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王道で行こう!  作者: たまさ。
終章
93/101

その2

それでも、やっぱり、少しは――ドキドキした。

人生初の告白は同性愛者的な方からでした……なんて、なんて残念な出来事か。


 ルディエラは全力で走って戦線を離脱し、心拍数の上がる胸をなだめるように手のひらを当てて抑えた。

 何故か「ひゃー」と声をあげて耳まで真っ赤になりつつ照れてしまうが……


「ってことは、初対面の時にフィルドさんに告白していた人はただたんに好みが合わなかったってことか。もったいない。色々と残念な人だなー」 

声しか聞こえていなかったが、相手はおせじにも可愛らしい少年ではなく明らかに野太い声のおっさんであった。つまりは範疇外というやつであろう。趣味さえ合致してしまえばとても素晴らしい恋人同士になれたであろうにもったいない。

 挙句、自分も同じ道の人だというのにフィルドさんってば結構酷い暴言を浴びせていたような気がするが、さすがに細部までは忘れた。


 絶対に他の人には言わないと約束したものの、セイムをとっ捕まえたアカツキには思い切りシャツを締め上げつつ言ってしまいそうだ。


「聞いて、聞いて、きいてっ。

愛の告白されたんだよーっ」――異性よりも同性の方がお好みらしい男性から。

後半だけ言わなければ幼馴染もきっと一緒に「おーっ」と声をあげつつ驚いてくれることだろう。前半だけであれば「もうまな板だの女らしさの欠片も無いだの女を捨てているだのという暴言なんぞ言わせない」とセイムの鼻すらあかせるのだが……

「あれ、これってもしかしてぼくの男らしさが好かれたわけだよね」

 つまり女らしさも何もない。

というかむしろ後半を告げた場合、何気に笑い上戸のセイムはばったりと上半身を折ってふるふると身を震わせてばしばしと机を叩くだろう。

 わざわざセイムに笑いのネタを提供してやる義理は無い。


 やはりどうせ好かれるのであれば男らしさより女らしさで好かれたい。

女なんて捨ててやるなどと叫んだこともあるが、やっぱりルディエラだって腐っても醗酵したとしても年頃の女の子だ。

 異性からの告白――あいたたたではあるといえど、異性からの告白に心が物凄くばくばくと反応して耳までかぁっと熱を持ってしまった。

 もしこれが本当に女の子としてのルディエラへと向けられた告白であったなら。

もしこれが、好きな相手からの告白であったら……そう想像して、ルディエラは落ち着いた筈の体温がまたしてもかぁっとあがりそうな気持ちになった。

 挙句に咄嗟に浮かんでしまったのは初めての口付け相手。

あれ……アレ? 違うか?

確か家族以外ではじめてってフィルドさんであったような気もしないでもないけれど、あれは完全に事故みたいなもので、忘れた。忘れよう。

 だから、頭にちらりと浮かんでしまった相手といえば――広大な農場にさわさわと揺れる……トウモロコシのヒゲ。


………………


……ないって。

思わずぶふりと口から息が漏れ出でた。

そもそも好きな相手って……なんでここで殿下が出てくるのか。

あんなのはトウモロコシの髭だってば。

だから、ちょっと、それは無い。

 殿下ってば意地悪だし。

何かといえば未だにぼくをにんじんなどと言うし、そうっ、何よりもぜんぜんちっとも筋肉質じゃないし!


 筋肉筋肉筋肉っ。

一に筋肉二に筋肉、三が鶏肉、四がゆで卵だよ。

胸筋腹直筋三角筋に上腕二頭筋!

大事なのはそこだ。

 あ、もしかして殿下ってば実は脱いだら凄い系?

やばい、ちょっと気になる。

最近なんだか顔を合わせないけれど、今度あったら見せてもらえないか頼んでみようか。それともふいをついて腹に触れてみるとか。腹筋割れてたりするのだろうか。

いや、ちょっとまて。

相手は一応殿下だった。デンカっていうのはお偉いさんなのだよ。迂闊なことをしてはぼくの首が飛んでしまう。文字通り。


えーと、いやいやいや、違う。

だから違うったら。

つまり、そう、筋肉といえばアラスター隊長!

