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王道で行こう!  作者: たまさ。
心機一転
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その3

 あれ、何の話をしていたんだっけ?


ルディエラは片手で低木の枝を押さえた格好のまま瞳を瞬いた。

――自分達二人、フィルド・バネットとルディ・アイギルが何をしていたかといえば、昼過ぎからいつの間にかその姿を晦ましてしまった第二王子殿下リルシェイラの探索であった筈だ。

 もともとはクロレルもいたが、手分けをして探しているうちに、いつの間にかフィルドと二人になっていた。と、言ったところで耳をすませれば誰かの気配はしているから、同じ隊の人間がそこらかしこにはいるのだろう。


 ルディエラは隊を異動したことを三日目ですでに後悔していたし、何故かうろちょろとしているリルシェイラの存在に苛々としていた。

 だから、ちょっとばかり王族のお偉いさんを探すにしてはいい加減な仕事をしていたかもしれない。

 さっきなんて植木鉢の下をのぞいてしまったし……当然、ミミズじゃあるまいし、そんなところにリルシェイラ殿下はいないのだ。


 それで、まぁ、そんなことを繰り返しながら、他愛も無い会話を耳にいれていた気がするのだけれど――ああ、そうだった。

 思い出した。


「フィルドさんは親切ですよね」

 そう言ったのだ。

フィルドが、風呂の話題をふってきて――第二隊に異動した今も、ルディエラはお風呂は最後にしてもらえている。

 クロレルが「見習いらしく、こちらでもお風呂は最後に使って、その後に片付けをしてもらおうかな」と言った言葉に否やはない。

 それで、フィルドが「一緒に風呂入って、片付け手伝ってやろうか」といい始めたものだから、なんとかそれを回避しようと思ったのだ。


幾度も断っている最中に言われた台詞が、

「他のヤツじゃ勃たないって言ったら判るか?」

とキタのだ。


ルディエラは中途半端な中腰でフィルドを見返し、幾度も瞳をまたたいて――相手の言葉の真意を理解しようと勤めた。

判るかって……


「そんな話、してないじゃないですか……」

 話の前後でどうしても結果が結びつかなくて、混乱してしまうルディエラの頬に、フィルドの白手に包まれた手が伸ばされた。


 本来真っ白な筈の白手が、土に触れたのかほんの少し汚れている。

その指先がルディエラの頬に触れ、なぞり――顎先にとどまり、軽く持ち上げた。

やけに真剣な眼差しに、ルディエラの眉はますます寄り、不安にこくりと喉が上下した。


「困らせるのは判っている。自分だってどうしようも……」

 軽く潤むような瞳を自分へと向けさせ、フィルドは我慢が利かないというように身を伏せようとした。

 仕事中だとか、相手が男だとか、もうどうでもいい。

触れたい、欲しい。

この欲求が間違いなら、間違いでもかまわない。

 切実な程の気持ちが衝動となってフィルドの内を満たし、引き寄せた。


「どうして、ぼくのどこが腹立たしいんですかっ?」


 ルディエラの困惑交じりの声と、背後からの遠慮も無いドゲシと入れられた蹴りはほぼ同時だった。


――勃ってるのはもっと下だっつーの。


あやうく突っ込んでしまいそうになった第三隊副長ベイゼル・エージは、蹴りをいれた挙句にのめった相手の首を押さえ込み、無理やり肩を組むかのように立たせた。


「よーう、見習い。

仕事がんばってるかぁ」


誰よりがんばっているのは俺だよ、俺。

そんな副長の心は誰にも届かないのだった。


「アイギール、悪いがちょっとフィルドかりるぞー」

「ちょっ、離して下さいよっ」

 首を軽く絞められているフィルドは、ベイゼルにぐいぐいと押さえ込まれたまま茂みの向こう側へと連れ去られ、ルディエラはどうして良いのか判らない気持ちをもやもやと抱え込んだまま、その背を見送った。


 力技で人気のない馬屋の裏手にフィルドを連れ込んだベイゼルは、内心で頭を抱え込んでいた。

 他人の色恋になど勿論口出しなどしたくない。

フィルドだって十代だし、ルディエラだって十代だ。

これが本来の状態であれば「勝手にしとけよ、ケっ」で済むだろう。


だが、あいにくとそうはいかない。


「あー、もぉ面倒くさいったら!」


***


 第二隊副長クロレルは、自室に戻って小さく呻いた。

「……やぁ、また会ったね」

 思わず引きつった挨拶を向けたのは、部屋の入り口にのっそりと寝ている灰色狼――ちび――へと向けたものだった。

 昼間の間は犬舎で訓練を受けている筈で、勿論夜もそちらに預かってもらえるのだが、果たして何故にコレがいるのか。


 目つきの悪い狼はじぃぃぃっとクロレルを眺めていたが、ふいっと顔をそむけて伏せた。

どうやらクロレルに対しては一応の認識があるらしい。

――食べ物ではない。もしくは、かじってはいけない、程度の。

「あ、ごめんなさい。クロレル副長。

おかえりなさい」

 カーテンを引いた向こう側、ルディエラの寝台のほうから声がかかり、そのままカーテンが引かれて顔がのぞいた。

「この子、どうかしたの?」

「この子がいると他の犬が寝れないって言うんで。夜だけ引き取ってきました。クロレル副長の部屋なのに、ごめんなさい」

「いや、いいんだけどね」

 その首に首輪、そしてしっかりと太い綱が結ばれていることを確認し、クロレルはソレを避けるようにして自分の為の寝台へと足を向けた。

 くわっと開いた口が、まるで噛み付くようにクロレルの足へと向けられてびくりと身をすくませたが、それはただの欠伸だった。

「……」

――まさか遊ばれてないか?

