~証~
学級崩壊が始まり数ヶ月が経過した頃、1年2組は数々の騒動を起こしながらも安定期を迎えていた。
担任に対するいじめも徐々に穏やかになり、小さなちょっかいはもう日常茶飯事と化すようになった。勿論、平和なクラスから見たら異常なことかも知れない。何故なら、黒板消しとチョークが黒板に置かれていないし、床は本来あるべきの木のタイルは紙飛行機で隠れ、一面が紙と活字の白黒模様に染まっているのだから。
禁止されている菓子類を教室で堂々と食べている人はいるし、飲酒・タバコを疑われたり夜補導される生徒の多くは1年2組所属だったけれど、もはやそれは当たり前になりつつあった。
毎朝、放課前にある朝の会・帰りの会はいつも淡々としている。他のクラスは毎日書いているであろう目標は、チョークが無いため書かれておらず、読み上げる必要もない。
係活動の諸連絡はあろうがなかろうが、その日の日直が“なし”と言ったらないことになる。そのせいで2組だけ知らされていない連絡事項がいくつかありはした。
掃除当番は、いつの日か小澤先生だけが担当することになったらしく、いわゆる“お気に入り”と称される数人が毎日“手伝う”という名目上、行っていた。つまり俺も、相坂萌も、大和も含まれている。大和の場合、一切イジメに関与することもいい人ぶってお気に入りに混じることもなく、ただ本来の掃除当番で割当たっている日のみ掃除を行っていた。大和こそ自分の意思をはっきり持っており、その分クラスメイトも彼についてなにも悪口を言ったりすることはなかった。
最後に担任の先生から一言あるはずなのだが、日直はいつもそれを無視し、勝手に終わらせるのであった。
日直の書く日誌は毎回酷かった。1日の感想を書く欄は小澤先生の悪口ばか り。“担任替われ!”や“現実みて自粛しろ!”などというコメントは当たり前のように書かれる。よく、小澤先生も気力が保てたものだとつくづく思う。
担任ではなく、クラスメイトを対象としたいじめは変わりなく行われ、相坂萌以外にも気の弱い男子がターゲットとされるようになった。それでも中学生のするいじめには限りがあり、マンネリ化していたのもこの時期だった。
これが日常だったんだ。クラスメイトも皆この状況に慣れてしまったのかもしれない。誰もが“退屈だ”と言わんばかりに過ごしているようだった。
それが理由だったのか、これまで小さな騒動しか起こしてこなかったのに、1年2組は大きな事件を引き起こしてしまった。
原因は、いつもいじめられていた男子生徒Aにあった。毎日目に見えるあざをつくり、眼鏡をいくつも壊され、教科書には落書きされ、もう限界がきてしまったのだろうか、その日、彼は朝から何やらぶつぶつ呟いていたのを記憶している。“今日こそは復讐してやる”“思い知ればいいんだ”そんな内容が聞こえてきて、悪い予感しかしていなかった。
その日の昼休み、その予感は的中した。
いつものように男子数名が彼に近寄り、暴力を始めようとする。Aは待ち構えていたように彼らをみると、筆箱の中からカッターナイフをだし、その刃を剥き出しにして振り回し始めたのである。
その日の天気は雨で、ほとんどの生徒が教室に集まっていたため、辺りは騒然。生憎、担任の小澤先生はその時不在で、生徒のみがいる教室で悲鳴をあげたりパニック状態を起こしていた。
彼自身ヒステリックになっており、いつクラスメイトに刃が当たるかわからなかった。
大和は他学級にいる先生を呼んでくるといって教室を出て、Aをいじめていた男子生徒数名もその開いたドアから逃げ出そうとした。それを追いかける男子生徒A。その時の俺は馬鹿だった。自分の身の危険をよそに彼に近寄って止めに入ったのだ。このままではあの数人は怪我を負ってしまうと思ったし、背丈や体格も彼より優れていたからからか、大丈夫だと思ってしまったのだろう。でも甘かった。
「なんだよ、駿!お前もやろってのか!?やろってのか!?」
カッターナイフの刃が俺に向かってくる。その手首を掴みながら俺は抵抗した。
「いいから、カッター離せって!な?それだけはまずいから」
「駿危ないって!」
「駿離れな!?」