アラスター隊長に告白されたら――嬉しいけどアラスター隊長、どっちかって言うと父さまよりなんだよね。

 むしろアラスター隊長は筋肉の好敵手(ライバル)

打倒アラスター隊長!

何よりアラスター隊長はぼくのこと男の子だと思っているだろうし。


 何よりココで告白されたところで、誰も彼もルディエラのことは男の子だと思っていることだろう。

 にじみ出る女の子らしさを見極められない残念な人の集まりなのだ。

ぼくだって決して女の子を捨てている訳じゃない。だというのに、いまだに僕自身に言われないと気付かないっていうのはいったいどういうことなのだろうか。ばれちゃいけないのは大前提なのだが、それでも判る人だっていたっておかしくないのに。

 考えれば考える程にここの人間はまったくなっていない。

フィルドさんにしろクロレル副長にしろベイゼル副長にしろ、不可抗力であったにしろ一緒に風呂にまで入った仲だというのに、いまだに男の子だと思っているのがありえない。

 そりゃ、ティナン兄さまやバゼル兄さまの言う可愛いを盲目的に信じる訳では無いが、少なくとも不細工ではないはずだ。

 バゼル兄さまのドレス着せ替え人形の実績もあるし、女らしさが皆無というのはセイムの暴言であるに違いない。


 好きな人、好きな人――キスしたり、それ以上のことをしたいなんて、相手。

フィルドさんの言葉が思い出されて、恥ずかしさで思わずはたはたと片手で顔を仰いだ。

そんな風に誰かに好かれるって凄いし、そんな風に誰かを好きになってみたい。でも今のところ大事なのはやっぱり騎士団に居られるという今のほうがそんなことよりずっと大事で、ふるりと首をふって体温を正常値に戻そうと努めた。


ぼくは騎士団員になる。

たとえそれが、ただの幻でも。

レンアイになんて現をぬかしてなんていられない。

そんな考えはまず一人前になってからだ。


「あ……カムおいてきちゃったけど……ま、いっか」


***


馬房で一人とりのこされたフィルドは頭の混乱を治める為によろよろと場房の木柵によりかかり、ゆっくりと咀嚼するように物事を整理した。

 想いを伝えた。

そう、伝えた。覚悟はしていなかったが、突然ルディ・アイギルを目の前にして今言わずしてどうするという気持ちが高まってしまった。

 遠回りなどしていられない。

もちろん……玉砕は覚悟で。

そして木っ端微塵にはじけとび、それは見事に振られた。

そう、振られた。


 ここまではいい。これは仕方が無い。

自分がもし同性に「情欲」などという言葉を向けられたら――鳥肌というよりも寒イボが一気に全身を駆けずり回り、そんな台詞を吐き出した相手に対し切り落とすが蹴りつぶすかの判断に迷うところだ。臓腑を蹴り上げて「は?」と言うだろう。

 そうしなかったあいつは寛大ともいえる。


だが問題は、その後だ。


――ぼく、女の子なんです。


ぺこりと勢いよく頭をさげられた。

さらさらとした髪が頬をなぞって揺れている。


そうか、そうか、なら仕方ない。

私は男の子が好きだから……まて、男の子が好きなのか? まてまて? 男の子であるルディ・アイギルだから好きなのか? アレが女の子であれば嫌いなのか? いや、だが自分はアレを男だと思っていた訳であり、男であるアレに惚れたのだから、女の子である場合は違うのか?

 まて、冷静になれ。

アレが女であれば何も問題は無いのではないだろうか?

自分は男で、相手は女で。

「いや、だが振られたのか?」

 誰かに相談したかった。できれば気安い相談相手――勝手に相談相手に決めているベイゼル・エージを捕まえてこころの全てを吐露してしまいたいが、いかんせんルディ・アイギルが女であるということは秘密だ。


アイギルと秘密の共有!

なんて甘美な響き。

私以外誰も知らないあの子の秘密。

こんなに幸せでいいのか?


