パーティ
夜空の下、ボーンバード何羽も迫ってくる。
ギャ ギャ ギャ
その数に驚き、慌てて逃げるも《超音波》で体の動きを封じられる。無様にも地面に落ちたところを襲われるが、なぜか尻尾だけを蝕まれる。
近くにいるマルクに助けを求めたが
(お前みたいな弱きドラゴンなど知らぬ!)
といって立ち去ってしまった。
尻尾が引きちぎられる。
痛い!痛い!
助けて!!
痛い!!!
あまりの痛みで叫んだ。
「ギュアアアァァァァアン」
はっ。
自分の声で目が覚めた。
悪夢だった。よかった…。
やだ恥ずかしい。せめて濁音で鳴かないようにしないと。
あくまで可愛く、そう、可愛くあるのよ。
しかしどうやらゲージの中にいれられているらしい。
ホッとしつつ、思う。
…本当に尻尾なんだか痛くない?
尻尾を確かめると赤い鱗がめくられて血が出ていた。
な。
な。
なに?!
私の可愛い赤いチャームポイントはどこ?!
まだ夢なの!?夢の続き!??!
焦ってバタバタとあばれる。動くと余計痛みが走る。
周囲を見渡すと、ソファに座って、トーマスから赤い鱗を受け取り、二チャリと見つめるミクロ伯爵を発見した。
「ほら、ほら。はやく《ハイケア》をかけてやれ。鱗を再生させてやるんだ」
「は。おチビちゃん、すまんの…《ハイケア》」
じんわりと暖かさが広がってわたしのチャームポイントが戻ってきた。ほっ…ってすると思う?
どういうことよ!?
ひどい。あまりにもひどい。しかも、寝込みを襲うなんて!!責めるつもりで、ミクロ伯爵を睨む。
威嚇のつもりだ。この際、歯も見せてやる!
「ん、ん。ドラゴンよ。そう怒るでない。来て2日間は楽しかったであろう?ん?他のドラゴンとの違いも痛感しただろう?だがそれはドラゴン、お前に価値があるからだ。今後は、楽な暮らしをさせる代わりに、こうやって時々鱗を回収させてもらうからな」
ミクロ伯爵はこちらを見もせずに、ソワソワと赤い鱗を小さな箱の中に入れていく。
「さて。今夜のパーティでお前に名前をつける。パーティの間はもちろんだが、それまでもそこに入っていてもらうぞ。逃げられたり、盗まれてもかなわんからな…トーマス、しっかり《ロック》をかけておいてくれ」
「おチビちゃん、大丈夫だ。ゲージは今日だけのことじゃそうじゃから。鱗は今後もだが…痛みになれたらいい。な?《ロック》」
《ロック》によって、ゲージの入り口に光の線が巻きついた。鍵の代わりだろう。
ひどいわ!!!
抗議しようとした瞬間
「キュア……!?」
グウウウウゥウゥゥゥウウウ
…お腹がなった。恥ずかしい。
「ゲヒヒヒ。食事を与えてやってくれ。ん。ここではないぞ。いくらゲージの中でもな。汚れてはかなわんわい」
「おチビちゃん、ドラゴン舎に行こう。ゲージの隙間からはご飯を入れられるからね」
ひょいとトーマスはわたしが入ったゲージを持ち上げた。
「では、ミクロ様、失礼いたします」
お腹も空いているのもあってイライラする。ゲージの外にいたら、あの少ない髪の毛を毟りに行ったであろう。
せめて先に鱗を取らせてくれ、とか確認はいないわけ?いつかはこの鱗を活用するんだろうな、とは思っていたけどね!
