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『約束の糸』  作者: wokagura
§prologue§
1/26

~すべてものキオク~

 処女作『約束』の改訂版ですが、大きく内容や設定を変えているので、初めて読まれる方にもおすすめします。

 更新は途轍もなく不定期なのでご了承くださいm(_ _)m

    

             §             §


 やわらかくあたたかな日差し。

 さわやかな風が頬をかすめる教室に、チョークの音が響き渡った。

 静寂な空間で生徒はノートに向かい黒板の文字を写したり、机に突っ伏して考え込んだりしている。

 方程式が黒板に書かさると、変わって少し低めな男の声がする。

「はい、この連立方程式の解き方ですが____」

 そう説明していく中学2年数学担当教師は、まだ30にも満たない若者だが、その凛冽とした表情や立ち姿からはあまり考えられない。

 それよりか、教育者としてはあまりそぐわない冷徹な瞳が目立ち、一層彼の威圧感を増幅させていた。

 生徒たちも彼の授業となると私語を慎まざるをえれなくなるのも無理はない。授業に不適切なことをしたとき、何が襲ってくるのか、どんな感覚を味わうのか、それは彼らにとって言うまでもないのだ。

「では、次回の授業ではこの解き方を応用させた問題をします。号令」

 そう彼が発した瞬間、授業終了のチャイムが鳴った。

「起立、礼。ありがとうございました」

「ありがとうございました!」

 生徒の挨拶に軽く頭を下げ、先生は教卓の上を整理し始めた。それを合図に教室はにぎやかになる。

 ふと、

「高藤」

 と教壇から呼ばれ、その女子生徒は前の方へ寄る。

「はい、どうぞ」

 それだけ言われて返されたのは自主学習ノートだった。高藤彩乃が昨日彼に提出したものだ。

 彩乃は受け取ったあと、席に戻りながら恐る恐るノートの中身を見返した。最後に書いたページを見て彼女は驚きの余り跳ね上がるようにして他の女子のもとへと行く。

「きゃー!あった、あったよぉ~」

 女子たちは怪訝そうに彼女を見て“どうしたの?”と訊いた。

「あのね、ノートの最後に疑問点書いておいたの。そしたらね、ちゃんと解説書いてあったの!わかりやすいし。凄くない!?感動なんだけど!!」

 1年生の頃から彼のクラスだった子は不思議そうに彩乃を見て

「そんなの、フツーじゃない?」

 と笑った。それでも彩乃はブンブン首を振って必死に意見する。

「私、2年のクラス替えで初めて駿河先生のクラスになったじゃん。それまで数学の担当も違ってたからあんま関わりなくて。だからかわかんないけど、近付きがたいって思ってたんだよね・・・。もう7月になるのにあの先生だけは馴染めなくてさぁ。でも今回のコレで少し親近感持てた!」

 それだけのことでか、単純だ、と女子たちが爆笑する。その中で、1人口を開いた。

「でも、わかる気がするなぁ。細いし割と背が高めだし端正な顔してるんだけど、目が怖いんだよね!」

 そうそう、と違う女子も乗ってくる。

「あれは生徒を見る目じゃないね!中身は冷酷な鬼の様なんだよぉ・・・きっと」

 また笑いがうまれる。途中で本人に聞こえていやしないかキョロキョロしたが、彼は既に教室を去っており女子たちは安心して話題に戻った。

 

 話題になっていた駿河逞真(するがたくま)という男は職員室の信頼が厚い。

何故なら彼は程よく生徒を取り締まり、指導している。授業のわかりやすさ正確さの評価も高く、仕事も早い上、冷静沈着な態度でいるという、いわゆる完璧な教員なのだ。

 ただ欠けていることとすれば、生徒からの印象の悪さと冷たすぎることだろう。それらのことについては若干逞真自身も自覚はしているが、決して直そうとはしない。むしろ、このままでいいと自ら自分を納得させていた。

 そのミステリアスなイメージの彼について過去になにがあったのかなど、誰も知る由もない。教訓として自分の失敗談を語るような教師は結構いるが、この男はそのようなことは一切語ろうとはしない。まるで、知られたくないかのように。