 心の友ベイゼル副長に言いたい。

自慢したい。秘密の共有は親密な関係の証拠だ。もちろん相談もしたい。だができない。

 彼女の――彼女、ああ、なんていい響きだろう、彼ではないのだ素晴らしいじゃないか――兄であり第三騎士団の隊長であるティナンであればアイギルが女であることなんて当然知っているのだから相談できるかもしれない。

 

「妹さんを下さい」とか言って楽しく酒が飲めるかもしれない。

いや、駄目か。

 彼女はティナン隊長から口外を禁止されているのだから、そんな相手にうかうかと相談などしてはいけない。いやまて、彼女から秘密の告白を受けたのではなく、自分が気付いてしまったのだと言えばティナン隊長も仕方が無いと許してくれるかもしれない。アイギルにはナイショにして欲しいと相談を持ちかけるのはどうだろう。


――そう、女の子であるなら大丈夫。問題は無い。

問題は、無い筈だ。

女の子……にしては色々と問題はないだろうか? 女の子はあんなに大雑把でいいのか? 性格もよくないぞ。素行も微妙だし、何よりあの筋肉好きはいったいどういうことであろうか。

本当に女の子なのか?


いやいや、それ以前にやっぱり自分は男の子であるアイギルに惚れてしまったのか? 女の子であるアイギルに対して体が反応しなかったらどうしたらいい。

「というか、振られているのか?」


 馬房の片隅にて延々繰り返すこと三回目――フィルド・バネットはその日、第二騎士団詰め所の集合時間にものの見事に遅刻した。


***


 机の上に山積みにされた来年の予算案に日報、警備状況の手配書類。

地方でおきた小競り合いの報告書に、怪我人の欠員を埋める為の人事の提案書。それらを侵食するかのように詰まれた釣り書き。

 それに混じって騎士団第一隊の編成考案。要人外遊の警備関係の書類。王宮の警護の為の時間調整。

決済を待ち続けている書類を淡々とこなしながら、軍事将軍などという重苦しい肩書きなど飾りでしかなく、ただの下男と何が違うのかと斜に構えた息が漏れた。

 本来であればこの要職には第二王子殿下であるリルシェイラが就く予定であった。だが、リルシェイラが十二歳を超える頃には誰の目にも明らかであった――あのすっとこどっこいには軍事将軍などという役職は担えないどころか、国が滅びる最短ルートを突き進むことになるであろうと。

 そうしてただの消去法としてこの要職は第三王子殿下であるキリシュエータの上へとのしかかったのだ。

 キリシュエータ自身、自分が神殿の司祭など務まるなどとは思わないのでその点に関してのみ文句は無いが、それでも時折考えてしまうことはある。

――何故自分ばかりがこんな理不尽な重圧を背負うのか。


「殿下?」

 深い溜息を吐き出し、ぎしりと音をさせて椅子から立ち上がると近くの机でキリシュエータの手元に行く前段階にある書類を整理していたティナンが視線をあげた。

「何かお飲み物を用意いたしましょうか?」

「いや、いい……少し外の空気を吸ってくる」

「では一緒に」

 同じように席を立とうとしたティナンを制し、お前は自分の仕事をしていろといい置いた。どうせ執務室を出ればそこに控えている第一隊の騎士が一定の距離をとりつつも護衛として付き従うのだ。たとえどんな状況といえども完全に一人になることは無い。

 

騎士団官舎内に作られている軍事将軍としての執務室は建物の三階――廊下を歩きつつ、中庭にある訓練場を見下ろせば丁度馬術訓練をしている第三騎士団の面々が目に飛び込んだ。

一番小さくて、一番元気で、目立つのが――にんじん娘だと判る。

つきりと痛む胸で、ふいっと視線を逸らしたいのにそれが適わずに窓辺に寄りかかるようにしてそれを眺めていた。

 まるで畏れるものを見るように。


恋だった。

恋であった筈だ。

もう、封じなければいけない――想い。

いや、もう封じた。

あの子と対峙したところで、もう何も……


ぎしりと奥歯が音をさせ、いっそ砕けてしまえとすら思った。

こんなことを考えている場合ではない。仕事は山積みで、恋だの愛だのとにかかずらっている暇は無い。

 あの子を妻にと望んだのか?

