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王道で行こう!  作者: たまさ。
終章
98/101

その7

伏せられていた眼差しがついとあがり、その冷ややかな視線がぴたりと捕らえたのは皇太子フィブリスタ。

そんな眼差しを向けられたフィブリスタはといえば、びくりと身を一瞬すくませて怯んだ様子を見せたが、意地のようにぐっと唇を引き結んだ。


皇太子及び第三王子までもが同席する場としては、そこはあまりにも簡素で小さな空間であった。ただし、他者に決して暴かれることのない密室――護衛騎士ですら、この部屋の前に立つことすらない。完全に隔離されたその部屋は、会議というよりもむしろ密談の為に存在している。

そしてその時、部屋の空気は緊迫の色を深め、その静けさは口腔に唾液を貯める程の奇妙な空気に満ちていた。 


「クインザム、お前まで。

言っておくが、私はお前の言葉を――」

 その場にクインザムが居ることに少なからず腹立たしさを覚えたフィブリスタが冷ややかに口を挟むのも無理は無い。

――この問題に対し、クインザムとは幾度か衝突してきたのだから尚更だ。

そんなフィブリスタの不快を十分に承知しているクインザムは、相変わらずの涼しげな表情で応じた。


「私のことはお気になさらず。報告はあくまで第三者機関である【賢者の塔】のルークが」

 示されたクインザムの末弟であるルークは目深にかぶっていた賢者の塔所属を示すローブのフードを払い、その(おもて)を晒すとゆっくりと呼気を落とすようにして室内にいる人間の顔を一旦眺め回した。

