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王道で行こう!  作者: たまさ。
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その5

 マッチョ……


理想的なマッチョな肉屋店員が裸にエプロン。

かと思えばマッチョで白衣な薬剤師。

マッチョな神父様。


「ちがう、違うっ。それは正しい筋肉の使用法じゃないっ!」

 正しい筋肉マッチョは肉体労働をすべしっ。

太陽にきらめく硬質な肌。流れ落ちる汗!

ルディエラは泣きながら必死に訴え、拳を固めた。

マッチョなら肉体労働だ。

騎士だ、傭兵だ、警備隊だ!

神父様に筋肉はもったいない。

 ああ、どうしたらこの魂の嘆きを理解してもらえるだろう。

その切なる叫びに対し――しかし応じたのは残虐非道な一撃だった。


「どんな寝ぼけだ、うっさいわ!」

ごんっと殴られた。

無遠慮に、何の躊躇も無く。


「おーきろ。ボケ」

 ついで声を潜めて耳元で言われ、ルディエラは顔をしかめつつもぞりと動いた。

当初はとても良い夢を見ていたのだ。

艶のある素敵筋肉が自分の二の腕に! 

さらには、はははははと高笑いして腰に手を掛ける素敵筋肉質な男が「正しい筋肉のつくり方」をもったいぶって教えてくれていたというのに、何故かマッチョは肉屋の店員になった。

 裸にエプロン。

盛り上がる胸筋。「正しい筋肉のつくり方」はいつの間にか「正しい鳥肉の下ごしらえ」にかわり、マッチョな店員は薬剤師に姿を変えた。

「起きろってぇの」

 ずくずくと痛む頭を抱え、ルディエラは小さくうめいた。

瞼には未だ朝の光を感じていない。

ルディエラは決して寝坊するタチではなく、普段であればむしろ同室者を起こすのが仕事といってもいい。

「まだ……早いですよぉ」

相手の姿を確かめるべくもなく、暴力的な起こし方をするのは勿論同室のベイゼルだと判る。顔を顰めて毛布にもぐりこもうとした手が触れたのは、ひんやりとした朝の冷気だった。


何故こんなに寒いのか眉を潜め、そこではじめて自分が地面に寝ていることに気づき、底冷えするかのような早朝のしめったような空気にぶるりと身が震えた。

大地に接していた背中がひんやりと冷たくしめっているように感じる。

「ふくちょー?」

「気色悪い夢見てるくらいなら、起きて何か飯になるモンとってこいや」

 短い髪をつんつんと引かれ、体を起こすと未だ薄暗い。

その場をかろうじて明るくしているのは、僅かな焚き火の明かり。空をみあげても未だ星すらうっすらと見えている。

 それでもよくよくみれば木々の果て、遠い場所が僅かに白み始めていた。

周りを確認してそこが昨夜の野営地であることを自覚すると、あふりと特大の欠伸を漏らした。


「しゃっきり起きて朝飯探してこーい」

「ご飯……お肉」

呟きと共にきゅるるっと情けない音が腹から漏れた。

「寝ぼけてんなよ。とりあえず川はあっちな」

 もう一度べしりと頭をはたかれ、ルディエラがくるまっていた薄手の毛布を没収したベイゼルは、その毛布に包まるようにしてごろりと横になった。

 周りを見れば焚き火を囲むようにして騎士団第二隊の副長であるクロレルと、フィルドが寝ている。

 自分が最後の見張りであることを思い出したが、ルディエラは小首をかしげた。

「見張りのぼくがご飯調達しにいって大丈夫なんですか?」

「んー、もう明けだし平気っしょ。それより飯よ、飯。

オレの馬の足元のモノ入れに釣り用の糸と針あるし、クロさんの荷物には弓がある筈だから使っちまえ」


 軽い調子で言うベイゼルに、ルディエラは嬉々として「じゃあ、弓かります」と返したが――ハタリと気づいた。


「ちょっ、通常装備だけって話だったのに!

どうして釣り糸だとか弓だとか入ってるんですかっ。

副長達ずっこいですよっ」


***


「キーシュ」

 廊下を渡る自身の長兄の姿に、臣下のように壁際に控えて軽く頭を伏せた第三王子殿下キリシュエータは、脳内で切に願っていた。


――さっさと行け。黙って歩け。消え去れ。


キリシュエータが今最も顔を合わせたくない相手ナンバーワンに燦々と輝く皇太子殿下フィブリスタは、しかし五名の白騎士を従えていた足をぴたりと止めてキリシュエータを呼ばわった。


