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王道で行こう!  作者: たまさ。
衝撃
67/101

その4

「おまえに請求書を叩き付けたい」

 久しぶりに顔を合わせた――決して久しぶりな訳ではないが、ルディエラはその存在すら忘れていた――第三王子殿下キリシュエータは、口元をひきつらせつつそんな風にのたもうた。


 あの後、天然な第二副隊長クロレルの羞恥プレイに耐えかねた第三隊隊長ティナンは顔を真っ赤に染め上げ、ぷるぷると小さく震えて「報告は書面にして届けなさい」と吐き捨てて逃げだしてしまった。

 あまりにも珍しいその態度にルディエラは心底思ったものだ。


――兄さま、なんかカワイイ……


 なにより、兄がルディエラが怪我をしたものと思い動揺を見せたのはルディエラにとってとても嬉しい事柄だ。

 何だかんだと言ってティナン兄様の優しさは健在だ!

そして天然クロレル副長は最強だ。


「請求書?」

 ルディエラは夕食の後に呼び出しを受け、渋々キリシュエータの執務室に顔を出した。

昼間の兄を思い出し、顔を合わせたらもしかしてティナンが動揺するのではないかと思ったが、生憎と執務室にいたのはキリシュエータと、第一隊所属の護衛が数名。

 兄の顔を見たかったルディエラは心から落胆した。

「おまえが怪我をしたとか勘違いしたどっかの馬鹿が薬剤庫と医務室のドアを文字通り蹴破って暴れた。

扉は破砕されるし、薬剤師と医者の首は締め上げるで大騒ぎだ」

「……話しが見えません」

「おまえの父親だ」


 ぱっとルディエラの視線があがり、嬉しそうにきらめいた。

「父さん――いえ、顧問帰ってるんですか?」

 ルディエラの父親である騎士団顧問のエリックは、第二王子殿下リルシェイラの遊説に付き添って出ていた為に不在であったのだ。

「当然、リルシェイラも戻っている。この意味が判るか?」

 執務机に横柄に座り、肘置きに両肘をあずけて胸の前で指を組んでいたキリシュエータは淡々とした口調で問いかけた。

 眼鏡越しの眼差しが突き刺さるような気持ちで、ルディエラは身を硬くすくめておずおずとうなずいて見せた。


「はい……」


 何故か眉を潜めて恐縮しているように見えるルディエラに、キリシュエータは眉を潜め、リラックスさせるように組んでいた指を解き、眼鏡を外して口元を緩めた。

「なにもそう緊張することは無い」

 確かに異動は不安かもしれないが――そう続けようとした言葉を、無礼な小娘は上目遣いでさえぎった。


「リルシェイラ様まだ怒ってるんですか? 絶壁の頭の形がかわっちゃったとかですか? 翌日にちゃんと謝れればよかったですけど、でも時間が無かったんですよ」

「……何の話しだ?」

「何って。リルシェイラ様の頭を殴っちゃった件ですよ? 遊説に出かける前夜の。

まだ謝ってないから――帰ってきたら謝りに行かないといけないなーって思ってはいたんですけど、あの、できればもう少し猶予をくれたらありがたいなぁって。ほら、心の準備って必要だと思うんです」

 それでなくともばたばたしていた為、すっかりと忘れていた。

「打ち首とか言われたらぼくどうしたらいいかっ」


「……リーシェ、絶壁なのか?」

「え? 知らないんですか?

すっごい見事な絶壁ですよ! でもそれは殿下が――キリシュエータ殿下が子供の頃に一杯殴ってきたからだって、リルシェイラ様おっしゃってましたけど……その絶壁頭を隠す為に毎日寝る時にわざわざ三つ編みを編んで寝てるとか、確かそんな話しもしてましたし」


 オロオロと言うルディエラに、はじめのうちこそ真顔で話しを聞いていたキリシュエータであったが、最終的には自分の顔を片手で押さえ込むようにしてうつむいてしまった。

 よくよく見れば、控えている白騎士達も真顔のまま硬直している。


「あ、え?」

 ルディエラはその場の空気の微妙さに気づき、救いを求めるようにきょろきょろと室内を見回してみたが、次の瞬間――キリシュエータは肩を震わせ破顔すると、ばしばしと手の平で机を叩き、白騎士は必死に顔を背けた。


「あのふわふわ髪にそんな理由があったとは知らなかった!

