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王道で行こう!  作者: たまさ。
衝撃
66/101

その3

「隊長! 安心してくださいっ」


――突然の第三隊隊長ティナンの乱入に、ルディエラは身を硬直させた。

 

 乱暴に開かれた扉も、足音も高く示す感情の高まりも、全てがティナンの怒りを指し示していて、ルディエラは条件反射も手伝って咄嗟に頭をさげて「ごめんなさい」と連呼してしまいそうな恐慌状態に陥った。


ぎゃぁぁっ、ぼくってばまた何か怒らせた?


 さぁっと一気に血の気がひいていく。

名を呼ばれて伸びた手に、まさか叩かれるのではないかと観念して歯を食いしばれば――しかし、その覚悟に反してルディエラの体はティナンの腕の中にぎゅっと抱き込まれていた。

 温かく力強い腕の中。


はい?


「ルディ、怪我をしたって?

どこを? ああっ、だからぼくはあれ程反対したんだっ。騎士団なんて危険な場所なんだよ? これ以上――」

 怒られるどころか何故か身を案じられているらしい現状に、ルディエラは幾度も瞳をまたたき、ハっと息を飲み込んだ。


――医務室の簡素な寝台に腰をあずけている第二隊副長クロレルが、呆然と自分達を見ている。

 冷静な分析能力がイマイチなルディエラといえども、現在のこの状態が芳しくないことくらいは理解できる。

 果たして自分の部下を心配する素晴らしい隊長として映るだろうか――

危うく、兄さまっと叫んでしまいそうになるのを留めて、

「隊長っ」

 隊長という単語を強調するように声をあげようとしたルディエラだったが、二つの音によってそれはかき消された。


 どちらが先であったのか判らない。

クロレルの「……あ」か、それとも「なんっ、だこの犬はっ」というティナンの声だったのか――

 ひぃっと更にルディエラの喉の奥で言葉が凍りついた。

兄の足に、兄の長靴にがっつりかぶりついているちび狼。


 さぁっと血の気が引いたルディエラは慌てて叫んでいた。

「隊長っ! 安心してください。

噛まれても病気にはならないそうですっ」


いや、そういう問題じゃ……

同じ痛みを共有した気持ちで、クロレルは思わず自分の足の傷に手を当てた。


***


「うー、やべ」

 ベイゼルのぼやきに、フィルドは馬上で荷物を止めるベルトが緩んだのを手直ししつつ問いかけた。

 刻限はすでに夕刻。二人だけの道中は恐ろしい程に早かった。

当初はベイゼルと二人だけという現状はフィルドにとって苦痛すら与えたものだ。何と言っても、自分の性癖がばれている相手というのは厄介に過ぎる。

 だが、幸いベイゼルはそれ以上の突っ込みをしてくることはなく、フィルドも完全に忘れることはできなくとも安堵していた。

――たとえばずっとルディ・アイギルの話しをされ続けたら、蹴倒してやりたい気持ちにはなったであろうから。

 

「どうかしたんですか?」

「……痛い」


 胃が痛い。

これはいったいどうしたことか。

――久しぶりに問題児の糞ガキ、ルディエラと別行動と思うだけで心は浮き立ったというのに。馬速をあげて昼過ぎに集合地点に到着し、更に訓練を過酷にする為に到着していた面々から一人一つづつ通常装備を取り上げ、更に食料までも没収――これは勿論本日と明日のベイゼルとフィルドの腹に収まる予定――の帰路。

 他の隊員達も多少の怪我などはあれど、問題なく訓練をこなしているし、この先の自分達の食料も強制的に入手した為に考えることがなくなると、ベイゼルはだんだんと眉間に皺がよるのを感じていた。