 まるで静まり返る部屋に満足するかのようにひとつうなずき、薄い唇はゆっくりと言葉をつむぎだす。

 まるで誰よりも厳格な老成者がその場を支配するかのように。


「これから私が口にすることは、嘘偽りなく私自身が調べ上げた事実であり、また秘匿されし史実であると誓約申し上げる」

片手を大仰に払い、そのまま自分の胸へと押し当てる。

厳かな宣誓と共に、ルークは更に付け加えた。

「なお、ここで見聞きしたことに関してはこの部屋から外に持ち出すことは何人であろうと許されません」

 きっぱりと告げられた言葉に、フィブリスタは鼻白み、それまで憮然とした様子で構えていた第三王子殿下キリシュエータは片眉を跳ね上げた。

「どういう意味だ」

「この件に関しまして、陛下よりそのように承ってございます」

 自分からの依頼でここにいると思われたルークが、その実、陛下――父親の管理下にあるのだと知り、キリシュエータはあまりのことに目を見張った。

 そんな大げさなという思いと同時、もともとこの問題は緘口令が敷かれていたのだと思い出した途端、すぅっと血の気が引く感覚にとらわれる。


 それと同時にまるで心臓に直に触れてでもいるかのような錯覚に陥る程、その鼓動を感じ取っていた。

身の動揺に自然と一歩引き下がりそうになったキリシュエータは、背後でただ控えるティナンの気配を感じ取り、ぐっと体に力を込めて自らを押しとどめた。

なけなしの自尊心が自らを叱責する。 


「私は第三王子殿下キリシュエータ様のご依頼により、王墓所に安置されたある石棺について調査させて頂きました。

キリシュエータ殿下、殿下はあの墓所にどなたが眠っているのかと私に調べるようにと御命じなられましたね」

「……ああ」

 あの冷たい墓所を思い出し、キリシュエータはゆっくりと首肯した。


 耳に熱が集中し、息苦しい程に酸素が乏しい。

突きつけられる事柄を、いまさらながら「もういい」と告げてしまいたくなる。

もう何も、知りたくないと。

 父にとって決して外部に漏らしたくないという事実など、どう考えても碌なものであろう筈が無い。

 喉の奥が自然と干上がり、無意識に奥歯をかみ締めた。

聞きたくない。そう告げれば現実など訪れないのでは無いか。世の中には知らなくて良いこともある筈で、これはもしかしたらその最たるものではないのか。


 自ら求めた回答に後悔すらにじんできた頃合に、ルークはひたりとキリシュエータを見据えて言葉を向けた。

 まるでけっして目を逸らすなと言い聞かせるかのように。

まるで――キリシュエータ自身の罪状を突きつけられるが如くに。


「あの墓所にお休みになっておられるのは、記録されている通りの方ではないというのが私の見解です」


 ああ、自分は愚かだ。

もういい、もう何も、何も聞きたくはない。


閉ざした瞼の下。

痛みをゆっくりと飲み干した。


***


――もう何度思ったことだろう。


バゼル兄さまって、面倒くさい。

超絶面倒くさい。

というか、うざい。


 このときすでに他隊員達の間で「熊殺し殺し」の異名を確立させてしまっていたルディ・アイギルこと第三騎士団見習い隊員ルディエラは半ばうんざりとしながら溜息を吐き出した。

 いったん散らばっていた第三騎士団の面々を招集し、混成小隊を五つに分けて山狩りをすることとなった訳だが、ルディエラの参加を渋々認めたバゼルは「ルディは俺と同じ隊で」と強固に言い張ったことに、心底呆れかえっていた。


 この次男ときたら本当に考えなしで面倒くさい。

脳筋どころか、脳みそ海綿(スポンジ)だ。

いや、海綿ではなくて超絶美麗なレース編みとかふわっふわのリボンとかが詰まっているに違いない。

「ぼくは第三騎士団の人間だから」

 当然その配置は第三騎士団の人間――つまり副隊長であるベイゼルの小隊に組み込まれるのは必然だ。

 ルディエラの口からはひどく冷淡な言葉が落ちる。


「だがなー、いくらお前が多少なりとも強くなっていたとしても、兄ちゃんの可愛いルディエーラであることにかわりは」

「ぎゃぁぁぁぁっ、その寒い感じの呼び方やめてくれない?

エーラって伸ばさないで。兄さまたちの趣味かもしれないけど、ぼくの趣味じゃないからっ」

 言いながら実際に痒さでも覚えるように体をひねる。

何故か子供の頃からルディエラを懐柔しようとする時に決まって兄達はルディエラをそんな風に呼ぶのだ。

ルディエラ、ルディ、ルディエーラ――その音だけで相手が何かをたくらんでいるというのが判るくらいだ。ルディエーラと呼ばれる時、相手はたいてい猫なで声で何かを胡麻化そうとしていたり、ルディエラを丸め込もうとしている。

 ルディエラが身をくねらせて背中に走った悪寒をやりすごし、それを目の当たりにしながらいつもは威厳たっぷりの熊殺しは、まるで母親からはぐれた小熊のように泣きそうな顔をしていた。

「ルディ、そんな言葉遣いはどうしたことだ。

オレの可愛いルディが、ぼく? 淑女はわたくしというものだ」

「今はそういうことを言っている場合ではないでしょう!」


 そんな怒鳴りあいから少し離れた場所に立つ面々は、なぜか気配を殺すように身を寄せ合ってソレを見ていた。


――ものすごいものを目の当たりにしている。見てはいけないたぐいのものを。

 

