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王道で行こう!  作者: たまさ。
でもどり
82/101

その1

 突然の人事について文句が言える立場には無い見習い騎士ルディ・アイギルはその日のうちに荷物をまとめあげ、翌日の朝一番で第三隊への異動が確定した。

 その際、心の底からアラスター隊長との別れを惜しんだルディエラだったが、アラスターがどこかほっとしていたところが気になるところだ。

 自分がどれだけアラスター隊長の「肉体」のファンで離れがたいのだと一心に訴えてみたのだが、更に一歩二歩と引かれてしまったような気さえする。


 好きだといって嫌がられるなんて、心が痛む。

――自分が肉体(からだ)目当てだと言ったことについて勿論悪気も悪意も無いルディエラは、もし自分が肉体を褒められたならば泣いて喜ぶのにな、などと考えてみたが、そんな未来はおそらく来ない。

 むしろルディエラの肉体を賛美するような事態があった場合……などという事柄はおそろしいので考えてはいけない。

 第二隊の副長であるサイモン・クロレルとフィルド・バネットはルディエラの異動を悲しんでくれた。フィルドなどは感極まったとでもいうように、ぎゅっとルディエラを抱きしめていたが、ちょっとばかり苦しすぎた。フィルドはああいう人だっただろうか。もっと陰険な人間であったような気がするが、やはり共に訓練をすると人とはかわるものだ。

 仲間意識というものが芽生え、友情の花が開花したりするに違いない。

やはり男同士はすばらしい。

 フィルドが今度部屋に泊まりに来いと言ってくれたが、すかさずクロレル副長が「そうだね、その時は私もぜひとも一緒に」と賛同してくれたのがまた嬉しい。

 気落ちしてしまった心を浮上させ、ルディエラは気持ちを一新させた。

そう、なんだか釈然としないが隊異動――アラスターがいないことは心より残念だが、何といっても第三隊は訓練の為の部隊。

 ルディエラとしても日々の訓練は大好きだ。


「ということでただいまー」

少しばかり錆びたようなぎぎぃっという音をさせて開く筈の扉は、がごっと鈍い音をさせて止まった。

「お引取り下さいっ」

 第三隊副長、ベイゼル・エージの部屋の扉を開こうとしたルディエラだったが、その扉の反対側でベイゼルは涙に咽びながら扉を押さえていた。無論――無駄な行為だと理解していても、男にはやらなければならない時がある。

そう、まさに、今だ。

「ちょっ、副長ってば酷い」

「酷いのはお前じゃあ。この疫病神っ。なんで帰ってくるの」

「何でって、隊長がここに戻れって言うんですもん」

 しかも問題の隊長はいつもより更に二倍増しくらいに恐ろしい雰囲気をかもしていた。無表情で淡々としたティナンは、ルディエラに無駄な口を閉ざさせる威力を持つ。

兄様ってば具合が悪いのではないだろうか心配してしまったルディエラだが、悪いのはむしろ具合ではなくて機嫌だろう。

 可愛い可愛い妹の口から、男の肉体目当てなどとほざかれてしまったティナンに幸多かれ。硝子の心が粉砕してしまったかもしれない、人生が分岐点を迎えてしまうのではないかというくらいの一大事だ。

 ぐぬぬぬぬっと力を込めて進入を防ぐベイゼルの行動を、ただの意地悪ととったルディエラは溜息を吐き出し、一旦扉のノブにかける力をゆるめ、自らの横に座る相棒に声をかけた。

「しかたないなー、カム。手伝って」

声をかけた途端、灰色狼のカムは心得た様子で主人の押す扉に自分も力いっぱいのしかかった。

「って、そいつも一緒かよっっっ」

 ベイゼル・エージは更に加わった扉の重みに耐えられずに手を離し、突如開いた扉からわふりと顔を出した狼に悲鳴をあげた。


***


 微妙な空気だった。

第三王子殿下キリシュエータはなんとなくうなだれ、彼の副官であるティナンは酒瓶を握り締めたままふつふつと肩を震わせ――嘆いていた。

「そ、育て方に問題が……」

「お前の母親どうなってるんだ」

 思わず賛同してしまったキリシュエータであったが、胡乱なティナンは小さく首を振った。

「いえ、ルディを育てたのはむしろうちの兄で――母さんは女の子ができたことでふっきれたのか何なのか、自分の趣味のほうにいってしまいました」

 男ばかり四人を育てた母は、最後の一人であるルディエラが女の子であるという現実の前に恐怖した――それこそ腫れ物にでも触れるような扱いで危うく、それを見た長男クインザムがさっさとルディエラを母の手から取り上げてしまったのだ。

「つまり、クインザムの教育の賜物がアレか」

「いや、それもちょっと……きっとこんな男ばかりのところに放り込まれて、繊細なあの子の心が崩壊してしまったに違いありません。

あああ、お兄ちゃんが心配していた通りに酷いことにっ」

 確かに心配はしていたと思われるが、明らかにティナンの心配と現在の状況は違う。

「繊細……にんじんのどこをつつけばそんなものが出てくるのか」

「失礼ですね。殿下にはあの子のよさがちぃっともわかっていらっしゃらない」

「よさくらいは――」

 理解している。

そう言おうとしたキリシュエータであったが、その言葉は口の奥で詰まった。


――ルディエラのよさ。

 果たしてそれはどこだろう。

踏まれても蹴られても起き上がる雑草のような精神力か? 

女らしさの欠片も無い暴力的な元気さか?