しかし痛かった。赤い鱗を根こそぎ剥がれたのだもの。今は《ハイケア》のおかげで元通りだが…
しかし、この様子ではこれからも続くのであろう。めくられて、なおされて…これでは無間地獄のようではないか。
連れていかれたドラゴン舎はシンとしていた。
まるで嵐の前の静けさ、だ。
ジースは寝ているようだし、アモネも横になっている。
トーマスはわたしのために切ったカルナの実とミモゼの葉をゲージに入れてきた。
「さて、わたしは行かせてもらう。おチビちゃん、パーティーが始まる前には迎えにくるからの」
それだけ告げるとトーマスは足早に建物から出て行った。
(ふん。何がパーティーだい。またわらわらと人間様が集まってくるのさ。今日はそれとそこに閉じ込められたかわい子ちゃんの宣伝かい)
アモネがむくりと体をおこす。
(あぁそれにしてもお腹が空いた。いい子にしてたらやるって言ってたから、おとなしくしてんのに、くれないんだよ?本当嫌になるよ)
ふあああとアモネは大きな欠伸をしながら文句を言う。
(おはようございます、ジースさん、アモネさん)
(おはよう、おチビさん。ついにゲージに入れられたのかい)
ジースは悲しげに言う。
(ええ!!しかも鱗まで朝から取られて…ひどいです)
(だからいったんだよ!マルクは言うなっていうけどさあ…本当に一緒にこないの?)
もう元通りになった尻尾を見つめる。
かなり腹もたつし、正直大事にされると思っていただけにショックだった。
鱗を少しくれないか、ってせめて確認が欲しかった。
でも…
(わからなくなっちゃいました)
カルナの実をもぐもぐと食べる。
(鱗の件はショックだし、正直なところお話きいてから今日の名付けも怖いです)
(じゃあ…)
(でも、ママには。どんな相手でも誠心誠意尽くしなさいと言われています)
アモネはそれを聞いてため息をつきながら首をふった。
(そうかい…生き方ってのはそれぞれさ。ルミナ・ドラゴンなりの信念みたいなものかね)
(それに、わたしは弱いです。外で自衛しきる自信もありません。…ここにいたら嫌なことはあるけど、だからといって外にでる勇気もない、というのが1番かもしれません)
そうだ。ママの言いつけも気になるし、でも未知である名付けの拘束力も怖い。
けれど1番怖いのは、魔物と戦った時死ぬかもしれない、と思ったこと。
昨晩はマルクがいたから戦えたが、外にでてずっと守ってもらうわけにもいかないだろう。
(あたしだって強くはないさ。まぁ…スピードには自信があるけどね)
……そういえばアモネさんのステータスを見ていなかった。
(《スキャン》使えるんだって?見てごらんよ)
アモネさんには考えを読まれている気がする。
いや、わたしがわかりやすいのかな。
お言葉に甘えて見せてもらおう。
------------------------------------------------
アモネ
フライ・ドラゴン
♀ Lv.31
健康
ランク: D
スキル:《疾風》《エアーカッター》《鉤爪》
《癒しの風》《逃げ足》《チェック》
称号:清涼な風、エスケープマスター
------------------------------------------------
(あたしも弱いんだけど。競争もさ、トップ走ってる時に、逃げ切るのは得意なのよね。いざとなったら外でも逃げて逃げて生き抜いてやるよ)
アモネが楽しげに笑う。
(それにさ、今日もしかしたら…)
(アモネ。マルクに釘をさされただろう)
ジースが深みのある声で制した。
(……わかったよ。ごめんね、かわい子ちゃん。やめとくよ)
そこから二人はだんまりだった。
暇だ。
窓から見える光から、もうお昼になったのではないだろうか。
外はなにやらパーティの準備で騒がしい。
マルクも今朝から忙しいらしく、1度も見かけていない。
徐々に人ももしかしたらきているのだろうか。聞いたことのない声や音が聞こえる。
反対にドラゴン舎の中は静かだ。
ゲージにいれられっぱなしというのもなかなかしんどい。
ジースは高いびきをかいているし、アモネはお腹が空いているのかずっとお腹を抑えてゴロゴロと転がっている。ふたりはずっとこうやって檻の中だったのか。確かにこれがずっとだと……。
外でどよめきが起こった。なんだろうか。
…すぐに静寂が戻った。
ふわふわのクッションを握りしめ、わたしは窓の外を見た。もちろん空しか見れないが。
今日は晴天だ。綺麗な青空。
ママや兄妹たちは元気だろうか。みんな行き先はきまったのだろうか。いつもみていたファームの空は広かった。
また会える日はくるのだろうか。
こんな同じような悩みを兄妹たちもしているのだろうか。
それともちゃんと可愛がってもらえるだろうか。
(君は特別さ!)
