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王道で行こう!  作者: たまさ。
終章
96/101

その5

 気を緩めると嘆息が漏れる。

最近の悩みの種といえば、かわいい妹のルディエラ――ではなく、影でこそこそと隠れて何事かを画策している主だ。

 物心ついた頃には引き合わされ、話し相手という名目で宮城入りしたティナンだ。もともとクインザム自身も皇太子殿下フィブリスタの話し相手として宮廷入りしていたのだから、第三王子殿下キリシュエータに遊び相手が必要になればティナンが引き合いに出されるのは当然ともいえた。

 何故なら騎士団顧問のエリックは派閥に属さず、陛下とは直に付き合いがあった。一番無難な選択――そういう訳だ。

 物心ついた頃から付き従っていたキリシュエータに剣を捧げて副官となった。それこそ、キリシュエータの初恋から、あまり他人に吹聴してはならないような悪戯まで網羅していると自負しているティナンだが、そのティナンに主は現在秘密を抱えている。


――実に判りやすい駄々漏れ感たっぷりな秘密だが。


 何もあのようにひたすら隠そうなどとせずにはっきりと言えばいいのだ。

「お前の妹に惚れている」と。

 もちろん、ルディエラはあれだけ可愛い女の子なのだから、好きにならずにいられないというその心情は激しく判る。むしろ立派な成人男性であれば惚れない訳が無い。

ただ残念なことに、ルディエラはお兄ちゃんが大好きなので殿下にはきっと可哀想な結果になることだろうが。

――残念なのは自分の頭だといまいちちょっと気づいていないティナンだ。


そのティナンは、ひとしきりフィルド・バネットを苛めて揚々としていたものだが、廊下の窓、階下に広がる光景に息を飲み込んで立ち止まった。

それは極一般的な光景だ。

騎士団官舎と警備隊隊舎とを結ぶ中央塔を軸にして作られている車寄せに、一台の箱馬車が定められた速度でゆっくりと入り込む。

 先導するのは入り口から追随する先触れ。それが敷地内に入る許可がおりていることを示している。

だから、それ自体は毎日目に入る光景であるが、その馬車が問題であった。

 簡素な箱馬車にはおおよそ特徴というべきものが存在しない。街中を走る乗合馬車やら郵便馬車と違うのはその色が黒ではないというだけの違いで、形だけでいえばそれ等と寸分たがわぬと言ってもいい。

 ただ箱馬車の側面、出入りの扉に一応のように王から下賜された紋章が入る。

青と赤という鮮やかな盾。盾に刺さる斧という紋章は一般的な貴族のものとは違う。一般的な貴族は武器武具だけのものを嫌い、王宮に許された鳥や獣をあしらう。

 だがその紋章にはそれがなく、更に言えば花すらもない。

――鉄壁なる守りを示す紋。

それはつまり、兄であるクインザムの紋章。


「兄さん……」

 何故か。

王宮であればクインザムが出仕することもあるが、ここは騎士団官舎であり警備隊隊舎である。市井警備の警備隊に兄の成す用件があるとも思えず、ならば騎士団に用があるのかといえば、心当たりも無い。


心当たりは……血の気がすぅっと引いていき、体内温度がひやりと下がる。

先ほどまで苛めて遊んでいたフィルドのことなど完全に脳内から排除して、ティナンはきゅっと唇を引き結ぶと、身を翻して中央塔――玄関ホールへと続く階段をおりた。

 はじめはゆっくりと。

しだいに彼らしくなくも二段飛ばしで階段をおり、ホールにかつりと足を振り出したその視界の中に、先触れに案内されるクインザムと、そして【賢者の塔】の住人特有のローブに身を包んだ弟がばさりと頭にかかるフードを落とした。


「……兄さん」

 何故、ルークまで引き連れて。

喉の奥で絡まる言葉に、ついっと視線をあげたクインザムが――いっそ不愉快そうな眼差しを弟であるティナンへと向けた。

 途端、公の場であるこんな場所で相手を兄として扱おうとした自分に羞恥がめぐる。ティナンは慌てて姿勢を但し、ぐっと喉を上下させ、みっともなくうろたえた表情を打ち消して微笑を浮かべて見せた。


