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王道で行こう!  作者: たまさ。
発覚
90/101

その5

「いっただっきまーす」

 出来立ての牛タンの煮込みを前にしたルディエラは上機嫌で声を弾ませた。

【アビヨンの絶叫】の店内は本日も警備隊だの騎士団だのの隊服で溢れている。決して一般の客にとって居心地の良い店ではないだろうが、もともと店主が騎士団の隊員あがりであるので仕方ない。


「アイギル、魚のグリル食べるかい? たまには魚も食べないと」

「食べますっ」

 きらきらと瞳を輝かせて言うルディエラの前で、第二騎士団副長クロレルは慣れた様子で店主に追加注文をし、ルディエラの隣のベイゼルは便乗するように一気飲みしたゴブレットを掲げた。

「親父、麦酒追加っ」

「……すみません、私も」

 控えめに追加注文をしつつ、フィルドは肩を落として溜息を押し隠した。

勤務時間明けに鼻歌交じりのフィルドに声を掛けてきたクロレルに「アイギルと飲みに行く」と言ったのは確かにフィルドの落ち度だろう。

 多少……いや、かなり浮かれていたのだ。

だが、何故そこでクロレルが同席することになったのか未だに判らない。フィルドの話にクロレルはにっこりと微笑して「それは楽しみだね」と言っただけであったというのに。【アビヨンの絶叫】に来てしばらくすると、さも当然のようにひょこりと顔を出して「やぁ、遅れたかな?」と同席したのだ。


まぁ、その頃にはすでに色々と諦めていたのだが。


なんといっても、ルディ・アイギルはその背後に飄々とした第三騎士団副長ベイゼル・エージを伴って現れたのだから。

 いまさらクロレルの一人や二人増えたところで当初の目論見などとっくの大昔に壊れているのだ。


そう、当初の予定ではもう少し親密になれるのではないかと……

酒は禁じられているといルディ・アイギルを説き伏せて、ちょっとばかり酔わせてみたり、送るいでにちょっとした――まぁ、もういい。

「クロレル副長、牛タンの煮込み美味しいですよ? 一口どうですか?」

 反対側の席で楽しそうにしているクロレルとルディ・アイギルとを尻目に、フィルドはぐいぐいと隣の席のベイゼルの袖を引いた。


「どうしてエージ副長が来るんですか」

「来ちゃいかんの?」

「――私がアイギルのことが好きだっていうのは知っているでしょう? たまには気を利かせてくれてもいいんじゃないですか?」


 すでにやけっぱちのフィルド・バネット――人生踏み外した足はなかなかもとの道へと戻りそうにない。というか、むしろ決して通ってはいけない道を爆進中。

 

あけすけなことを言われたベイゼルはゴブレットを傾けながら「おんやぁ、そうだったかー。そいつぁ悪かったなー」と暢気な口調で返した。

「副長っ」

「手ぇ出すなって、言っといたでしょうに」

「二人で食事くらいいいでしょう? 無理強いした訳ではありませんし――無茶するつもりもありませんよ」

 当初の下心などおくびにも出さずにふて腐れた口調で言うフィルドは、深々と溜息を吐き出して更に声を潜めた。

「あとでクロレル副長と河岸かえてください」

 まだねばるか――ベイゼルは少しだけフィルドを賞賛したい気持ちになったが、生憎と「わーったよ」と言ってやるつもりは無い。


「おまえもいい加減諦めなさいよ。アレには漏れなく兄ちゃんがついてくるのよ? 兄ちゃん怖いのよ? お前さんだって一時はうちの隊にいた人間でしょうが」

 忘れているのではないかと言ってやれば、フィルドは平然と「それが何か? 恋愛に大事なのは当人達だけです」と切り返す。

 ベイゼルはごきゅりと麦酒を飲み込み「若いってのはいいやね!」と半ばやけくそで口にした。


「それじゃっ」

「だーめ。オレはあいつのお目付け役なの。お前さんがよくてもオレがオニイチャンに叱られるの。っつーことで、河岸変える時があるとすれば、アイギルも回収」

 ぼそぼそぼそぼそと二人で言葉を交し合う様子に、反対側の席で食事を楽しんでいるルディ・アイギルはにこやかに口を開いた。


「二人ともいつの間にか仲良しですよね。何をこそこそ話してるんですか?」

「お前さんの悪口に決まってっしょ」

 ベイゼルが声音を戻して言えば、フィルドが慌てて「そんなこと無い」と取り繕う。悪口などとんでもない。こんな些細なことで嫌われてはたまったものではないと焦るフィルドだが、当人は「大丈夫ですよ、フィルドさんのことは信じていますから。どうせ悪口をいうとしたらベイゼル副長だけですから」とあっさりと返した。