「キーシュ、その後どうなっている」

凛とした声が広い廊下で響く。

その言葉を受けて、キリシュエータは軽く顔をあげて引きつった表情で応えた。

「リルシェイラ兄上の遊説の件でございましたら、報告の通りすでに帰路の船は港に入りました。何事もなければこの週末には王都入りを果たして無事の帰還となりましょう」

「仕事の件ではない」

 さくりと言われ、キリシュエータはぐっと拳を握りしめた。

兄の声は少しばかり揶揄を含み、どこかからかうようにさえ聞こえてくる。

そう、相手が何について尋ねているかというのは予想がついていた。

しかし予想したのは二つ――そのどちらもキリシュエータにとって好ましい話題ではない。

 一つは最近フィブリスタとの間にあったひと悶着。

今は手元にいない問題児。

そしてもう一つは。


「お前の想い人とのその後を兄として尋ねているのだが」

「……」

「他国からの言葉もそうムゲにできるものでは無い。政略結婚を強く言うつもりは無いが、何かしらの報告は欲しいものだ」

 兄といいながら外交問題をちらりとにおわせる。

しかもその口調はあくまでも楽しげだった。

「申し訳ありませんが、ご報告できるようなことはございません。この不肖の末弟のことを気にかけてくださる兄上のお心には感謝いたしますが、なにぶんにも慎重なタチでございますので、どうぞ朗報をお待ちいただきたく存じます」

 言葉を恭しく飾りつつも、勿論内心では唾が飛ぶほどの罵倒が踊っていた。


――人の色恋に口を出すのは年寄りの証拠だ。

下世話なことなどに首を突っ込まずに、おとなしくしていろ!


 しかもその色恋はと言えば、まるきりの嘘だ。

適当な女を捜そうにも、そんな暇はまったく無い。


「それは残念だ」

 なんだ、情けない。

そんな色を滲ませたフィブリスタは、一旦歩き出そうと足を動かしたが、すぐにもう一度思い出すように体の動きを止めた。


「確か第三隊と第二隊の残留組は野営訓練に出ているのだったな」

「はい。現在は王宮警備の強化の為に市井警備隊も動員してございます。どうぞ警護についてはご安心頂きたく」

「誰がそんなことを尋ねている。今は仕事の話では無いといっているではないか。

私の名づけ子も野営訓練に出ているのか? 先ほど菓子を届けさせたが、そのまま戻った。あの子がやりたいと言うのであれば強く反対するつもりは無いが、私が名づけ子を気にかけていることは重々肝に銘じるように」


 気難しい口調でいい、ついで破顔するように告げた。

「あの子が戻ったら一度私のところによこしてくれ。あの明るい髪に合う髪留めを見つけたのだ。訓練の時に少しばかり邪魔になっていたようだから、きっと喜ぶ」

 さらりと言われた言葉に、キリシュエータはぐっと喉の奥で言葉を詰まらせ――そしてキリシュエータの一歩後ろで控えていた彼の副官であるティナンは目元を潤ませてうめいた。

 最後に見た最愛の妹の姿がフラッシュバックで脳裏を駆け巡り、ティナンはその辛さに涙腺を緩ませてしまったのだ。

 髪留めなどもう当分の間必要の無いあの短い髪型を。


「うっ、ぅぅぅっ」


 背後からの奇妙なうめき声に、キリシュエータは思い切りティナンの足の脛辺りを蹴りつけたが、ティナンの呻きは更に酷さを増すだけだった。


「なんなんだ、お前たち?」

「何でもございません!」


だからさっさと消え去れっ、馬鹿兄。


***


 ルディエラは重心を固定させ、ゆっくりと浅い呼吸を繰り返した。

未だ靄のかかるような川面には幾羽かの鴨が浮かんでいる。

一羽であれば確実に仕留めることが適うだろう。だが一羽では足りない――できれば二羽。その為に右手に持つ弓は二本。

 一本の弓の矢柄を弓弦に引っ掛けてゆっくりと引き結んでいく。

一投目は難なくとすりと鴨の腹を射抜いたが、その気配で一斉に鴨達は混乱をきたして飛び立ち始める。

 慌てずにもう一本の弓をつがえ、飛び立った鴨をめがけて引き絞ったものの、二投目は生憎と鴨を射落とすことはかなわなかった。

 舌打ちとともに第三投目の為に体を動かし、もう一度弓弦を引き絞る。

きりきりと力を込めて一気に解き放った弓矢は、綺麗な起動を描いて最後に飛び立った鴨の羽ばたく羽をかすめた。

 バランスを崩した鳥が必死に羽を動かすが、その勢いは一気にそがれ――


ルディエラはあげていた弓をおろし、その動きを見つめながらもう一度弓を放つべきかと逡巡したその時、草むらから灰色の何かが飛び出して鴨に喰らいついた。


「また、またお前かぁっ!」


 勢いをつけて飛び出した灰色のチビ狼は、がっつりと鴨にくらいつき――ばしゃんと水に落ちてわふわふと……それはそれは見事に溺れた。


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