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其の壱 「哀愁漂う背中とか」

色々とアレな感じですが、ものっそいアレな作品です。


「峠の茶屋」と言いつつも「茶屋」営業はしてないです。

包丁持てば手を切る作者に「美味いぞー!」を求めちゃいけません。

「ありがとうございましたー、どうか心安き良き旅をー」


 生き返ったよ、ありがとう。

 そんな嬉しいことを言ってくれた大工さんを店の前で見送って、決まり文句となった言葉をその背にかける。すると大工さんは振り返りはしなかったけど、歩きながら手をあげて挨拶してくれる。


 くぅ、かっこいい!

 将来はきっと立派な棟梁になって、後世に残るような建築物を建てちゃうかも知れない。後でサインのひとつでも貰っときゃ良かったって思うような御仁かも知れないね。

 ……ま、私の心の恋人、大岡様には敵わないけど。

 あの御仁は民衆の娯楽を守ったために歌舞伎になり、数百年後にまでも語り継がれる方なのだ。


「さて……と、繕い物でもしちゃおうかな」


 ひとりごちつつ、客の居ぬ間に着物でも仕立ててしまおうかと店を振り返った。すると視界に飛び込んできたのは、質素を猛スピードで行き過ぎて、ボロ屋や掘っ立て小屋と表現したくなるような佇まい――からは少し戻ってきたような建物。お礼にと、さっきの大工さんにちょっと手直ししてもらったから、もう半歩ほど戻ってるはず。

 ここ数ヶ月の私の苦労は着実に実を結んでいるようだ。先月江戸に向かった左官の親子も、さっきの京に向かった大工のおっちゃんも、仕事を終えて戻る時にもう一度顔を出してくれると言っていた。


 お茶と団子を出す。 → するとお客さんが特技や荷を提供してくれる。 → 建物が綺麗になったり、新しい団子が出せるようになる。


 なんだかこんな感じのシュミレーションゲームをやってるみたい。

 将来は殿様がおしのびで来ちゃうような、そんな峠の茶屋にしてみせようぞ。ふはははは。





「おカノさん、ちょっと出てきていいかな?」


 腰に手をあて笑う真似だけしていた私の耳に、店の奥からおずおずといった声がかかる。

 裏手に通じる引き戸から顔だけ見せるて言ったのは、身の丈は七尺五寸(約二メートル五〇センチ)はあろうかという大男で、頭も月代さかやきなんて伊達なものじゃなく無造作に伸ばされた癖のある髪をただ結んだだけ――という、山道でばったり出会ったなら熊か山賊と断定されるような男だ。

 ただし、性格は小型犬にも負ける臆病っぷりだけど。


「次に来るかもしれないお客さんが、私みたいな小娘に無体を働くようなお人かも知れないっていうのに。

 それなのに私をひとり残していくつもりなのね?」


 場所がここじゃなければ、よよよと崩れて泣き真似でもしてみたかも知れない。けれど残念ながら場所は外で、しかも今朝の雨でまだちょっと湿気ってる。だから笑顔で、言外に「逃げるな、阿呆」と告げるだけ。なのにがっくりと肩を落として項垂れてくれる。

 ……かわいいおっさんって萌えるよね。ほら、気落ちした様子でこっちに向けた哀愁漂う背中とか。


 別にね、この萌え姿が見たくて意地悪で言ったわけじゃないのよ。ええ、そうとも。

 仕方ないじゃない、当たり前のことなんだから。


 ここは主街道から外れた、山越えルートの中でも険しい山道沿い。そんな場所だから人通りは当然少ないのだけど、主街道を通るより近道だから通る人は結構いる。大人の足なら三日ほどの短縮になる。たかが三日、されど三日。一分一秒でも争うような場合はやっぱりねぇ。

 だけどこういう道を選ぶ人ってのは、色々と訳ありな場合が多い。さっきの大工さん然り、以前の左官の親子然りね。


「……悪かった。すまない」


 別に私を守る責務もないはずなのに、先日の絡まれた前例を思い出したのか、ぼそっと返事が聞こえた。一度庇護すると決めた以上はそれを完遂するという、彼の真っ直ぐな性根が透けてみえるその言動ももの凄く私のツボだ。

 へにょんと垂れ下がった耳と尻尾が見えた……気がしてしまうほどに。

 おっと、本気にされてしまった。


「冗談ですよ。

 それに、クロがいるから声の聞こえる辺りまでなら離れていても問題ないですし」

「わふ」


 だから慌てて了承を出すと、私の隣に来た用心棒からも賛同する声があがる。

 そう、私には実は頼れる用心棒がいるのだ。桃太郎よろしくお団子で仲間になった、こちらは実際に毛深く牙もあっちゃう、そんなとっても頼れる用心棒が。

 ただし、食べ物を扱う場所だから、毎日手入れは欠かしていないとはいえ用心棒クロの待機場所は建物の外。マイ布を銜えて、好きな場所で寝転んでる。

 むしろ日当たりのいい場所を求めて彷徨ってるというべきかも知れない。木立に囲まれてるから、素晴らしい木漏れ日具合だからね。


「そ、そうか?」


 私とクロの言葉に目をキラキラと輝かせ、まるで子どものように聞いてくるから笑顔で頷いてあげる。

 よほど嬉しかったのか、クロに私を頼むように言って駆け出して行った。


「…………ダメだ、こりゃ」


 いい年したおっさんなんだから、落ち着けよ。

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