違うだろう。そんなことはもとより考えていなかった筈だ。そこまで考えてすらいなかった。

 ただ、目が放せなくて、腹がたって、笑顔がこぼれて――はらはらして、イラだって、そして、それがつまり、恋だった。

そこにはそれ以外何もなかった。身分も立場も、何も。

いっそ何もしらなければよかった。

澄み渡った泉に石など投下するべきではなかった。

たとえ倫理に反していようとも、知らなければ――気付かなければ時など過ぎてしまったであろうに。


「そんな訳にはゆくまい」

 もう幾度目かの自嘲の溜息が落ちた。

自分が何もしなくとも、決して皇太子殿下フィブリスタはそれを許しはしなかっただろう。

あの口を止めることは適わない。

――いっそ、全てをすててあの小娘と二人他の国に逃れてしまおうか?


 あまりにも愚かな考えに思わず声を出して笑いが漏れた。

恋など、忘れた。

愛など要らない。

分別なくそんなものに生きられるような人間ではない。


口付けだけの思い出だけで、何一つ得ることも無く――失うこともない。

想いを告げることもない。

この先、誰かを娶り、子を成したその果てに、笑い話のように昔話として口にすることができるようになるのだろうか。


そう、笑えるだろうか。


そう思った途端、喉の奥から笑いがこみあげて肩が震えた。

愚かだな。

笑えるに決まっている。

不幸に酔っているのではないか? 苦しい気がしているだけだ。

これは勝手な妄想。

独りよがりの夢。

――にんじん娘は知りもしない、埒も明かぬ片恋でしかないではないか。

げんに、あの娘はこちらの気など知らずにただひたすら馬を駆る。片手で手綱を操り、訓練の為の棒剣を振るう。

憎らしい程に楽しげに。


いっそ憎めればどんなにいいか。

憎む? 

誰を憎めばこのやるせなさは消化できるというのか。


「殿下っ。キリシュエータ殿下」

 背後からつかつかと近づく足音と呼び声に、窓辺に身を寄せていたキリシュエータは一瞬びくりと身をすくませて体制を整えると、自らの眦を親指の腹でぬぐいさり、くるりと身を翻した。

「何だ」

 鋭く返した言葉は、わずかにかすれた。

振り返った先には伝令官の腕章をつけた従卒。

従卒は一瞬まみえたキリシュエータの表情の鋭さに身震いし、第一音をひるませ、けれど自らを叱責して声を張り上げなおした。

「皇太子フィブリスタ殿下よりのご伝言でございます」

「申せ」

「――明日の午後に時間が取れると伝えるようにと」

 控え、落ち着きを取り戻し静かに伝えられる言葉に、キリシュエータは瞠目するように数拍時間をとり、やがてゆっくりと応えた。


「判ったと、キリシュエータが告げていたと報告しておいてくれ」

きっぱりとした口調で言い切った時に、丁度反対側からおいてきた筈の副官が苦い顔でやってくるのと目がかちあった。

 なんとく居心地が悪い気がして視線を逸らせば、ティナンは冷ややかに口元を引き締める。


「いったい、何をなさっているのですか」

「何のことだ」

「――明らかに私に隠れて何かしていらっしゃいますよね。

副官である私が信用できませんか? 我が君――私には知らせることのできない何をなさっているのです」

 決意を固めた眼差しを真摯に向けてくるティナンを前に、キリシュエータはぐっと拳を握りこんだ。


***


「あなたが我儘だから私が使い走りのようなことをさせられるのだと思うのですよ」

 苛立ちを込めた一音に、ルークは落としていた視線をふいとあげた。

【賢者の塔】の自身にあてがわれた部屋で、完全に自らの楽しみとしての読書にいそしんでいた時に入り込んだ傍若無人な声。その声の主はわざとらしく片手をふりつつ「どれくらいドアを叩いたら応えがくるのかと思いましたが、あなた本を読んでいる時は雑音は完全に無視するんですね」と鼻を鳴らして見せる。

