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王道で行こう!  作者: たまさ。
心機一転
74/101

その5

 ひそやかなざわめきの中で、ベイゼル・エージは明らかに迷惑そうな表情を浮かべていた。

「おごると言っているんだからいいじゃないですか」

「んな問題かっ。

いいか? 俺とおまえさんのおかしな噂が出回っていることくらい承知してるだろ? なんだってそのおまえさんと一緒に仲良く酒かっくらわないといけないのよ!」

 面倒の塊であるルディ・アイギル抜きで騎士団第三隊の数名で居酒屋【アビオンの絶叫】を訪れていたベイゼルだったが、そこで顔を合わせてしまったフィルド・バネットに思い切りイヤな顔をして見せた。

 それもその筈、最近こっそりと流布されている噂話は女好きを自称しているベイゼルにとって由々しい事態を招いていた。

「若いのから告白されたって?

よう色男!」

 はじめのうちこそ、なんだってそんな話が出たのか判らずに一瞬ニヤニヤと「どっから漏れたかなぁ、オレもわりと罪作りでしょう?」と相手の話にのったものだが、その若いのがフィルド・バネットだと知った時のあの感覚は二度と忘れないだろう。


 何といっても酒が鼻から噴出した。

痛いの痛くないのって、いてぇんだよちきしょう!


「何より、オレはあいつにちょっかいかけるなって何度も言ってるでしょうに。反対か賛成かっつったら反対してるんだから、俺に相談すんなっつーの」

「だって仕方ないじゃないですか。

他に誰にも相談なんてできませんよ」

 確かに――


 少なくともフィルドはルディ・アイギルを男だと信じているのだ。

男であるフィルドが男であるルディ・アイギルへと抱く想いを誰に相談できるというのだろうか。

 というか、そういう斜めな感情は一人でもんもんと考えていてくれ。

思い切り頭さげて頼むから。

ああ、でも一人で考えすぎて襲い掛かられても困る――いや、実質上ベイゼルは困らないのだが、あの問題児が泣き叫ぶようなことは寝覚めが悪いのでやっぱり止めて欲しい。


 何より、一人で泣かれるのもイヤだし――泣きつかれるのも安易に想像できて更にイヤだ。


「やっとの思いで告白までしたっていうのに、あいつときたら何かっていうとアラスター隊長アラスター隊長って、いったいどういうつもりだと思います?」

「たーのーむから、オレを巻き込むなっつうの」

 声を潜めて、それでも威嚇するように言ってみてもフィルドはまったく気にしなかった。

どうしてオレが別の隊の人間の人生相談なんぞしなければいけないのか……って、


「告白したのかよ!」

思わず吃驚して言えば、フィルドは身を寄せるようにして顔をしかめ、うなずいた。

「何故か私があいつを嫌っていると勘違いしていたようで――だからそれを訂正して、あの、きちんと嫌ってなどいない、むしろ好きだと」

「うわー……で、どう言ってた?」

 ベイゼルは眉間に皴を寄せてフィルドを見返した。

「どうっていうか、喜んでいるようなほっとしているようなそぶりだけで――そういえば、返事らしい返事は」

 もちろん、返事をせかすようなつもりは無い。

自分だって戸惑うような事柄なのだから、突然好きだといわれて「はいそうですか。付き合いましょう」というのは無理な話だろう。何より、相手は男で、そして自分も男なのだから。