 クロレルは一瞬顔をしかめたが、すぐに気をとりなおして寝巻き姿で寝台に座っているルディエラへと視線を向けた。


「どうかしたかい? 何か――言いたいことがありそうだけれど」

 まるで捨てられた子犬のような雰囲気をかもしつつ、身を乗り出して狼の耳の裏をかいてやっているルディエラの様子に、クロレルは苦笑した。

「ぼく。もしかしてフィルドさんに嫌われているみたいで」

「フィルドに?

君たちは――確かに最初こそ喧嘩ばかりしていたけれど、最近は仲が良かったように思ったんだけどね」

 何か喧嘩でもしたのかい?

子供の喧嘩の仲裁をするように、クロレルは穏やかな口調で問いかけた。

「僕といると腹が立つみたいで」

「仕事の不慣れからかな。まあ、第三隊とはまるきりしていることは違うしね。殿下の行動パターンを覚えたりするのもなかなか面倒――じゃなくて、大変だろうから、はじめのうちは確かにぎこちないかもしれないね」

 言いながら、だからといって腹が立つとはフィルドも大人気ないな、とクロレルはそっと吐息を落とした。


 ルディエラは寝台をじりじりとおりて床に座ると、ぬくもりを求めるようにちび狼の首をぎゅっと抱いた。

 どうやら本当にルディエラには慣れた様子で、目つきの悪いちびすけも今はおとなしくされるがままになっている。

 

ただし――ルディエラがあちらを向いているのに対し、狼の首はクロレルへと向けられているのだが、その目つきは相変わらず悪い。

 クロレルは、はじめこそ微笑ましいものをながめるように見ていたが、なんとなく居心地の悪さを覚えて、ずりずりと座っている場所から後ずさった。


 なんとなく、なんとなく――食われそうで。


「喧嘩でもしたのかい?

何か見解の違いとかなら、私が仲裁してあげるよ」

「それが、どうしてか判らないんです。

だって喧嘩したつもりはぜんぜんないんですよ。ただ、リルシェイラ殿下を探している時に、普通に会話をしていて――そしたら、突然」


 ふっとルディエラは吐息を落とした。

「他のヤツじゃたたないって言ったら判るかって」

「怒っていたのかい?」

「いえ、別に怒っては無かったと思うんですけど……

だってそれまで本当に普通の会話だったのに。ぼくはフィルドさんって実は優しいですよねって言ったら」


 ルディエラはくるりと顔の向きをかえ、答えを求めるように、寝台に座っているクロレルを見上げた。


「優しさとかどうでもいい。

他のヤツじゃたたないって言ったら判るか?って――ぼく以外に腹はたたないってことですよね? ぼく、そんなに嫌われてるんでしょうか」


 未だ子供らしい、他人の悪意に翻弄される様子にクロレルは苦笑し、思わず手を伸ばしてその頭をなでてやりながら慈愛に満ちた眼差しを向けた。

「アレも言葉が足りないところがあるから。きっと何かお互いの勘違いみたいなものだよ。

怒っている様子なんて無かったんだろう?」

「それは、そうなんですけど」


 本当は、怒っているのであればきちんとそれを示してもらいたかった。

腹を割って話し合いたかったのだが、突然あらわれたベイゼルがフィルドに用があると言って、そのまま連れ去ってしまったのだ。

 仕方なく、ルディエラは気落ちしたまま他の隊員と合流して仕事に戻ったのだ。


「私からもそれとなく尋ねてあげるから、今夜はもう心配しないで休みなさい」


 優しく追いたて、ついでに目につくのはちょっとアレなので――ルディエラの寝台に狼を放り込み、クロレルはやれやれとカーテンを閉めた。


――フィルドは実はまだ蟠りを残しているのだろうか。

結構根に持つ性格だったのだろうかと苦笑をこぼし、クロレルは枕辺に置かれている獣油の炎を指先で握りつぶした。


子供相手に腹をたてても仕方ないだろうに。

というか、フィルドもまだまだ子供だな。


 子供認定されたフィルドは、翌朝「それとなく」クロレルに拷問まがいの問いかけを受けること――確定。

 

***


「お前が男好きだっていうのは理解した」

 ベイゼルはびしりと指先を突きつけた。

突きつけられた当人は、一瞬ひるんだものの反論するように声を荒げた。


「別に男好きな訳じゃありませんっ」

そこは絶対に認められない。

誰が何と言おうと。


「じゃあ何だっていうのさ」

「他の人間相手に欲情したりしないことはもう確認したんです。だから、別に男好きな訳じゃありません」

 やけにドきっぱりといわれた言葉に、ベイゼルはたじろいだ。


というか――こいつの女探知機は実は高性能なのではあるまいか?

いやいや、問題は他の男で何をどうためそうとした、この変態が。いや、問題はもっと違うところか?


もうオジサンいろいろ理解不能です。


「好きなんですよ。

もう仕方ないじゃないですか」

「うわー、認めた。

認めちゃってるよ。もうイヤだ俺」

「キスしたり押し倒したりしたいって、そんなにおかしな感情ですか? 相手に触れたいとか。いろいろしたいって」

「おまえ、俺相手だからってそう開き直るなよっ」


――馬屋の裏手で繰り広げられるやりとりは……翌日には切ない噂を撒き散らしたことは言うまでもない。






フィルド・バネットはベイゼル・エージに欲情するらしいです。





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