「ギャアアアアアアアアス!!!」
ああ。だめだ、可愛い声を練習しないと。
一瞬ひるんだかのように見えた人々が、覚悟をした目で一気に進んできたからだ。
「「「ああああああああああ!」」」
「「「やれえええええ!」」」
あ。こりゃだめだ。返って火をつけてしまった。
勘違いって恐ろしい。しかし攻撃を返したくもないし。
逃げよう。
ほとぼりが済んだら、白いドラゴンは回復させていただけだと気づいてもらえるだろう。
そうしたら帰ってこよう。ミクロ伯爵も無事だったし。彼はこの鱗も欲しいだろうし、きっとまた受け入れてもらえるはずだ。
わたしはそう考え、翼をひろげて空に飛び立った。
後ろからは歓声が聞こえる。いやーね。立ち去って喜ばれるなんて…と思い少し落ち込む。
飛び立つ時、瓦礫の中で呆然とこちらを見上げるミクロ伯爵の姿があった。折角フサフサとセットしていた髪は乱れ、風になびいている。
彼のことが好きかと聞かれたら微妙だが、ママには主人につくせと言われている。うん、また帰ってこよう。
「ギュアアアン」
とだけ吼え、わたしは広い広い《シールド》も何もない空へと飛び立った。
どこに向かうかは決めていない。とりあえずほとぼりが冷めるまでだ。
そう遠くにいくつもりはない。
少し離れた岩場に身を隠す。
ぱっと見た感じ、人も魔物もいないことを確認し、ほっとする。それにしてもわたしはどう進化したのか……《チェック》で確認せねば。
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ルミナス・レッドテイル・ドラゴン(幼生)
♀ Lv.30
健康
ランク:D
固有スキル:飢えた心
スキル:《エアーカッター》《命の息吹》
《スキャン》《チェック》
称号:宝石の原石、美の象徴
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うん、マルク先生。
わたしは先生たちに比べたら、やっぱり弱きドラゴンです。
もともと弱いしね…多少あがったところでってやつですよね。
でもランク2つ上がっているのはすごくない?とワクワクもする自分がいる。のかな…レベル低いから上がりやすいってやつかしら。
こんな大きいのにまだ幼生扱い!?どうにか小さく成長できないかなあ。
わたしはため息をついて、岩場のくぼみに体を預ける。
うん、なんかいい感じに体がフィットする。今日はここで夜を明かそう。
いつもの綺麗な夕日が体を照らす。
どうしてこうなったのか。でも肉だと聞いてもあのフルッティアジュースは本当に美味しかった。
そういえば明日のごはんをどうしようかと頭を悩ませる。
「グアアア……」
それにこの声は火急になんとかせねばならない。どこかでボイストレーニングできないかしら。
パーティで嫌だったがもらうはずの名も何もない。
こうなるつもりじゃなかった。わたしは高級ペットとして可愛がってもらって生涯を閉じるつもりだったのに。
(君は特別さ!)
夕日を眺めていると、また兄妹たちのことを思い出す。
そうだ。またミクロ伯爵の元へ帰るつもりだが、とりあえずは自由だ。一度ふるさとに帰るっていうのはどうだろう。どこなのかさっぱり見当がつかないが、探す価値はある。あの遠くに見えた街の見た目は覚えている。そこをまず探そう。
ママにも会いたいし、グルドさんなら、わたしだと分かってくれるかも。もし意思疎通が図れたら、ドラゴンブリーダーであるグルドさんの知恵も借りられる。
こうなってしまっても戻る方法があるかもしれない。ルミナ・ドラゴンに戻れば、また人々に暖かく迎えてもらえるに違いない。
そう次の指針が決まると、わたしは安心して眠りにつくことができた。
「何が起こったのかご存知ですか?」
街の冒険者連合会代表、ダンゼが暖かい飲み物を出しながら目の前の人物に話しかける。
「うううう……!マルクが人間なのにドラゴンだったのだ。私のせいじゃない。奴がきっとドラゴンを進化させたのだ!この事件は私のせいじゃない!!私のせいではないぞおおお…それにあの白いドラゴンをなんとか、取り戻さねば…あれさえあれば!あれさえ……」
髪を搔きむしっている、この街の領主であるミクロ伯爵。先ほどから取り乱し会話にあまりならない。
ダンゼはマルクを知っているが、彼は間違いなく人間であったし鱗はおろか、牙や羽もなかったと思い、首を振る。
「マルクさんの行方も分かりませんね…。ドラゴンになって飛び立ったとでも??
