001:はじまり
7月21日。前期前半最後の日、教室で担任の教師から夏休み中についての注意を受けている最中だがほとんどの人が聞いていない。まぁ、かくいう俺自身も真面目には聞いてないんだが。そもそも高1にもなってわざわざ長期休業について長々と注意をするなんてどうなんだろうか。そりゃあ中学とは違って、高校生となれば一部の人たちはバイクに乗れるわけだし、ゲーセンに長くいることもできたるするし何かしらの事故が起きたりする確率も高くなるだろう。だが、俺たちは義務教育を卒業したわけであって、もう働くこともできるのである。そんなに仰々しく説明しなくてもいいだろうに。……と内心思いながらボーっと話半分に聞き流していると隣の席から声がかかる。
「なぁなぁ大翔、お前例のやつちゃんと手に入れたか?」
やけに楽しげにそう聞いてくるのは俺の友達…いや、もう親友と言ってしまっていいんではないだろうかというほどに長い付き合いの青山奏太。茶髪の後ろにまとめている、やんちゃ系のやつだ。奏太知り合ったのは小学校の時で、以来何かと気が合い、気づけばかなり仲良くなっていた。で、こいつが言う例のやつといえばおそらく……
「『Aiming God Online』だろ?つーか俺らβテスターだぞ?逆に手に入れてないほうがおかしいだろ。」
「それもそうだ。にしても、楽しみだな〜。早くやりてぇ!」
『Aiming God Online』。おそらく今最も注目されているであろうVRゲーム。VRゲームとはその名の通り、頭に専用のヘッドギアをつけることによって脳の感覚を電子の仮想世界へと持っていき、自身の体と頭を使って遊ぶゲームだ。
この仮想世界は俺たちが小学校のころにその技術が確立されてゲームも色々と発売されていた。当時から俺と奏太はゲームが好きで、二人そろって親に頼み込んで買ってもらったのはいい思い出だ。そして小学生の後半の時、VRヘッドギアを開発しゲームを配信しているTONYのとある研究員がサーバーの超超軽量化に成功した。超超軽量化だ。その時にはあまりの出来事にVRゲームの開発責任者が直々の会見を行い、小一時間ほどその研究員のしたすごさについて熱く語っていたそうだ。そしてそれから数年間の期間を置き、満を持してβ配信されたのが『Aiming God Online』。通称『AGO』だ(プレイヤー間では言いやすくネタにもなると概ね好評)。俺と奏太の二人はそのβテストに応募して奇跡的に当選。そしてそのサーバーの軽量化がいかに絶大な効果を及ぼしたのか体験した。
俺はその『AGO』の世界に入ったとき異世界に飛ばされたのではないかと錯覚した。それほどに景色がリアルに再現されていたのだ。たとえば植物の葉。従来のVRゲームであれば葉であることは分かっても近くで見てみるとただの緑色の塊である、なんというのが普通だった。しかしその世界ではなんと葉の葉脈まで細かく再現してあったのだ。触ってみると葉脈の凹凸もしっかり感じることができた。更に、TONYがかつてから研究していた『五感システム』も完成し、導入された。この『 五感システム』とは、その名の通りVR環境内において五感すべての感覚を再現するというものだ。サーバーの軽量化によりデータの余剰スペースが多くなったので、実現したそうだ。そして、その動画がネットに公開され、その世界の鮮明さ、現実感に皆盛り上がった。
2ヶ月間のβテストが終了してから2年。βテスターにはテスト参加の感謝料として最新型のヘッドギアとゲームが無料配布され、それ以外の人たちは発売日である今日に行列を作っている。そして明日から正式サービス開始のため俺も奏太も心ここにあらずといった状況なのだ。
「いやー、始めたらまずは何をしようかね?」
「とりあえずレベリング一択で。」
それしかないだろう。なにはともあれレベリング。経験値稼がないとなぁ。
「まぁ、そうだなぁ。βテスターでも容姿とかのアバター設定以外何も引き継げないし。レベルリセットされてんだよなぁ。」
なんやかんやと明日への思いを馳せ、奏太と話しているとチャイムが鳴った。
「それでは、事故のないように気をつけて過ごしてください。あと、しっかり課題は早めに終わらせておくように。後々に回すと痛い目を見ますよ。」
その瞬間、クラスの半数ほどが若干固まった気がした。
「前期後半も元気な姿で会いましょう。さようなら。」
「「「「「さようなら。」」」」」
これで今日から夏休みだ!ゲームし放題だぜ!え、課題だって?ふははははは!そんなもの、とうの昔に終わらせてあるのだよ!