ケラケラと笑ってからかう兄妹たちが懐かしい。
赤い鱗を見る。
そうだ。これがなければ、ただの高級ペットの白いルミナ・ドラゴンだ。
『永遠の春』?とかいうものも作れないだろうし。これがなければ案外普通にペットとして疑問も持たず楽しくいられたのではないか。
そう考えはじめた時、ついに扉が空いた。
トーマスが、綺麗なベストとズボンをはき、豊かなヒゲの三つ編みにはリボンを結んで、そこに立っていた。
「おチビちゃん。そろそろ時間だから行こうか」
(ついに時間かい。いってらっしゃい。かわい子ちゃん、元気でやるんだよ)
(…元気でな)
ふたりが別れの言葉を言う。
そうか。どのタイミングで彼らが脱走を図るのかはわからないが、もう会えないのかもしれない。
(ありがとうございました。あの、お二人ともお気をつけて!!)
ゲージに揺られながら別れを告げたが、
すぐに扉が閉まり、二人は見えなくなった。
さて。たくさん悩んで考えたが、もう観念しよう。
もう逃げられはしないのだし、ペットとして誇り高く生きるのだ。
むしろプラスに考えよう。鱗をとられる痛みさえ我慢したら、あとはゆったりとしたペットライフ、のはずだ。可愛いペットだと思ってもらえたら暮らしはもっと良くなるはずだ。可愛い子はプラス思考な気がする。明るく溌剌としている方がいい。
わたしが目指すのは可愛いペット。可愛い、は作れるのだ。
…可愛い名前をつけてもらえるだろうか。
パーティーは庭で行われているようだった。
すごく大勢のひとたちが集まっている。道理で賑やかなはずだ。
魔法でカラフルにあかりが灯され、ふわふわと輝いていて幻想的だ。
丸いテーブルがあちらこちらにおかれ、
美味しそうな料理が並んでいる。あ。フルッティアジュースだ!いいなぁ…
ガーデンの中央にいつの間にか設置された舞台があり、その上に一人の男が立っている。
もしかして…ミクロ伯爵だろうか。
その姿にわたしは驚いた。
あのべたついた髪はふさふさと整い、たるんだ体も少しだけだか引き締まっている。
いつもは弾け飛びそうなボタンもきちんと布の上でおとなしくしている。そして、年が若返っている。
まだ少年から青年になったばかり、といったところだろうか。
「ゲヒヒヒ。みなさま、お待たせいたしました。
私をこのように変身させてくれたドラゴンがきましたぞ」
トーマスがわたしを壇上へとつれていき、細かい装飾がされた台の上にゲージを置く。
人々の視線がこちらにあつまった。顔が熱くなる。
「さて、みなさまが驚かれた私のこの姿。早速種明かしを致しましょう。ん。このドラゴンの赤い鱗にご注目くだされ」
ザワザワと群衆が騒ぐ。どの人も着飾っていて、きっとそれなりの人物たちなのだろう。
「薬の名はご存知だとは思いますが…『永遠の春』ときくとピンとくるのではないでしょうかね」
伯爵はからかうような声を出す。とても楽しげだ。
だが彼はわたしの目を一切見ない。見つめるのは通り越して鱗だけだ。
「まさか…竜王の鱗を受け継いでいるのか」
ザワザワしている人の中で発言する人物がでてきた。かなりの老齢のようだ。
ん?竜王?なにそれ。
「ゲヒ。そう、ルミナ・ドラゴンは改良をかなり重ねられたドラゴンですが、他の改良ドラゴンとは違い、始まりのドラゴン…つまり竜王の子供から直接改良されたもの。つまり、すべてのルミナ・ドラゴンは竜王の子孫であります」
そこで伯爵は、大きく息を吸い込んだ。
「本当に稀にではありますが、竜王の鱗を持ったルミナ・ドラゴンが偶に誕生いたします。そしてこれがその鱗を持つドラゴンです!真偽の程は、私の姿を見れば明らかでしょうぞ」
なんだか大それた話になってきた。
つまりわたしのご先祖様がすごいって話?
