表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/8

ドラゴン・ファームからの巣立ち

気がつくと窮屈な場所にいた。

力が入らない。


パチパチ パチン


火種がはじけるような音がしていて、ぼんやりと身体があたたかくなる。

眠い…



目を覚ますと更に空間が狭くなっている。

なによ!ここ。縮んでるの?

もぞもぞと体を動かしてみる。


パチパチ パチ パチッ


ん…この音落ち着くし、しかも暖かい。

そして、なんだかじんわりと優しい気持ちが伝わってくる。

場所が狭くてイライラしていた気持ちが収まって行き、

気持ちよくなって、また眠りにつく。


次にまた目を覚ますと、

いよいよ苦しくなるくらいの狭さだ。


苦しい!耐えられない!ううぅぅぅ

ギューーーッとした圧迫感が、体を押さえつけている。

なんとか解放されないかと、体を動かしてみる。


ピキッ

と音がして、圧迫感が少しだけ薄れた。


お!こりゃ動いたらこの苦しさから解き放たれるのではないだろうか。

うりゃあ!!っと頭を持ち上げる。


ピキピキ!パキン!


頭を押さえつけていたものが軽くなる。

視界が真っ暗だったのが白くなる。


「ギュアアア」


すっきりした!

嬉しくなって口を開けると不思議な声がでた。

動物っぽい、鳴き声だ。


「グルルルルルル」


唸り声が近づいてきて、頭の上にのっていたものを取り払ってくれる。その唸り声がした方向に体を向けようとしたら、体を覆っていた硬いものが、パキパキと音を立てて崩れた。


「ギュア!」


以前視界は白いままで自分が一体どうなったのか見ることができない。

ただ突然足場が壊れたものだからビックリしていると、暖かくて大きな存在が体を包んでくれた。


「グルルルルルルルル」


さきほどの声の主だろう。

なんとも言えぬ安心感がある。安心してその存在に身を預けると、再び途端に強い眠気が襲って来た。





いくらかの日が経ち、視界がはっきりとしてくるにつれて、自分がドラゴンに生まれ変わっているという衝撃の事実に直面した。

以前自分が人間だったこともまだ覚えているし、死ぬ前に愛される存在になりたいとも思った、けど!!!


なぜドラゴン。どうしてドラゴン。なぜ爬虫類ファンタジー!??

わたし…可愛くて愛される存在になりたかったのに…!?

自分の手足にはびっしりと鱗が敷き詰められ、尻尾や翼まである。爪は尖っていなくて、丸みを帯びている。丸いとなんだか可愛い気がするから爪は許そう。


(もっとふわふわで、もふもふな存在になりたかった…!!!)


そばにいる自分より大きなドラゴンに話しかける。声を出さずともテレパシーのように種族間では話すことができるのは驚いた。


(何言っているの。こんなに可愛いのに。ふわふわよりも艶々の鱗の方がいいじゃない。わたし達は人間達に歩く宝石とも言われているのよ?)


生まれた日に優しく身体を包みこんでくれたのは母親であるルミナ・ドラゴンだ。

ママは本当に優しい。そしてドラゴンの知識がなくともわかるくらい、かなり綺麗なドラゴンである。彼女の鱗は全て白いが、どれも光の加減で虹色に輝いている。まさにツヤ肌である。

よく白い動物は神様の使いというけれど、神々しい雰囲気を醸し出している。エレガントなママンだ。

確かにその姿には憧れを抱く。なんせ歩く宝石だ。鱗だらけだが、非常に美しい存在であるのは間違いない。

そう思うと、世界によっては価値観も違うし、ドラゴンで良かったのか…。


(ね、ね、ご飯まだ?)

(お腹すいたよー)

(まだかなあ)


わたしには他に3匹の兄妹がいる。みんな食いしん坊だ。

わたしもだけれど!

