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恋慕

アンナに会えたことで、直接想いを伝えられたことで、俺の今夜の目的は達成した。しかし、彼女には俺の気持ちは伝わりきっていないように思えた。

『誠心誠意あなたを愛し、支えます。』

そう言い切って微笑んだ彼女の姿を思い出した。涙で濡れた瞳に見つめられただけで心臓を鷲掴みにされたような苦しみを感じた。


今まで自分が関わってきた女性たちは、言葉を交わすだけで頬を赤らめ、視線があえば瞳を潤ませ、触れれば身体を熱くした。

その表情や変化で心の動きを捉えることができたが、彼女の場合はそれが一切なかった。

だから、自分は男として見られていないことはすぐに理解できた。


「俺に彼女の心は動かせないのか。」


彼女は国を大切に思う気持ちから俺と人生を共にすることを選ぼうとしている。

それはわかっていたし、そう仕向けたのも自分だ。そうしないと彼女を手に入れることができないと思ったからだ。

彼女にはいま愛する男はいない。それなら自分を好きになってもらえばいい。俺は身勝手にもそう思った訳だが、実際に彼女から『あなたを愛する』という言葉を聞くと、思ってもいなかったダメージを受けている自分に気付いた。


「俺は、アンナの心からの愛がほしかったんだ。」


これまでの自分を客観的に振り返る。勝手にアンナを自分の妻として迎えることを決めて、そうなるよう仕組み、その上で彼女の心までも欲しがる。


「これ以上ないエゴだな。」


俺は自虐的な笑みを浮かべながら、しかし、その行動を反省すらしていない自分を情けなく感じていた。

どんなに情けなくても、欲しいものは欲しい。自分自身の手で彼女を守りたい。見守るだけでは耐えられない。そう思ったから強引にでもアンナを手に入れる手段を考えた。彼女がいない人生は既に考えられない。

こんな風に何かに執着したのは、俺にとって初めての経験だった。


「みなさまお帰りになりました。」


声がした方に振り返ると、執事のアルベルトが礼儀正しく佇んでいた。


「ありがとう。」


そう声をかけると、アルはその表情を柔らかくした。


「せっかくの再会でしたのに、もう少しゆっくりされても良かったのではないですか。」


俺はあの後、アンナの涙が乾いたのを見計らって自国に帰るよう促した。彼女を見送った後、彼女に会うという本日の目的を達した俺は、その後また令嬢たちに囲まれる前に会場を後にした。俺を目当てに集まった令嬢たちはすぐには帰らなかったようだが、こういう時にはいつもアルが対処してくれていた。

そんな面倒事を押し付けているにも関わらず、アルは涼しい顔で後処理を終わらせ、そんなことは意にも介さないという様子で、今度はなぜもっとアンナとの時間を過ごさなかったのかと咎める。俺にはもったいない執事だと思う。


「私は彼女の正体を知っていてずっと見守っていたけれど、彼女は今日初めて私のことをルイでありルカであると認識したんだ。いくら理解が速いといっても感情はそう簡単に整理できないだろうからね。きっとまだ混乱しているだろう。」


「そうですね…。私もルカ様にお仕えしてアンナ様のことはずっと見守っておりましたから、気が急いてしまって。やっとこの王宮にお迎えできると思うと感慨深いです。」


朗らかな笑みを向けながらそういうアルに、アンナを認め、温かく迎え入れてくれるその気持ちをとても有難く感じていた。

アンナは同盟国の視察という名目で数日後から3ヶ月間この王宮に滞在することになっていた。


「ただ、アンナ様の執事のデニス殿は同行させない方がいいのでは?あの2人はいささか近すぎる気がします。信頼できる執事が必要であれば私が手配いたします。」


デニスのアンナに対する忠誠心の高さは俺を探るためにこの王宮に単身で潜り込んでくる気概を見ても明らかだった。それに、今日話した時に見つめた瞳からは『アンナ様は私が守る』と語っているような力強さを感じた。しかし、忠誠心が高いことは執事として褒められることであっても非難されるべきではない。


「それでいいんだ。デニスにだったら安心して彼女を任せられる。もちろんアルのことを信頼していないわけではないが、アンナにとってもいつも側にいてくれるデニスの方が安心して過ごせるだろうから。念のための護衛としてウェリントン公爵に同行してもらうのもいいだろうね。」


「ルカ様、以前もお伝えしましたが、私が調べた限りではウェリントン公爵は明らかにアンナ様を慕っていらっしゃいます。セレネー国でも2人は結婚間近と噂される程です。ライバルを側に置いてチャンスを与えるようなことをしてよろしいのですか?」


アルはハラハラした様子でまくし立てた。その必死さに、俺とアンナが心から結ばれることを一番願っているのは俺以上に彼なのではないかと思い、有難さに笑みが溢れた。けれど、それ以上に大事なのは彼女自身だ。


「彼女の安全が確保できるのならそれ以上に優先させるべきことはないよ。この王宮ではアンナのことをよく思わない人間がほとんどだ。彼らなら私の目が行き届かない所でもアンナのことをしっかりと守ってくれるだろう。」


「承知しました。仰せの通りに。私も、しっかりと目を光らせたいと思います。」


正直、アンナがルイスと呼ぶあの公爵と仲睦まじく踊っているのを目の当たりにした時、その最中によろけたあの男を彼女が抱きとめた時、全身に電流が走ったような衝撃を受けた。焦燥の思いが全くないといえば嘘になるが、そんなもので彼女の安全を万全の状態から遠ざける訳にはいかなかった。


「それと、公務はいつも通りこなすが、彼女がいる間はできるだけ多く彼女と一緒の時間を作りたい。スケジュールの調整をお願いしたいのだが。」


「私も是非そうして頂きたいと思いまして、既に調整済みでございます。しっかりとアンナ様のお心を掴んでくださいませ!」


いつもは人一倍大人しく紳士的な振る舞いを崩さないアルの張り切った姿を横目に、俺はついに笑いを堪えきれなくなるのだった。

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