 本来であればどんどんと気分が浮き立つ筈であるというのに。


「どこか怪我でもしたんですか?」

「……」

 胃がいてーの。


勿論、クロレルのことは信用している。

たとえあの見習い隊員のルディエラが女だということがばれたとしても、フィルドでもあるまいし、おかしな真似をするとは思われない。

年齢的にもクロレルにとってルディエラは女という位置づけにはならないだろう。

何よりも、サイモン・クロレルという男は決して保護すべき対象を裏切ったりなどできようがない男だ。

だから、そういった心配をしている訳では無い。

――だが、近くにいないあの馬鹿で阿呆で間抜けな糞ガキが、今頃いったいどんなヘマをしでかしているかと思うと、

「吐きそう……」

 思わず呻くように音が落ちた。


フィルドは怪訝そうに眉を潜め「少し休みますか?」と気配りをみせたが、逆にベイゼルは苦痛でも覚えるように首を振った。

「休んだらもっと酷くなりそう」

更に考える時間ができて。

「いったいどうしたんです?」

「それが判れば苦労はないのよー」


――問題児が居ない。

これほど幸せなことなど無い筈だ。

何等気にかけることなく、自由を謳歌できる筈だ。

時間さえ許せば、歓楽街にでも駆け込んでこの数ヶ月――といったところで二ヶ月だが――のウサを思い切り晴らしたい。

 なんなら、心の恋人ナシュリー・ヘイワーズ中尉にデートを申し込みたい。

だがそんな考えが自分を満たさない程にじわじわと侵食してゆくこの感情は何だろう。本当に、ゆっくりとじわじわと汚染するように広がる感情。


怖い。

まさに今、たった今。

件の糞ガキ様がツーステップを踏みながら何かをしでかしているような気がする。後で色々と自分が駆けずり回らなければいけないような、もう本当にどうしようもない程に壊滅的な何かを。


もういっそ存在が消えてなくなってくれればどんなに楽か。

本当にいったいぜんたいこれはどういう現象か。


「エージ副長?」

 問いかけられる言葉に苛立ちをつのらせ、ベイゼルは思わず胡散臭いものでも眺めるような眼差しでフィルドを見ていた。


「おまえさー、実はすげぇわ」

「は?」


――オレ、無理。

絶対に無理。

あんなモノを好きだって?

ありえねぇ。


存在が近くにないというのに他人に迷惑が掛けられるとは、恐るべき天才か、ヤツは。

あんな問題児、もう本当に、心から、大っっっっっキライだ。


***


 幸いなことにちび狼が噛み付いているのはティナンの長靴(ちょうか)で、分厚い皮製だった。いくらちび狼の顎が強いといってもその皮を突き破って届く牙は僅かなものだろう。

 丁寧に磨き上げられている礼祭用の長靴は、見事な牙跡を残したもののティナンの足には傷の一つも残しはしなかった。

 それどころか足に噛み付いているちび狼を、ティナンは躊躇無くごんっと頭を殴って自分から引き剥がした。

 ひゃひんっと声をあげたちびすけは、主に救いを求めているつもりなのかルディエラの背に隠れた。

「何だそれは」

 当初の動揺から復活したティナンは、鬼隊長としての自分を取り戻してこほんと一つ咳払いをしてみせた。

「どうして犬がいる」

「……保存食です」

 オロオロと小声で言うルディエラの様子に、クロレルは色々と突っ込みをいれるべきかと手をあげかけたが、ティナンの雰囲気に呑まれて言葉が消えた。


――説明すれば長くなりますが、要約すると「保存食」かもしれません。

果たしてそう説明することで何かが好転するものとは思われないが。

 ティナンはじっとルディエラを眺めていたが、やがて思い出すようにびくんっと身をすくませた。

 じろじろと見習いの全身を眺め、確認するように囁く。


「そうだっ。怪我は?」

「え、あ?」

「怪我をしたから訓練の途中で戻ったと報告を受けた」

「ああっ。それはクロレル副長で――ぼくはただの付き添いです」

「怪我はしてないんだな?」


 再度の確認にルディエラがこくこくとうなずくと、ティナンは疲れきった様子で肩を落として溜息を吐き出した。


「心配させるな」


――ここに怪我人がいるのですが。

 クロレルは思わず挙手してしまいたくなったが、面前で繰り広げられるルディエラとティナンの様子に笑みを浮かべた。


「良かった。隊長がアイギルを個人的に毛嫌いしているなんて心無い噂がありましたが、ただの噂みたいですね」


 第二隊第三隊の合同訓練となったこの数日、ティナンのルディエラへと向ける冷たい仕打ちに腹さえたてていたクロレルだったが、今のやり取りを見る限りティナンはきちんと自分の部下を案じている。

たとえ他隊のクロレルの怪我のことなど眼中に無いとしても。


 それまで完全にクロレルを視界から外していたティナンは、簡素な医療用寝台に腰を預けて座っているクロレルの姿に驚愕し、身を引くようにして目を見開いた。

 みるみるうちに怒りだか羞恥だかで真っ赤に染まる顔に、クロレルは更に追い討ちをかけた。

 笑みを浮かべて楽しそうに。


「結構、仲良しさんですね」


――空気が読めていれば、ちょっと残念なサイモン・クロレルなどとは呼ばれて居ない。



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