伯爵は得意げだ。髪をふわりと撫で付けた。
「竜王の鱗には様々な効果があった。それを持って作られたのが『永遠の春』です。ゲヒヒヒ。ご存知の通り、この薬は名前の通り、永遠の春を体にもたらしてくれます!はっきり言えば、私のように若返ります。そして定期的に摂取できれば年をとることがない…ルミナ・ドラゴンの寿命は様々ですが、数百年生きているドラゴンもいると聞きます。まあそれまでに、こいつからとれる鱗はどれほどでしょうか」
「よくそんなドラゴンを手に入れましたな、しかし」
「うむ。このドラゴンをくれたグルドというブリーダーは、わたしの亡き父にお世話になったと言ってくれてね。便宜を図ってくれたのだよ…出身はここマルゼアの街だそうで。まあ私は運が良かったといつことでしょうかな。ゲヒヒ」
ざわついた声にも構わずに、ミクロ伯爵は話を続ける。それにしても見た目が爽やかになったのに話し方は相変わらずである。
「ん。ん。さて、今日お越しいただいたのは私の曽祖父が始めたドラゴンレースの創設記念日だからですが…続けてこれたのはここまで皆様に支えられたからです。
例年通り、皆様に楽しんでいただけるゲームを考えました。いつもはミニレースですが…今回は違います。人が管理する上でかかせない名をまだこの子につけていません!そこで、この手前のテーブルに紙とペンをご用意致します。」
二チャリと伯爵は笑う。
「そこに私がこいつにつけるであろう名を考えて書いて、箱に入れて下さい。そして、この封筒の中に、わたしが考えた名が記されている」
封筒を盆に置いてマルクが壇上にあがってきた。
「その名をピタリと当てた人に、この若返りの薬、『永遠の春』の瓶をおひとつさしあげましょうぞ」
驚いた。
それからは、ここにいる人々が熱にかかったように、わたしの名を考え始めている。だが嬉しくない。ギョロギョロとした目つき。妬み。羨望。
様々だが、わたしの欲しい視線はそこになかった。
ふぅ。なによ、なによ。鱗ばっかみて。
わたしはゲームの景品ってわけね。誰もわたしがどういう性格のドラゴンで、何が好きで、そしてどうしてほしいのか。考えてはくれないのだろう。
ずっと人を若返らせて。わたしを本当には見てくれない、のかもしれない。
壇上にいると日が当たって眩しい。
ミクロ伯爵は、下に降りて人と何か話している。
「いや製薬はこの街の…」
「規模の大きさでいうと我が街にあるタキロン商会の方が上ですぞ」
「ゲヒ。もちろん他よりは卸値を安くしておきます。是非仕入れてくだされ」
「だがーー」
「そんなことならうちもーー」
どうやら、わたしは利益の源となるだけだ。わたしが理想としているのは、ただこちらを真に見てほしい。笑顔で側にいてほしい。
それだけなのに。
「あの赤い鱗の模様に関連付けてつけるのではないかしら」
「デルリンの鳥にも似ておりますわ」
コソコソと2人のご婦人が壇上に上がってきた。
ゲージにベタベタ触れ覗いてくる。香水の匂いが鼻にまとわりつく。
クチュンクチュン!
「んま。病気を持ってるのではないかしら」
「まぁあ、大変だわ。どうしましょう、うつらないかしら」
「キュア!!」失礼な話だ!