「とにかく、私は貴方担当じゃないのですよ、ルーク」

「キミがぼく担当でないのはぼくが十分知っている。ナシュリー・ヘイワーズ事務補佐官。

ウィル・ヒギンズ事務官の補佐なのだから、誰の担当かといえばむしろウィル・ヒギンズ事務官の担当なのだろう」


「それも物凄く嫌な感じですが……」

 好きでウィル・ヒギンズの補佐官を勤めているのではない。

ルークも面倒くさい相手だが、ナシュリーの直属の上官はそれ以上に面倒臭くてできれば縁を切りたい相手だ。人事にかけあって手元を離れようと努力しているのだが、あのでかくて根の暗い上官は「私の補佐官であることに不満が?」などと直球でくるので軋轢を好まない平和主義者のナシュリーとしては「とんでもありません」とにっこりと笑ってやり過ごすしかできないのだ。

 実際は物凄く迷惑だというのに。

誰が当人に苦情を訴えることができようか。

円満な人間関係は心配りから!

どんな時でもそつなく笑顔で対応してしまう自分が憎い。

所詮しがない中級仕官。


「だがあちらはどうやらキミはぼくの担当だとでも思っているのだろう。あちらの思惑はぼくには関係がないのだからぼくに言われても、困る」

 平坦な口調でルークに説かれ、ナシュリーはがしがしと自分の頭を乱暴にかき混ぜた。

この古馴染みと会話をしていると何故かやたらに消耗する気がする。彼曰くの自分の担当――上官であるところのウィル・ヒギンズは寡黙な性質な為、しゃべり始めると人より口数、というか減らず口の多いルークを相手にしていると、耳からなんだかどろどろとした液体を垂れ流されているような気持ちになる。


「ああっ、もう。

とにかく、伝言です。

第三王子殿下キリシュエータ様から、明日の昼に出頭せよと――いいですか? 明日の昼ですからね。

明日の午前中にまた馬車で迎えをよこしますから、きっちりと用意しておいて下さいよ」

 いつだって笑顔で他人に対応するナシュリーとしては、ほぼ素でルークと対することができるのは相手との人間関係の構築など少しも考えていない為だろう。

「ナシュリー」

 ぱたりと本を閉ざし、ルークは椅子に掛けられていたローブを引いた。

「今出る」

「はぁ? 今出てどうするって言うのですか。それに生憎と私は馬車じゃなくて単騎ですよ?」

 ただの伝令官まがいの使いなのだ。

わざわざ暢気に馬車なんぞで訪れた訳ではない。その単騎だとて一刻以上の時間を必要とするここは人里離れた辺鄙な場所なのだ。

 突然何を言うのかと顔をしかめるナシュリーの前で、ルークは【賢者の塔】の住人としての特徴的なローブを身にまとい、鞄の中にひょいひょいと本を詰めた。

「クインザム兄さんの屋敷に連れて行ってくれればいい」

はい、きました――一刻はおろか一刻と半時。

そこから自分の官舎に戻る刻限を足しての超過勤務。

ただし勤務時間外手当は出ない。

「判りました……では塔の馬を借りましょう」

 塔には常時馬車はおかれていないという。

塔の貴重な資料を持ち出せてしまう乗り物は不可なのだ。ルークの為に馬車を乗りつけることすら許可制なのだから実に面倒くさい。

 馬車を用意できないのであれば馬を借りてくるかというナシュリーに、ルークは小首をかしげて見せた。


「馬なんてどうするつもりなのかな?」

「そりゃ……」

「ぼくは子供の頃に馬から落ちていらい馬に触ったこともない」


ルークは生真面目な口調できっぱりと言った。

「手綱を操ることもできないから、キミの前か後ろに乗せてもらうに決まっている」

世の中にそんな情けない台詞をむしろ男らしく堂々と吐露できる人間などはじめて見た。

堂々ばかりかなんという上から目線。

むしろ、軽く今莫迦にされた気もする。


うわっ、斜め方向で男らしい。

キャアー、素敵、カッコイイ、惚れない!




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