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王道で行こう!  作者: たまさ。
夜遊び
81/101

その3

 長いウェーブのかかった髪は軽く結い上げられ、後れ毛をたらし、後ろは布製の髪飾りで纏め上げられている。

 うっすらとほどこされた化粧は頬紅と淡い色の口紅。村娘というには愛らしいひだ飾りをふんだんにつかったスカートという様相は村祭りに出る何かの売り子というところか、これまた愛らしいふんわりとしたエプロンドレス風。

 完全にお酒でできあがっているソレは、隣の騎士見習いの隊服に着られて(・・・・)いるにんじん頭のぼけなすの肩を抱き込み――祝福の歌をハイソプラノで歌っていた。


というありさまの兄を見た――


コレと血が繋がっているというのはどういう冗談か。

どうしよう、ぶん殴りたい。

いや、埋め立ててしまうというのもありかもしれない。

第三王子殿下キリシュエータは口の中で乾いた笑いをははと落とし、いっそのことこの騒ぎに乗じて暗殺騒動でもおきないものか、などと不謹慎にも思っていた。

男兄弟も三人いれば、一人くらい減ったところで問題は無いだろう。うまくすれば気付かれないかもしれない。

何より――ふつふつと殺気じみた何かを撒き散らしている、隣の副官もきっと同意してくれるに違いない。


「アイギル、隣の美女を紹介してくれ」


 心の中で数字を数え上げ、丁度七つ程度でなんとか心を落ち着けて引きつった笑いを浮かべると、ハイソプラノで歌っていた美女はやっと出入り口に立つこちらに気付き、一旦大きく瞳を見開き、ついでにっこりと微笑んだ。

「は・じ・め・ま・し・てー」

「の訳あるか、この腐れ頭」

 でかい嘆息を落とし、乱暴に椅子にどかりと座ると――キリシュエータはリルシェイラに捕まったままの哀れないけにえのようなルディエラへと視線を転じた。

 困ったような申し訳なさそうな顔で身をすくめているその姿はまさに小動物。女装するリルシェイラに男装のルディエラとはいったいどういう対だろう。


「にんじん、酒を注文して来てくれ」

「え、えっと、はい」

 まず叱られているとでも思ったのだろう、ルディエラは驚いた様子で一旦身をすくめ、そしてすぐに背筋を伸ばした。困惑の声音で。

そう、喧嘩をしにきたのでは無い。ただ呆れているということをありありと示す為にやってきたのだ。

「殿下っ」

 ティナンが酒を注文する主に対し諌めるように言うが、軽くそれを手で払う。

「これが呑まずにやっていられるか。お前も呑め――言っておくがリーシェ、店の周りは第二騎士団の連中にぎっしりと囲まれているからな。ここから逃げられると思うなよ。

ま、こんな現状だ。当分外出が許されないだろうからな、思う存分浴びる程に呑むといい」

たっぷりと嫌味を込めて笑みさえ浮かべてやれば、リルシェイラは大仰に溜息を吐き出して首を振った。

「その人員動員にどれだけ市税が使われると思うのかな。時間外労働とか。ホント迷惑だよね」

「お・ま・え・が・な」

 一文字一文字を丁寧に強調して言うと、気色の悪い女装男は不機嫌そうに顔をしかめて酒をわざとらしく口にした。

「少しはお兄ちゃんを敬いなさいよ」

「敬われるような兄になれ」

とうてい無理だろうがな。


そんな殿下二人の舌戦を尻目に――途方にくれつつもキリシュエータの命令の通りに酒を注文したルディエラは、店主に押し付けられた盆を手におそるおそると無骨なテーブルの上に酒の入ったゴブレットを置いた。

 そしてこれ幸いとその場から退こうとしたというのに、突如――味方を得たりとでも思うのか、リルシェイラによって二の腕を掴んで引き戻されてしまった。

「アイギルは確か兄弟がいるよね」

それまでの話題をすっぱりと切り裂くように向けられた話題に、ルディエラは正直驚いた。突然話題が変わってしまったこともさることながら、変わった話の内容に驚かされてしまったのだ。

リルシェイラ相手に兄弟の話題など出したことがあったであろうか? うっかりな自分のことだから一度か二度そんな話題に乗っかってしまったかもしれないが、あいにくと思い出せずにうろたえた。

 家族の話は基本的に危険だ。

「……うちの兄弟ですか?」

「そうそう。兄が二人? 三人だとか」

 正確に言えば四人なのだが、あまり詳しい情報を口にするのは躊躇い、相手の言葉を流すことにした。

――もともとこの情報をリルシェイラの耳にいれていたのはキリシュエータだったのだが、ルディエラは無意味に焦りを覚えてしまった。なんといってもこの場には三男兄がいるのだ。

