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王道で行こう!  作者: たまさ。
衝撃
68/101

その5

 目尻に小さな皺を寄せ、にっこりと微笑みを浮かべた皇太子殿下フィブリスタ三十三歳妻子あり――侍従からの取次ぎの申し出に一旦は顔を顰めたものの、その相手がルディエラと知るといそいそと案内を命じ、扉が開いてその姿を視界に入れると好々爺かお前はと突っ込みが入るのではないかという笑みを浮かべてみせたが、次の瞬間にはびくんと身を引きつらせて顔を顰めた。


「……キーシュまで呼んではいないが」

「お気になさらず」


 なんだかそんな微妙な空気の二人の間、ルディエラは冷たいようなぬるいような奇妙なモノに肩をずんっと押されるような錯覚を覚えつつ――「お気になさらず」って、物凄く気になるって、どんよりとした思いを滲ませた。


――フィブリスタからの呼び出しの為に王宮へと足を向けることとなったルディエラに、何故か第三王子殿下キリシュエータは物凄く嫌そうな顔をしながら同行を申し出たのだ。

「どうしてですか?」と首を傾げたくなったが、キリシュエータは今とまったく同じ調子で「気にするな」と言い切り、ついで引きつったような微笑で付け加えた。


「皇太子と対面など気が重いだろう。これからは私が一緒に出向いてやるから感謝するといい」


確かに皇太子フィブリスタと対面するという事柄はルディエラにとって物凄く気の重い事柄だが、何故こんなことで借りなど作らなければならないのか。

挙句果てしない程の上から目線で。

激しく不本意そうな顔で。

まるで無理やり借金を負わせられるように気分がよろしくない。

あくまでも金銭にはうるさいルディエラだった――ただし、セイムにしている借金は適当にしか覚えていないし、あわよくば踏み倒す気満々です。


「確かに、ちょっと苦手ですけど……大丈夫ですよ?」

おそるおそる口にした言葉は綺麗さっぱりと無視されてしまった。

 そんなこんなでルディエラに同行したキリシュエータの姿にフィブリスタは眉間に皺を寄せたが、すぐに意識を切り替えた様子で――おそらく自分の意識の中からキリシュエータを排除するという方法で――視線をルディエラへと向け、笑みを戻した。


「訓練で外に出ていたというが、怪我などしなかったろうね。ああ、それより呼び出して悪かった――そなたの明るい髪に似合う……」

 言葉を操りながら机の引き出しから木製の小箱を取り出しつつ、ふっとフィブリスタは動作を止めた。

 下げていた視線がゆっくりとあがり、ルディエラの姿をもう一度確認する。

無遠慮にその顔に視点をすえて、フィブリスタは狼狽した。

 以前見かけた時もそれほど長い髪ではなかった。肩口の辺りで時々はすき放題に跳ねていたり、それでも愛嬌のあるかわいらしい様子をみせていた、髪。


「髪……ど、どうしたのだ、その短い髪は!」

カっと見開かれた瞳に驚きつつ、ルディエラは自分の首のあたりに張り付く明るい髪の先端を引っ張った。

首筋で切りそろえられた髪は、ルディエラの最近のお気に入りだ。

――後ろを確認すれば、ちょっとばかり不ぞろいだったりするのだが、幸い誰もそのことに触れるものはない。


「ああ、先日切ってもらったんです。

男らしくなったと思いますが、似合いませんか?」

 にこにこと機嫌よく言うルディエラの様子に、喉の奥でうめき声をあげたフィブリスタは、動揺しつつも「いや、似合っている。とても良く似合っている」と、まるで誤って髪を切られてしまった少女を宥めるかの如く、大げさな調子で引きつった笑いを浮かべて見せた。


その手は一旦取り出そうとした箱を乱暴に引き出しに戻し、がこんっと引き出しを閉ざす。

どう考えても現在のルディエラにはフィブリスタが吟味したこの髪飾りは不要の長物。金と銀とをふんだんに使い、真珠を散らした愛らしいデザインだが。これを贈られて喜ぶどころか引きつる顔しか想像ができない。

