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王道で行こう!  作者: たまさ。
渇望
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その1

 足りない……

騎士団第二隊所属――見習い隊員であるルディ・アイギルことルディエラは飢えていた。飢餓状態といっても過言でない程に飢えている。


 しかし、食事の量が足りない訳ではない。

むしろ、第二隊のお気楽振りを象徴するかのように、第二隊は呑気におやつまで食べていたりするのだから、食べ物に関して飢えている訳ではなかった。

 では何に飢えているかと言えば――ルディエラの超絶個人的見解として、絶対的に訓練量が足りていなかった。


「汗臭いの好きじゃないし」

第二隊の主である第二王子殿下リルシェイラは、ふわふわと揺れる長い髪を指先にからめつつ、さらりと言い切った。

「そもそも訓練って、第三隊で阿呆みたいにしたでしょう?」

 阿呆みたいにしたと言ったところで、たかが二ヶ月程度。

確かにその運動量は入隊した当初、食欲すら失せる程に激しいものではあったが。

それが今ときたら、訓練は基礎の基礎。挙句の果てには毎日のようにリルシェイラの尻をおいかけ、ついでおやつまで食べている始末。


「こんなんじゃせっかく付きかけた筋肉が衰退しちゃうよ!」

 それどころか、無駄に贅肉を蓄えてしまいそうだ。


 ということで、ルディエラは毎日の日課に朝市の犬の散歩――ではなく、狼の散歩を取り入れた。

 寝る前にももちろん散歩。

そして、何より時間が許す限り憧れのアラスター隊長の動向チェックも欠かさない。

「おまえはストーカーか!」とアラスターには気味悪がられているが、きっとアラスターの作戦に違いない。

「筋肉の秘密を独り占めなんて、隊長はずるいっ」

 拳を握り締めて力説したものの、ルディエラにはちゃんとその気持ちだって理解できるのだ。何といっても大事な秘密だ、きっとアラスター隊長は自分の鍛錬を他人に知られることを恐れているのだ。

 だれにも盗まれたりしないように日々こっそりと鍛錬に励んでいるに違いない。

しかし、隠されると暴きたくなるのが人情というものだ。

相手にばれないようにこっそりと隠れてその動向を見守っているルディエラなのだが、アラスターは最近身を隠すすべを心得ているのか、それとも仕事が忙しいのか――めっきり捕捉が困難になっている。

「もしかして、一子相伝の奥義的なものなのか!」

「って、どこの世紀末覇者だよ。阿呆か」

 そんなルディエラの力説をベイゼルは力いっぱい頭をはたくことによって一蹴したが――ルディエラの熱意はどうも他人には理解してもらえないらしい。


心から残念と言わざるを得ない。

だれが残念であるかは触れてはいけないが。

 

