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王道で行こう!  作者: たまさ。
心機一転
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その1

「……つぅかさ、別にいいけどよ?」

 ベイゼルは嘆息しつつ、ぼやいた。

別に男と意識して欲しいなどとは思っていない。自分だってこの小娘を女と意識など欠片程もしていない。

 しちゃいねぇよ?

 だが抱き枕よろしくはりつかれて寝られるって、どうなんだよ?


 野宿は飽きたとか、冷たい地面がイヤだとか――うだうだと適当な文句でフィルド・バネットの尻を叩いて野営訓練の二日目を仮眠程度でさっさと官舎に帰宅したのは、寝台でゆっくり寝るという名目だったのだが……

 ベイゼルは嘆息し、ぐりぐりとルディラエの頭をかき回した。

人の顔見るなり泣き出し、張り付き、結局理由すらいわぬまま寝転けたお子様は――眉間に皺を寄せたまま深い眠りに落ちている。

 たかが一日――その程度はなれていただけで何があったというのか、まったく判らないが、とりあえず早く戻ったのは良かったようだ。

 このお子様の為には。

あふりとあくびをかみ殺し、ベイゼルは昼過ぎまでもう一度寝てしまおうと目を閉ざした。

のもつかの間、廊下を歩く長靴(ちょうか)の規則正しい音が耳に入り込み、ベイゼルはぴくりと目の端を痙攣させた。

 まさか、と音にせずに唇だけが形を刻む。

そのまさかが形を成すように、自分達の部屋の唯一の出入り口である扉がノックの音をさせ、応えを待たずに開かれた。


「……」


 二人部屋の中央にはカーテンが引かれているし、しめようと思えば寝台を囲むように足元――出入り口側にもカーテンを引くことができる。

ルディエラなどはおそらく腐っても女だという意識からか、この足元のカーテンを引いていたりするのだが、昨夜の――というか明け方頃に戻ったベイゼルは、カーテンを引く間もなく妖怪ひっつき虫に張り付かれた訳で……


「ベイ――」

「服っ、服は着てますでしょぉぉぉ!」

 親愛なる上官殿の顔色がみるみると変化し、その口元がひくひくと小刻みに痙攣していく。手にしていた書類をぐしゃりと手の中で丸め込んだ音が響く中、ベイゼル・エージは音階外れの突飛な声で思い切りいい訳に走る以外に道がなかった。


 起床時間を知らせる鐘音が――自分の葬式の鐘の音色にさえ聞こえた気がしたのは、錯覚であると言って欲しい。


***


――頭ががんがんと鐘突きで小突かれたかのように痛むのは、酒のせいだろう。

頭の中の整理がつかず、昨夜はやけに深酒をしてしまったし、酒の肴たりえる話題は決して楽しいものでは無かった。


ルディエラが、あのにんじん娘が自分の姪……などと阿呆な話、突然向けられてはいそうですかと納得できよう筈が無い。

兄殿下に対して「冷静に」などといいながら説明を求めれば、吐き出されたのは更に意味不明な文言ばかり。


「あの娘は、陛下の愛妾カーロッタの産み落とした娘だ」


 なじみの無い名前が耳に入り、それをとりあえず理解しようとした第三王子キリシュエータだったが、自然と片眉が上がっていた。

「それだと……妹姫という話になるのですが」

それだとて到底納得できる話では無いが。

 曖昧な記憶をほじくり返してみたが、確かに父陛下にはカーロッタという愛妾が存在したが、その懐妊はただの一度きり。


――今となっては誰も語ることもない、愛妾乱心事件。

自らの産み落とした子が男でないことに絶望し、子を殺害した恐ろしい事件は、闇へと葬り去られている。 

心痛のあまり陛下はその事柄に厳戒令を布いたのだ。


「……カーロッタは腹の子は私の子だと」

 ふっと伏せられた瞼の持ち主を無遠慮に眺め、キリシュエータは呆れた声をあげないようにするのに相当の胆力を必要とした。


――馬鹿かあんたは!

