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家族の在り方

作者: チシャ猫

「はぁ……何の因果なんだかなぁ。この俺がサンタの格好でボランティアなんてのは」

 上下に赤の衣装を纏った夢の配達人――その中身は冴えない中年であるが――は独り語ちる。本人はサンタに成り切っているつもりかもしれないが、あまりに猫背であるため周りの人々の失笑をかっていた。

 サンタに扮した男は、商店街の片隅にあるおもちゃ屋『TOYボーイ』の看板の下で店のロゴが入った袋(サンタが背負っているプレゼント袋風にアレンジされている)をがさごそと漁っている。

 そこに詰め込まれた売れ残りのおもちゃを通りがかる子供に渡すのが彼の仕事だった。店長としては粋な計らいのつもりなのだろうが、実際にそれをやるのはバイトの役目。男はため息をつきながらも次の子供を探すために目線を走らせた。

 ふと、一組の親子連れが目に留まる。父親と母親、その真ん中にいる女の子。少女は両親の手を片方ずつ握りながら楽しそうに喋っている。つられて笑いだす母親。突然スキップを始めた女の子に引っ張られるようにしてその家族が近づいてきた。

 それを見る男の目に浮かんでいたのは……郷愁、後悔、そして再起の念。いつの間にか目の前に来ていた少女に、男は袋から出したプレゼントを差し出す。その顔には先程まであった感情の代わりに、子を持ったことのある者だけが浮かべることの出来る温かな笑みが広がっていた。

「メリークリスマス」

 


 「あ~! コウ君ったら、またそんな隅っこにいるんだから!」

 ひかりが指さした先、皆が食事をするリビングの隣にある和室部屋の隅に彼――紘介はいた。一人膝を抱えて座り、窓の外を見上げている。

「ほっとけよひかり。いつものことじゃん」

「そーそー。俺たちがいくら誘ったってあいつ壁の隅から動こうとしないんだぜ!?」

 昼食の後の自由時間。鬼ごっこをしようと外に飛び出そうとした矢先に、ひかりが「コウ君も誘うの!」なんて言い出した。もたもたしていたら外に出られる自由時間がなくなってしまう。