そして白い鱗を持つ。ママとそっくりである。みんなエレガントなドラゴンに育つんだろう。だが、まだ鱗にママほどの輝きはない。


自分で全身の姿を見ることが叶わないが、手足を見るにわたしも他の兄妹ときっと似た姿である。ただ違う点があるとしたら、尻尾の鱗の一部が、赤い。

爬虫類的存在なのはやはり残念だったが、この尻尾の模様は、赤いリボンのような形にも見えて実は気に入っているのだ。きっと可愛くなりたい、と思った気持ちがここに反映されたんだ。

よしよし。愛され度から言うと、可愛いチャームポイントは必須である。


わたしたちが今いるのは小さな岩穴だ。

鉄格子がはめられている。

そう。鉄格子だ。なんて閉塞感。

最初は捕まっているのかと思った。


(もう時間だから。少し待っていなさい。)


ママの言葉通り、

ザッザッザッと足音が聞こえてきた。


よしよし。ご飯の時間である。

よだれが垂れてきた。

おおっと。だめだ。可愛さ減点だ。

とりあえず口を拭かないと。


「お待たせ〜〜みんな!!

ご飯だよ!!」


カゴに山のように盛られた、カルナの実とミモゼの葉を持ち、その人物は現れた。少し離れた芝生の上にそのカゴを置いてからこちらに近づいてくる。

大柄でクマのようなおじさん、って感じ。名をグルドさんという。わたし達を繁殖させた存在で、ドラゴン・ファームの管理者だ。


そう。わたし達は人間に育てられたドラゴンである。


ママから知らされた時は驚いたが、わたし達、ルミナ・ドラゴンという小型のドラゴンは、人間達の間では高級なペットだという。

まさに小型サイズ。グルドさんを基準にしてもママが大型犬、今のわたし達は小型犬くらいの大きさしかない。


グルドさんはドラゴン専門のブリーダーだそうだ。

元・冒険者らしい。


わたし達も、もう少ししたら新たな買い手に引き取られる予定だ。

人間のペットになると知らされてからは、どんな飼い主がいいか兄妹で話し合っている。

わたしの理想は、金持ちで優しい笑顔が眩しい、坊主頭の人物だ。

ん?いやいや、違う!!別に坊主頭にはこだわっていないんだってば。

なによりも重要なのは、私だけに向けられた優しく眩しい笑顔だ。


「キュア!キュアキュア!!」


ギギギギギと音を立て、グルドさんが笑顔で鉄格子の扉を開けてくれる。閉塞感から解き放たれ、わたし達は外へ一目散に飛び出していく。

目指すは芝生に置かれた食事だ。


岩穴を出ると、綺麗に整えられた芝生があり、そこがわたし達の食事場・遊び場である。ぐるりと柵で囲まれている。飛んで確認すると、すこし離れた所に似たような岩穴と芝生がいくつもある。他にも同じように管理されているドラゴンがいるのだろう。ちなみに柵から空にかけては、光るドーム型の膜が張られていて、万が一にでも逃げられないようになっている。

《シールド》

という魔法らしい。


魔法が使える世界と聞いて、成長すれば様々な魔法を使いこなせるようになるのでは!?とワクワクしたが、ママにすぐに否定された。

わたし達ルミナ・ドラゴンは原種から人間にペット用に改良を加えられた種族だ。元々の魔力は高いのだが、スキル魔法は得意ではないらしい。持つ魔力は全て鱗に蓄えられていき、それが光る鱗へと変わっていく。

ちなみにママが使える魔法は《命の息吹》という炎と、《チェック》のみだ。わたし達が成長しても同じようなものしか使えない。


(もちろん魔法をたくさん使えるようになる方法はなくはないけれど。知らない方がいいわ。魔法が沢山使えたら、人間に怖がられて捨てられてしまう。人間の言う通りにしているのが、わたし達は1番幸せなのよ。)