馬鹿か、あいつはっ」

「ちょっ、え、ええっ?」

「そうか。絶壁か。しかもそれは相当気に病んでいるのだろうな。

そうか、姑息にも髪型で誤魔化そうとする程気に病んでいるのか」

 くっ、と喉の奥を鳴らして悪意たっぷりに笑うキリシュエータを面前にし、ルディエラは自分が言ってはいけないことを口にしてしまったのではないかとやっと理解した。


「あのっ、今のはちょっと忘れていただけると」

「気にするな。ああ、きっぱりと忘れた」

勿論しっかりと記憶にとどめて、なにかのおりにきっちりと、さりげなく口にしてやる。

 キリシュエータはぴたりと馬鹿笑いを収めると、やけに嬉しそうに口元を歪めた。


「そんなことより、私が言いたかったのはまったく違う」

 ざっくりと話題を変えられたその時、ルディエラはハっと息を飲んで口を開いた。


「えっと、そもそも何の話しでしたっけ?」


「おまえは三歩も歩いていないのに物事を忘れることができるとは、鶏以下か?」


***


「クインっ」

 鋭い叱責のように呼ばわる声に、クインザムは内心の溜息を隠して廊下の曲がり角で足を止め――端によって一礼した。

「クインザム、どうした?」

 かつかつと反対側の廊下から歩み寄る相手をゆっくりと見つめ返し、無礼のないようにと心持ち視線を下げる。

「おまえが王宮に来るのは珍しい。何かあったか?」

「父が不始末をしでかしましたので、その尻拭いです」

 ぼそりと思わず粗野な言葉が落ちた。

「不始末?」

「騎士団官舎の部品などを破壊の挙句、けが人を出したとかで厳重注意の上に三日の蟄居を――私は身元引き受けと修理費用の請求をいただきに参りました」

 クインザムは「用が無いのであれば、これで」と言葉を続けたが、相手はさくりとさえぎった。

「エリックと話すべきなのは判っているが、エリックはどうも苦手だ。だからクインザム、そなたに尋ねたい」


 機嫌良く言葉を並べようとする皇太子殿下フィブリスタの様子に、クインザムは視線をあげ――きっぱりと言った。

「申し訳ありませんが、急いでおります」

「そんなに時間をとる気は無いぞ」

「さようですか。でしたら、どうぞ陛下からの勅命をもって再度お呼び出し下さい――」

「クインザムっ」

 イヤな予感しかしない。

クインザムは早々にその場を立ち去ろうと身を引きかけたが、相手は納得しなかった。この場を逃してなるものかとでも言うように、フィブリスタは早口でまくし立てた。


「ルディエラはもう相手が決まっているのか?」


――聞こえません。


 思わず口から出そうになった言葉を押しとどめ、クインザムは身を引き締めて低く警告するように口を開いた。

「幾度同じことを言わせるおつもりですか。あの子のことはまったく、微塵も、欠片程も殿下には関係がございません。一切口出しを受けるいわれはございません」

「判っている。ただ、私はあの子によい相手を娶わせようと思っただけではないか。何の問題がある」

 悪びれもせず、ただ多少憤慨するように言うフィブリスタに、クインザムは冷たい口調で続けた。

「あの子の縁談に関しては、あの子の父親である我が父、エリックに全権がありましょう。それとも殿下は自らの権力を行使して、たかが一般庶民の小娘の縁組を強行なさるような愚かさをお持ちではありますまいな」

 

「剣を学んだ恩師の娘。

勉学を共に学んだ友人の妹によい縁談をしてもらいたいと望むのが悪いことではあるまい」

「悪いこととは申しません」


余計のことだといっているのだ、このクソボケが。

クインザムの心の声は激しく顔に表れていたが、フィブリスタの背後の白騎士達はあえて見てみぬふりをした。


***


――本日、深夜零時をもって第二隊へと所属が異動となる。

明日からは第二隊として任務につけ。


 第三王子殿下キリシュエータの言葉に、ルディエラは息を飲み込んだ。

やっと待ちわびていた隊異動。そして見習い期間は残りあと一月。

それは喜びであったが、同時に慣れ親しんだ第三隊から離れることを意味した。

「あのっ、待って……待って下さい」

 そんな風に相手の言葉をさえぎることなど本来は許されていないというのに、咄嗟にルディエラは声をあげてしまった。

「せめて――野営訓練に出ている第三隊の人たちが戻るまで……」

 咄嗟に頭に浮かんだのは、長い間同室であり世話をかけたベイゼルだった。

きちんと挨拶もなく異動するなど、到底できない。

「気持ちは判るが。ここは仲良しクラブではない。第三隊の者達との送別は彼等が戻ってから個人で済ませろ」


 キリシュエータはきっぱりとした口調で言いきったが、すぐに鼻で笑って見せた。

「個人と言ったが、明日の夜には第三隊も戻るだろう。明日は【アビオンの絶叫】を貸切にしてやろう。

その代わり酒は飲むなよ」

――少し悲しそうなルディエラの姿にそう言葉を向けながら、キリシュエータはたいがい自分も甘いなと苦笑した。

 この場にティナンがいれば冷淡な眼差しで睨み殺されていたことだろう。


「もう下がれ――」


 軽く手を払って言ったものの、キリシュエータは一つ面倒臭いことを思い出し、ちらりと壁にある時計に視線を向けた。

 夕食後も未だ四半刻。

さほど遅い時刻でも無い。


「にんじん」

「はい?」

 一旦敬礼してそのまま下がろうとしたルディエラは小首をかしげた。


「伝言だ。訓練から戻ったら皇太子殿下の執務室を訪れるようにと」

「……」

 途端にルディエラは肩を落とした。

その判りやすい「いやそう」な態度に、キリシュエータは喉の奥を鳴らした。

「なんだ、何か問題が?」

「……いえ、何もないです」


 あまりにも落胆している様子に、ふとキリシュエータはあの時の光景を思い出してしまった。

――ルディエラをフィブリスタの執務室に放り込んだ後、中の様子が気になって入り込んだ時に目撃したものを。


 フィブリスタの膝の上にいる自分の玩具(ルディエラ)


まさか、さすがに十五以上も年の離れた小娘に対して――いや、だがしかし。この誰にでもすぐなつく娘がここまで嫌がっているのは何か理由があるのでは?


 外見は少年だし、中身は子供だし、脳みそは筋肉でできている。

だがしかし、たとえ腐っても性別的に言えば女は女だ。


いや、だがまさか……まさか。

そもそも兄殿下には皇太子妃も二人の子も存在している。

だが、いやしかし。


この国の皇太子が――現在三十三歳、次の国王陛下が病持ち(ロリコン)疑惑。


キリシュエータはがくりと肩を落とし、小さな声で、本当に誰にも聞こえないような小さな声でぼそりと呟いた。





「眩暈がする……」


亡命という単語までがちらついてしまいそうだった。



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