そんな声も飛びかかった。でも彼が刃物を離すまではこのまま動きたくないと、断固して思っていた。大和が先生を連れてきたら、それで終わる。その時はそう思っていたのだ。
尚もカッターナイフは俺に目がけて振りかざされる。不意に手首が離れてしまった。そのまま降り落ちてくる彼の持つカッターナイフの柄を俺は反射的に弾いた。
でもそれはものすごい速度である一点に飛んでいった。
萌の席だった。
「萌、逃げろ!」
そう叫んだのも遅く、カッターナイフの刃は彼女の顔面を切り裂き、床に落ちた。
さっきまで騒ぎ立てられた教室が一気に静まり返った。顔面を押さえる相坂萌に俺は青褪めた。大和と隣のクラスの担任がやってくるとAはわなわなと震え、“うわあぁぁぁぁあ!”と叫声をあげると、窓の方へ駆け出し、飛び降りた。運よく1年生の学級はすべて一階にあったため、彼は大事には至らず、でも腕と腿を強打し動けなくなっているところを先生方に捕まえられた。
ほっとする間もなく俺は相坂萌に振り返った。
女子たちが彼女を囲んでいる。どうやら当たったのは額だったらしく、そこを押さえつける手は真っ赤な血に塗れ、机には血と共に一緒に切れた前髪が数束落ちていた。
俺は言葉を失った。
駆け付けた先生とともに保健室へ向かうその姿を何も言わず見つめることしかできなかった。
あとから知ったが、そのカッターナイフは新品で、かなり鋭利だった。先端が異様に折れているのを目にし、俺は萌に刺さった瞬間折れたのだと察した。その折れた破片は机の上に真っ赤な色に変えて置いてあった。こんな刃で切り裂かれたのだから、彼女の怪我は相当深手だと思った。
その日は昼休みはおろか、5時間目の授業がまるまるつぶれた。先生方はバタバタと忙しなく教室と職員室と保健室を行き来していた。この騒動で、萌と生徒A2人が負傷したのだ。大参事だった。いつの間にか救急車の停まる音が聞こえ始めた。クラスメイトが窓から2人が運ばれる様子を見ている中、俺はただ自分の席で自分の行いを悔やんでいた。
「俺があのとき、カッターを弾かなければ・・・・あいつに近付いていなければ・・・・」
「気に病むな。お前のせいじゃない」
大和がそう俺を励ましてくれたが、その時の俺の顔は途轍もなく淀んでいたと、あとで彼に聞いた。頭の中が黒く染まりそうな気分だった。救急車のサイレンは“お前のせいだ”と俺を責めたてるように聞こえた。
翌日の昼間、相坂萌が学校に登校してきた。
クラス中が萌に注目する。俺はまたも言葉を失いかけた。
小顔で白い顔に大きなガーゼが左側の額から目元にかけて貼ってあった。眼鏡をしなくなったため、余計に目立っていた。
彼女が自分の席に座ると、腕に包帯を巻いたAが恐る恐る近付いて、相坂萌に謝っていた。彼女は清々しい笑顔で対応していた。“気にしないで”そう言っているのが口を見てわかった。
不意に俺の目と相坂萌の目が合った。え?と一瞬疑問に思ったが、彼女の視線の先には俺の手があった。俺の席にわざわざきてくれた。
「駿君!手、大丈夫だった・・・?」
手?と俺は自分の手を見た。別になんも変わらなかった。
「大丈夫だけど・・・なんで?」
萌はほっとしたように微笑みを見せた。
「だって、カッター弾いた時に怪我しちゃったんじゃないかと思って。保健室にいなかったから心配してたんだ・・・」
相坂萌の心の広さに感激した。一番大けがをしていたのは紛れもなく彼女だった。それなのに、もはや怪我さえ負っていない俺のことまでも心配してくれた。一体この子はどうしてここまで優しいのだろうと、呆れてしまうほどだった。
「俺なんて全然・・・寧ろ俺が萌に怪我を負わせたようなもんじゃん。ごめん、本当に」
相坂萌は首を横に振った。それは本心だとすぐにわかった。
「駿君のせいなんかじゃない!あれは・・・偶然が重なっただけだよ。私はそう思う。だから駿君が気にすることなんてなんにもないよ」
以前合唱部員から聞いた台詞のように、強い意志がそこにあった。そして相坂萌はカラッと表情を変え、自分の前髪を触り始めた。