 駿河逞真はただ教え、ただ指導しているだけのある種サイコパスであった。


 放課後の部活でにぎやかな体育館の中で再び少し低めな声が響く。

「相手がここを狙って弾いてくるだろうという部分の隙を衝いてパスをしろ。最も、全身の力を抜き手首の柔軟さを利用すれば、素早いボールを打てる」

「ハイ!!」

 それは女子バスケットボール部のコート内でのことだった。逞真は顧問として女子部員に指導していく。

 彼は頭の回転が速く、ゲームを計算し頭脳派のバスケチームをつくっている。実際、この中学校の女子バスケットボール部は全国にのぼりつめるまでの名門だ。

 逞真自身、バスケットボールでそこそこ上位の成績を残した経験があり、知識も豊富にあるため、部員は彼を尊敬し活動している。

 部活終了後、部員が片付けや着替えをしている中、逞真は部活用のノートに今日の活動の記録をしていた。

 その時、着替え終えた2年の部員たちが彼のもとに集まってきた。

「先生、お疲れ様です!今日の動き、よくありませんでしたっ!?」

 無邪気に尋ねる彼女に逞真はノートに目を向けたまま応答した。

「ああ。以前よりはマシになったがまだ素早いボールの動きについていけていない。そこを直せばいいディフェンダーになるだろう」

「そうですか!やった☆」

 隣にいた女子が苦笑しながらその子の肩を叩いた。

「よかったね。地味に褒められたじゃん」

「地味にね・・・。監督は遠回しだからー。でも、長い付き合いなんですぐ解釈できますよっ♪」

「それはどうも」

 超熱血な発言とは対照的なさらっとした物言いに反応して他の部員が逞真に質問する。

「女子に対してこの冷ややかな対応。慣れてる感じですよねー・・・。駿河先生ってホントに独身ですか?」

「独身ですが」

 キッパリと答えると再び質問が降りかかってきた。

「彼女は?先生モテないんですかー?」

 ニヤッとした部員の表情にムッとして顔を上げる逞真。彼女たちはやっと顔上げてくれたかとにんまり。

「失礼だな。教員をやっているとそういうことに疎くなるんだよ。学校にいる時間が長いから、女に会う暇もない」

「昔いたんですか?」

 尚も降ってくる恋の質問に逞真は無表情で挑んでいく。興味を湧かせるわけでなく淡々と。

「いたがフッた。教員になる為に必要なかったから」

 生徒は呆れ顔で顔を見合わせた。

「でた。先生のその鬼畜さ。先生結婚したくないんですかぁ!?将来奥さんとイチャついたりとか子供つくったりとか」

「ノリでなに訊いてんのよ・・・」

「でもイケメンなのに勿体ないよね~!」

 そんな生徒たちに溜息をついた逞真は面倒臭そうにこう答えた。

「私は、中学で教員をしていればそれでいいから。さて、もう恋愛話はいいだろう?早く着替えて帰りなさい」

「はーい・・・」

 無理矢理話を中断させ、部員たちを帰らせた。これ以上自分の恋愛について語りたくはなかったのだ。思い出したくもない黒歴史が蘇ってくるかのようで。

 生徒たちが帰宅するのを廊下で見やりながら逞真は深々しい溜息を吐いた。再び歩き出そうとした時、背後から数人の生徒の声が耳をかすめた。

「約束だからな!明日こそは守ってくれよ?」

「だいじょぶ、だいじょぶ。明日!明日必ず!!」

「ほんとかなぁ~?」

「神に誓って宣言します!」

「言ったな?」

 ははははは・・・・

 笑い声が近付くにつれて逞真は何故か胸の締め付けが強くなっていった。

「約束・・・・」

 小さくそう呟くとピリピリと痛む感覚が彼を襲ってきて、逞真は拳を胸に当て軽く叩いた。

 しかしその感覚もすぐに治まる。

「あ、駿河先生さようなら!」

 生徒の声に我に返ると、何事もなかったかのように

「さようなら」

 と逞真は微笑んだのだった。

 

