転生世界
俺は死んだ。
なんだテンプレか、等と思わないで欲しい。
俺にとっては死ぬなんて初めての経験だし、怖い。
しかし、解放感はある。
そして何もない空間。
俺は死んでから幾許かの時間を経て、形のない「何か」であった。
どのくらいの時間が経ったのか分からないし、もしかしたら一瞬であったかもしれない。
それほど曖昧な意識。
それが徐々に確かな「形」を取り戻しつつあり、死んだ事を自覚し、自身を取り戻しつつある。
記憶はほとんどない。
記憶に靄がかかったようで、思い出そうとすると霧散し、さらに遠のいてしまう。
俺は記憶を捕まえようと手を出した。
手がある。
見える。
つまり、目がある。
ふと、何かを踏みつけたような感覚になる。
その感覚は地面が現れたというな感覚だ。
実際はきっと、足が現れたのだろう。
それはほぼ、俺であった。
ほぼ、というのは、それが俺である確信がなかったからだ。
俺は一度死んだので、ここにある俺が俺を元にしたものであろうが、俺自身ではなく、クローンやコピーと言った方が近い。
もっと言うならば、今ここは何もない、かろうじて地面があるだけの空間で、自分を構成している成分が以前の俺と同じであったか分からない。
不確かな記憶しか無いせいで、俺が俺であるのか分からないのだ。
何を無駄な事を考えてるんだ俺は、哲学者じゃあるまいし。
「哲学者……」
声が出た。
哲学者とは何だったか。その定義は曖昧なものであった気がする。あるいは俺が知らなかっただけで、これぞ哲学者という人種がいたのかもしれない。
どうでもいいか。
俺は出来上がったばかりの手で身体をまさぐった。
全身、ちゃんとある。
どうやら当時の服装そのままであったようだし、自覚した通りの性別でもあった。
何が起こるのか、あるいは何も起こらないのか。
俺はこの何もない空間に放り込まれた赤子同然であったし、思考する事が出来る大人でもあった。
故に動けない。
動けるが、動くべきでないと判断してしまう。
様子見、というやつだ。
もう一度言おう、俺は赤子同然であり、大人でもある。
「おーーーい」
我慢が出来なかった。
無限の解放感から人間という窮屈な器を取り戻した俺は、不安と焦燥から気持ちを抑える事が出来なかった。
「……うるせえな」
反応があった。
それは喜ばしい事ではあるのだが、どうにも暗い未来を予感させた。
徐々に、ゆっくりと、それは姿を現した。
あるいは俺が引き寄せられたのかもしれないし、空間自体が縮まったのかもしれない。
分からない事だらけだ。
しかしこの声の主が今後を決定付けるのだろうと、俺は決意した。
それ、あるいはそれらか、は全貌を現した。
俺は目を見開き、戦慄し、言葉を発する事が出来なかった。
血まみれの男が座り込んでいる。この場所に不釣り合いな大振りな刃物を肩に立て掛けていて、それには奇妙な魅力がある。服の汚れ具合からして大量の出血であったようだが、傷は浅く見えた。
その脇には、薄皮一枚で繋がっているだけの、腹から二つに裂かれている女性の姿。
二対の翼を持つその姿は、神か天使か、いった趣だ。
傷口から出血が全く無い事からもその神秘性を伺えるが、それも今は全く動く様子は無く、状況の違和感に拍車を掛けた。
何とか口を開きかけ、男をしっかりと見据えた時、さらにその後ろの女性に気が付いた。
倒れているのだが、美しく長い頭髪から翼が片方だけ覗かせている。翼は本来対になっているものだから、片方が欠けている事になる。
もっと言うならば、目を背けたい事実だが、片腕が無かった。こちらもピクリとも動く気配がない。
何も言えない。
何も出来ない。
必死で頭を働かせようとするが、状況の整理も理解も追い付かなく、何も行動に移せず、ただ震えるしかなかった。
「おいおい、そんな震えなくたっていいんだ、俺だって初めてなんだから」
言葉と共に視線が交わると、震えが止まった。
不安と恐怖でいっぱいだが、頭の中はクリアになった気がする。
「さて、お前はどこに行きたい、何になりたい」
この男は何者なのか。
この場所の意味するものは。
神のような存在では。
この惨劇は一体何を意味するのだろうか。
「まあ、どうでもいか、適当な異世界に転生させてやろう、まともに生きられると思うなよ」
選択する権利は与えられない。
「何もかもリセットして、また新しい人生を歩め、永遠に続くこの生の螺旋で苦しむんだ」
生の螺旋、輪廻転生……
「大丈夫だ、苦しいという事さえ忘れているさ、今度は、な」
今度は……
今度は、ということは、つまり、既に……
そこで俺の意識は途絶えた。
長い、とても長い眠り、死が訪れる。
「お疲れ様でした、転生神様、ごゆっくりとお休みください」
そんな声が聞こえた気がした。
あの男は無事に能力を奪われ、転生した事だろう。
俺は眠る。
願わくば今回のような問題が起こる事なく、輪廻転生が繰り返されるように……
俺の眠りが、俺の死が、不可逆的なものになる事を祈って……
叙述トリック的なものを試験的に使ってみました