「虫みたいなやつだよな、あいつ」

「あははは。“コウ”ロギってか?」

「ぶっ! ぎゃはははは。それサイコー!」

「お~いひかり! コウロギなんかに構ってないで早く行こうぜ」

 皆のまとめ役であるひかりがいないといまいち締まらないのだ。しかし当の彼女はそんなこと知らないと言わんばかりに背を向けている。

「うるさいなぁ……あんた達だけで行ってくればいいでしょ! それから、今コウロギつった奴、後でぶっ飛ばすからね!」

 この家の最古参である彼女の言葉には迫力があった。実質、ここの子供たちは皆ひかりには頭が上がらないのだ。

「おい……行こうぜ。ひかりを怒らせるとマジで怖ぇもん」

 小声で呟いたその言葉に被せるように届いた「聞こえてるわよ!」というひかりの一言で、子供たちは蜘蛛の子を散らすようにいなくなってしまった。

「まったくもう……ごめんね、コウ君。あいつらも悪い奴じゃないんだけどね」

 紘介は今までの騒ぎにも何ら反応することなく、ずっと窓の外を見つめていた。

「いいよ別に、僕は一人でも。君も一緒に遊んできなよ」

「ん~コウ君が行かないなら、わたしもいーかない!」

 そう言って紘介の隣にペタンと腰を下ろす。すると、今まであらぬ方を見ていた紘介がやっとひかりと目線を合わせた。

「君は変わってるね。一番明るいし、それに他の子もみんな君には敵わないみたいだ」

 紘介がここに来て一週間。やっと会話らしい会話を交わすことが出来て、ひかりはぱっと顔をほころばせた。

「う~ん、そうかなぁ……自分ではそんなつもりないんだけど。でもやっぱりわたしが一番長くこの家にいるからね。自然とお姉さん、みたいな感じに慣れちゃって」

 えっへん、と胸を反らせるひかり。彼女のトレードマークであるツインテールが、それに合わせてびょこんと跳ねる。

「長くって……どれくら――」

「それから! わたしのことは、ひかりって名前で呼んでね。この名前、大好きなんだから」

 突然質問を遮られて戸惑いながらも、殊勝に頷く紘介。

「う、うん分かった。それで、ひかりはいつからこの家に――」

「きゃ~コウ君が名前で呼んでくれた~! 感激よ~」

「…………」

「あっ、ごめんごめん、何だっけ? あ~そうそう! わたしはねぇ……赤ちゃんの時から、かな」

「えっ!?」

「だから、両親の顔も名前も知らないんだ」

 あまりの告白に目を見開く紘介。だけど、そんな彼に反するようにひかりは優しげな表情を浮かべる。

「ねえ、コウ君はこの家の名前を知ってる?」

「え? んーと……ごめん、分かんないや」

「突然ここに来ることになったんだもんね……仕方ないよ。でもこれからは忘れちゃだめだよ? ここはね、“ひかりの家”って言うんだ」

「ひかり?」

 横に座っている少女の顔を見つめながら不思議そうに首を傾げる。それを見て、ひかりはにっこりと笑った。

「そう。園長先生が揺り籠に入れられたまま玄関の前に置き去りにされていたわたしに、この施設と同じ名前をつけてくれたの」

 ――名前もないこの子に、せめて帰る家をあげたい。

 そんな園長先生の気持ちが理解できる年になった時、ひかりはこの家のことも、自分の名前のことも大好きになったのだ。

「だから、ここはわたしのおうちなの。園長先生はお母さん。お父さんはいないけど……その代わりたくさんの兄弟がいるからわたしは幸せだよ? もちろん、コウ君もわたし達の家族。ちょっと手のかかる弟ってところかな」

 そう言ってはにかむ少女が、紘介にはすごく大人に見えて。気が付いたら自分のことを話し始めていた。

「落ち着くんだ」

 突然発せられた紘介の呟きに、きょとんとするひかり。

「……えっと、ごめん何が?」

「隅っこ。僕、甘えん坊だったからいつもお母さんに後ろから抱き締めてもらってたんだ」

 母親に包み込まれる感覚が、たまらなく彼を安心させた。背中から伝わってくる体温が自分を守ってくれるようで。だけど、そんな母親は夫と買い物に出掛けたまま帰ってこなかった。

 『不幸な事故』。たった五文字で説明されたその言葉だけでは、まだ小さい紘介は納得できなかった。しかし、そんな彼の様子を気にかけることもせず、周りの大人たちは身寄りのない彼を施設に入れて良しとしてしまったのだ。

 周囲の人が信じられなかった。誰も何も説明してくれなかったから。唯一、背中を壁にくっつけている時だけは安心できた。母親のそれとは比べ物にならないくらい冷たくて、武骨な感触しかしなかったけれど。

 紘介のたどたどしい話を聞いて、ひかりは涙ぐんでいた。

「辛かったんだね」

 ひかりのその言葉が胸に染み入るのと同時に、紘介は泣き出していた。両親の葬儀以来涙を流せなくなっていた彼の心のつかえが、ひかりの言葉によって取り除かれたかのように。

 そしてひかりもまた、紘介の涙に誘われるようにして泣き出してしまう。

 ――どちらが不幸なのだろう。両親の愛を知らない子供と、それを知ったが故に苦しむ子供。

 二人は抱き合ったまま、しばらくの間泣き続けた。


「……なんだか、恥ずかしいね」

「……うん」

 お互い涙でくしゃくしゃになった顔を見合わせて、照れたように笑う。途中で園長先生が何事かと様子を見に来たけれど、誰にも心を開こうとしなかった紘介がひかりと抱き合って泣いているのを見て察したのだろう、何も言わずに席を外してくれた。

「ねえ、ところでコウ君は今日が何日か知ってる?」

 照れ隠しのひかりの問いかけに、しかし紘介は首を振る。今日の今日まで日付を気にする余裕なんてなかったから。

「もうっ! 二十四日だよ、二十四日。クリスマスイブだよ!」

「ええっ、本当に!?」

 今朝から他の子供たちが妙にうきうきした様子だったのも、園長先生が忙しそうにしていたのもこれが原因だったのかと今更納得する紘介。

「ねぇ……ちょっとだけ外に行ってみない?」

 泣き腫らして赤くなった目に、それでもいつもの彼女らしい悪戯っぽい色をたたえてひかりが提案する。

「いいけど」

「そうこなくっちゃ!」

 すぐさま紘介の手を取り、立ち上がらせる。そのまま足音を忍ばせるようにして玄関に向かい、二人分の靴を手に取る。ついでに廊下にあった衣紋掛けから園長先生のマフラーを拝借した。