 そもそも、その当時いったいお前は幾つだ。

父の愛妾に手を出したのか? それとも出されたのか知らないが、あまりにも軽率すぎやしないか?

 おまえの頭は飾りか!


「いやっ、それでもおかしいではありませんか。

カーロッタは自らの子を……」

 言葉にするのがはばかられ、キリシュエータは言葉を濁した。


――正しい書類としては残されていない。

だが、その一文は重く深く刻まれている。

カーロッタは王子ではなく姫として生まれた娘に絶望し、その手で子を殺した。

忌まわしい過去の傷。


「確かに子供は殺された。だが――死んだのは乳母ミセリアの子、騎士団顧問のエリックの子だ。男子であった子供を殺したところで衛兵によって取り押さえられカーロッタは投獄された」


「……話が、通じません。

カーロッタは自らの娘を殺したのではないのですか? 王族を殺した罪で投獄されたと聞いております。

殺されたのが乳母の子だというのであれば、なぜ……姫は、妹は……いや」

あああ、ややこしい!

「にんじんはそのまま王宮で育てられる筈でしょうに!」

「そうだ。だがそうはならなかった。

カーロッタの血族を黙らせる為に、陛下は――死んだのは姫だと事実を捻じ曲げて発表した。

 挙句、その姫を死んだミセリアの赤ん坊の代わりに乳母に下げ渡した」


「そんな、馬鹿なっ」

「そんな馬鹿なことをしでかしたのだ」


 まるでキリシュエータがそうしたとでも言うように、フィブリスタは厳しいまなざしでキリシュエータを睨み付けた。

「陛下にとってそのほうが都合が良かったのだ。

発言権を強めようとしていたカーロッタの一族を黙らせ、当時の王宮内にあった不穏な空気を払拭させる為に」

「……」

「もちろん私は反対した。父は知らぬとしても――あの子は私の娘なのだから。だが、挙句何といわれたと思う?」

 その当時のことを思い出したかのように、フィブリスタは笑い出した。

嘲笑交じりに。

 その時の事柄があまりにも腹に据えかねるのか、しかしフィブリスタは笑いを収めると冷たい表情を浮かべた。


――王族の娘を、爵位も無い人間に下げ渡すと?

フィブリスタの反発を、しかし相手は無情に切り捨てた。

下らぬ言い訳まで添えて。


「あの時、様々な事柄がすべて塗り替えられた。

陛下が白といえば、黒もまた白くなるのだ――いいか? 決してあの娘に触れようなどと愚かな考えを持つな。

 あの子はお前と血の繋がる娘なのだから」

強い口調とまなざしで叩きつけ、フィブリスタは身を翻した。

それ以上の説明をせずに。


……あまりにも、あまりにも理解の範疇を超える。

酒を飲みながらひとつづつ整理をしてみたが、頭の痛みが増えるだけだった。

 普段であれば、話の整理をつける為にティナンに相談を持ちかけたことだろう。だが、この事柄はティナンに相談していいのか?


だめな気がする。


――ティナンは知っているのか?

いいや、知っていたらティナンは告げている筈だ。何故なら、ティナンが忠誠を誓っているのは国でも陛下でもなく、ましてや皇太子フィブリスタでもない。

 キリシュエータが主なのだから。

身命にかけて、主を欺くようなことはしない筈だ。


キリシュエータは額にかかる髪をかきあげ、苦々しく舌打ちした。

本来自分にとって最大の相談相手であるティナンにこの事柄を相談したらどうなるか……「お前の妹だと思われているにんじんだが、どうやら私の姪らしい」


何の冗談だ――説明するのも馬鹿らしい。

自分だとて到底信じられないのに。


何よりタチが悪いのは。

キリシュエータは奥歯をかみ締め、その強さに口の中に血の味が広がった。


……あの娘に、心の奥がうずいてしまった自分はどうしたらいい。


***

 

