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王道で行こう!  作者: たまさ。
衝撃
69/101

その6

――駄目だ。

完全に進退窮まった。


腕の中には抱き込んだルディエラ。

面前には両目を見開いた皇太子フィブリスタ。

口から飛び出してしまった台詞は元に戻すことがかなわず、そして――そして、第三王子殿下キリシュエータは、体内で奇妙な笑いをあげてしまいたい程に壊れ果てた。


 コレが自分のものかどうかといわれれば、自分の玩具であるとは言い切れる。

そして、兄にソレをくれてやれるかといえば、そんなことはできない。コレは確かに自分の庇護下にあるモノなのだ。

 決して兄の慰みに差し出すことなどできよう筈がない。


毒を食らわば皿まで。

そう、ルディエラに余計なことを言われる前に、そして、フィブリスタに余計な口出しをされる前に、キリシュエータは腕に閉じ込めたルディエラの体を更に無理やり引き寄せ、自らへと顔を向かせると、問答無用で――


 口付けた。

勢いのまま、触れさせた唇。

驚いたように見開かれたルディエラの瞳に、ちらりと滲んだのは罪悪感と――そして、決して認めたくはない、ほんの少しの……ふわりと柔らかな気持ち。

一度だけ、そう思った唇は、けれどもう一度ついばむように同じことを繰り返した。


「そういうことですので、失礼します!」

「まっ、まてっキーシュっ」


 フィブリスタが慌てて声を荒げたが、もう知るものか!


***


「あ……忘れた」

 ルディエラは自身の寝台の上で寝転がり、天井を見ながら小さくつぶやいた。

すっかり忘れてしまっていたけれど、第二隊官舎のクロレルの部屋にちび狼を預けたままだった。

 受け取りに行かないといけないのに、到底体は動きそうにない。

けだるいような虚脱感と、なんともいえない疲労感が体中に浸透していて、そもそも部屋に入って蝋燭の火すらつけていない。


 突然キリシュエータにキスされた。

ただ勢いだけで触れただけの口付け。あんまりびっくりして声のひとつもあげられなかった。その前に言われたことだって衝撃だったのに、それは更に上回る程ルディエラを混乱に陥れた。

 だとうのに、乱暴にフィブリスタの私室からルディエラを連れ出したキリシュエータは、いくつもの廊下の角を曲がったところでぴたりと足を止め、振り返り、そして頭を下げたのだ。


「今のは忘れろ」

「……というか、今の、何です?」

「気にするな」


って、ものすごく気になるよ!

なんといっても、乙女の唇はそうそう安くは無いのだ。いや、お金をもらえばそれでいいという訳ではもちろんないが。


都合の良い時だけ乙女になれるルディエラだったが、今は自分で自分を茶化していられる状態ですら無い。


「無茶言わないでくださいよっ」

 両肩に手を置き、説得の姿勢に入る相手の身分も忘れてルディエラは唇を尖らせた。

「説明が無いとっ」

「――おまえ、フィブリスタをどう思う?」

 キリシュエータは真剣な眼差しで静かにそう問いかけた。

「……どうって、別にどうも」

「知っているとは思うが、兄上には隣国から嫁いでいらした妃殿下がいらっしゃるし、二人の子供もいる」

 噛んで含めるように、じっくりと説明するキリシュエータに気おされてルディエラはこくこくとうなずいた。

 別に王室に詳しくなくとも、それくらいは知っている。

妃殿下との婚姻の祝祭日があるくらいなのだから一般庶民のルディエラといえどもそれくらいは知っている。


「その兄上が、おまえを愛妾に召し上げたいという場合――お前には断る権利が無い」

「は?」

「だから先手を打っただけだ。

おまえだってあの兄上の愛妾になどなりたい訳ではないだろう? まさかなりたかったなどといわないな? よし、それなら何の問題もない。

今のはただそれだけのことだ。

兄上に無理強いさせない為の回避行動でしかない。

いいか? 判ったな?」

――今の行動すべてに何の意味も無い!


確認するように幾度も言われたが――だからといって「はい、判りました」という気持ちになど到底なれないルディエラだった。


ってか、愛妾って……

「阿呆か」

ルディエラは自分の体温があがって心臓が喉から飛び出すのではないかと思った自分にげんなりとした。

――コレは私のモノだ。

 抱き込まれた上から落ちた言葉は、耳から、頭から、そして触れる腕から注ぎ込まれた。

ほんの数秒、勘違いする程度には。

 そう、勘違い。

ただの……


 男なんて嫌いだ。

更に言うのであれば、王子なんて人種はもっともぉっと大嫌いだ。

滅びさってしまえばいいのに。


ルディエラはぎゅっと自分の唇を噛み、ちび狼を迎えに行かなくちゃと頭の片隅で考えながら――自らの腕で目元を隠した。

 なくな、泣くな、泣くんじゃない。

唇を噛んで呪文のように頭の中で繰り返すルディエラは、夜明け間近まで浅い睡眠を繰り返し、明け方のひんやりとした空気に小さな物音を耳にいれ、重いまぶたをこじあけた。


「っと、わりぃ。

起こしたか?」

 カーテンの向こう側、あふりと欠伸交じりの声に完全に目を見開いたルディエラは、乱暴に身を起こしてカーテンを引き開け、その場に居るはずの無い相手に両手を伸ばした。


「フクチョー」


声に出したとたん、まるで子供のように泣き出してしまった自分を恥じることなど考えず、ルディエラはベイゼルに抱きつき、抱きつかれたベイゼルはよろけて寝台に腰を落として首をかしげた。


「え、なに?