そんなこんなで、早朝。

愛犬――もとい愛狼?のカムの散歩で王宮敷地内を全力疾走していたルディエラだったが、ふいに現れた相手によってその行動を阻まれた。


「おおっ、奇遇だな」


――……その奇遇はちっとも奇遇では無いのだが、ルディエラは足を止めざるを得なかった。

「何ですか、殿下」


 心から会いたいアラスター隊長と遭遇することは叶わないというのに、まったくもって会いたくも無い相手には遭遇してしまうのだ。


偶然だか何だか知らないけれど。


***


 人というイキモノはどうしてこう愚かなのであろうか。

第三王子殿下キリシュエータはどんよりとした気持ちで前髪をかきあげた。

見てはいけないといわれれば見てしまい、触れてはいけないと言われれば触れてしまう。

そして、あけてはいけないといわれた扉を――開いてしまうものだ。


 恋ならしたことがある。

その時、それが恋だとはっきりと理解してなどいなかったようにも思う。

思い返せば、あれは恋だったのだろうというだけの淡い想い。

とくりと跳ね上がる心音と、明らかにあがる体温。間違いようも無く自分の中に奇妙な変化が訪れ、その気持ちをもてあましていたものだ。

 相手に笑って欲しいという気持ちと、困った顔をしてみせて欲しいという思いと、そして、見つめて欲しいという欲。

 甘い声で名を呼ばれ、問いかけるように小首をかしげ――そして、その唇に胃がしめつけられるような渇き。

 幼い気持ちはどう消化して良いのか判らずに、ただむずがゆいような気持ちが胸の内でざわめいていた。


――今なら、それをどう消化するべきか理解している。


 化粧など無縁な唇は、お世辞にも女らしさなど無い。

むしろ、ほんの少し乾いて、口の端などは皮が引き連れているようにさえ見える。

日々の訓練で荒れているのに、その瞳は喜びに溢れていて――まるで今にも悪戯を思いつく悪童のようだ。

 短い髪のせいで、むきだしになってしまった首筋に手を添えて、そっと指先でなぞると眉間に皴を寄せてくる。

 その態度は明らかに「なに触ってるんですか?」と不満そうだ。

それでもなぞられる首筋に、心持持ち上がる顎先。

 軽く上向いた唇に親指の腹を沿わせれば、案の定素直になめらかになぞられたりしない。

荒れた唇に苦笑がこぼれて、そのまま――そのまま、乾いた唇を潤してやりたくて舌先でなぞりあげた。


 びっくりした瞳がこぼれそうな程に大きく見開かれる。

そこまでで止めれば良いのに、吐息はいつの間にか甘いものへと変化した。


うずきが、乾きが、もう少し、ほんの少し――もうちょっととせきたてる。


 舌先を尖らせるようにしてその唇の間に滑り込ませ、硬質な歯列をなぞり、その奥をさぐりあげて相手の柔らかな舌先を引き寄せたい。

 逃れようと身じろぎした体を無理やり引き寄せ、自分の体を押し付けて――この熱を注ぎ込みたいという欲求に流されてしまいそうになる。

 判っている――こんなことは許されない。

こんなことはありえない。

けれどもがけばもがくほど、その気持ちが焦りのように自分を締め上げていく。


 ありえない!

何故なら、コレは――自分の姪なのだから。

この脈打つ皮膚の内には、自分と同じものが混じる筈なのだから。


途端に、その映像はまったく別のものへと切り替わった。


 それまで赤毛の少女を腕の中に閉じ込め、その唇に触れていたのは確かに自分だったというのに、今は違う。

 それまでは確かに自分の意識がそうしていたというのに、そこから無理やり引き剥がされ、そして――面前で繰り広げられる光景は、胸に剣を突きたてられるかのように鋭くキリシュエータの意識を驚愕させた。


――華奢な腰に腕を回し、首の後ろの短い髪をかきあげるようにして押さえ込み、そして口付けていた唇をゆっくりとずらし、顎先から首筋の線をたどるようにさげていくのは、キリシュエータにとって馴染み深い、そして何より蹂躙される小娘にとって誰より近しい筈の「ティナンっ」兄――