 てっきり他の子供たちと一緒に庭(と言ってもやたら広い)で遊ぶのかと思っていた紘介は、訝りつつも彼女の真剣さに押されて引っ張られていく。

 二人はそのまま裏口に向かう。そうして、ひかりの他には園長先生しか置き場所を知らない扉の鍵を使って外に出た。

「う~さぶいねぇ……。はい、マフラー」

 そう言ってひかりは紘介の首に先程拝借したマフラーを巻きつける。

「ありがとう」

 首の後ろから伝わる温かさは、かつて母親から感じたそれと似ていた。

 無断外出は禁止されているから、見つかったらタダでは済まないだろう。それでも、あえてそのことは考えないようにして二人は街へと歩き出す。何たって今日はクリスマスイブなんだから、多少のオイタは許されるだろう。そんなことを考えながら。

 数々のイルミネーションに彩られた夕暮れの街は、幻想的な雰囲気に包まれていた。それこそ、スキップしたくなるような昂揚感に溢れている。二人は顔を見合わせた後、同時にかけ出した。持ち出し損ねた手袋の代わりに、お互いの手をしっかりと握り合いながら。


「あ~楽しかった!」

「僕は疲れたよ……いや、楽しかったけどさ」

 二人でいろんなお店を冷やかした。買えもしない高価なプレゼントをお互いに見繕ったり、手をつないだラブラブなカップルの間をわざと駆け抜ける、なんて悪戯をしたり。紘介がこんなに笑ったのは本当に久しぶりで、そのことをひかりに告げると彼女は照れたように頬を掻いていた。

「ね、ひかり。なんでクリスマスは前日にお祝いするの?」

「え? どうゆうこと?」

「だから、例えば誕生日ならその日だけを祝うじゃん。誕生日イブ、なんて聞いたことないし」

「……確かにそうね。うーん、きっと外国の人は欲張りだからプレゼントが二回もらえるようにしようとしたんじゃない?」

「なんだそりゃ」

 あはは、と声を合わせて笑う。ふと、『TOYボーイ』と書かれた看板に目がいった。二人が一番行きたくて、それでも意図的に避けていた場所。たとえ欲しいおもちゃがあっても、二人にそれを買ってくれる人はいないから。

 だけど、さっきまでは無人だった看板の下に今はサンタがいた。

「ひかり、見て見てサンタがいるよ!」

「ほんとだ……今まで休憩でもしてたのかな。それにしても、やけに猫背なサンタね」

「おじいさんなんだからしょうがないじゃん」

「いいえ、中はきっと中年のおっさんよ。イブにあんな格好で労働してるなんて、きっとリストラされて家を追い出された哀れな人に違いないわ」

「ひかりって、すごい現実的だね……」

 まあ彼女の育ち方を考えれば仕方ないのかなーなんて思いつつ、紘介はしぶるひかりの手を引きながら(中年)サンタのところに向かう。

 どうせただの呼び込みマスコットだろう、期待したらがっかりするだけだ。そう思っていた二人だったから、そのサンタがにっこりと笑いながらプレゼントを差し出してきた時は本気で驚いた。