「本日はいったいどのような」

「お前の主に用がある。どこだ?」

「――失礼ですが、当方の主に御用がおありでしたら事前に打診し書類を提出していただかないことには面談は適いません。ご承知のことと存じますが」

 慇懃な口調の弟に、クインザムは眉間に皺を刻みつけた。


「まさか、お前は聞いていないのか?」

 その言葉にかぁっと体温があがる。

それは第三王子殿下キリシュエータの副官であるのにも関わらず、キリシュエータの意向を知らぬのかという侮り。

 それをはっきりと感じ取ったティナンは眼光を更に鋭くした。

「騎士団官舎に来いと呼びつけたのはそちらだ」

 その言葉が意味する事柄に愕然となり、ティナンは先ほど貼り付けた仮面をかなぐりすてて思わず口走っていた。


「まさか、殿下は本気なのですか?」

「何がまさかだ?」

「ルディエラを嫁に!?」


――お嬢さんを私に下さいならぬ、妹さんを私に下さい!?

殿下っ、そのようなだまし討ち、お兄ちゃんは許しませんよっ。


「ぼくをすっ飛ばして兄さんに言うなんてっ」

「今お前をぶっ飛ばしたいのは私だ。その頭の中はアホ花でも咲き乱れているのか?」

 思い切り動揺したティナンの頭を容赦なく殴りつけ、クインザムはじわじわと痛む手でそのまま自らの額を押さえた。

「そもそも誰がルディエラの話をしている」

 冷ややかな言葉にやっと正気を取り戻し、ティナンは殴られた頭を軽く抑えて恨みがましい眼差しをクインザムへと向けた。

「ルディエラのことではないのですか?」


 嘆息するクインザムがちらりと視線をルークへと向け、それを受けたルークは呆れたような眼差しのまま口を開いた。


「ぼく達がここにいるのは、政事の話だ」


***


 喜怒哀楽が顔に出る。

それはもちろん自覚がある。だから、できる限り普通にしているつもりであったというのに、やはり気づかれてしまうのだろう。

 中庭で合流したベイゼルは、はじめのうちこそ陽気にいろいろと話をしていたし、ルディエラ自身時々相槌もいれていた。

 馬の速度は速歩ではあっても、後に続く灰色狼のカムが追走できる速度ということで、会話をするには問題も無い。

 だがやがてベイゼルの話が耳に入らなくなり、ルディエラは一人考えに没頭していってしまった。


「ああああ、ぼくのばかーっっっ」


 そうして叫んだ事柄に、操っていた馬は怯えてぐっと足を止め、その勢いのまま棹立ちになってしまった。

ぐんっと力強く前足があがって宙をかく。平均を失った馬体はよろよろと動き、完全に馬上であることすら失念していたルディエラは「うぎゃああああっ」と更に馬を怯えさせるような悲鳴をあげて手綱を掴んでしまった。

「ばっかやろうっ。力を緩めろっ。手綱は命綱じゃねーぞっ」

 ベイゼルの叱責に言われたように手綱を掴む手の力を抜こうにも、本能がそれを拒絶する。手綱は引けば引くほどそれが馬を混乱させる。

 内股で踏ん張るのも限界で、ルディエラはぐっと歯を食いしばったところで――するりと手綱を手放していた。


 後方に体が投げ出され、とっさに「馬の足に蹴られる。死ぬっ」とさぁぁぁっと血の気が失せていく。

 狼の遠吠えのような声が響き渡り、どさりと大きな音が地面に落ちる。

鈍い痛みに呻いたルディエラより更に大きな「ってーだろ、ちきしょうっ」という声が耳元でして、ルディエラはぎゅっとつむっていた目をばちりと開いた。

「って、副長?」

 体は痛みを訴えているが、思った程の傷みではない。

それどころか、背中が柔らかい――ぬくい、ぬくいって、ええええ?