へたなことを口走ってはまずいと緊張させ「兄さんが何ですか!」とやけに声を跳ね上げてしまう始末。

だが、実際にはキリシュエータだけでなく自分自身もぽろりと家族の話題は口にしていたのだが、そんなことも忘れている鳥頭だった為に無意味に焦っていた。

「喧嘩とかしないの? うちは見ての通りだよ。

アイギルの家族はどんな感じ?」

「感じって、あの、実に普通の家族ですよ?」

 朝も早よから大声で体操し、屋敷周りを軽くランニング、汗と筋肉にまみれた普通の家族だ。そのうるささの為に市内から追い出されたという曰く付きの家族であるが、当人にしてみればソレが普通だ。間違いない。


「お兄さん好き? 仲良し?」

「そりゃ、勿論」

 リルシェイラにとっ捕まり、反対側のキリシュエータとティナンにびくつきつつ当たり障り無く言えば、右斜め前に座っている三男が少しだけぴくぴくと口の端を痙攣させ、ほんの少し鼻が膨らませていたりするのだが、幸いその変化に気付くのは隣のキリシュエータくらいのものだった。

「でもやっぱり兄弟だと好きな兄とか嫌いな兄とかも出てくるんじゃない?

ま、これでも私は兄も弟も分け隔てなく愛しているけど、どうも一方通行なんだよね」

「うそ臭い愛だな」

「ちゃちゃいれないでよ、キーシュ。

それともアイギルのとこはもっとドロドロ?」

もうっと唇を尖らせ、けれど気にせずに相変わらずたずねてくるリルシェイラの言葉に、ルディエラは激しく抗議した。


「そんなことありませんよ。うちは仲良しだし、皆大好きです。嫌いな兄なんていませんよ。みんな一緒くらい好きですってば」

 正確に言えば、皆平等に好きなところも嫌いなところも存在している。

長兄は厳格すぎて時々うんざりとさせられるし、次男は生来の可愛いもの好きという要素が苦手だ。三男に至っては現在激しくコワイ。強いて言えば四男であるルークは――嫌いな部分はどこか探すのも難しいが、その性質もちょっと理解し難い。人間性が意味不明。

 だがそんなことをここで言っても仕方ないだろうし、何より当人がここに……


ちらりとルディエラが伺うようにティナンを見れば、職務中であろうというのに――更に言えば先ほど自らキリシュエータに対し酒は不謹慎だと嗜めたというのに、たっぷりと酒の入ったゴブレットをがしりと掴んでその中身をごきゅごきゅと音さえたてて飲み干した。

「――あれ?」

 当たり障りないことを言ったつもりのルディエラだったが、何故かティナン兄がやさぐれているような気がするのは、気のせいだろうか。


***


 走り書きされた名前と読解不可能な文言を目にとめた警備隊所属事務官ウィル・ヒギンズ付き事務補佐官ナシュリー・ヘイワーズが賢者の塔を訪れたのは、本来の自らの仕事が終わったのち――あくまでも私用の時刻。

当人としてはこんなことに私用の時間を使いたくはないが、だからといって仕事中にほいほいと訪れる場所でもない。何よりやはり趣旨的には私用の部類なのだろう。はからずも。


 受け付けで遅い時刻の非礼をわびて、面会を求める。

目当ての人物は書庫にいるということで見習い書士に案内されていつもの如く迷路のような建物内をぐるぐると歩かされて訪れると、彼女の年下の後輩にして同輩、そして先輩である青年は獣油のランプの前で淡々と書物に没頭していた。

 ノックもしたし、入室の応えもあった。だというのにまるで誰もいないかのように泰然とした様子でルークは一人、本の臭いの充満する部屋の片隅にいた。

「ルーク」

 硬い口調で声を掛けると、まるで普段からナシュリーがそこにいるとでもいうようにルークは口を開いた。

「ナシュ、お茶」

 相変わらず本に視線を落としたままの状態で。

「……来た途端に人を小間使いのように扱うのはやめて下さい。いつから私の上官になったんですか? ああ、そんなことより、ルーク」

 嘆息し、少しだけ体の力を抜いたナシュリーだったが、用件を忘れたりはしない。

硬い表情のままつかつかとルークに歩み寄り、声を潜めた。

 狭い書室にはルークの姿しかないが、それでも辺りの気配をさぐり注意を払うのはその用件が自らにも危険をもたらす為だ。

「あなた、いったい何をしているのです?」

 ルークは肩にたらしていた緩い三つ編みの髪を後ろに跳ね上げ、鼻に引っ掛けるように乗せていた眼鏡を押し上げた。

「読書」

 素で殴り倒してやりたい気持ちになったが、ナシュリーは自分の感情はこの際押し込めることにした。

殴ることは後でいくらでもできる。


「……私の上官のメモから貴方の名前が出て来ました。要注意と――あなた、内偵かかっていますよ」

 こんなことを言うのは職務上絶対にあってはならない。

だが、内偵捜査については事務補佐官であるナシュリーにとっては自らの職務の内では無い。だからそれを言い訳に、職務上偶然知りえた情報を当人に横流ししている――それはもっとも危険なことであるかもしれないが、知り合いとして無視することはできなかった。