 朝起きたら、ベイゼル副長が床でゾーキンのようになっていました。


ルディエラが日記でも書いていたら、冒頭はそんな風になっていたことだろう。

本日の目覚めは、はれぼったい目元をこすりつつベイゼルの呻き声と、それをかき消すようなティナンの声によって起こされたルディエラだった。

「おきなさいっ」

 もぞもぞと身を起こし、ルディエラはその声の主が兄ティナンであることに硬直し、ついで目に飛び込んできた床で呻いているゾーキン副長に目をぱちぱちと動かした。


「ふくちょー?」

「今、今は無視して……」

 腹を抱えてうずくまっているベイゼルの魂の叫びに、きっと何かつらいことがあったのだろうと理解し――ある意味間違ってはいない――朝から引きつり微笑の上官に視線を戻した。


「あの、おはよう、ございます?」

なぜ朝っぱらから兄がいるのか、そして何故床で呻いている副長がいるのか。

そしておまけで言えば、何故自分が寝ているのが自分の寝台でなくてベイゼルの寝台であるのか――


「荷物をまとめなさい。第二隊に異動だ」

静かに言葉に、ぱっと背筋を伸ばしてルディエラは反応した。

「あ、はいっ」

「ぐずぐずするな。早くしろ」

「はいっ」


 慌てて自分のスペースへと戻り、少ない荷物を纏め上げながら――ルディエラは昨夜何があってどうしてこうなっているのかという事柄を頭の中で整理した。

 まず、昨夜あったのは第二隊への異動命令。

ついで、皇太子殿下のフィブリスタの部屋で――訳のわからない愛妾問題に巻き込まれ、脳みその腐った第三王子殿下トウモロコシの髭に苛められ、腹がたってうつらうつらしている間に、帰宅したベイゼルになきついて寝た……


情けな……


 うわっ、ぼくってば相当情けないよ!

そんなんじゃ立派な男になれる訳がない。

男にも幻滅したが、そもそも自分が男であればあんないやな気持ちにならなくてすんだのだ。

やはりここは体も魂もきっちりと男に成り果てるのだ!


目指せ筋肉!

ビバ広背筋。

おいでませ上腕二頭筋!


――まともにたたんでもいない衣類を麻袋の中に放り込みつつ、ルディエラは後ろで「うげっ」とか言っている声にちらちらと視線を向けた。

 見たくないのに激しく気になる。

視界の端の惨状……


 なんで?

なんで、副長ってばティナン兄さまに小突かれてるの?

長靴の先でげしげしされてるの?

これって突っ込んじゃだめなの?


なんか怖くてまともに見れないんだけど。

あああ、なんか、腕のちょっとした端っこだけをピンポイントで踏んでない?

あれって相当痛そうだけど、痛くないのかな?

 

「あ、あの……何してるんですか?」

それでも勇気を出しておそるおそるルディエラが麻袋の紐をぎゅっと締め上げて問いかけると、ティナンは口の端に笑みを浮かべた。

 それはそれは見ほれる程綺麗な微笑。


「スキンシップです」

「――そうですか」

「仲の良い上司と部下のコミユニケーションの一貫ですね」


仲良し。

ちょっとそうは見えないけれど……

「第二隊の官舎はわかりますね。同室はクロレルになりました。朝の挨拶をすませてクロレルの指示に従いなさい」

 端的な言葉に敬礼で応え、ルディエラは謎のコミュニケーションで芋虫になっているベイゼルに視線を落とし、ぺこりと頭を下げた。


「ベイゼル副長、お世話になりました。

また食堂とかで一緒にご飯たべましょうね」

「おー、たっしゃでな」

 呻きつつも声を出すベイゼルをぎゅっと踏みつけ、ティナンは「早く行け」とルディエラを追い出した。

 さすがにその姿が消えれば妹好き(ドシスコン)も落ち着くだろうとベイゼルはほっと息をつき、ぱたぱたとシャツの埃を払いつつ身を起こしたが――


「まさか、毎度あんな風に寝ていた訳じゃあありませんよねぇ?」


――どうやら奴隷解放は未だ遠い。



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