鳴き声をあげるとミクロ伯爵が気づいた。
「美しいお嬢様方、ゲージに近づいては困りますな。大丈夫。きちんと管理しております故、ドラゴンは病気などではありませぬ…だが、マルクや」
「はい」
「触られて盗まれてもかなわん…屋敷の、そうだな…厨房だと人はずっといるだろう。そこにこいつを連れて行け」ボソリとミクロ伯爵が囁き、マルクが頷いた。
「このドラゴンの食事の時間です。また発表の際にドラゴンは連れてきます。1度下げますので」
マルクは淡々とわたしが入ったゲージを持ち、歩き始めた。
「ゲヒヒヒ、それよりもお嬢さん私からヒントを聞いてはどうかね」
「まあ、ミクロ様」
「ぜひ聞かせてくださいな」
ざわめきから少し離れて、いつもの屋敷内に連れてこられた。
昨日はじき出された厨房だ。ロンの母親がわたしを見て顔をしかめる。
「マルク様、不躾ですけどーー」
「ミクロ様がここに持っていけと。今日だけだ」
不満気に彼女は口をつぐみ、私を睨みつける。
「ゲージからは出さないでくれ」
「ええ、ええ。むしろずっと入っていて欲しいわ」
それを聞いて、フンと鼻で笑いマルクがでていこうとして、立ち止まった。
くるっと振り返ってわたしを見る。
(マルクさん…)
(弱いとは辛いことだろう?チビ。だがお前が決めた道だ。受け入れて生き抜くがいい…達者でな)
「マルク様、まだ何か?」
「いや。お客の誰も入らぬよう。よろしく頼む」
彼はもう振り返らずに出て行った。
厨房では追加の料理が次々と作られていく。
自分は食べられないものだが…美味しそうだ。
ここでは誰もあまりわたしを気にしていない。黙々と仕事をこなしている。
先ほどの人たちの目線は怖かった。欲まみれの目。
無視されるのは普段辛いが、あの視線に晒されるよりかは、少し気持ちが楽だ…。
目を瞑って少し休もう。
「…おチビちゃん」
ゲージの外から話しかける声が聞こえる。目を開けると、心配そうに覗くロンがいた。
「大丈夫?おじいちゃんから聞いたけど、鱗をとられちゃったって?かわいそうに…」
「キュアン」
「…ケガをなおしても心が痛いのはなおらないのに。ひどいことをするね…元気がでるように何かしてあげれたらいいんだけど…」
キョロキョロとロンは周りを確かめている。
厨房にはシェフ1人だけで、ロンのママも他のメイド達もいない。
「キュ?」
「あ、ママ?さっき料理を運んでったよーーそれをみて来たんだ。君がここに移動したのをみてすぐ入りたかったけど、ママにバレたら怒られちゃうし。」
「キュア」
「あ!いいこと思いついた…ちょっと待ってて!」
イタズラを思いついたように少年は笑い、ゲージを運び、厨房に残っていたシェフから見えにくくした。シェフは料理に夢中で全く気にしていない。
それからロンはこっそりと戸棚の中からボトルを出し、お皿にそれを注いで持ってきてくれた。
「ほら、これ!前に欲しがってたでしょう?…ちょっとだけだし、いいよね?」
フルッティアジュースだった。
「キュアン?」
本当にいいのだろうか。甘い匂いが鼻をくすぐる。
ゴクリと生唾を飲み込む。
「うふふ。2人だけの内緒にしよう?これで元気になってくれたらいいんだけど」
と言ってロンはニッコリと笑いながら、ゲージの隙間から入れてきた。
よし、もういいや。確かに嫌なことばかりだったし、前世でも嫌なことがあったらいつもいちごミルクを飲んでいた。
ロンの優しさに甘えよう。
そっとジュースを口にした。
美味しい…!いちごミルクというよりベリーミルクだ。少し酸味があって、後からぐっと甘さがくる。
「キュア!キュア!!」
フルッティアジュース。これはまた隙あらば飲みたい。
ロンはニコニコとそれをみて笑っていた。
「よかった!僕も好きなんだよね!」
「なにしてるの?!」
その時ロンの母親が戻ってきた。
「あ、ママ…!」
しまった、という顔をしてロンはゲージの中を隠すようにして立つ。
「?…あ、あ、あんた…!まさか、何か与えてないでしょうね…?!そのお皿は?!」
「う、あ」
「デザートのフルーツ与えただけでしょう?ね?!」
「あの、僕フルッティアジュースを…」
おずおずとロンが答えた。もう泣きそうだ。
美味しかったのでわたしはペロリとお皿まで舐めて飲み終わっていた。なんのフルーツなのだろうか。ベリー系だろうけれど。
ロンには申し訳ないことをした。あまり叱らないでやってほしいと思い呼びかけた。
「ギュア!ギュアギュア…ギュア?」
声がおかしい。
やだ!ダミ声になっちゃった!?