訓練であれば他者を陥れることも嬉々としてやり遂げる図太さか。

 色々と浮かんでくる言葉を前に、キリシュエータは頭を抱え込んだ。


――果たして自分はどこをどう間違ってアレに惚れているのだろう。

惚れ……

惚れ、て――……


「誰か私を殺せぇっ」

 羞恥心と敗北感に思わず叫んだキリシュエータに、ティナンは「はぁっ?」と間抜けな声を漏らして主を見つめた。


***


 文官というよりは武官が似合いそうな男だ。

短い髪は猫毛で癖があり、むしろ似合わない。いっそのことかりあげてしまえば無骨な印象を与えることができるだろうが、その似合わなさに甘さがある。

 闇夜にまぎれるかのような上着の男は、冷ややかな眼差しで自らの部下であるナシュリー・ヘイワーズを眺め威圧し、下がらせた。

「こうしてお目にかかることなど普通は無いのですが」

「だろうね」

 内部調査官が表にでることなど本来ではありえない。調査対象に知られるようなことなどあってはならない。だからこれは――ウィル・ヒギンズの単純なミスだろう。

 嘆息を落とし、ウィルは真正面からルークへと視線を向けた。

「率直にお聞きしましょう。

今、あなたが調べている事柄は何でどのような理由があってのことでしょうか」

「どこまで調べている? 楽をしようとするものではないと思うよ――人間は考えることを放棄すると衰退する一方だ」

 ルークが言いながら手にもっていた本を閉ざすと、ウィルは眉間に一筋の皺を刻み込んだ。それだけで目が鋭くなるが、ルークはまったく気にしなかった。

 ただ肩をすくめ、

「ぼくが調べているのは殿下のお一人からの命令でのことだ。それで調査が入るということは、それ以上の人にとって不快、不利益、隠匿したい何かがある訳だ」

「率直に言えば、手を引くことをお勧めします」

「そんなに難しい話なんだ。おかしいな――確かに、記録がいくつか気にかかる。史記と記録とは別だと知っているかい? 記録は幾人かの書記官によって記される。その中で一番不思議なのは、生まれ落ちた皇女の生まれ月が違うことだ。ある書には産まれてすぐに殺されたとある。またある書には三月の間の記録がある。それってつまり……」

「手を引く気が無いのであれば、相応の覚悟が必要となると理解できませんか?」

 低く威圧的に向けられる言葉に、ルークは肩をすくめて嘆息した。

「先ほど言ったように、この件はある殿下に命じられてのことだから――それを無視すると結局あまり楽しい結末にはなりそうにない」

 小首をかしげてのほほんと見つめ返され、ウィルはますます眉間に皺を寄せた。

扉の外にはナシュリー・ヘイワーズの気配がある。離れていろと言ったが、おそらく扉に張り付いて中の様子を気に掛けていることだろう。

 ウィル・ヒギンズにとって面前の【賢者】の一人が生きようと死のうとあまり関係は無いが、この後にルークに何事かあれば、ナシュリーは絶対にこのこと(・・・・)と切り離して考えたりはしないだろう。たとえ、明らかにルークが事故死したとしてもだ。

 本来であれば軍機違反でナシュリーに罰を与えてもいい。むしろ粛清が一番効率のよい処理方法だが――ウィルはわざとらしく深く嘆息した。

「あなたの見解をすべて教えて下さい。文章にしたものも、頭の中身も。悪いようにはいたしませんから」

「内部調査官としては甘いな」

「――この件は明らかに私にとっていつも通りという訳にはいきません。ナシュに嫌われてしまう訳にはいきませんから」

 扉の向こう側で聞いているであろうという意図でもって語られた言葉だが――問題のナシュリーはといえば、口元を引きつかせ「これ以上どこをどうしたって嫌いが下がることはない。何たって下がりきってますからね! まったく何いってんだかこのすっとこどっこい。あれ、もしかして中身違う?」と眉を潜めていた。

 そんなこととはつゆ知らず、扉の中の二人は緊迫した空気の中で視線を交わし、やがてルークは観念したように唇を開き、

「じゃあ、まず先に――キミに調査を命じたのは、陛下という認識でいいのかな」

 真っ先に地雷を踏み抜いた。


***


「おーっす、でもどり」

「何か問題でもおこしたか、見習い」

 第三隊の面々は好意的にルディエラを迎え入れてくれた。

優しい先輩であるユージンはぐりぐりとルディエラの頭をかきまわし、過去に酔っ払ったルディエラにからまれたダレサンドロは「うげー」と顔をしかめたが、それでも概ね好意的に迎え入れてくれた。

 ベイゼル・エージと、そして――騎士団第三隊隊長、ティナン以外は。


 ティナンは冷ややかさに磨きをかけ、ひたりとした眼差しでルディエラを捕らえ、そしてゆっくりと口を開いた。

「アイギル」

「はいっ」

「腕が鈍っているだろう。あそこは所詮子守部隊ですからね」

 などと、第二隊のアラスターが怒りそうなことを口にする。

「まずは打ち合いと言いたいところですが、私もそうそう鬼じゃない」

 ふいに口角をあげるようにして微笑をこぼし、言葉を続けた。

「基礎訓練が先でしょうね。鈍ってしまった体を解さなくては――手っ取り早く、走ってらっしゃい。通常装備で、太陽が落ちるまで」

 冷ややかな命令を叩きつけ、それを払うように他の面々をゆっくりと見返した。

「他のもの達は本日は騎馬訓練。ベイゼル、おまえはアイギルがさぼらないように監督をしていなさい」

 その言葉に、この場にいた誰もが思い出していた。

「そうそう、アイギル。

太陽が落ちても体力かありあまっているようなら、打ち合いをしてあげますよ。私自らね」


――第三隊隊長ティナンが、どれだけルディ・アイギルという見習いを嫌悪していたかを。


 


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