 考えるそぶりのフィルドを生温かな視線で眺め、ベイゼルは励ますようにその肩をぽんぽんっと二度叩いた。


「なんつーか、おつかれ」

「は?」

「確信を持って言ってやるけど――あいつにとって好きだの嫌いだのは道端の花をめでるよりも簡単かつ単純な言葉なんよ。

オレが好きだと言ったら、確実にぼくも好きですよーって返事が返るね。間違いないわ」

 はい、ご苦労さんっ。

もう一度ぽんっと肩を叩き、さっさとフィルドの隣という席から退こうとしたベイゼルだったが、フィルドは慌ててその腕を掴んだ。


「ちょっ、見捨てないで下さいよっ」

「たーのーむーかーらぁ。

そういう誤解をうむような行動とか謹んでよっ」


 居酒屋の片隅でこそこそとする二人の男は――否が応でも目立ちまくっていた。


***


 第二隊副長の一人、クロレルは寝不足に悩まされていた。

クロレルは自己管理のできる大人だと自分を理解している。眠る時間も起きる時間も自らにきちんと定めているし、それが崩れることはあまりない。

 時折酒を飲むこともあるが、決して深酒を過ごして二日酔いなどに悩まされることもない。

 今現在だとて、クロレルはいつも通りの時刻に寝台に背を預けるし、基本的にいつもと同じ時間に寝台から身を引き剥がす。


「上腕二頭筋……」


 ぐふふと漏れる声は、不気味の一言に尽きる。

一昨日の寝言は不気味さこそないものの、それはそれは愛らしい女の子の声で「隊長の筋肉素敵」と囁いていた。

 そしてそうした声に起こされてカーテンを開くと、目つきの悪い狼が睨んでくるのだった。

 

 クロレルは自分を理性的な人間だと理解している。

 たとえ女の子と同室になったところで、理性を飛ばすような愚かな真似などしないであろうと自負していたし、おそらく全うすることができる。

だが、その女の子の寝言――おそろしく色気はない――によって悩まされることがあろうとは、到底思ってなどいなかった。

 バリエーションはさまざまで、時に「筋肉は正義!」と力強い声が聞こえたかと思えば、時には……寂しそうに誰かを求めるように小さく呟くこともある。


「何故、女の子だと判ったのですか?」

 第三隊の隊長であるティナンは、冷ややかな眼差しでクロレルを見返した。

――あの日、ルディ・アイギルの為に部屋を用意するようにと言われた日。

クロレルはうっかりと彼女が女であることを口にしてしまった。

 もちろん、ティナン自身がそのことを熟知していることを知っていたからこそ出た言葉だ。それでも、自分からもらしてしまったことは軽率であったとしか言いようがない。

 ティナンはクロレルを射殺しそうな程の眼差しで見返し、そしてクロレルは自分の失態に辟易とした。

「当初から判っていた訳ではありません。接するうちに違和感を感じ――最終的に確信するに至ったのは、喉仏がないことに気づいた為です」

「それを他の人間には?」

「――ベイゼルには確認をいたしました。しかし、それはベイゼル自身があの子が女の子であることを知っているのだろうと確信を持った為です」

 眉間に皴を刻んだティナンに、言い訳するように言葉を付け足した。

「ベイゼルの落ち度ではありません。私が勝手に推理推察した結果です」

「判りました。他には誰も気づいていないと考えていいですね?」

「はい。ベイゼルにも口止めされています」

 ティナンは大きく息をつくと、軽くふるりと首を振って先程までの厳しい眼差しを少しだけ緩めた。

「女の子を騎士隊になど、ただの殿下の酔狂です――ですが、それも残り一月。あの子のことはあなたに頼みます。甘やかせとは言いません。むしろ厳しくしていただいて結構。ただし、あの子が生活するうえで不都合が生じない程度にフォローをお願いします」

 ティナンは淡々と口にし、そしてルディエラはクロレルと同室という処置になったのだ。

事務的な確認事項をすませ、部屋を後にしようとしたティナンはふと思い出すように足をとめ、振り返った。

「クロレル副隊長」

「はい」

「信じていますから」

 静かな問いかけであったが、その威圧はものすごかった。

一旦伏せた瞳を、まるでその心の奥にまでねじこむようにじっとクロレルの瞳とあわせたその表情は、信じるという足かせをがちりとクロレルの足にはめ込んだ。


「何もあそこまでおどさなくともいいだろうにね」


 第二隊の隊長であるアラスターはその肉体そのものが脅威であり、力強くどっしり構えた存在感が威厳と風格をもたらす。

 第三隊のティナンは三人いる隊長の中でも一番年若く、そして未成熟を思わせる。

だが時折見せる底冷えするような冷たさと威圧感はさすが隊長といわれるのに値する。父親が陛下の親友というべき男であり、騎士団顧問ということもあり、その任務に就くときは親の七光りと陰口を叩かれていたものだ。