そんな兄の心内を想像しつつ、キリシュエータは腕を組んで少し離れた場所で突っ立ったままルディエラと兄とを生ぬるく眺めていた。


――何故ルディエラにくっついてこの場にいるかといえば、勿論フィブリスタがルディエラに阿呆なちょっかいをかけないようにする為の監視だ。

 三十過ぎの、正妻に二人の子までいる兄が十六の小娘に無体な真似をするとは信じたくないが、ほいほいとルディエラを差し向けて何事かあった場合寝覚めが悪い。誰か他の者をつければ良いような気もするが、相手は腐っても皇太子――一般兵にその暴挙を止められるかといえば、まず無理な話しだ。

果たして何故自分がこんな従僕まがいのことをしなければいけないのか、キリシュエータは苛々を募らせた。

「あの、御用は……」

 ルディエラが居心地が悪いとばかりに身じろぎして言えば、フィブリスタは引きつりつつ「何か菓子でも用意させよう。ゆっくりと――そうだな、家族の話や訓練の話しを聞かせてもらえまいか」

 当初の「用」が霧散したことを感じたキリシュエータは、わざとらしく壁に置かれている時計に視線を向け、吐息を落とした。

「兄上、もう時間も遅うございます。歓談を御所望でおられるのであれば、それはまた日を改め、日の高いうちになさったらいかがでしょうか」


「ああ。だが――そうだ、ルディエーラ」

 嫌そうな顔を一瞬見せたフィブリスタは、突然思い出したというようにぱっと表情を明るくした。


「そなたにはもう心に定めた相手がいるのか?」


突然向けられた場違いな話題に、ルディエラは「は?」と凍りつき、キリシュエータは喉の奥でうめき声をあげた。


 まさか本当に小娘を愛妾にでも召し上げようというのか、この阿呆は!


カっとなったキリシュエータはぐっと手を伸ばして、ルディエラの二の腕を引っつかんだ。


***


ティナンはギョッと目を見開いた。

第三王子殿下キリシュエータの命令により訪れたのは、第二隊が使用している宿舎――第二隊に二名いる副長が暮らしている三階の私室だ。

 三隊編成の騎士団だが、一番人数が多いのは第一隊、ついで第二隊、第三隊となっている。これは、第三隊が基本的には訓練部隊である為だ。

 第一隊は王宮、王侯警備を担当する。第二隊は神殿と第二王子殿下リルシェイラを担当し、そして第三隊は訓練に勤しみ、やがて第二隊第一隊へと配属される前部署ということになる。

 場合によっては騎士隊から外されて警備隊へと行く者もいるし、好んで昇進試験を無視していつまでも第三隊に居たがるベイゼルのような者もいる。


 ティナンは第二隊クロレルの私室の前で気の重い吐息を落とし、数秒の逡巡の後にゆっくりとした動作でノックした。

できればクロレルと顔を突き合せたくないという気持ちがじりじりと身の内でくすぶっているが、そういう訳にもいかない。

 何より、その理由が――自らのお恥ずかしい狼狽っぷりを見られてしまったことによるものだなどという激しく私的なことであれば尚更だ。


相手の応えの声にさっさと扉を開き、そして伏せていた視線をあげざま、絶句した。

「ティナン隊長危ないっ」

今にもがっぷりと開いた大きな口が、またしてもティナンの足にかぶりつこうとしていて、ティナンは反射でその頭に長靴を叩き込んでしまいそうになった。


「なんでソレがいるんですかっ」

 クロレルが慌てて首に掛かる紐を引いて押さえ込んだのは、ジロリと自分を見上げているのは灰色の目つきの悪い狼。

狼といったところで持ち上げようと思えば持ち上げることもできそうな子供だが、ティナンを睨みつつ鼻面に皺を寄せている様子ときたら、ごんっとその鼻面を殴りたくなるような可愛さだ。