 学校から自宅に帰宅する間も、逞真は後味悪い気分でいっぱいだった。ずっと封印してきた過去の悪い記憶が徐々に思い出されていくのだ。それは中学時代からの古い記憶。

 逞真は車を駐車場に置き外に出ると、物思いに三日月の照らす夜空を見上げた。それは穏やかな群青色をしており、彼の心までも包み込んだ。


 清潔感あるブルーのアパートの305号室が逞真の家だ。数年前に建てられ快適で、1人で住むのには十分な広さもある。

 その一室で灯りを点けた逞真は荷物を置くとゆっくりと本棚の方へと足を進ませた。

 神妙な表情で1番下の段の左端の文集に手を掛ける。一番下の段は卒業アルバムやら学年文集やらが置かれている。彼が手に取った文集もその一部だった。

 中学時代の一番古い文集で黄緑色の表紙には行書体で「北斗七星」と書かれている。逞真の通った中学校からは北斗七星が綺麗に輝いて見えることから名付けられた。その中学校の名前が北中学校という名だというのも、その由来からなのかは定かではない。逞真が教師として北中学校で働いている現在も明らかにされていないのだ。

 逞真はふと唇を噛み締め、俯いた。彼自身よくこんなものを残しておいたなと思ったのだ。15年近く前のほんのわずかな時間を刻んだ文集なのに、何より、まるで悪夢のようだった日々の集まりなのに、と。

 1年2組。そのページを恐る恐る開くと、どこか懐かしく、また胸がジンと痛くなるような風景が広がった。

 教室で撮ったクラス集合写真の床には掃除しそびれた紙飛行機が数機転がっている。それらは既に教室内の一部と化していて誰もが気にすることなくそれぞれ笑みを浮かべていた。

“32人”名も顔も忘れかけて曖昧になったクラスメイトだが、その人数だけはしっかり覚えていた。担任が毎日のように口にしていたのだから。

 チョークと黒板消しのない黒板の前に逞真少年は立っていた。まだ肩幅の小さい、女子とあまり区別のつかない風貌だったそれは中一らしさがにじみ出ていたが、その瞳だけは他と逸脱して絶望に促された死人の様な目つきだ。

 彼の隣にはかわいらしい女子がそっと立っている。「相坂」と刺繍された苗字に逞真の目は留まってしまった。

 まだ幼さが残っていてもその端正な顔ははっきりしている。こめかみの泣きぼくろが当時のチャームポイントだった。彼女の優しげな表情はそれなりに頑張った満面な笑みなのだろう。少し引きつったようにも見える。まあそれは仕方のないことだろうと逞真は感じた。確かにあの教室で彼女が素直に笑ったことなんて一度としてなかったのだから。

 感傷された逞真はその子の部分を指で軽くさすった。

 (相坂萌(あいさかもえ)・・・・。恐らく美人なはずだ。どうしているかな、彼女は)

 逞真は彼女に限ってかなり思い出があるらしく、深く考えてしまう。

 そんな気持ちを抑制するように次項のクラスアンケート・自由作文に目を移す。

 その瞬間逞真は凍りついた。

〈この1年の思い出〉・・・・

”小澤のナルシ発言!””かみひこーき””せんせーのお気に入り☆””小澤生徒虐待で教師クビの危機!?””ウワサのリア充S×A””小澤、小澤、小澤・・・・・・・・・・_____

「うあぁぁぁぁぁあ!!!」

 思わず叫んだ逞真は文集を閉じると思い切り床に叩き落した。何をしているのかわからなくなっていく。

 息を切らしながら立ち尽くす彼の脳裏にふと女の子の言葉が浮かんだ。


『駿君、約束しよ。引っ越してもどうかこれから先ずっと2人の糸が繋がっていられるように・・・。大人になっても切れませんように______駿君とまた逢えること、楽しみにしてるよっ!』


 震える唇で逞真はそっと呟いた。

「僕が誰とも結婚しないで独身のままでいるのはね、萌、君に逢うためなんだよ・・・・」











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