 途端に現実を取り戻したルディエラは、灰色狼によって脅された馬が一気に森の中を駆けていくのを呆然と見送りつつ、自分が背後からすっぽりと抱え込まれていることにゆっくりと血の気を引かせた。


「くぅぅぅ」

 うめき声が更に続く。

「ちょっ、副長? あの、大丈夫ですかっ」

わたわたと慌てるが、ルディエラを後ろから抱え込んでいるベイゼルは痛みからかルディエラを抱え込む腕の力を緩めるどころかむしろ強くする。

 地面の上で背後から抱え込まれ――ついで男性の足と足の間という、なんだコレな現状にルディエラの首筋からみるみると羞恥が這い登る。


「あの、あの、副長平気ですか?」

「……おう」

「すみません。助けていただいたんですよね? 本当にすみませんっ。ありがとうございます」

「暴れんな。こっちは痛いんだっつーのっ」

 舌打ちするように言われ、ルディエラはひーっと内心で悲鳴をあげてぴたりと固まった。これ以上相手に負担をかける訳にはいかない。

――あんまり慌しかったが、つまり自分は落馬して、それをベイゼルに救われたのだ。


心臓がばくばくと音をさせる。

自分の頭の上にベイゼルの息を感じて、悲鳴を上げて逃げたいのに動けばきっと相手が痛がると思えば動けない。

 ぎゅうっと体を縮こめて息をつめるルディエラに、ベイゼルはゆるゆると息を吐き出しやがて大きくひとつ嘆息して体の力を抜いた。


「おー、痛かった」

「スミマセン……」

「おまえさんね、馬は臆病な生き物なんだから驚かすなよ。馬の上で大声だしゃ、お前さん同様訓練はじめて数ヶ月の馬なんざ、そりゃ驚いて暴れるさ。そいつはまだ実戦だって経験してないんだからさ」

 ベイゼル自身安堵するようにぐったりと今度はルディエラの背中に体をもたれかけてくる。逃げ出したい心境を必死に抑えて「すみません」とお決まりの台詞で謝罪するしかないルディエラだ。


「それより、何よ?

気落ちしているみたいだったけどさ」


――いや、あの……この格好のまま話す話題じゃないですが。

 切実にそう思うのだが、疲れきっている様子のベイゼルに進言できず、ルディエラは眉間にくっきりと皺を刻み込んで「――実は」と渋々口を開いた。


「よし――こうしよう」

 食堂近くで遭遇した第三王子殿下キリシュエータは、何故かしゃがみこんで頭を抱えていたが、やがて復活を果たした様子でそう口にした。


「騎士位を叙任させることができるのは結局は王族だ。たとえ騎士団に残留が適わなくとも、騎士位くらい私が叙任してやろう」

 いっそ晴れやかに、どうだと言わんばかりに示された言葉はルディエラの頭を鈍器で殴りつけるかのような衝撃を与えた。

 先ほどまでのやりとりで、キリシュエータはルディエラが切実に騎士になりたいのだろうと納得したのだろう。

そして、彼自身それを望んでくれたのであろう。


 だが、それはルディエラの中に喜びをもたらしたりしなかった。

キリシュエータの視線が、態度が「どうだ喜べ」と告げている。だが、ルディエラの体内に満ちたのは喜びではなく、むしろ悲しみ、怒り、そういったドロドロとして冷ややかで鉛のように飲み込みがたい何かであった。