 あの剛腕熊殺しバゼルにこんな顔があったなどと誰も知らなかった。弱点など無いと思われていたバゼルにもしやの弱点が。

 だがもし酒の席などでちょっとしたからかいに口にしようものなら、自らが熊殺しの餌食になるのは目に見えている。

 弱みと逆鱗紙一重。


「あー、熊殺しの旦那。悪いがそろそろ勘弁してくれ」

 兄と妹の意味不明なやり取りを収束させようとベイゼルが手を打てば、先ほどまで迷子の熊であったバゼルが人食い熊の顔でぎろりとベイゼルを睨み付けた。


「――ルディに怪我のひとつでもさせたらタダじゃおかんぞ」

「うわー、もうここの兄弟本当にイヤだわー」

 ベイゼルは一瞬空を見上げてしまった。

兄妹ではない、兄弟がイヤなのだ。

勿論、この場合の兄はアレで、弟はコレな訳だが。ああ、やっぱり訂正。勿論、兄妹もイヤだ。

 アレもコレもソレも野放しにするな、勘弁しろ。

ぎゃあっと叫び出して逃げられるものなら逃げだしてしまいたいベイゼルであったが、さすがにそんな訳にも行かない。

「とにかく。兄妹喧嘩やらは後にして。

問題の解決を図ろう」

 山の中に散っていた人間はもうなかば揃った。

ならばこんな場所でいつまでも漫才に興じている場合ではない。


――他人の命令に頭を使わずにへいへいと使われているのが大好きなベイゼルは、何一つ信用できないこのメンツに頭を抱えていた。


一番信用したくない自分に頼らざるおえない日がくるとは、この兄妹連中に関わってから本当にろくなことが無い。


***


「飲むか?」

 呼ばれた先は完全な私室であった。

執務室でもなければ、どこかの小ホールでもない。

やけに簡素な家具が必要最低限おかれ、ゆったりと座れる椅子がいくつか暖炉の前に置かれている。

 テーブルが一つ。

置かれている酒のグラスと瓶。

 視線で示された酒を前に、顔をしかめたのは上背のある筋肉質の男であった。

「ここに呼ばれるのは、あまりいい気分じゃないな」

「そうか?」

「いつだってお前は無茶をいう」

「そのかわり、お前とでも貴様とでも、阿呆とでも好きに呼ぶことをゆるしているだろう? ここでは」

 茶化すように言う男も、部屋と同様質素な身なりをしている。

ただし、その生地は極上の品だろう。見てくれ通りに麻やら綿で作られている訳では無い。

「で、何だよ。

オレだって忙しいんだが」

「まだ見つからないのか? 今回は本当に愛想をつかされたのか?」

「だいたい判ってはいるんだ……アレは炭酸泉が好きだから」

 何故忙しいのか訳知り顔で言われ、男は――その昔傭兵を生業とし、現在は騎士団顧問という立場にいるエリックは思い切り顔をしかめ、空いている椅子に断りもなくどかりと腰を落とした。