 しばらくじっとルークはナシュリーを眺めていたが、やがて仰々しく口を開いた。

「聞かなかったことにする」

「ルークっ、冗談事ではないのですよ?」

 座ったまま自分を見上げてくる視線を受けとめ、ナシュリーが苛立つように名を呼ぶと、ルークは読書中に使う眼鏡をはずし、顔を上げた。

 すっとその眼差しが貫いたのはナシュリーの瞳ではなく、わずかにずれている。

そのことに気付いた時、ナシュリーは口腔に唾液が溜まるのを感じた。


「ナシュは何も知らない。何も言っていない――それでいいかな。

内偵調査官(ウィル・ヒギンズ)

 わずかな緊張が走るナシュリーの背後、冷ややかな声が応えていた。

「そうして頂けるとありがたい。

私も優秀な部下を失う訳にはいかないのだから」


***


 もしかして怒られないのかな、と……むくむくと淡い期待が胸中で踊りだす。

「あの、ぼくにお咎めは?」

 はやる気持ちを抑えてそっと尋ねれば、キリシュエータは機嫌が良いのか「無罪放免という訳にはいかないだろうが――それは後だ」と流されてしまった。

 無罪放免ではないとしても、どうやら除隊はなさそうでほっとした。それどころか、ちょっとだけお説教を受けて終わりそうな勢いだ。

 ルディエラは、ティナンの視線を避けるようにちょっとづつ席を離れながらほっと安堵の息をついた。

やがて居酒屋【アビヨンの絶叫】の片隅で目立たないように身を縮めてオエライかたがたの飲み会とかした場で、こそりと逃げ出したかったルディエラだが、ベイゼルに襟首をつままれた。

「こぉら、逃げんな」

「いやいや、だって兄弟楽しく飲んでらっしゃるようだし――ぼく場違いです」

「俺だってイヤだよ」

ひそひそと顔を突き合わせてやっていると、遅れてやってきた騎士団第二隊隊長であるアラスターが入り口から顔を出した。

「アラスターまで来たの?」

 リルシェイラが嫌そうに言うと、アラスターのほうが更に嫌そうに顔をしかめた。

居酒屋の椅子に座り、酒のゴブレットを手にした女装姿の主――どんな騎士といえども見たくない代物だろう。

「殿下……いくら何でもその格好は無い」

「失礼な! 並みの女の子より可愛いよ」

 リルシェイラは言い切ると、にんまりと口元を緩めて席を立ち、アラスターの腕にしなだれかかるようにしてその顔を覗き込んだ。

 途端、アラスターは「うぐっ」とうめいた。

「ほらっ。女の子っぽく見えているじゃない」

「見えてませんよ。気色悪い」

「リーシェ、アラスターをからかうな。アラスターは女嫌いなんだから」

 キリシュエータが言うと、それまでこそこそとしていたルディエラがひょこりと体を起こして「えーっ」と口をはさんだ。

「アラスター隊長女の子嫌いなんですか?」

「ちゃうちゃう、アラスター隊長は女の子が嫌いなんじゃなくて苦手なんだよ」

 言われてみれば、以前女装姿――正装姿のルディエラがアラスターの筋肉に色めきたって張り付いた時にもアラスターは硬直していたような気がする。

 ベイゼルがアラスターの席を用意する為に他の席から椅子を引っ張ってきながら「嫌いと苦手はちょっと違う」などと言うと、ルディエラは「すっごいもてそうなのに」とぼそりと口にした。


「アラスター隊長凄いかっこいいのに。もったいない。

だってその立派な筋肉。大剣を振るうときの筋肉の盛り上がり、脈動。流れ落ちる汗。これぞ男って感じですっごい羨ましいのに」

 ルディエラのうっとりした口調に、アラスターは若干引き気味に苦笑した。アラスター自身自分の肉体には勿論自信があるが、少年に言われるのはなんというか微妙だろう。

「ぼく第二隊に異動になって本当に嬉しいんです。

色々と第二隊は大変だけど、アラスター隊長の体が間近で見られるだけでここにいる価値がある。本当は触らせてくれたらもっといいんですけど」

 どれだけ自分が今幸せかを語ったつもりのルディエラだったが、アラスターはおろかその場の誰もが当然のようにどん引いた。

 波打ち際の海のごとく。荒波が潮騒に変わった瞬間、居酒屋の中は微妙な空気に満ち満ちていた。

「でもほら、アラスターって性格も無骨だから」

 リルシェイラが空気の悪さに、フォローなのか何なのか判らない口を挟めば、ルディエラは満面の笑みで言った。


「やだなー、純粋に肉体(からだ)目当てだから性格は二の次三の次ですったら」


 部下に体目当てといわれたアラスターはふるふると身を震わせ、ティナンは真顔になり、そしてキリシュエータは硬直したまま口を開いた。


「にんじん――第三隊に隊異動」

「えっ、ちょっ。ええええええっ?」


 その瞬間、ベイゼル・エージは自分の運命がやっと奪い返した一人部屋をぶんどっていく音を聞いた。



   


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