どうしたのよ?」

 腰にはりついたルディエラに、ベイゼルは幾度か声をかけたものの、ルディエラ自身どうしてよいのかわからずに、ただ首をゆるゆると振りながらぎゅっとベイゼルに張り付いていた。


***


「殿下?」

 自らの執務室に戻ったキリシュエータは、そこで待ち受けていた第一の難関に血の気が引くのを感じた。

 ティナンの顔を見たとたん、ざぁっと身のうちに芽生えたのは罪悪感。

そもそも、勢いで口付けなどしてしまったが――別にしなくて良かったのではないか? いや、あの場合は一目で判る行動として悪くなかった筈だ。

 フィブリスタの口も、そしてルディエラの口も封じ込めてあの場をやりすごすのに最適な行動であった――ということにしておきたい。


「殿下? どうかなさったのですか?」

「いや、別に、なにも、ない」

 さらりと流してしまいたいというのに、思わず視線を逸らしてしまうのは致し方ない。

果たして自分があのにんじん娘に無体を――無体って何だ!――働いてしまったことがこの副官にばれた場合、いったいどういうことになるのか。


考えるだに恐ろしい。


いや……アレとコレとはあくまで兄と妹なのだから、多少腹はたてるかもしれないが、きっとほんの少し――少しばかり憤慨する程度、だとありがたい。

たかがキスではないか。

唇と唇が触れただけだ。

舌をいれてもいない。

むしろあの小娘の貞操を守ったのだから、褒められてしかるべきだ。


必死に自分を擁護するキリシュエータだったが、どんどんと不安が増していく。

「顔色がお悪いようですよ?」

「そ、んなことはないっ」

「そうですか? 何かお飲みになりますか?」

 ティナンは言いながら執務机にある銀色の呼び鈴を軽く振り、侍従に飲み物の用意を命じた。

それをちらりと盗み見ながら、ふとキリシュエータは気づいてしまった。

 兄に勘違いさせる目的であったとは言え、果たしてあの兄がこの事柄を内密に処理するかといえば――確信が持てない。

 では、この事柄はそう遠くない日にばれるのだ。


「ティナン……」

「はい、何でしょう?」

「おまえは私の腹心だな?」

確認するように問いかければ、ティナンは模範解答を返す。

「はい」

「忠誠を誓っているな?」

「勿論ですよ。何か内密の事柄ですか? ぼくは決して殿下を裏切ったり致しませんよ」


あああ、その笑顔がうそ臭い!


 それでも覚悟を決めて口を開こうとしたキリシュエータだったが、それより先に従僕の訪問者の取次ぎもなく乱暴に扉が開け放たれた。

「キーシュっ。人払いを」

「……兄上」

先ほど振り払ってきたはずのフィブリスタの出現に、キリシュエータはうんざりとした眼差しを向け、それでも言われるままにティナンに視線だけで退出を命じた。

 ティナンはぎょっと瞳を見開いたが、すぐに了承して場を離れ――扉が閉ざされたとたんにキリシュエータは促した。


「まだ、何かおっしゃりたいことがおありか」

苛立ちを隠さずにいい、もうどうとでもなれというように冷ややかな眼差しを向けたキリシュエータに対し、フィブリスタは苦いものを飲み下すように鎮痛な面持ちでゆっくりと口を開いた。

「ルディエラのことだ」

「そうでしょうとも。ですが、私とアレのことにはいっさい口出しして頂きたくありません」


「そういう訳にはいかぬのだ」

「兄上――兄上には」

うんざりとしながら自らの皇太子妃のこと、そして二人の子供達のことをしっかりと突きつけてやろうとしたキリシュエータの言葉をさえぎり、フィブリスタは口にした。


「アレは、私の実の娘なのだ」

 重く、低くフィブリスタの口から吐き出された言葉に、キリシュエータは口を開いたまま呆然と相手の顔を見つめた。


今……

「あの娘は、そなたの姪に当たる」

「そんな――……馬鹿な」


 どこか未知のものでも見るように、キリシュエータは食い入るように兄を見つめ、そして自分の唇に手を当てた。


――やわらかく、触れた、ほんのすこし湿ったような唇。


二度目に触れたのは……認めがたい、確かな欲。



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