余談だが、俺も奏太(+あと一人のゲーム仲間)もゲームをやりまくってるが成績は悪くない。長期休業の間の課題などは、出されたその日に一緒に終わらせておくように心がけている。テストの点数も俺は中の上から上の下を行ったり来たり。奏太は中の中。もう一人のゲーマーはなぜか毎回学年トップ5。化物ですね、有り難うございます。いや、ほんと。ほとんど俺たちと同じ時間にゲームをし、俺たちよりも早く寝、俺たちよりも早く起きる、なんて生活を送ってなんでそんな点数を取れるのか。つくづく世界は理不尽だ。(チッ
「徳永くん!青山くん!いよいよ明日から夏休みですね〜。いっぱいゲームできますよ。」
このおっとりとはつらつを足して2で割った感じのやつがもう一人のゲーム仲間、盛岡莉穂。何故か知らないがゲームばっかしてるくせに成績がいいお方です。えぇ、ほんとに、俺にその学力をくださいです。
「莉穗は『Aiming God Online』大丈夫か?βテスト落選したって言ってたし、今日買うんだろ?需要高すぎて買えなかったらやばそうだけど。」
「ふっふっふ、心配ご無用です。さっき妹から連絡がありまして、無事3人分手に入ったようです!」
……ふむ。余談だが。莉穗達盛岡家は3人姉妹である。ちなみに高1である莉穗は次女なので、
「おいまて、少し聞きたいことがある。3人分って、まさかお前ら姉2人揃って妹に押し付けたのか?」
あからさまな、それこそ漫画であれば盛大にギクッ!?という効果音が聞こえてきそうな反応を見せる莉穂。
「い、いやー、だって夏休み入ってたの美麗だけですし、お姉ちゃんは今日帰って来るみたいですし。ていうか、先にお願いしたのはお姉ちゃんなんで、私に責任無いんじゃないかなーとか思ってたりしなくもないんですよ。」
「「……。」」
こんなひどい身内がいなくて俺は幸せ者だよ。
そんなことを思っていたら莉穂の携帯が鳴った。
「ん?……あ、お姉ちゃんもうすぐ駅付くみたい。迎に来てーだって。2人も一緒に行く?」
「俺はどっちでもいいかなー。大翔はどうする?」
「俺はちょっとゲームでお世話になったからな。そのお礼も含めて行くかな。」
「んじゃ俺も行こうかね。」
ということで、皆で最寄りの駅へと行くのであった。
──────────
「お姉ちゃん久しぶりー!」
「ふふふ。本当に久しぶりね莉穂。」
「お姉ちゃんたちはさ、あたしに言う言葉はないの?ねぇ?朝にたたき起こされて、この暑い中行列に並ばされた末っ子の気持ちを考えたことがあるの?ねぇ、聞いてる?」
暖かい再開をしている姉2人、の横で死んだ魚のような目……以上に死んだ目をしている、本来なら活発でありそうなショート女の子が末っ子の美麗。そして莉穂と話しているボン、キュ、ボンな人──もう一度言おう。ボン、キュ、ボンの人が長女の立花さん。かなり凄腕のゲーマーで、この間もどこからか俺が武器の強化素材集めが難航してるという話を聞いて、こっそり俺行きつけの生産職のプレイヤーに渡しておいてくれたそうだ。そのお礼を……と思ったのだが、美麗が不憫なので先にそちらのフォローへ回る。
「よしよし、美麗は頑張ったなー。こんな暑い中1人でよくお姉ちゃんたちの分まで買ってきたな。偉いぞー。」
美麗は今年から中学生になったのだが、まだまだ子供っぽくて頭を撫でてやるとかなり機嫌が良くなる。ほら今日もまた、
「うぅぅ、そんなこと言ってくれるのは大翔さんだけだよおおおおお!」