捨てられると聞いて、わたしは諦めずにイメージを膨らませていたマジカルドラゴンへの夢を諦めることにした。

方法がなくはない、というのが気にはなるが。二兎追うものは、なんとやら。

今度こそ愛されるのだ。捨てられてなどいられない。愛への道は厳しいのだ。


問題の扱えるスキル魔法だが、生まれる前に体を暖めてくれていたのは、ママの《命の息吹》らしい。どうやら炎でありながら、怪我や体力を回復させることができ、人間にも重宝されているようだ。


《チェック》に関しては、わたし達も既に使うことが出来る。

ぼんやりと目の前に情報が浮かび、自分で自分のステータスを確認するだけのものだ。

実は嬉しい内容があり、毎日自分のステータスを眺めている。


---------------------------------

ルミナ・ドラゴン(幼生)

♀ Lv.1

健康

ランク:F

固有スキル:飢えた心

スキル:《チェック》

称号:宝石の原石、美の象徴

---------------------------------


レベルが低い。ランクも最弱らしい。

うふふふ。しかし!気に入っているのは称号である。


美の象徴!!


これを初めて見たときは小躍りした。

兄妹で確認し合ったが、そんな称号があるのはわたしだけなのだ。

ちなみに固有スキルもないらしい。飢えた心、だなんて。

得体が知れないが、愛に飢えた前世のわたしの思い残しが現れたものかもしれない。

固有スキルというか怨念スキルみたいなものか…。

飢えてるなんて、可愛くないから、気にしない!

実際何か分からないし。


ちなみにみんなが持つ称号である宝石の原石は、成長に伴い鱗に魔力が行き渡ると、歩く宝石に変化するそうだ。

種族的な称号らしい。


(きっと美しいドラゴンになれるわ)

とママも太鼓判を押してくれている。


《命の息吹》も早く習得したいが、なかなかだ。最近小さな炎が出るようにはなったが、残念ながら今はただの炎。そう。ただ燃えるのだ。

最初は口周りを火傷ばかりして、ママに直してもらっていた。最近ようやくまっすぐ炎を出せるようになったばかり。

他の兄妹たちは炎すらもまだ出せていない。一歩リード中なのだ。うふふふふ。



カルナの実を、口いっぱいに頬張る。

酸味がありさっぱりとして美味しい。オレンジみたいなフルーツだ。

ミモゼの葉はキャベツに味が似ている。けど食事はいつもこの2種類のみ。

人間だった記憶があるからか、いちごオレのような甘い食べ物が欲しい。ミモゼの葉にしても味付けされたらきっともっと美味しくなるのに。

それに魚や肉なども、少し恋しい。

食事に出してもらえないっていうことは、わたし達は草食ドラゴンなのかしら。


(ね、ママ。わたし達ってお肉は食べられないの?)

とカルナの実を横で上品に食べるママに聞く。

(お肉??)

首をかしげてママは戸惑う。

(どこで聞いたの?そんなものを食べるのは下品な野良のドラゴンだけですよ。)


へえ。野良ドラゴンがいるのか。

そうか、飼われているものがいたら、野良がいるのも納得だ。

野良は肉を食べるのか。ワイルドだ。

しかし下品だと言われてしまうのか…。ううむ。

いや、野良にはなるまい。愛され人生を歩むのだ。

わたしが目指すは、高級ペットのベジタリアンドラゴンだ。


(わかったわ、ママ)


おとなしくカルナの実とミモゼの葉を食べて生きていこう。

甘味や味付けごはん、お肉などは、今回の人生(竜生?)では、おあずけだ。

その代わり将来できる飼い主からの愛を独占できれば、それでいい。


食事後はしばらく自由時間である。

毎日わたしは何をするのかを決めている。柵に囲まれた芝生を思い思いに駆け回った後は、《命の息吹》の練習をするのだ。

ここ数日は勢いを調節できるようになって、少し優しい炎になってきた。


(癒そうとする心が大切ですよ。対象を慈しむこと。

さあ、芝生に吹きかけてごらん。優しく、ね!)


(わかった!!ママ。癒しのパワーだね!!!)