「……」

 引き連れた声が、嗚咽のように漏れた。

それを聞き取れずにキリシュエータが片眉を跳ね上げ「にんじん?」と問いかける。それを引き金にするように、ルディエラはぐっと拳を握って叫んでいた。


「トウモロコシの髭なんて大っ嫌い!」


――ルディエラはその時の感情を思い出し、身を丸めてぎゅっと自らの膝を抱え込んだ。

「だって許せなかったんです。ぼくのがんばりなんて、まるで石ころみたいに。まるきりすべてが無かったことみたいに。ぼく、ぼく……そんな風に騎士になりたいなんて」

 涙があふれてきそうで、慌ててぐっと手の甲で目元をぬぐった。

悲しくて悔しくて、どうして良いのか判らない。

自分が目指していた騎士とはいったい何なのか。

 そんな単純で簡単なものなのか。

たかが軽い気持ちで右から左に動かすかのように。

痛い思いもつらい思いも、まるきり無駄だと言われたようで、悲しい。


 体を小刻みに震わせて必死に言葉を操るルディエラの背後――ベイゼルは「あー」と、いつも通りに声を漏らし、ついでがしりと大きな手でルディエラの頭を引っつかんだ。


「騎士は騎士じゃね?」

「なっ」

「でも、イヤだったんだよな?」

 掴まれたまま、それでも無理やりぐぐぐと振り返ったルディエラに、ベイゼルはよっとと勢いをつけて立ち上がり、やっとルディエラの頭から手を離して尻についた砂埃をはたいた。


「お前さんの矜持を馬鹿という奴もいるだろうし、褒める奴もいるだろう。若いって言う奴もいるだろうけど――いいんじゃね? 正解なんてあと何年かすりゃ自分で判る。ま、ぶっちゃけ、今回のことで騎士になる道は遠のいたかもしれないけどさ」


 騎士の道が遠のいた。

それは事実だろう。

ティナンに許可を得るより、キリシュエータの許可を得るほうがずっと簡単で確実であったのに。自らキリシュエータに喧嘩を売ってしまった。

 むしろ戻った途端にクビを切られても仕方の無い所業だ。

ぐっと奥歯をかみ締めるルディエラに手を差し出し、勢いをつけてルディエラを立たせるとベイゼルはニヤリと口元を歪めた。

「しょうもない、んなことでクヨクヨ悩んでるなんて時間の無駄。

それよりさっさと馬を探して獲物探さないと、うまい飯にありつけねぇぞぉ」

 そんなこと――

確かに悩んでも仕方の無いことだが。

ルディエラが泣き笑いで答えようとしたところで、遠くから聞こえる銃声にベイゼルは振り仰ぎ「おー、やってるやってる。ほらほら、早く猪の一匹も見つけようぜ」とルディエラの頭をもう一度がしがしとかき回した。


「まったくお前さんときた日にゃ、騎士にならないと死ぬ訳じゃないっしょ?」

「……そりゃそうですけど」

 死ぬ訳ではもちろん無いが、夢というものはそういうものでは無いだろう。ルディエラが顔をしかめると、ベイゼルはそれがおかしいのかゲラゲラと笑ってみせる。

「まったくうだうだと。

仕事なんてほかにもあるだろ? ま、お前さんが女だったら嫁にもらってやってもいいけどな。野郎だからなー。

なんなら、うちで働く?」

 ニヤニヤと意地悪い口調で言われ。ルディエラはむっと唇を尖らせた。


「死ぬほどコキ使われそうだから、絶対にヤです!」

「オレちゃん優しいのになー」

「ヤですったら」

「まぁまぁ、どこも行くトコないときゃ、ま、その時はひきとってやるよ」


ひらひらと振られる手を苦々しいもののように見つめ返し、ルディエラは不貞腐れる口調で「ヤですったら」ともう一度付け足したところで、ベイゼルは笑いながら森の奥の方へと視線を向け、眉を潜めた。

「副長?」

「っかしぃな、集合場所はもっと山の中腹だっつーのに馬の足音がこっちに来る」

 その言葉に瞼を伏せて耳をすませれば、確かに遠くからこちらの方に数騎駆ける音が聞こえてくる。警戒して体制を整えるベイゼルは自分の唇に指をあてて甲高い指笛を響かせると、自らの馬をよんだ。


「アイギル、お前も馬に――」

 珍しく生真面目な口調で繰り出された言葉は二人の視線がかち合ってとまった。


ぼくの馬……ぼくの大事なゆで卵を腰にくくりつけたまま只今逃亡中。

我関せずとばかりにお座りしたままのカムがかふっと顎が外れそうな程大きな欠伸を漏らした。


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