と、笑顔で抱きついてくるわけですよ。あぁ………癒される。可愛いはジャスティス。これ重要。え?□リコン?ゴメンチョットナニイッテルカワカンナイ。
「いやつーか、流石に最高気温35℃超える中パシラせておいて、本人ほったらかして再開を楽しむって可愛そすぎるだろ。」
「あ、いや、えっと、その……ごめんね美麗ちゃん。」
「………。(無言の圧力)」
「えっと、たしかにこんな中ずっと並んでるのは大変だったわよね。ごめんね美麗。」
そう言いながら頭を撫でる立花さん。
「うん……許す。」
それで美麗も許しちゃうんだもんなー。俺なら絶対許さないね。姉なら嫌がらせの1つや2つや3つや4つ普通にやってるね。兄なら無言で腹パンすわ。俺の右腕がうなりますわ。
「あ、そういえば立花さん。素材の件有難うございいました。」
「あれ?知ってたの?」
まさか俺が知ってるとは思ってなかったらしく驚く立花さん。
「知ってるも何も普通に教えてくれましたよ。」
「えー。言わないように言っておいたのに。」
「それはもう、素晴らしい笑顔で報告してきましたよ。なんか要らぬ勘ぐりをしてきたので3秒でワンキルしときましたが。」
人間なら誰であろうとヘイト値120%オーバーするであろう笑顔を浮かべながら、恋の行方はどうだのと言ってきたので、ちょっとイラっとしてしまっただけなのだよ。
ちなみに、街中PKオールOK仕様のゲームだったので合法PKですぜ。
「いや、手出すの早すぎますよ。」
「流石大翔クオリティ。判断は迅速に、だな。」
「大翔さんさっすが〜!」
「あれ?なんでみんな賛成みたいな雰囲気になってるの……?」
誤解を解く前に問答無用でPKをした無慈悲さに誰も突っ込まないこの状況を、莉穗はなにやらおかしいと思っているらしい。そんな莉穗の前に立花さんが悟りを開いたような顔をして近寄ってきた。
「いい、莉穂?この世界は多数決の原理で成り立っているのよ。ここにいる5人の中で4人が大翔くんの行動に賛同している。つまりこの5人の中ではそれが共通の見解となるの。」
「理不尽すぎる!?」
なんて雑談を交わしてそれぞれの帰路につくのだった。
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「それじゃ、明日『AGO』で会いましょー。」
「私達βテスト落ちちゃったから、色々と教えてね。」
「ふっふっふ!今度こそ大翔さんにPvPで勝ってやりますよ!」
と、そんな感じの捨てゼリフ(?)を残して三姉妹は帰っていった。
残るは俺と奏太だけだ。
「PvPで大翔に勝つねー。そりゃまただいぶ大きな目標掲げたもんだな。」
「そうか?策巡らせれば勝てないこともないだろ?とくにあのゲームはステータスの差を戦略が覆すことなんてザラにある。」
「お前自分のPSの高さ分かってる?ただでさえステータスもそれなりに高いのにその上PSもあるとか。」
「俺と同じくらいのやつなんて探せばいるだろ?」
「いるぞ、確かにな。数人だけどな?す・う・に・ん。」
そんな他愛もない話をしながら歩いていると俺の家に着いた。奏太の家は俺の家よりも数分遠いのでここで別れる。
「んじゃ、明日『AGO』でな。」
「おう。ま、お互い頑張るとしますかね。」
よし、明日からは1ヶ月ちょいの夏休み、もといゲーム期間だぜ!立花さんと美麗とやるのは久しぶりだからなー。今年の夏休みは充実しそうだぜ!