「それより見て。あのままじゃ前髪ボコボコだったから、右側も切ったんだよ。左はガーゼに隠れてるからいいけど、右がオンザになっちゃった(笑)」
冗談ぽくいう仕草に拍子抜けした。思わずプッと笑った。
「気にするほど変じゃないよ。それよりも怪我が心配だな。大丈夫か?」
「んー・・・先生はわりと深いとかって言ってたなぁ・・・。刃の破片が傷に残ってたみたいで取るの大変だったって。あ、でも止血してあるし、痛くないんだよ!?ただ、跡が残るかもね~って話してて」
「・・・・そんなことになったら、俺が萌の一生を背負う」
軽く話していた萌だったが、俺は本気の声のトーンで言った。今考えたら、結婚宣言みたいなものだったが、この時の俺にそういう気持ちはなく、ただ助けたいという一心で言っていた。
萌は俺の話し方に何かを悟ったかのようにきゅっと唇をかんだ。
「ありがとう。でも、そんな律儀に考えてくれなくても大丈夫だよ。決めたんだ。跡が残っても、それを思い出の象徴にすればいいって」
「明るいな、お前」
困ったように笑い掛けると、相坂萌もはにかむように笑った。輝かしい笑顔だった。
1年2組は他学年にも、先生方にも注目されるようになった。危険な学級だから近寄らない方がいいとまで言われたこともある。しかし、その事件が起きてからというもの、1年2組の悪い噂はさっぱり消えた。誰も目立った悪事をしなくなったからだ。
でも俺はこのとき知らなかった。それはその場しのぎの手であって、いじめはその後も続くということを。
確かにAにはいじめをしなくなった。けれどいじめをする男子生徒たちにとって、ターゲットとする相手はいくらでもいたんだ。“お気に入り”と称される生徒なら、誰だって理由をつけていじめることはできた。実質、カッターナイフの騒動が治まってからも、いじめは続いていた。
女子の噂はあまり耳にしなかった。相坂萌が額に傷をつくってから、彼女に対するいじめもなくなったように思われた。女子は男子ほど目立った行為を嫌うし、落ち着いてきたのだろうと思った。しかし、萌の様子が変わり始めた。こそこそなにかを隠しているような仕草が見受けられるようになったのだ。それが数日続き、俺はずっと妙に思っていた。
ある日、俺は体育で足をすりむき、授業中に保健室に行くことがあった。
保健室には俺以外にも来ている生徒が1人いて、ベッドに横たわっている様子だった。靴の色から判断して1年生で、養護の先生に誰か聞いてみると、“相坂萌”という名前が挙がった。うちの中学の体育は男女別の場所で行われていて、女子で体育を休んでいる人について全く知らなかったのだが、相坂萌と知って俺は尚驚いた。
養護の先生が電話があると保健室を離れた間、俺は恐る恐るベッドのカーテンに近寄り、声を掛けてみた。返事をする彼女の声は元気そうで、安堵の息を吐いた。
「どうしたの。具合悪いの?」
そう言ってカーテンを開けると、そこには短パンと上のジャージを羽織った姿の相坂萌が座っていた。肩にかけられただけのジャージからのぞくピンク色のタンクトップに、俺は慌てて目を背けた。
「ご、ごめん」
「え、いいよ。あー・・・でも今ジャージ着るね」
そう言ってファスナーを閉めている間、俺は不思議に思った。どうして上のジャージを羽織っているのに、指定の白いTシャツを着ていないのかと。また、彼女の目には薄く涙の跡がついていた気がした。
「もういいよ、駿君。・・・ちょっと貧血でね。フラフラするから休んだんだ」
「そっか。もう大丈夫なの」
「うん。だいぶ落ち着いた」
「額の怪我は痛まない?」
「うん、大丈夫。駿君は怪我?」
「そー。サッカーで転んだ(笑)」
相坂萌は“もー”と心配するように笑っていた。ふと彼女の手元を見ると、手首に異様に赤い線がちらちらと覗いていた。いつもは制服で隠れている位置だ。俺はそれが何かすぐにわかった。思わず彼女の手首を取る。
「なしたの、これ」
はっと青褪める萌。ずっとこそこそ隠していたのはこれか、と俺は溜息を吐いた。手首を軽くさする。
「痛いの」
「痛いよ」
「辛い?」
「・・・」
「萌」
「離してよ、駿君。関係ないから」
「関係ないわけないじゃん!」
俺は思わず強張った声になってしまった。