「って、家族の問題に口を挟むなよ。そもそもうちがこじれたきっかけはお前のせいだろう」

「……そのきっかけの話をしようか」


 突然ぽつりと落とされた言葉に、背もたれに預けていた体を起こしてエリックはぎろりと相手を睨みつけた。

「ルディエラがどうかしたか?」

「元気にしているようで良かった。

お前がまさかあの子を再び王宮に寄越すとは思わなかったが――おかげで少しばかり面倒事だ」

 肩をすくめて言われる言葉は、どこか茶化すような口調で落とされる。その言葉に、エリックは眉間に皺を一度寄せはしたものの、すぐに肩をすくめた。

「何も問題は無いだろう」

「まぁ、おおむね問題は無いが。問題にしようとする馬鹿がいるからな」

「オレの知る限りそれはお前の息子だ」

「――本当にアレは昔から面倒事ばかりを起こす。おかげでお前にまで尻拭いをさせてしまった」

 どこか遠くを見るような眼差しが、つっと暖炉で揺れる青白い炎へと向けられる。

おそらく、遠い日のことを思い出しているのだろう。

十数年前に、同じ場所で同じように向かい合っていた日のことを。

あの日――あの日は、霧雨がたちこめる夜であった筈だ。

部屋の主の焦燥を思わせるような、しめやかな空気がたちこめていた。


「頼みがある」

 静かに出た言葉に、その時も今日と同じように顔をしかめた。

いくつも同じ言葉を聞いてきた。金で雇われる傭兵として、隣に立つ友人として。ただし、この部屋で聞かされる頼みごと程厄介なものは無い。

「どうせオレに拒否権はないんだろう」

 苦々しい口調でいえば、相手の口元がほころぶ。

そうすると年齢のわりに目立つ眦の皴がいっそう際立った。

その顔にはすでに安堵が浮かんでいた。

拒否権などという無粋なものではなく、古い友人がどんな頼みごとであろうと了承すると理解しているのだ。

 だが、そこは友としての礼儀を示した。

「勿論。拒否権ならばあるに決まっている。

お前は私の友であって部下では無い。騎士だというなら、跪かせて無理やり言うことを利かせることもできるが、お前はその立場を望まなかった」

 それが磐石な礎になろうとも。

ただ友として有り続けると。

地位ではなく、できるだけ対等であろうとした。それが、誰でない王冠を抱く男の望みであると知っていたから。

「ただし、お前が私の頼みをきいてくれなければ――私が困る」

「……とりあえず言ってみろよ」

「聞いたが最後、やってもらわなければ、困る」

 ただ、困ると笑う。

幼馴染の少年のような表情を見せる相手に、どれだけ騙されてきたことか。

エリックはがしがしと頭をかきむしり「だーっ」と声を上げた。

「ったくっ、誰を殺せって?」

「そういう話じゃない」

 あっさりとした返答に力がぬけた。


「だが――血なまぐさい話には違いない」 


 笑いながら言う友の前で、エリックは嘆息を落としたものだ。

そう、それは遠い昔。

そんな忘れたい過去を思い出しているのであろう、ぱちぱちと爆ぜる暖炉の火を見つめながら、面前の男はもう一度ゆっくりと口にした。


「そう、あの娘の話だ」

「今更、渡さんぞ」

 エリックがきつい眼差しでいえば、相手も心得た様子で笑って応えた。


「まぁ、とにかく聞いてくれ」


***


悪は滅ぶべし!


 小隊を幾つかに分けて山狩りを行った結果、意外にあっさりと砦側が探していた盗賊達を発見することができた。腐っても犬、いや、狼――カムの功績も少なくはないが、何より人海戦術の賜物と、ついでにこの山をピクニックよろしく訓練に取り入れまくっていた騎士団の面々がその地理をよく把握していたことが大きい。

山の中腹、林業の拠点となっている山小屋にその一団を発見するに至ったのは、夕刻も間近。

多少遅れてその場にたどり着いたルディエラ、及びベイゼル隊であったが、相手の偵察の為と息を潜めてその様子を観察した。

 山小屋から怒声が聞こえる様子はなく、女子供の泣き声もない。

本当に人質を抱えているのか、もうすでにそんなものはいないのではないかという疑問は、こっそりと中の様子を見に行った者により残念ながら否定された。

 三名程の女がとらわれ、部屋の片隅で身を寄せているという。

幸いなことに盗賊達は人質に対して食指を伸ばす暇はないらしく、何事かを相談しあっているという。

「人数がまったく合わない。どうやら幾つかに分散しているようだ」

との報告に、騎士達もいくつか更に分隊して他に隠れられそうな場所の捜索にまわった。はじめにあった人質の人数とも合致しない為、分断した別働隊にも人質がいるのであろうとベイゼルが口にしていたが、もうすでに殺されているのではないかという意見には重苦しい沈黙だけを返した。


そんなありえない程の沈黙を破ったのは、拳を握り締めてふるふると小刻みに震えるルディエラであった。


「信じられない……」


 視線の先には山小屋。

山小屋の前には二人の男達が見張りに立っているが、それが中にいる人間と交代をしたのだ。

新たに外に出てきた男達も、中に入った二人の男と似通った特徴を備えていた。


「筋肉は正義の筈なのにっ」


偵察に出てくる男がどれもこれもまた見事な筋肉の持ち主。

肩口からのぞく逞しい二の腕。獣皮で作られたマタギのような衣装をもってしても隠せぬ大胸筋の逞しさ。

むき出しになった腕が僅かに動くたびに、その隆々とした筋肉が主張する。


「なんという筋肉の無駄遣い。

なんという神をも恐れぬもったいなき所業っ。

筋肉を悪用するなんて許されないっ。悪の筋肉結社めっ、打ち滅ぼしてくれるっ」

 分別なく声をあげそうになるルディエラの口を背後から力任せに抑え込み、ベイゼルはふぅつと魂を飛ばした。


「あああ、もぉっ。いっそお前が滅んでくれ」


 ベイゼルの言葉にもがもがと抗議の声をあげつつ、ルディエラはじたばたとあばれた。 


筋肉を悪用する者を筋肉信徒は決して許さないのである!




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