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王道で行こう!  作者: たまさ。
恋愛序曲
57/101

その4

 後悔先に立たず。

先に悔やむことができていれば、確かにこのような間抜けな状況になど陥っていなかっただろう。

「想い人がいる」

などと、まるで十代の若造のような台詞にフィブリスタは一瞬狐につままれたかのように眉間に皺を寄せて「誰だ?」と当然の言葉を口にした。

「勿論、先ほど告げたように身分がどうという喧しい口を利こうとは思わないが――誰だね?」

「……申し訳ありませんが、そこはお許し頂きたく」

 顔を白くして言うのには理由がある。


――想い人など、どこにいる。

屑入れを漁ったところで見つかる筈がなかった。


 物心ついた頃から、周りにいるのは護衛騎士だの士官学校の同期だのと男ばかり。目にする女といえば、女官くらいのものしかいない。果ては警備隊の事務補佐官など制服やお仕着せに身を包んだ女達ばかり。

 その中から想い人なるものを見出そうにも、名前さえ気にかけたこともない。

事の顛末を副官であるティナンに渋々告げれば、ティナンは思い切り残念な人間を見る眼差しで嘆息し、首を振った。


「寂しい青春ですね」


「お前に言われたくない」

 即答せずにいられようか。

 条件としては自分もティナンもほぼ一緒だ。士官学校の頃からこの副官とはほぼ一緒に過ごしているのだから、間違いはない。


「なんという言い草でしょうか。ぼくの青春は実に華々しいものですよ? 休暇に自宅に帰れば可愛い妹が出迎えてくれるんですから。兄様おかえりなさいって、ぎゅっとしてくれるんですよ」

 華々しいという単語がむなしい。

「殿下はぎゅっとしてくれる人いませんもんね」

 何故か勝ち誇った様子のティナンをつめたく一瞥し、キリシュエータは眼鏡をかけた上から自分の顔を軽くおさえた。


「とにかく――とりあえずの時間稼ぎにしかならないが……少し情報を集めなければいかんともしがたい」

 冷静さを失って咄嗟に言ってしまった台詞の割には、まだ及第点だろう。

恋人がいると言えば、兄のことであるからすぐに婚姻につてあれやこれやと話をすすめてしまう。片思いの段階であれば、まだ手出しは控えよう。

――完全に呆れられたが、時間稼ぎとしては上々であると信じたい。


 突然自らに突きつけられた結婚の二文字。

挙句、相手は隣国ときた。

 隣接する国といえば三つ――幸い当たり障りの無い付き合いが続いている。これらはすでに前の代からの婚姻の繰り返しの賜物でもある。

だからこそ、今更血を濃くすることなどあるまいと思うのだが、人によっては因習に重きを置くのだろう。

 嫁に出すというのであるから跡継ぎの姫という選択はないだろうが、そもそも適齢期の姫君達が想像できない。一番下で八つ、そして上でいえば三十二になる変わり者と名高い女傑がいたように思うが……無いとは言い切れまい。


「まあ、このさい女性とお付き合いしてみたらいかがです? 王宮主宰の舞踏会などにも足を運ばれて。そもそも、殿下はそういったものに出席しないように逃げすぎですよ。いかめしい顔でわざとらしく警備で忙しいとのらりくらりと」

「――」

「リルシェイラ殿下のことをあまり強くいえませんよ」

 もっともらしく言うティナンを軽く睨んで黙らせ、鼻頭に引っ掛けていた眼鏡を外すと、さも疲れたという様子で眉と眉の間を軽く揉み解した。


「随分と楽しそうだな」

「楽しんでなどおりませんよ」

 確実に楽しそうなティナンを睨みつけ、ふっとキリシュエータは口元に人の悪い笑みを貼り付けた。


「そういえば、女といえば適当なのが近くにいたな」

「女官ですか?」

「オレンジ頭の小生意気なのが」

 当然理解している癖にわざと話を逸らそうとする幼馴染に挑発するように笑ってみせる。

「――本気ではありませんよね?」

 ティナンが口元を引きつらせる様子に溜飲を下げ、キリシュエータは肩をすくめた。


「当たり前だ。

にんじんを相手にするくらいなら、馬に愛を囁いてやる」


***


「ぶ、えくしゅっ」

 自分のあずかり知らぬところで馬に負けたルディエラは、一旦押さえようとしたくしゃみを見事に破裂させた。

 昼の休憩時間。

普段であればベイゼルと阿呆な会話をしているが、生憎とベイゼルは用事だとかで姿をくらましている。

 その為、珍しくも図書館で借りてきた本に熱中し、その本の内容についてあれやこれやと自分の中で考えにふけっていたルディエラだったが、丁度そこに幼馴染であり家人である青年が顔を出した。