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翌日7月22日。午後1:00。
飯も食べたし、トイレも行った。水分も補給したし、冷房も調節した。完璧だ。これで俺は『AGO』を全力でプレイできる。ゲームにログイン可能になるのが1時から。そして開始ミニイベント、というかちょっとした開発者からのメッセージが1時30分から。まぁ、1時30分直前にログインしてもいいのだが、やっぱり出来るだけ早くログインしたいんだよ。
といことで俺はヘッドギアをつけてスイッチを入れる。
「よし、入るか。」
呟きを残して俺はログインする。
そこは何もない白い空間だった。前後上下左右どこまでもただ真っ白で、何も無い。しかしそんな中、しばらくすると目の前にメッセージが表示された。
“VRギアに登録されているアバターを使う。”
“新しくアバターを作成する。”
空中に浮かんでいる選択肢は、そこをタップすることによって選択することだできる。俺は“VRギアに登録されているアバターを使う。”を選択する。このVRギアに登録されているアバターというのは現実世界での顔や体型を測定し、それを元に作られた現実世界とほとんど変わらないアバターのことだ。そこから個人の自由でいろいろといじることができるのだが、俺はやってない。だってめんどいもん。
“VRギアよりデータを取得します。しばらくお待ちください。”
“接続中”
“VRギアよりアバターデータの取得を完了しました。”
“アバターデータに『Aiming God Online』βテスト時のアカウントが保存されています。継続して使用しますか?”
目の前に“Yes”と“No”の選択ウィンドウが現れる。そして“Yes”を選択。
“プレイヤーネームとパスワードを入力してください”
「ええと、PNは“Haru”。パスは“******”っと。」
“ログイン中”
“ログインしました”
“それでは、『Aiming God Online』の世界へようこそ。”
そして、俺の視界はゆっくりブラックアウトしていった。
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「………よし、問題なく転移されたな。」
自分の体を見下ろしてみると、そこには簡素なTシャツに肘あて、シンプルな長ズボンに靴。このゲームにおける初期装備の状態だ。
「にしても2年振りか。久しぶりだなぁ。」
俺が今いる場所は第0世界、または始まりの世界と呼ばれている空に浮く大きな島(街?)だ。
この『AGO』には第1世界から様々な世界が存在する。まぁ、βテスト時には第2世界までしか無かったけども。ただ、“世界”と言うだけあり、その広さはそれなりに広い。そして、その広大な世界で様々なクエストをこなしたり、モンスターを討伐したり冒険することが出来る。生産系の職業をであれば、集めた素材でアイテムを作り、販売することも出来る。余談だが、生産職を選択するプレイヤー達は、自分の店を出し金を稼ぎ、ゲーム内で擬似生活的なことをするのを楽しみにしていたりする。
他にもテイマーになれば、その名の通りモンスターをテイムすることができる。定期的にエサなどをやらないと死んでしまう超リアル使用だが、現実世界よりもエサ代がかからない上、ゲーム内でなら直ぐに金を稼げるし、現実ではありえないようなモンスター(テイム好きに言わせると動物)と触れ合うことができるとあって、女性プレイヤーにも需要があったりする。
すこし脱線したが、この第0世界唯一の街、始まりの街“ユグド”。この街にはこのゲームをするために必要な事前準備をするとき、つまりゲームを始めた最初、それと運営が主催するイベントのときなどに使われる。
「さて。たしか開始イベントは中央広場だったよな。」
ユグド“中央広場”。ここ第0世界からほかの世界へ移動するための転移陣がある場所だ。そこでリリースイベントが行われるらしい。
「何はともあれ、奏太と合流しますか。」
とりあえず、奏太にメッセージを飛ばす所から始めようか。