意気込みだけは一人前で気合いを入れて炎を出すと

わたしの癒しパワーは収まることを知らずに勢いよく芝生を燃え上がらせた。

芝生はグルドさんがいつも丁寧に整えているのだ。まずい!!

どんどん炎が広がって芝生を炭に変えていく。


あたふたして飛び跳ねて消そうとしていると、グルドさんが慌てて走ってきて魔法であっという間に鎮火してくれる。ほっとしたのもつかの間、威嚇する熊のような顔でこちらに向かってきたグルドさんから逃げるために、空へ素早く飛び上がった。彼の芝生にかける情熱は本物だ。普段は優しい男だが、芝生に何かしたときだけ、怒りを露わにしてくる。


見上げると兄さんが《シールド》のギリギリのところで飛んでいるのが見える。

兄さんは外に憧れているらしく、いつもそこから見下ろして周囲を眺めている。


といっても森に囲まれていて、遠くに街っぽい場所が豆粒のように見えるだけだ。

ちらりと下を盗み見るとグルドさんが芝生を魔法で生やしはじめている。

時々見上げて、獲物を狙うような目でわたしを睨みつけてくる。

くわばらくわばら。

今日は《命の息吹》の練習は終わりにして兄さんと一緒に空にいよう。


小さな翼をはばたかせて、兄のそばにいく。


(行ってみたいな)

わたしが近づくと、兄さんは街の方を見ながら言う。

(うん。そうだね。はっきり見えないけどどんな場所だろうね。)


この世界の人間はどんな暮らしをしているのだろう。

科学ではなく魔法が生活を支えている世界。うん。見て見たい。


(近々、飼い主になる人がここに来るんだってさ。)

(え?兄さん、なんで知っているの?)

(この間グルドさんが魔法具で話しているのを聞いた。一匹だけだけど買い手が決まったみたいだ)

(そうなんだ…)


ついに決まったのか。今回自分でなくとも、言ってる間にみんな買い手が決まるのだろう。ママや兄妹と離れ離れになるのは寂しいが、愛され人生を満喫するためにも、前向きに迎えを待とうと思う。


(それより、お前、顔が煤で真っ黒だぞ)

(え!!!)


いけない。お肌が煤だらけだなんて。美容を怠ってはいけない。

煤を必死で落とすわたしを見て笑いながら、兄さんはもう綺麗に直された芝生へと降りて行った。





ついに、お迎えの日がきた。

わたしは穴の外を見てゾッとした。鱗が逆立つのを感じる。


とある人物が岩穴の前に立っている。

ギラギラとした衣装に身を包み、今にも釦が飛んでいきそうなメタボ体型。頭の毛はてっぺんにお情け程度にしか生えておらず、脂汗でベタベタだ。

わたし達の全身を舐め回すような、いやらしい目付き。


後ろにはその男の従者らしき人物も控えている。やはり購入しに来たのはお金持ちのようだ。


うううう。でもまさか、まさか。この際見た目は気にしちゃいけないけれど。だが、あの視線が不快だ。

それにあの頭は思い描いていた、坊主頭ではない。ニアリーだが、違うったら違う。いや、坊主頭なんてどうでもいいんだった。忘れなきゃ。


(うわぁ誰の飼い主なんだろう)

(…お兄ちゃん、頼んだ)

(俺、嫌だよ!?違うだろ!?)(わたしも嫌だもん!)

(あれにスリスリされたら自慢の鱗が汚れそう)

(ひえ〜)(ひきとられたら災難)


(こら!!失礼でしょう!)

