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『約束の糸』  作者: wokagura
§ 約束 §
2/26

~はじまり~

 これは駿河逞真の記憶をさかのぼる。

 彼の人生を変える切っ掛けとなる中学時代。

 一体どのような出来事があって現在にいたるのか・・・・。

 “相坂萌”とは?“約束”の正体とは?

 衝撃の過去が徐々に解き明かされる______


 


               §         §


 俺と相坂萌は中学一年生のときのクラスメイトだった。


 我北中学校は、二つの小学校からの卒業生が集い構成される。俺は北小学校から、そして萌は隣町の北斗小学校からの出身である。


 萌は持ち前の美貌と性格の良さで当初男子の注目の的にされており、半分初対面のクラスの中、一人かなり目立っていたのを記憶している。当時の俺は正直、彼女を普通の女子としか思えなかったというか、他の男子に圧倒され、あまり関わりが持てずにいた。それ故か、彼女は俺のどこか遠い存在とありつつあった。


 遠江大和(とおとうみ やまと)という大いに立派な名前のついた男子と親しくなった俺は、元野球少年で野球部に所属した彼とよく部活の話題で盛り上がった。結構押強く熱血な大和はよく俺に部活に入るよう勧めてきた。


「なあ駿(スル)、なんで部活入んねんだよ。絶対面白いって。お前中学の青春の半分以上損してんぞ」

「そんなこと言われても、やりたい部活がないんだよね」

「見学は行ってみたのかよ?」

「うん、大抵の部活は見てみたよ。でも今のとこしっくりこなくてさあ」

「風変わりなやつ。ま、そこが面白いし、勉強教えてくれるからありがてーけどな!」

「ははっ」


 当時から頭を使うことが好きだったからか、俺は帰宅部でスポーツよりも勉強のほうに精を注ぎ込むようにしていた。そのせいで身長はまだしも体格はクラスの男子より一回りほど小さく、顔も童顔だった為、少々女子のような見た目であった。


 一学期の中旬ぐらいであっただろうか、放課後玄関に向かおうと廊下を歩いていた時、中庭で一年二組の女子数名が誰かを取り囲んでいるのを目撃した。その輪の中心にいたのが、相坂萌だった。


 彼女らはなにやら楽しく盛り上がっているように見えた。皆笑っていたし、きゃっきゃ騒いでいるのが壁越しで伝わっていたから。ただ、違和感があったのは、相坂萌だけが俯きしゃがみ込んでいたことだ。


 かけている眼鏡と髪の毛で顔がよく見えず、目を凝らして、彼女をじっと見ようとした途端、女子たちが続々と中庭から戻ってきたため俺は慌てて視線を逸らした。“やっほ、駿”“ばいばーい”などと笑顔で俺に声を掛けて去っていくその脇で、相坂萌の表情が窺われた。その目からはうっすら涙が零れていた。


〈えっ・・・___?〉


 思わず一瞬動揺してしまった。明らかに他の女子たちとは様子が違う。


「ほら、萌も早く行こーっ!」

「・・・・・うん」


 背後からしたその小さく怯えたような声は、しばらくの間俺の耳に焼きついた。


「それ、イジメじゃね」


 翌日、大和に例の状況を説明するとそう答えられた。


「イジメ?でも女子たち、怒ってる感じじゃなくて、楽しそうに笑ってたけどな」

「相坂をいじめることを楽しんでるんだって。その女軍団、ほぼ斗小(としょう)だったと思うんだけど。あいつ、若干一人男子に人気だろ。なに調子乗ってんだよって嫉妬してんじゃねえの?」

「・・・・まじで」


 俺はその言葉に呆然とした。初めてだった、女子がこんなに恐ろしいものなんだと思ったのは。小学時代は男女ともに仲が良く、そんな陰湿なイジメなんてものは見たことがなかったのだ。


「まあ、わかんねーけどさ。でもぶっちゃけ、小学でもこんなことあったから、今回も多分そうなんだと思う。相坂自身は他の女子より少し気が小さいしさ、言い返せないんだ、きっと」

「そうなの?」

「北斗小、割と人数の多い学校だったしさ、色んなやつがいるんだよ」


 このとき北斗小のやつらが、自分たちとかけ離れた別世界の連中だと思ってしまった。


「どんなことが、あったの」

「そうだなあ、いろいろあったけど、例えば・・・・集合写真とか撮ったりするじゃん。その時みんなで変顔しようぜーつて、男女関係なく一斉に凄まじい顔して撮ったんだけど、相坂だけ、めっちゃ可愛く写っちまったんだよ。なんつぅの、目閉じて口尖がらせただけみたいな?顔整ってるから尚更な。相坂はわざとじゃないんだろうけど、女子にはぶりっ子だって思われて。それから相坂との距離は置くし、陰口は言うし、そのせいで俺らは相坂とまともに会話できないわで恐かったわ・・・」