「風邪ですか?」

 着替えと菓子とを届けにきたセイムが、顔をしかめて腰の物要れからハンカチを取り出し、嘆息交じりにルディエラの鼻に押し当てた。

 鼻にぐいっとハンカチを押し付けられ、いつもの癖で鼻をかいでしまうルディエラ――十六歳。花も恥らう乙女である。

 ぐりぐりと鼻にハンカチをさらに押し付けて綺麗にぬぐってやると、セイムは汚れたハンカチを片手に深く溜息を吐き出した。


「なんか、最近めっきりと粗野と男らしさを間違えてやいませんか?」

「いや、今のはセイムが悪いよね?」

 鼻に無遠慮にハンカチを押し付けられたら、普通かいでしまうだろう。

――果たしてそれが普通かどうかは、ルディエラにしか判らない普通だが。


「まぁいいや。時間ある?」

「また手合わせですか?」

「ううん。髪切ってよ、セイム。

副長に頼んだんだけど、なんかどさくさにまぎれて切ってもらう暇がなくなっちゃって」

 というか、逃げられたのだ。

せっかくナイフをとぎ上げて準備万端だったというのに、フィルドが途中で口を挟みこんでうやむやになってしまった。


――殿下に内密の方がいるという噂。


 内密の方って何? とルディエラがたずねると、フィルドは明らかに馬鹿にするような眼差しでルディエラを眺め「言葉のまま、秘密の恋人だ」と続けた。

なんと、殿下に秘密の恋人!

秘密という響きがちょっと如何わしい。

「それってつまり不倫関係?」

「……どうして突然そんな低俗な話になる?」

 いや、内密などというものだから。

「王族の方の公にされていない恋人を、内密の方というんだよ」

 ひとつ賢くなったルディエラである。

内密、秘密といっても別段アヤシイ関係ではないようだ。

 へぇぇと相槌を打ちながら、ルディエラは内心で「トウモロコシの髭に恋人かぁ」と呟いた。

――まったく想像がつかない。

とにかく、あのおかしな噂話のおかげでベイゼルに髪を切ってもらうタイミングを失い、今だって忙しいらしくて頼めずにいる始末だ。


「ルディ様?」

「あ、ごめん。だから髪切って欲しくて――なんか中途半端に伸びちゃって邪魔臭いんだよ」

 慌てて自分の髪をひっぱてセイムに示せば、セイムは考え込む様子でじっとルディエラを見下ろした。

 鳶色の瞳が真剣に髪先を見つめ、やがてルディエラと同じように手を伸ばし、髪先を軽くつまみ、引っ張る。


「結い紐でまとめてみたら?」

「めんどう」

 即答され、セイムは呆れた様子で深く息を吐き出した。

せっかくわずかばかりでも伸びた髪を切るのはどうしたって忍びない。たとえ当の本人に何の未練がないとしても。

「切るんですか?」

 もう一度確認すると、うんうんと二度うなずく。その表情には迷いなど一切なく、面倒という言葉の通りにしか思っていないのだろう。

 セイムは諦め、腰に下げている物入れから小型の鋏みを取り出し、ルディエラに座るようにと促した。


「その鋏み……植木切るやつじゃない?」

「問題はないですよ。毎度バラシて手入れしているし――ああ、漆とかついてないですから気になさらず」

 いいながらルディエラの髪を一筋手にするセイムに、ルディエラは溜息をついた。

「セイムって大雑把だなー。それに乙女心がわかってないね」

「うわー、なんか突然暴力的な気持ちになる発言」

 誰が大雑把で、誰が乙女心がわからないのか。

 思い切り問いただしてみたい気持ちになったセイムだったが、なんだかルディエラの持つ雰囲気が解せずに、優しい気持ちを取り戻して問いかけた。


「何かあったんですか?」

「何かって何さ?」

「少し元気がないみたいです」


 子供の頃からの付き合いだ。

ルディエラのことであれば、それこそ何でも知っているセイムだった。

「元気は元気だよ?」

「ならいいんですけど」

「でもぼく最近ちょっと考えちゃうんだよね」


 嘆息交じりに言葉をつむいでいくルディエラに、セイムは髪の先端からそっと鋏みをいれた。

 明るいオレンジ色の髪がはらりと僅かばかり落ちた。


「殿下に恋人がいるらしいよ」

「それが気に掛かるんですか?」

「三兄様にもそのうちに恋人ができる?」

 その言葉にセイムは口元に笑みを浮かべて神経質に鋏みを動かした。

手入れの行き届いたハサミは、何の苦労もなくぱらりと明るい色の髪を切り落とす。

「クインザム様がナーナ様をお連れになった時は喜んでいらしたのに。ティナン様の恋人はイヤなんですか?」

「……ちょっとだけね」

 素直に吐露する言葉にセイムは笑い、指先でさらりとルディエラの髪を流した。

「あとね!」

 わずかずつ丁寧にきりそろえながら、セイムは慎重にハサミを使っていた。

 さすがに自分の発言が兄離れのできない子供のようで気恥ずかしかったのか、ルディエラはセイムに背中を向けたまま続けた。


「ぼく今本で調べたんだけど、男の人はアレを切り取ると女の人になれるらしいんだよ」

 どこかの国には宦官という存在がいるらしい。 

――男を辞め、女性だけしか居られない場で従属していたという。

その興味深い文献には、しかし生憎と女性が男になる方法は記されていないようだった。


セイムは思い切り手元をしくじらせ、ルディエラの髪をざっくりと切り落とした。


「女の人はどうやったら男になれるの?」

震える手からぱらぱらと落ちて行く髪を驚愕に見開かれた瞳で見つめながら、


「あああ、もぉっ、どうしてそう無茶かなっ!」

セイムは自分の失態の責任はルディエラにあると決め付けた。






……ハゲじゃない、ハゲじゃない。

まぁだハゲまではいってない!





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