みんなで怯えているとママに一喝される。


(どんな方でもお迎えされたら誠心誠意つくしなさい。)


ママ。ペットの鏡だよ。愛され人生は案外過酷なんだね…。

しかし自分だと決まったわけではない。そうだ。まだ希望はある。

あの人ではなく、もっと素敵な人が飼い主かもしれないのだ。

わたし達は並んで座って審判の時を待つ。背中に汗がつたう。


「これが、歩く宝石と呼ばれるルミナ・ドラゴンか。やはり美しいな。」

「ええ。うちはドラゴンブリーダーとして、この鱗には、非常にこだわって交配しておりますし、一般に出回っているルミナ・ドラゴンの中でも更に一級品だと思っていただければ…。

母親はドラゴン・コンテストで3度も金賞をとっています。血は確かです。成長すれば、母親と同じくらいの輝きになることをお約束します。」

「ゲヒ。素晴らしい。今度のパーティーでお披露目しようかと思っていてね。なにせ君のファームのドラゴンは有名だ。いい話の種になる。で、どの子だね。」


「ミクロ伯爵には、より特別な、ドラゴンを、と思いまして。尻尾の先に赤い模様が入っているドラゴンがそうです。ルミナ・ドラゴンの赤い鱗は非常に珍しいものなのです。」


ぞわっとした。まさか。わたし!!??他の兄妹たちがあからさまな安堵のため息をつく。

うううううう。やだやだ。ずっと気に入っていたチャームポイントが突然嫌になる。

兄妹達に生暖かい視線を向けられ、励ましの言葉を受ける。

(頑張って)

(強く生きてね、お姉ちゃん)

(なんていったって君は特別なんだ)


(こんな特別なんていらないよ!!?)


「ほほう。価値が高いということかね。いや、恥ずかしいがね。赤い模様のルミナ・ドラゴンなど初めて聞いたよ。」


わたしの尻尾を見て、いやらしい笑みを浮かべている。うう。

すかさず尻尾をお尻の下に隠す。


「もちろんですとも。よくいる野生のレッド・ドラゴンの鱗と一緒にしないでください。ルミナ・ドラゴンの珍しい赤い鱗は美の象徴。それを材料に何が作れると思います?

あの貴重な”若返りの薬”です。数十年に出回るか出回らないかの。」

「もしや、あの幻の『永遠の春』の原料はあの鱗なのかね?!」

「ええ、その通り。この幼生の小さな鱗でも充分な効力ですよ。滅多にいない、非常に珍しい個体です。うちも手放さずに置いておこうかと考えたのですが…。しかし、ぜひミクロ伯爵に、と。」


美の象徴という称号は赤い鱗があったからか。しかもそんな価値がある鱗だったとは…。

しかし、そんなに貴重なら、あんな伯爵に売らないで欲しかった!!!

顔に気持ちが余程出ていたのか、ママに尻尾で小突かれた。


「ゲヒヒヒ。『永遠の春』か。お気遣いに感謝するよ。うむ。うむ。では、その子をいただくとしよう。」

ミクロ伯爵は二チャリと笑っている。口元の唾が糸を引いているのが見えた。


泣きそうな顔でママを見るとしっかりやりなさい!と叱咤の目で見つめ返される。

お別れにママや兄妹にすり寄って挨拶し、とぼとぼと入り口を開けて待つグルドさんの元へいく。


わたしが自ら近づいて来るのをみて、グルドさんは自慢気に頷く。


「ご覧のようにルミナ・ドラゴンは非常に愛情深く、かしこい生き物です。こちらの言葉は通じていますよ。非常におとなしい性質に改良してありますし、きちんと条件さえ守って飼育してもらえたら進化も起こらず安全です。ええ。」


息を吸い込んで、グルドさんは真剣な顔でミクロ伯爵を見つめる。


「ただ、脅すわけじゃありませんが、この子は赤い鱗も持っていて特別です。進化なんてしたら、どう変わるか分かりません。下手をすれば恐ろしい魔物になりますからね。もう世界にはいなくなって等しいですが、ドラゴンの原種は恐ろしい生き物だと忘れないでください。ドラゴンが研究され始めて長いとはいえ、完全には生態が明らかにされていませんからね…。