「ちょっと預かっているんです。アイギルが今現在第三王子殿下のところに出向いているので――それより、何かありましたでしょうか」

 首に掛けられたロープを短くくくられ、寝台の縁に引き戻されたちび狼は、更に鼻面の皺を深めて喉の奥からぐぅぅぅっと低く唸り声をあげている。

 なんとなく足で踏みつけたい衝動と戦いつつ、ティナンは眉を潜めてソレを眺めた。


ルディエラが拾ってしまったという狼については、今申請を出して飼育の許可がおりるのを待っている段階だ。飼育といったところで、何頭か防犯の為に飼われている犬舎へと入れることになるのだが。果たしてこの噛み癖の悪い狼が犬達に受け入れられるかどうかは判らない。


「ルディ・アイギルの所属が今夜零時に第二隊に切り替わる話は耳にいれていますか?」

「いえ――いや、第二隊に移動するという話しは以前聞きました。ですが、今夜というのは今はじめて報告を受けました」

 クロレルは心持ち仔狼を抑えるようにしながら応え、ティナンはゆっくりと息を吐き出しながらうなずいた。

「明日からは所属が第二隊に移ります。そこでアイギルの部屋を用意してもらいたいのですが」

「それは……」

 クロレルはうっかりと忘れていた現実を思い出し、困惑の眼差しをティナンへと向けた。

「フィルドと同室にしようかと思ったのですが」

 当初は喧嘩ばかりしていた二人だが、最近では仲良く会話も弾むようになっていた。そのうちにルディエラの隊が第二隊に異動となったらフィルドの部屋に同居させようと思っていたのだが――


「それは許可できません」

きっぱりと言い切るティナンに、クロレルは一つうなずいて見せた。

「ですよね。子供といえども女の子ですし」

 さらりと告げられた言葉に、ティナンはさぁーっと血の気を引かせ、口をぱくぱくと動かしたがクロレルは気づかずに続けた。


「私と同室にするのが一番無難だと思いますが、生憎とこの部屋にはもう一人居住者がいますし」

 クロレルは眉間に皺を刻み、未だに真っ白になって口をぱくぱくと動かしている相手を不思議そうに一瞥しつつ「ではアラスター隊長の私室に寝台を一つ入れさせて頂く形でどうでしょうか。隊長方の部屋には余裕が――ティナン隊長?」首をかしげて見せた。


――どうしてルディエラが女の子だと知っているんですか。


そう問いかけたいより先に、アラスターとルディエラが同室になるかもしれないという言葉にティナンはより激しく反応した。

アラスターの年齢や人望を考慮すれば、確かにその選択が一番だろう。

だがしかし、


筋肉男(アラスター)とルディを同室になど絶対に駄目です!」


――ルディエラがアラスターを襲う恐れがある!

彼の妹は筋肉にだけは抗えない性癖の持ち主だった。


***


ルディエラの二の腕を力任せにぐいと引き寄せ、キリシュエータは早口でまくしたてた。

「兄上っ。彼女はまだ子供ではありませんか」

「馬鹿を言うな。ルディエラはもうじき十七――上流階級の娘であれば、子の一人ももうけていておかしい年齢ではない」


突然怒鳴りあいをはじめてしまった変な名前三兄弟の長男と三男の二人の間で、ルディエラはおろおろと二人の顔を見比べた。

何故この二人がヒートアップしているのか理解できない挙句、どちらかと言えば自分は「上流階級」の娘では無い。

この年齢で結婚相手などと言われてもしっくりとこなければ、何よりそんなものより大事なものがある。

そう、それは勿論筋肉――ではなく、騎士への道だ。

その大事な道を歩んでいる現状で、何がどうしてどうなって結婚相手の話などされなければいけないのか。


「兄上、まさか本気でおっしゃっておられるのか?」

「どういう意味だ」

 いぶかしがるフィブリスタに、苛立ちを頂点にしたキリシュエータは自分の腕の中にルディエラを抱き込むようにして言い放っていた。


「これは私のものだ」


――シンっと静まり返ったその場で、自分の口から叩きだされた言葉を脳内に浸透させたキリシュエータはざぁーっと血の気を失せさせて喉の奥で呻いた。


今の、とりあえず……ナシ。

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