パン!!
焦っていると、ロンの母親がロンの頬を叩いた。
「あんたって子は!なんてことを…!早くゲージから離れて!」
「何事だ?」
厨房の向こうからシェフが近づいてきた。
「どうしてあなた、見ててくれなかったの?!フルッティアジュースをこの子ったらこのドラゴンに与えたみたいなの!」
「!??」
「あぁどうしよう。どうしましょう。あなた。ミクロ様が大金はたいたドラゴンを…」
「ごめんなさいごめんなさい!かわいそうだったから僕…」
ロンが泣き始めた中、2人の大人は立ち尽くしている。
「…まだ時間はあるはずだ。逃げよう」
「でもあなた、そりゃ…っ」
「やったのがこの子だとバレたら俺たちはおしまいだ。このドラゴンもすぐには変わらない、はずだ。」
あぁ2人はこの子の両親か。
しかしそこまでのことなのかしら。
美味しかったのに…申し訳ない。ロンには出て行かないで欲しい。よく分からなくてなんだか空気についていけないわ?
それよりも泣き続けるロンの側にいってやりたい。
「とりあえずドアを《ロック》しろ!他のメイド達がもどってくる」
ロンの母が走って厨房の入り口に魔法をかける。
「ママ…?」
ロンの前に母親は座った。
彼の肩を持ち、震えながら言う。
「あんた、改良ドラゴンに与えちゃいけないもの分かってる?」
「……おにく?」
「そうよ。なぜだか知ってる?」
「魔力が高まってドラゴンが強く危なくなっちゃう…」
「そう!普段魔力を抑えてある改良ドラゴンから、原種に近づく進化をして攻撃性も増すの!人の力で制御できなくなるの。もちろん名前があってもね!」
「でもこれ…」
「このジュースの元はね、まるでフルーツのような味だから名付けられた魔物、フルッティア・ラビット。ラビットの肉を擦ってミルクと混ぜてあるの。あぁ教えておくべきだった…」
おにく?
あんなにフルーティなお肉?
わたしは肉を飲んだ?それに進化??
なんのことだろう。わたしはなんともなっていない。
「とにかくバレる前に逃げよう」
シェフが慌てるように言う。
「でも…あなた、トーマスは?」
「勝手口から出よう。俺は簡単な荷物を取ってくる。その間に何事もないように、お前は庭にいる父さんを呼んでこい。ロン、お前は、出口前の茂みに隠れていろ。早くしろ!2人とも極力誰にも見られぬようにしろ。上手くいけば、我々が消えたのは、ドラゴンに食べられた、死んだって思ってもらえるかもしれん!!」
「ぼ、僕いやだよ…うああん、おチビちゃん…ごめんね」
ロンが顔をぐちゃぐちゃにして泣いている。ああ、かわいそうなロン!
「ギュァ!ギュアア」
食べたりなんてしないわよ!とばかりに抗議するも、ダミ声しかでない。やだ、進化ってダミ声になることら!?
「ほら、もう変化が始まってる!急ぐぞ」
「あれ?開かない?…あのー?ミリアさん?シェフ?どうかしました?」
外で他のメイドの声がする。
目くばせをして、ロンの口を抑え、ふたりが勝手口から飛び出して行った。
なんていうことだろう。大変なことになった…のかしら。わたしったらダミ声になっただけで何事もないのに。
可愛い声が出なくなった、という点においては大いに問題があるが。
どんどんとドアを叩く音が響く。
はぁ…とため息をついた瞬間、外から何かが崩れる音と、いくつかの巨大な咆哮が聞こえ、人々の耳をつんざくような悲鳴が聞こえた。
どうやら、彼らの脱走劇も始まったようだ。
ちょっと嫌なターン。次もシリアスさん。そのあとはすぐ、ほのぼの空気に戻していきます。