***


「かぁーっ、結局払わされた」

ぶーぶーと文句を付けつつ自室の扉をあけたベイゼルは、そこに見てはいけないものを見てしまい、慌てて扉を閉ざしてしまいたい気持ちになった。

 その背中にルディエラがぶつかり「ちょっ、ふくちょーっ。出入り口で止まんないで下さいよ」と鼻を押さえて苦情を訴える。

 低い鼻がもっと低くなったらどうしてくれるんですか。と軽口まで言ったところで、部屋の奥からの声にルディエラは身をすくませた。


「ベイゼル、少し部屋を空けてくれ」

 静かな声音は、間違いなくティナンのソレで――ルディエラはぞわぞわと背筋に寒気が走るのを感じた。


 お酒!

いやいや、お酒は飲んでない。大丈夫。

訓練だってちゃんと受けているし、今の時間は勤務外。待機時間といわれればそれまでだが、たいていの隊員は好きに過ごしていい時間だ。何の問題も無い。

怒られるような要素は何もない筈だと自分を落ち着かせたものの、だからといってぞわぞわとくる恐怖心は簡単には払拭されてはくれない。

「隊長、こんな時間になんなんスか?」

 ルディエラとティナンの間に挟まれているベイゼルが胡乱気に尋ねるが、背中に張り付いているルディエラにはそれが振動のように伝わった。

ルディ(・・・)と話がある。お前は行く場所が無いならぼくの部屋で好きにしていてくれ」

「そんなこと言われたらキャビネットの酒あけちゃいますよー?」

「かまわない」

 あっさりとした返答にベイゼルは肩をすくめ、背中にぺったりとはりついてしまったルディエラの襟首を掴むようにして、ぽいっと中に放り込んだ。


「じゃ、あんま長居しないでくださいね。オレも眠いんすから」


 ルディエラは思わずベイゼルに救いを求めたい気持ちになったが、ふと――気付いた。

今、ティナンはアイギルではなく……ルディと口にした、と。

 ぱたりと扉が閉ざされると、部屋の中央で立っていたティナンが眉を潜めて困ったように苦笑を落とす。


「少し……ムシがよすぎるかもしれないが」

「隊長?」

 おずおずと相手の顔色を伺うルディエラに、ティナンは両手を広げてみせた。

「おいで」

 おいで、といわれて条件反射でその腕に飛び込みそうになってしまったルディエラだが、いくら脳筋ルディエラといえども多少の学習能力は持っている。

 尻尾を振って「兄さまっ」といったところでベシリと叩き落されるのではないかという思いに足が止まれば、ティナンは広げた手をしげしげと見つめ、嘆息し、ふと自らの手にある白手を引き抜いてぱさりと落とし、腰の細剣すら剣帯もろとも外してみせる。その意思表示は明らかに勤務外を示す。

 戸惑いつつティナンと寝台に立てかけられた細剣とを交互に見やるルディエラに、ティナンは同じ言葉を繰り返した。


「おいで」


 その言葉に、けれど未だに信用しきれないルディエラは扉の前で逡巡するように――救いを求めるかのように瞳を揺らした。

 それに痺れを切らしたのか、ティナンは長靴を鳴らし大またで近づくと遠慮会釈無くルディエラをその腕の中にぎゅっと抱きしめたのは――のは、さすがのルディエラにも意表をつくほどの出来事であった。


「――あの人は、子供の頃からずっと嘘をつく時に視線を逸らさない」

 ぎゅっと力強くルディエラを抱き込み、ティナンはルディエラの明るい髪に顔をうずめて天気でも口にするようにそんな風に小さく呟いた。

どこか遠くを見るような独り言。

「つくづく、外交にはむかないな」

「……あの、隊長?」

 ぎゅうぎゅうと抱き込まれつつ、おそるおそるルディエラが声を掛けるとティナンはやっとその力をわずかに緩めた。


「自分勝手なのは判っている。けど、今は……兄さまでいさせておくれ」

 乾いた笑いを頭のてっぺんで聞いて、ルディエラは身じろぎして顔をあげた。

どうやら今は兄妹でいて欲しいらしいティナンは確かに身勝手だ。一方的に兄でも妹でもないと突きつけていた癖して、自分の都合でそれをころりとかえてしまうなんて。けれど、だからといって嫌いになったり拒絶したりできる筈がない。

 ルディエラは押さえ込まれてしまった腕を引き抜き、自分も同じようにティナンの背に腕を回してぐっと一度抱きしめた。


「兄さま、何かあった?