それにあの我々が見た白いドラゴンですか。まあ確認しましたが、見るにあまり強いドラゴンでもなかったですし、手練れ数人のチームで捕獲、討伐もできるでしょう。ただ、危険性は薄いでしょうが、名付けで拘束もできないでしょうし、そもそも名前もまだだとは……取り戻すのは非常に難しい。それに領民があんなのがミクロ様の屋敷にいたら怯えますよ…」
「しかし私の財産だ!未来だ!!あああああ」
「はあ…ミクロ様、とりあえず休んでください。今回の事で、あなたの従兄弟のマイクロ様からご連絡いただいています。明日こちらにいらっしゃるようですし、今後のことも含めていろいろとお話して いただけたら」
「あああ、あああの男は私の財産、領地をねらっているのだあああ、追いかえせえええ!」
「ミクロ様。今日は命からがら生き延びられてショックも大きいと思いますし。ええ、ええ。しっかり休んでください。別の部屋に寝る場所を用意しております」
「ああああああ!やめろ!離すのだ!」
ダンぜが近くの人間に指示を出し、ミクロ伯を移してもらう。
ふぅ、っとため息をついて、お気に入りの椅子に全身を預ける。引き出しからモール酒を出し、一気に飲む。喉にカッとくる。
タンゼは代表者として初めて直面した大きな事件に戸惑い思考を巡らせている。この街は魔物も少なく普段は平和なのだ。
飼育ドラゴンが3匹一遍に進化するなどとそんな大きな事件、起こったためしがない。
領主がこだわっている白いドラゴンはともかく、突然現れた青いドラゴンは噂を聞いたことがある。今回の大勢出た死者もあのドラゴンの仕業と聞く。
各地のドラゴンによる襲撃事件。多くがそいつが絡んでいるはずだ。
「早急に手を打たねば……かつての竜王のようになられては困る」
古の時代、竜王と呼ばれたドラゴンがいた。ドラゴンの群れをつくり、配下に多くの魔物をおき、その数をどんどん増やした。
彼らは軍隊のように統率された動きで人間の街を攻めてきたのだ。その死者からアンデッドの魔物が生まれ、またそれもドラゴンの僕となり…という魔の悪循環。歴史書の中で最も人の存在が危うくなった時代。
だが突然竜王は消えた。これは歴史の謎のひとつだ。未だ解明されていない。そこからは蜘蛛の子を散らすようにドラゴンたちはバラバラになった。
あとはただの獣と同じ。簡単な話だった。人間たちは持ち直し、ついには勢力を逆転させた。
その後、リリア・ダルフォーゼという魔法研究者が、捕まえたドラゴンで実験を重ね、新種のドラゴンを生み出す。
長い歴史の中で、人はドラゴンたちを捕獲し、次々と改良させていく。
新たに生まれていった改良ドラゴン達は危ういものではあるものの、きっちり管理さえすれば今日まで大きな問題はなかった。進化しても、すぐに対策をとれば脅威ではない。
「さて、忙しくなる」
ひとまずあの青いドラゴンがどこに向かったのかを調べ、早急に対策本部を立てよう。他の連合会との連携も必須だ。
白いドラゴンは……あまり緊急性はないが、見つけ次第すぐ討伐させよう。進化したドラゴンを生かしておくような危ない橋は渡るまい。
ダンゼは両手で顔を覆い、気合を入れるために頬を叩く。
その後通信魔法具を手に取り、まずはとなり街の代表に連絡をとる。
彼の夜はまだ長い。