「そんな、ここまで思い詰めてるんだったら・・・俺に言ってくれよ・・・!」
相坂萌は目を見張っていた。目が再び潤んでいた。
「ここまで、親身になってくれたの、駿君が初めて。どうして、そんなに優しくしてくれるの?」
「どうしてって・・・・どうしてかな」
本当にわからなかった。いじめられて、可哀想だから。そんなことじゃなかったのは確かだ。でもそれを上手く言葉にできなかった。
萌は俯いて、静かにもう片方の手で俺の手を離した。
「そろそろ時間かな、着替えないと」
確かに授業が終わるまであと2、3分だった。俺も着替えは更衣室にあったため、体育館に戻らなければならなかった。
「そうだね。俺も戻るかな」
カーテンを閉めるとき、俺はチラッと目にしてしまった。ジャージ入れに入れてあった指定Tシャツが泥に染まっていた。その日は晴れていて、泥水もなく、転んでそうなったわけではなく、人為的にされたものだとすぐにわかった。だから、相坂萌はそれを着れず、体育にも出られず、泣いて・・・。それはこの日だけじゃなくてその前から続いていて、リストカット・・・。全てが繋がった気がした。
体育館の更衣室に戻る間もずっとそのことを考えていた。まだ、萌に対するいじめは終わっていなかった。彼女は思いつめていた。
丁度女子も外から帰ってきたところで、すれ違った。
「げ!駿怪我かい!」
「まぁねー」
「おつー。誰かいた?保健室」
「あぁ・・・相坂がいた」
すると女子たちの顔が一変した。
「あー・・・そ。うん。早く戻りなよ、駿。チャイム鳴ったよ」
「うん」
恐らく、相坂萌のシャツを汚した奴らだったのだろう。よく、そんな素っ気ない態度とれるな、と思った。俺は、相坂萌のことがとてもとても気になった。
翌日も、彼女のことでもやもやが消えず、話し掛けることにした。
「萌・・・最近は、大丈夫か」
「大丈夫って、なにが?」
あまりにもサラッとした対応で、逆にこちらが困ってしまった。
「何かあれば、俺に言えって、言ったじゃん?話ぐらいは聞くからさ」
萌はキョロキョロと辺りを見渡す動作をして、それから微笑んだ。
「なにもないよ。大丈夫。ありがとう」
本当にそれならいいな、と思い俺は席から離れた。
もしあったとしても話してくれないのは、恐らくまだ俺のことを信用してないからかもしれないと思い、俺はちょくちょく萌と話すよう心掛けていた。
しかし、それを続けるたび、萌の反応が疎遠になってきた。逆効果だったのか?そんな不安を抱きつつ、その日もいつものように昼休み、萌の席に行って話し掛けようとした。
「よ、萌」
気のせいか、相坂萌の体が強張った。
「傷、治ってきた?」
「う、うん・・・」
今日もまたよそよそしいな、と思いながら、しゃがみこむ。
「このまま跡がなくなるように治ってくれればいいのにね」
「ねぇ、駿君」
「ん?」
いきなり話題をふってきたかと思うと、申し訳なさそうな顔がそこにあった。
「これ以上、私に優しくしないで・・・?」
不愉快だった。何故相坂萌がそんなことをいうのかわからなかったが、自分では駄目なんだと言われているような気がした。何故だ?何か悪いことをしただろうか?でもそういう表情ではない。何が駄目なんだ?ずっと考え込んでいた。
少し間が開き、俺は口を開いた。
「何言ってるの?クラスメイトだよ。仲良くしたいじゃん」
すると彼女の握った拳が震えた。顔を見ると、困っているような、恐縮するような、それでいて怒っているような複雑な表情をしていた。
「駿君がそうやって優し過ぎるから・・・!」
「・・・なんだよ」
眉根を寄せて訊き返すと、相坂萌は教室を出て行った。
その時はなにがなんだかわからなかった。大和の所へ戻って事情を説明すると、大和は苦笑していた。
「仕方ねえよ。最近駿しつこすぎ」
「そうだった?皆と同じように話そうとしてるだけなんだけど」
「そうやってされることが、相坂にとって迷惑なんだよ」
「どういうこと」
大和は何かを隠しているように目を逸らした。
「大和、何か知ってんの」
放課後、俺は大和にある場所に案内してもらった。それは、普段空き教室となっている特別活動室だった。あまり生徒や先生が寄りつかない場所だ。