「なんで?相坂さんは何も悪いことしてないんでしょ。酷くない?」

「女の嫉妬って、こんなんだぜ、駿。お前も気をつけな」


 そうやって肩をポンと叩かれても、とても腑に落ちなかった。相坂萌がなんだか可哀想に感じた。


 一学期の末、また彼女が女子たちに悪口を言われていた。朝、俺が教室に入った時だったと思う。確か今度は、北小出身の女子も混ざっていた気がする。


 俺が席に座った矢先に女子たちは俺の席に寄ってきて、相坂萌を俺の真向かいに立たせた。


「ほら、謝りなよ、一番被害を受けた駿に」


 身に覚えのないことで顔を顰めると、北小で仲の良かった女子に


「気遣わなくていいんだよ。あの順番は完璧だったんだもん」


 と言われた。その瞬間、話の内容がよめた。


 この日の前日、全校体育大会があった。その中の種目の醍醐味であるクラス対抗全員リレーの二組の走る順番は俺が決めた。全員の百メートル走のタイムと他のクラスの走るメンバーを木目細かくチェックし、練習しては構成を変え、最終的にどこにも負けない我ながら見事な順番を作った。総練習でも群を抜いて一位になるくらいの余裕があり、これはいけるだろうと思った。

 

 しかし、当日の二組の結果は全三クラス中ビリ。何があったかというと、途中、バトンが途切れてしまったのだ。その時の次の走者が相坂萌。バトンを受け取り走り始めた瞬間、内側のレールに足を引っ掛け、転倒してしまった。二組は大ブーイング。他クラスは大層盛り上がり始めるものだから体よりも精神的にショックを受けたのかもしれない、後ろから来た一組の走者に抜かされても尚、立ち上がることはできなかった。やっと三組が追い付いてきた頃に走り始めたが、敢え無く抜かされ、その後、二度と他クラスを抜かすことはできなかった。


 一組のクラスメイトの盛り上がる声が耳を掠めた。それを体験するのは本当は二組のはずだった、と二組のメンバーはがっかりしていた。


 このハプニングの最大の責任者は誰だ?相坂萌。誰もが即答。俺は、その後盛り返すことができなかったことも原因だと思うし、彼女だけを責める必要はないと思っていた。けれど皆の意識は違っていた。俺に謝ろうとする彼女に対し、誰も反対していなかったのだ。


「謝れよ、早く!」


 とうとう口調が命令形になったとき、相坂萌の口が動いた。


「ごめんなさい・・・・」

「声ちっさ!全然お詫びになってなくない?」

「ね。土下座したほうがいいんじゃない?」


 クスクスと笑い始める女子。これ以上ヒートアップしない為にも、遮るように俺は首を振った。


「順番決めたのは俺だけど、被害受けたわけじゃないし。それに、一人だけの責任にはなんないと思う。だから、謝んなって」


 その時チャイムが鳴り、SHR(ショートホームルーム)の時間になった。女子たちは物言いたげだったけれど、静かに自分の席に戻った。

 

 放課後まで、俺のもやもやした気持ちは消えなかった。直接女子たちや相坂萌にきちんと気持ちを伝えておきたいと思い、彼女らを探した。見つけたのは、またも中庭でだった。以前のあの風景が広がった。このときは、雑巾の入ったバケツと黒板消しが置いてあった。思えば、時間帯が掃除中だったかもしれない。何をするつもりなのか・・・壁に這うように立ち、聞き耳を立てると、女子たちの声が聞こえた。


「駿はああ言ってたけどさ、許されたとでも思ってる?」

「駿は優しいからあんたのこと気遣ってかばってくれてたけど、他の人は違うからね」

「二組のクラス仲、相坂のせいでぶち壊しなんですけど」

「取り返しのつかないことしちゃったねぇー・・・・」


 すると黒板消しを相坂萌の上にかざし、叩き始めた。粉塗れになった彼女を嘲笑い、次はバケツ。


「汚いからキレイにしてあげる。風邪ひいてもしらないけど。あ、この季節ならヘーキかっ」


 その中には雑巾で拭きとられた埃やゴミ屑なども含まれていた。流石にそれを浴びるのはまずいと思い、衝動に駆られた俺は女子の群れに駆け込んだ。でも、その時にはもう水は空中を舞っており、俺の全身に一気に叩き付けられた。この時の水のぬるさがどれだけ不快だったか、今でも忘れられない。

 

 中庭は唖然とした女子たちで空気が鎮まった。

 