辛いこと?――」

 口にし、ああ聞いてはいけないと自分を戒める。

根掘り葉掘り尋ねたところで、兄が自分に弱音を吐露するとは到底思われない。

仕方なく、ルディエラはぐいぐいとティナンの腕の中から逃れて、ティナンの腹を押すようにして自分の寝台に無理矢理座らせた。

 ティナンが寝台に座ると、わずかだけれどティナンの顔がルディエラの顔より下になる。その顔を自分の胸に抱きしめて、ルディエラはこんなときにどう言えばいいだろうかと駆使して、自分の気持ちを精一杯伝えることにした。

 まるで広い世界で一人ぼっちになってしまったかのように弱々しさを見せる兄に。


「兄さま、大好きだよ」

「殿下より?」


 気安い口調で言った言葉に、意外な台詞が瞬時に返され、ルディエラは慌ててティナンから体を引き剥がして相手の顔をマジマジと見返した。

「……どうして、殿下?」

 しかもどの殿下?

頭の中にぱっと浮かんだのは何故か皇太子殿下フィブリスタで、ルディエラは何故か「うへぇ」と言う気持ちになった。

「キリシュエータ殿下よりぼくのほうが好き?」

 そう、ティナンが殿下と言えばそれはすなわち第三王子殿下だというのに。

「えっと……あの、兄さま?」


 まったく意味が判らないよ!

とりあえずフィブリスタ殿下でなかったことは良いのだが、だからといって第三王子殿下キリシュエータであろうと意味が判らないことには変わりない。

驚愕するルディエラの前で、ティナンは生真面目な表情で見返してくる。

「殿下とぼくとどちらが好き?」

「……どうして殿下がここで出てくるのか判らないけど、もちろん兄さまのほうが」

 どう考えても比べる話ではない。

そう思うのに、殿下と好きという単語を並べ立てられ、ルディエラは頭の中にキリシュエータに口付けされてしまった時のことを思い出し、かぁっと体温があがるのを感じた。

 

――あれは、何だったかもう忘れてしまったけれど、何かを誤魔化す為にされたという屈辱的な口づけだ。

 しかも二人だけの時であればいざ知らず――それだってイヤだが――フィブリスタ殿下の御前でのことだった筈。

 思い出せば腹立たしい。

なんだってあんなことになったんだっけ。

なんかすっごい、本当にすっごい下らない理由であった気がする。


「兄さまの方が好きに決まってるでしょっ」

腹立たしさか何なのか、むかむかと何かが競りあがにり、怒鳴るように言い切れば、言った途端にまたしてもぎゅうっと抱きしめられた。

「ルディ……大好きだよ」

「うん、判ったから」

 何だろうか、この兄は――困惑しつつ、ルディエラはハッと気付いた。


まさか、女性にふられたとか?


ティナンの女性関係はあまり耳にしたことが無いが、兄にも辛い何かがあったのかも……しかし、だからといって妹に救いを求めるのは如何なものであろうか。

それとも大好きな「我が君」に虐められでもしたのだろうか。

 最近はちょっと優しいような気がしていたが、そもそも殿下は性格が悪い。相変わらずルディエラのことをにんじん扱いだし。

 キリシュエータに対しての腹立たしさで更に頭を一杯にしていると、引っ付いたままのティナンが先ほどまでの辛そうな空気を一変させて囁いた。


「クインザム兄さんとぼくだとどっちが好き?」


更に続く意味不明な問いかけに、ルディエラはふっと思考をとめた。

「ねぇ、ルディ」

囁きながらせっつかれ、ルディエラは心を氷点下に落とした。


「クイン兄さん」


――なんだろう、時々ティナン兄さま面倒くさい。


「クイン兄さんなんてぼくよりずっと年寄りじゃないかっ」


……ものすごぉく、面倒臭い。




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