扉を覗くと、女子が数名かたまっていた。そしてその中心には相坂萌がいた。いつしか中庭で見た風景とそっくりだった。またいじめでもしているのか?思わず体が動いてしまったが、大和がそれを止めた。
「やめとけ。じっとみてる約束だろ」
そうだった。ここへ来る前に、何を見ても動こうとしない約束でここへ案内してもらったんだ。俺は唇を噛みながら、頷いた。
何やら会話も聞こえる。
「ようやく自覚してきたんだね」
「言ったもんね私、駿に親しくしてもらってるからって、いい気になるなって」
驚愕の余り、目を見開いた。
「駿はたぶんうちらがあんたをいじめ続けてるのに気づいてたよ。駿が保健室へ行った帰り話してわかったし」
「どうせあんたが告げ口したんでしょ?こんな傷大袈裟に取り繕ってさ」
そう言って、女子は相坂萌の額のガーゼを思い切り引き剥がした。生々しい深い傷が露にされた。まだ全く完治していない真っ赤な傷であった。その傷を彼女たちは手で強く押したのだった。せっかく止血されたというのに、傷はまた開いて流血していた。
「いつもやってる」
大和は冷静にそう言った。大和はどれだけの期間この状況を見続けたのだろう。複雑な気分だった。
再び女子が話し始めた。
「ま、最近やっと相坂のほうから離れようとしてくれてよかったよかった。」
「ね。駿は優しいからさ、その性格に付け込んで調子に乗り始めたら大変だもん」
「今度、駿と話そうとしたら・・・こんなんじゃ済まないよ」
俺は見るに耐えず、玄関に向かって駆け出した。大和もついてきてくれた。
「・・・大和はいつから知ってたの」
「駿が足怪我して保健室行った日の放課後から。ほんとは見る気なかったんだよ。部活行く前に忘れ物してそれを取りにいったらあの教室でやってたわけ。あぁ・・・また女子がなんかやってんなって思ってたら駿のワードが出てきてさ。びっくりして、気になっちまって、毎回来るようになっちまってさ・・・。黙ってて悪かったよ。でも言えなかったんだよ。駿が健気で、いい奴だから」
「いいよ。でも・・・」
玄関の隅に、俺はしゃがみ込んだ。
「俺の行為が、逆に萌を苦しめてたんだと思うと、めっちゃ申し訳ねー・・・・・」
「こんなときに言うのもあれなんだけどさ、駿・・・相坂のこと好きなんだろ」
頭が真っ白になった。思わず大和を見ると、確信している顔をしていた。
「なんでそうなるんだよ」
「や、外してたら悪り。でもさ、駿が相坂になにかしようと思うのは、好きだからかなって思ってさ。さっきだって、相坂がいじめられているところを見たら我慢できなかったじゃんか」
「あれはクラスメイトなら誰だって・・・」
いや、まて。と、自分に言い聞かせてみた。いつもいつも俺は彼女とコミュニケーションを取る理由に“クラスメイトだから”という条件を付けくわえてきた。
しかしどうだろう。ただのクラスメイトにあそこまで思うことはできただろうか?
相坂萌は凄かった。いじめにも負けず、友達のことを想い、自分の意思を強く持った、心の広い子だった。その部分にいつしか心を惹かれたのではないだろうか?だから萌と話していたかったし、力になりたかった、そういうことなのかもしれない。
俺は心の中で納得した。
「いや・・・うん・・・やっぱそうなのかもな」
俺は顔を上げて、真っ直ぐ大和の顔を見た。
「俺、萌が好きだ」
大和は微笑んでくれた。
「そっかそっか。そうだろうなってずっと思ってた」
まるで兄の様に髪をくしゃくしゃと掻きまわす大和に、俺は満面な笑みを浮かべた。
「部活あるんだろ。行けって」
「そうなんだよ~遅れたらまずいんだよ~」
そう言いながら大和は舌をだし、急いで野球小屋へ駆けていった。
俺も初めて知った自分の気持ちを静めるように、足早に学校を出た。そして、どうにかして相坂萌を助ける案はないかと策を練っていた。その翌日からの2日間は休日だった。まだ間に合う、と俺はいつもより早く足を進めた。
その日の夜7時ごろ、俺は大和に電話をかけていた。
「あ、大和。萌の住所、教えてくれないか・・・?」