 天然パーマでカールした前髪を邪魔気に払い除け、睨んだ瞳を女子たちに向けると、わざとらしく”うっわ!駿ごめんね!?””大丈夫!?”などと誤ってきた。先程の状況を見られてなおよくそんなことを言えるな、と呆れているうちに、女子たちはそそくさと中庭を去った。

 

 中庭には俺と相坂萌の二人きりしかいなくなった。重くなったブレザーを脱ぎ振り返ると、先程の黒板消しの粉と少々水を浴びてしまった彼女が膝を抱えていた。少し震えていただろうか。水の反動で眼鏡は床に落ちてヒビが入っていた。このまま無言でいるわけにもいかなかった為、俺は屈みこみ、相坂萌の顔を覗いた。


「あーあ、水、かかっちゃったね。埃はついてないようだけど・・・・大丈夫?」

「・・・なさい」

「え?」

「ごめんなさい、ごめんなさい・・・!制服もこんなに濡らしちゃって・・・本当にごめんなさい!!」


 柔らかなハンカチが俺の頬に触れた。柔軟剤のいい香りが広がった。気がつけば相坂萌が俺のすぐ目の前にいた。ああ・・・なるほど、そう俺は納得していた。男子たちが騒ぎ立てる理由がよくわかった。近距離で彼女の素顔をしっかりと見たのはこれが初めてだったかもしれない。濡れた白い肌に覗くくっきりとした二重の目、その左下には泣きぼくろ、潤ったピンク色の唇は震えていた。


「俺はいいから、自分の顔拭きな」


 彼女は躊躇いがちに頷いて、自分の顔を拭った。その髪につく白や黄色やピンクの汚れが気になり、俺はYシャツの袖で軽くはたいた。妹にするよりも優しく心掛け、でも少し照れてしまったのか、少し無愛想に手を動かしていた。


「酷いことするね」

「ううん。私が悪いんだ。あの時すぐに立てずにいたから。転んでもすぐに立ち上がれたら間に合ったかもしれないし、最悪でも二位にはなれたのにさ・・・・・ごめんね?」


 この子は本当は臆病者なんかじゃないと思った。きちんと相手の目を見て話していたから。


「そのことなんだけど、今朝も言った通り一人だけの責任にはならないと思う。みんなが諦めずにもう少し速く走っていたら、盛り返したかもしれないし。それに、これだけのことでクラス仲が悪くなるなら、それだけこのクラスがちっぽけなんだってことだよ。こんなことでバラバラになったりはしないよ。だから、気にすんなって」


 俺は精一杯の笑顔を投げかけた。それが通じたか、相坂萌もできる限り微笑んでくれた。


「ありがとう・・・」


 とても可愛らしい笑顔だった。

 

 眼鏡を拾ってやると、ヒビの入ったそれを見て、相坂萌は困ったように溜息を吐いた。


「相坂・・・さんってさ、そんなに目悪いの?」

「へっ?」

「視力どれくらい」

「0.5・・・とか」

「じゃ、ぜんぜん見えてないわけじゃないんだね」

「うん・・・・」

「眼鏡、外した方がいいと思うよ」


 この時の俺はなんて恥ずかしいことを言っていたんだろうか。ノリもあったが、本心なのは確かだったかもしれない。でも流石に自粛しておいた。


「えっ、どういうこと?」

「あっ・・・いや、ごめん。気にしないで」


 立ち上がろうとした時、ふと名前を呼ばれた。


「待って駿河君、まだ髪とか濡れてるし、そんなずぶ濡れで帰らせるの悪いよ」

「平気だって。チャリ乗ってればすぐ乾くし。・・・・それとさ、その“駿河君”ってやめない?みんな駿って呼んでるから、それでいいよ」


 相坂萌は完全に戸惑っていた。当時の彼女のイメージは相手を呼び捨てにしない感じだったし、まあ無理もないか、と思っていた。これから徐々にコミュニケーションとっていってその内呼び捨てになってくれればいいかなと思っていると、予想外の答えが返ってきた。


「じゃあ、駿君でもいい?」

「おー駿君か、新しい!いいよ、そう呼んで」


 思わず笑ってしまった。幼稚園、小学校ともに駿で通っていたし、家では(タク)と呼ばれているためそれ以外の名前は新鮮で、正直嬉しかった。


「うん。駿君、ありがとね」

「いいって。・・・これから部活?」

「ううん。私ピアノ習っててそれが忙しくてできないんだ。だから帰る」

「へぇ、同じ帰宅部ってわけか。がんばれよ、ピアノ」

「ありがとう」

「じゃあな、萌」


 名前で呼んでやると、彼女もまた、嬉しそうに笑って手を振った。









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