「メリークリスマス」

「これ……」「わたしたちにくれるの?」

 青いリボンと赤いリボンが巻きついたプレゼントがそれぞれの手に渡される。二人の目がいっぱいに見開かれ、口から同時に言葉が溢れ出した。

「「ありがとう!!」」


 聖なる夜はこれからだと告げるように、赤く自己主張した夕日が沈んでいく。

 そんな中、人影も疎らになった公園のベンチに座る二人を温かな街灯の光が照らしていた。紘介の首にあったマフラーは今やひかりと紘介、二人の首を包んでいる。

 狭いベンチに身を寄せ合った二人は、期待と寒さに震える手でプレゼントの箱を開ける。

「これって……」

「すごい……」

 それはきっと、ありふれたもの。

 ごく普通の家庭で暮らす子供から見れば、おそらく見向きもしないようなもの。

 それでも、プレゼントを貰ったことのない少女と、貰えないと思っていた少年の心を動かすには十分だった。

「ねぇ、他の子たちの分も貰えたりしないかな?」

 紘介のその言葉にはっとするひかり。二人同時に立ち上がり、走り出す。

 息せき切って『TOYボーイ』の前に舞い戻って来た時、例のサンタは引き上げようとする寸前だった。

「はぁ、はぁ……あのっ、先程はありがとう、ございました」

 たまらず中腰になって手を膝につく紘介。ひかりはまだしゃべれる程に回復していないようだった。

「あぁ、さっきの小さなカップルさんか。どうした、そんなに急いで」

 紘介が事情を説明すると、サンタは「う~ん」と唸って店の中に姿を消した。店長に聞いてみるそうだ。ドキドキして待っていると、すぐにサンタは戻ってきた。

「ごめんなぁ、本人にしか渡せないって店長がうるさくてよ……君らがおもちゃ欲しさに嘘言ってるんじゃないかって」

「そんなっ! 僕たちは本当に――」

「すいません! おじさんは、明日もここにいますか!?」

 ひかりが紘介を押しのけてサンタに問いかける。その剣幕に若干戸惑いながらもサンタは答えてくれた。

「あ、あぁ。今日の残りを配るつもりだよ。……その施設にいる子供ってのは、君らの他にあと何人いるんだい?」

「五人です!」

 即答するひかり。その目は真剣だった。

「うっし、わかった。明日その子らを連れてこいや。プレゼントはおっちゃん……ごほん、ワシがしっかり確保しといてやるから」

 そう言って、またさっきと同じ笑顔を浮かべた。

 二人して二度目のお礼をした後、家に向かって歩き出す。心の中はかつてないほど暖かかった。

「あのサンタさん優しい人だったね」

「もしかしたら、本当のサンタさんだったのかもしれないわよ」

「あはは。まっさか~。でも今日がイブでよかった。明日は皆にプレゼントをあげられる」

「……確かに、そうよね。意味あったじゃん、イブ! きっと皆すっごく喜ぶわよ! 園長先生も事情を話せば分かってくれると思うから……」

 尻すぼみになっていくひかりの言葉を怪訝に思って紘介が問いかける。

「どうかした?」

「やばい、わたしったら何てことを……。あんまり楽しかったからつい時間を忘れて……」

 すでに日は完全に落ちている。

「大丈夫だよ、園長先生って優しい人なんでしょう?」

「コウ君は怒られたことないからそんなこと言えるのよ! 一人であの悪ガキどもをまとめてるような人なのよ!? 本気で怒らせたら……しかも無断外出は一番やっちゃいけないことなのに……」

「だったらどうして僕を連れ出したんだよ!」「日が暮れる前に戻れば何とか言い逃れ出来ると思ったのよ!」「もう暮れてんじゃん!」「うるさいなぁ、分かってるわよ!」

 大声で怒鳴り合いながらまたしても走り出す。お互い喧嘩口調なのにも関わらず、二人とも口元は笑っていた。

 途中で遅れ出したひかりの手を紘介が握る。一人で閉じこもっていた自分を外に連れ出してくれた彼女のように、力強く引っ張って。

 そうして帰るべき家に、我が家に辿り着く。

 お互いに目配せをし、深呼吸する。

 二人で玄関のドアを開けて、それと同時に大声で怒鳴った。

「「ごめんなさい!!」」





 家族を捨てた男と、家族を知らない少女と、家族を失った少年。

 男は知らない。この日、自分がしたささやかな行為が二人の子供に希望を与えたことを。

 少女は知っている。家族とは与えられるものではなく、創るものだということを。

 少年は知った。新しい家族の温もりを。


 一騒動治まった後の“ひかりの家”で。

 “TOYボーイ”備えつきのキッチンで。

 そして、世界中の家々で。今宵、同じ言葉が紡がれる。


「「「メリークリスマス!!!」」」




読了感謝!

本作は三題噺として執筆した作品です。

お題:『隅っこ』・『街灯』・『クリスマス』


この作品を書いたときは、苦手な三人称と会話文の挿入を意識していた気がします。

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― 新着の感想 ―
[一言] この作品も、なかなかいいですね。 ほっこりとしました。 ありがとうございます。
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