 いや、兄ではない。

ティナンは兄ではない。

ルディエラがキリシュエータの兄であるフィブリスタの娘であるならば、キリシュエータの姪であるのならば、ティナンはルディエラにとって兄ではありえない。


 ぎゅっと少女の手がティナンの胸元のシャツを掴みあげる。

自由を得た唇が、戸惑いの中で「兄さま?」と問いかける。

「止めろっ」

 先程までとは違う熱が自分の中でトグロを巻いて、必死にあげた声にティナンは不快そうに眉を潜めた。


「殿下、無粋な真似はおやめ下さい」

冷ややかな言葉と余裕のある涼やかな眼差しに、ぐっと喉の奥がつまる。

「むしろ喜んでいただきたい。ぼくとこの子が他人であると知れたのです――こうして触れることに何の支障もない」


ああ、ああそうだ。

おまえがその手で触れることに倫理的な禁忌などありはしない。

おまえがどれ程にその娘を好いているのかも承知している。

だが、だから何だというのだ。


「触れるなっ」

「何が悪いのです」


 何が悪いのか。

何が駄目なのか。


「そんなもの、知るか」

「子供のような駄々をこねていないで、もういい加減に起きて下さい」

 呆れたようなティナンの言葉に、かっと更に体温が上がる。

「なっ」

「夢の中でどなたと喧嘩しているのかわかりませんが、侍女を脅えさせるのは感心いたしませんよ――まったくどんな夢を見ていらっしゃるのですか?」


 嘆息交じりのティナンの言葉に、キリシュエータは自分が寝台の上で上半身をもちあげ、キルトを片手に握りこんでいる現状に息を飲み込んだ。

 まるで突然光が入り込んだように、辺りの景色が一息に視界に広がった。


先程までの淫猥な光景など欠片もない。

ただの、自身の寝室。

そして、嘆息交じりの副官。

「ティナン……」

「はい?」

 彼の副官は侍女の手にある盆から暖かに蒸しあげたタオルをとりあげつつ、小首をかしげて見せた。

「……私は、何か、口走ったか?」

「随分とお恥ずかしい夢でも見てらしたのですか?」

 片手で口元を押さえ込み、キリシュエータは視線を逸らした。


――恋なら、知っている。

ただ、そうだと認めることが困難なだけで。

恋なら……


「絶対に、認めない」

「は?」

「私は、絶対におまえとは違うっ。

自分の家族に手を出すような変態じゃないっ。

私にはきっちりと理性がある!」

 だからあんなことは金輪際おこりえない。

ただの夢。

ただの浅ましい――夢だ。

絶対に起こりえない。


「えええっ? 自分の家族って、何言ってるんですか?

殿下の家族って男だらけじゃないですかっ。

やめてくださいよ、そういうホラー系統の話は」


「何の話だ!」

「いや、こっちがお尋ねしたいのですが」

――咄嗟に口にしてしまったが、確かにティナンに理解しろというのは無茶だった。苦いものを噛むかのような表情をしたキリシュエータへ、ティナンはその心情など欠片も知らぬ気に言葉を続けた。


「とにかく身支度をお急ぎください。

本日は順当に行けば、殿下がお望みのルークが謁見に訪れる予定ですから」


***


「偶然だな」

 にこやかに言う皇太子殿下フィブリスタの姿に、ルディエラは口元が引きつらないようにと必死に勤めた。

 基本的に嫌いな人間など存在しないルディエラだったが、何故かこのフィブリスタだけは苦手という意識がぬぐえない。

――へんなオジサンとでも言えばよいのか、どうにも扱い方がいまいち判らないのだ。

 王宮という場所に在籍しているのだから、王族との付き合いがあるのはおかしくはないだろう。だが、一介の騎士見習いが早々皇太子などと接していてよいものだろうか。それがたとえ名付け親だとしても。

 いや、名付け親ならばアリなのか?

いやいや、それよりも。

王宮の奥深くで厳重に白騎士に警護されていなければならない筈の人は、いったいぜんたい何故に一人で歩いているのだろうか。


 自然と眉間に皴を寄せつつ、ルディエラはそれでも騎士としての作法でもって面前の相手に礼をとった。

「そなたが狼の仔を拾ったと聞いてはいたが、こんな早い時刻から世話をするのは大変であろう? 犬舎の訓練士に任せてはどうだ?」

「いえ、昼間はお願いしているのですけど……この子、犬舎の他の犬と折り合いが悪いらしいので、朝晩だけ自分でみてるんです。

それに、散歩は丁度いい運動になりますし」

 心持首輪に続く綱をくいくいっと引いて言うルディエラに、フィブリスタはにこやかな微笑を浮かべたまま近づき、その額に触れようと手を伸ばした。

それはそれは無遠慮に。


「痛く、ないですか……?」


 当然のようにがぷりとフィブリスタの手のひらに噛み付いた灰色狼のカムの姿に、ルディエラ瞬時に不敬罪、無礼者という言葉を閃かせ、血の気を引かせ内心で悲鳴をあげていたが、噛まれた当人は引きつった表情こそ浮かべてはいたものの、動揺するルディエラを気遣うように微笑を浮かべてみせた。


「動物には好かれる性質(タチ)だ。

この程度の甘噛みなどどうということはない。そなたが気にすることはない」


……血、滴ってますけど。

ルディエラはその言葉は口にして良いものか判らず、意味不明にフィブリスタと視線を絡み合わせ、


「ははははは」


力いっぱい笑って誤魔化した。


――きっと痛みに強い人間に違いない。

むしろなんかうれしそうだし、もしかしたらそういうのが好きなひとかもしれないし……世の中には痛み大好きなドMだっているわけだし!


「ははは、ははっ」


皇太子がドMって、なんかすごくヤだなー……ま、どうでもいいけど。





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