――第三王子殿下の親友という立場すら、全て計算ずくで作られた道筋。

 だが、それは確かに彼の男が自ら築いた道筋なのだろう。


 ふるりと首を振ったクロレルが寝台から這い出し、床に置かれている長靴(ちょうか)に足を差し込むと、ルディエラの寝所のカーテンからのそりと灰色の狼が顔を出した。

 相変わらずの目つきの悪さに思わず喉の奥がつまり、ついで愛想笑いが口元を覆いつくした。


「おはよう――カム君」


気をつけないと噛まれます。


*** 

 

「私は貴方の子守でも担当でも無いんですがね」

 はぁーっと盛大に溜息を吐き出し、事務補佐官であるナシュリー・ヘイワーズは扉の枠に手を預けた。

その姿は軍装――しかしその所属は王宮左手にある騎士団ではなく、右手に相対するように作られている建物、警護隊の事務方の隊服。

 何より彼女の姿を目立たせているのは、めりはりの利いた女性らしい体系。

ありていに言えば――無駄にでかい胸。


 古い紙、羊皮紙の香りに埃臭さが合いまった部屋の中、脚立の上に座って本のページを繰る男は伏せていた視線をわずかにあげて、小首をかしげた。

「ナシュリー、今日は何の資料を?」

「生憎と今日は私の仕事で【賢者の塔】に出向いた訳ではありません」

 うんざりとした口調はそのままにゆっくりと室内に入り込んだナシュリーを見下ろし、ルークはしばらく考えていた風でいたが、やがて結論付けたように言葉にした。

「生憎と私的な時間を君に裂くことができるとしたら、三日ほどあとのほうが」

「だれが貴方と私的な時間を持ちたいなどと言いましたか、ルーク!」

「だが、君は資料を求めて来たのでは無いという。そもそも君の仕事では無いという発言を撤回するつもりは無いだろう。だというのに、あくまでも私的なことでは無いというのは、話が通じない――これがもたらす結論として」

「私の仕事ではありませんが、上からの命令で来たのです。

あなたの戯言に付き合っていたら頭が煮えます。いいですか? あなたには一週間ほど前に第三王子殿下キリシュエータ様からの召還命令が届いている筈です」

 びしりと人差し指を突きつけてナシュリーが言うと、ルークは言い返した。

「五日前だ」

「知りませんよ、そんなことっ!

貴方が五日前だというのであれば五日前なのでしょう。とにかく、召還命令が来ている筈です。だというのに、召還に応じないのはいったい何故ですか? いえ、そんな理由はいいです。どうせ面倒くさいとか、今忙しいとかそういった理由でしょうからね!」

「時々君は千里眼なのではないかと思う」

 淡々と言いながら、興味が薄れた様子でルークは手元の本に視線を戻した。

「千里眼? 何です、それ――ああ、ああ、いいです。結構です。あなたは口を開かないで」

 ルークの座る脚立の前に立ったナシュリーは、事務補佐官の制服に身を包んだまま背筋をぐっと伸ばした。

「とにかく、あなたを迎えに来ました。

首に縄を付けてでもつれて来いと第三王子殿下キリシュエータ様じきじきのご命令です。まずは必要な資料を纏め上げて下さい」

 いいですね!

威圧してくる古い友人の言葉に、ルークは手元の本に未練をたらたらと残しつつ「資料?」と小さく呟いた。


「生憎と詳しいことは聞かされていません。私が受けた命令はただ一つ。

貴方をつれて来いというだけですからね。さぁっ、早くして下さい。言っておきますが縄どころか芋虫にしてでも引っ立てますからね」

「縄と芋虫の関係性が良くわからない。よければそこのところをじっくりと説明してくれないだろうか」


「そんなの知るかーっ!」


 ぎしりと奥歯を一旦かみ締めて叫んだナシュリーに、ルークは呆れたようにそっと首を振った。

「図書館というものは概ね怒鳴ったりすることは禁じられているもので、もちろんこの【賢者の塔】もその例外に漏れることは――」


「さっさと召還命令書を確認して荷物をまとめて下さい」


猿轡を嵌める前に!





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