ルミナ・ドラゴンの飼育法と注意点をまとめた書類をお渡し致します。くれぐれも、これをきっちり守ってください。」


「おお。そうかね。肝に命じよう。ん、マルク、これをしっかり飼育係に任命してあるトーマスに渡してくれたまえ。それと、さあ、グルドさんに支払いを。」

「は。」


マルクと呼ばれた、青い髪の従者はシュッとした体型で整った顔立ちだが、表情がなくて怖い。書類の入った封筒を受け取り、手首につけている腕輪の宝石部分に指を触れる。青く光って封筒は吸い込まれた。

彼がもう一度腕輪を触ると赤く光り、今度は中から小さな金色のカードが出てきた。


なんだろう。あれ。すごい。あの腕輪。あれも魔法のかかった道具なのかな。

カードはクレジットカードみたいなものなのかしら。


思わずみた新しい道具に目をキラキラさせて見るも、マルクは冷たくこちらを見てすぐに関心がなさそうに目をそらした。


なによ。わたしの可愛さが足りないっていうの?失礼しちゃう。そのうち可愛さでメロメロにしちゃうんだから。


「これで。どうぞ、ご確認ください。」

…目の前でウインクをしたのに、マルクは完全に無視だ。悔しい。


「はは。さすがミクロ伯爵はマジックボックスも一級品をお持ちだ。機能性だけでなく、美しい芸術品でもあるとは。では、頂戴いたします。お待ちください。」

カードを受け取ると、グルドさんは、自分の胸ポケットから出した銀で出来た薄い板に近づける。

グルドさんの道具で初めて見た。裏から見るとタブレットみたいだ。

板の中央に小さな石がはまっていて、それを囲むように円になって細かく文字が浮かんでいる。


ふわああと発光して、カードは消えた。グルドさんは板を見て頷く。浮かぶ文字が先ほどと変わっている。

「ありがとうございます。確かに。」


「うむ。相場より5倍の値段もするというから、驚いたが、このドラゴンなら納得だ。さあ、マルク。ドラゴンをゲージに入れたまえ。」

「は。」


いつの間にか腕輪から出したのか、細かな装飾が施された金色のゲージがわたしの前に置かれた。

わあお。この世界のことは、まだ全然分からないが、高価そうな気がする。

お金のやり取りにしても不思議なことばかりだ。しかしわたしはドラゴンで、ペットになるのだ。

今後も関係ないだろう。彼らに任せよう。


「中に入るんだよ。幸せにね。」

グルドさんがゲージに入るよう促してくる。


「キュアン」

グルドさんにはお世話になったので、お礼のつもりで鳴くと、彼はにっこりと笑った。


仕方がない。腹をくくろう。

わたしの主人はこのミクロ伯爵。むしろミクロと正反対の体型の男だが、彼にこれから忠誠を誓わなくてはいけないようだ。いや、反省しよう。見た目で判断してはいけない。見上げると、こっちを見てまたゲヒヒヒと笑っているが、優しい人かもしれないのだから。愛は忍耐から始まると信じよう。


(いい子でね。《命の息吹》、しっかり練習するのよ)


ママが岩穴の中から励ましてくる。

ママの顔を見ると泣きそうになる。

そうだ、お別れだ。

兄妹たちもじっと見つめてくる。だがその顔はどこかニヤニヤとしていて面白がっている。みんな 口パクで(君は特別!)と言っている。もしまた再会したら覚えいろよお…。


(行ってきます)


とだけ伝えて、おとなしくゲージに入る。

うん。このゲージはいい。中に入るとなんだか快適だ。

魔法でゲージ内の気温は一定に保たれているみたい。中にはふかふかのクッションも入っていた。どうやら大事にしてもらえそうだ。


「ありがとうございます、ミクロ伯爵。またのご利用をお待ちいたしております。道中お気をつけて。」


「ゲヒヒヒ。うむ。いい買い物ができた。そろそろ新しい運搬用の飛竜も欲しいと考えている。また連絡するよ。ではな。いくぞ、マルク。」


初めてこの場所から出ることになる。

寂しくて些か不安はあるが、《シールド》外の世界を見ることができる。

ワクワクとした気持ちで連れられて、わたしはファームを出た。

いよいよペットライフの始まりだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