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王道で行こう!  作者: たまさ。
恋愛序曲
55/101

その2

「……そんな」

 第三王子殿下キリシュエータに危うく詰め寄りそうな勢いを見せたティナンの姿に、キリシュエータは事の次第を重苦しい口調で搾り出した。

 言うべきことでは無いだろうと認識はあったが、いかんせん面前の副官の目が怖い。

女性の体についてのことなど、本来男は話題にすべきではないというのに。突然の体の変調に動揺していたルディエラを思うと、胸が痛む。


――そう、たとえどんなに糞生意気で男まさりで、阿呆で……あまり良いところが浮かんでこない子供といえども、アレで女なのだ。

 はじめのうちこそ苛立ちを示していたティナンだが、いつの間にかその勢いはそがれ、ゆるゆると首を振っていた。 


「そんな」

 呆然と小さく呟き、それを押さえているベイゼルは何とも複雑そうな顔をして視線を逸らした。

――初潮の動揺に、官舎に留めておくことができずに移動させた。

 言葉をどう選んだところで、男に向けて言うものでは無い。キリシュエータは問答無用でティナンを御しきれない自分を恥じるしかなかったし、この場で同じ言葉を耳にいれなければならなかったベイゼルも、どこか苦い顔をしている。


「そんな……」

 呆然と「そんな」を繰り返すティナンに、キリシュエータは苛立ちを隠さぬ難しい顔をしたまま「何がだ?」と声をかけたが、途端にティナンはしょんぼりとした様子でうなだれた。


「秘密の無い兄妹だと思っていたのに」

「いやいや、そういうデリケートな部分は普通言わないって」

 顔をしかめたベイゼルが、まるで緩和剤のように言葉を挟んだ。

「お兄ちゃんには何でも言ってくれる子だったのに」

「ないないないって」

 いちいちベイゼルが突っ込みを入れていたが、やがてティナンは恨みがましい眼差しで主を見た。

「まっさきに相談するのがぼくじゃなくて殿下だなんてっ。いったいどういうことでしょうっ。」

――別に相談されたところで嬉しかない。

時々この副官の首を切り落としてしまいたいと思うのは……致し方ないのではないだろうか。


***


「うわぁっ」

やばい、寝坊だっ。


体が覚えている朝の刻限から大幅に遅れてばかりと目をあけて、ルディエラは慌てて体を起こし、そこが自分の寝台であることにまず驚いた。

瞳を何度も瞬き、きょろきょろと辺りを見回してみても、昨夜不貞寝したやけに巨大な寝台ではない。

 大人が五名くらい平気で暴れられるのではないかという程無駄に大きく、何故か寝台の四方には柱がたてられ、部屋の中だというのに寝台自体に屋根があるという作りの――いわゆる天蓋付き。そういったものの存在は知っているが「意味不明」の一言に尽きると思っているルディエラだ。


 王宮とは本当に無駄が多い。

先日の夜会で使われていた蝋燭など、溶けてなくなってしまうというのに細かい文様が刻まれていた。あげく、蜜蝋。

 そして、昨夜の寝台は柱にも彫刻が施されていた。

随分と立派な客室だと思ったものだ。

 そんな場所ではおちおちゆっくりと寝てなどいられないだろうに、などと呆れたものだが、薬の影響でか知らぬが――ルディエラはあっさりと落ちた。


そして目覚めればこれだ。

一人で寝るには十分だが、囲いは馴染みある分厚いカーテンだし、煙草の匂いとなんともいえない男臭さが漂う贅沢さなど欠片もない実用一辺倒の寝台。

――一瞬、昨夜の出来事は全て夢であったろうかと思ったものだが、寝台の横にある小さなチェストには女官が用意してくれた箱がちんまりと置かれているし、下腹部にある鈍い痛みは自らの体の変化を伝えている。

 ルディエラは眉を潜め、とりあえずおそるおそる、共同の部屋をなんとか個室にしてくれているカーテンを引いた。

それを引けば、普段からちっとも自分の側のカーテンなど引く気のないベイゼルが丁度自分の寝台で軍靴の紐を引き絞るのと目がかち合う。


「お、はようございます」

「おめぇなー、具合悪いときゃあ遠慮しないで言えよ? 戻って来ないもんだから無意味に探し回った挙句、おまえ運ぶ羽目に陥った俺を労いなさいよ、ちょっと」

 やれやれと肩をすくめて言う言葉に、ルディエラは思わずびしりと背筋を伸ばして声を張り上げた。

「ええっ。副長が運んでくれたんですか?」

「しょうがねぇべ? まさか殿下が運んで来る訳にもいかねぇし――従僕に頼むのもはばかられたんでしょ」


 当初、ティナンが「ぼくの部屋に」と挙手したものだが、キリシュエータはまさに胡散臭いものを見る眼差しで副官をじっくりと眺めまわし、馬鹿にするかのように鼻をふっと鳴らした。

「ベイゼル。にんじんを部屋につれて帰れ」

「今のどういう意味ですか」

「どういう意味だろうな? ベイゼル、薬が効いてよく寝ているらしいが――静かに運んでやれ」

 正直に言えば、そうなることの予想はついていた。

第三王子殿下の寝台に女を寝せて置くわけにはいかないだろう。そのまま朝までそこで寝かせるなどと、へんに甘やかす訳にもいかない。王宮のほかの部屋に運ぶのもはばかられたのだろう。一応、秘密を抱える身だ。

それに、ルディ・アイギルは一介の騎士見習いでしかないのだから。

ベイゼルは靴紐をきっちりと結び終えると、勢いをつけて床板に打ち付け、反動を利用して立ち上がった。

 ずいっと指先を突きつける。


「殿下から命令、今日はゆっくり寝てろってよ。食堂行ったら、朝飯届けてもらえるように頼んでおくから、駄馬のように寝てろ」

「でもっ、あの……いいんでしょうか?」

「殿下の命令だっつってんだろ。けど明日っからみっちり訓練してやるからな。今日中に治せよな、風邪」

 わざとらしい程「風邪」という単語を強調し、腰に剣を引っさげて扉から出ていったベイゼルを見送り、ルディエラはほっと胸元に手を当てて息をついた。


――今のところ腹部の痛みはさほど酷い様子は無い。

訓練を休むのは思い切り気が進まないが、なにせ自分にとってはじめてのことで、この後どういう変化を示すのかも判らない。

 暗澹たる気持ちになりながら、それでも身なりを整え、用意されているえぐくて不味くて飲むと気分が一層悪くなりそうな薬湯を鼻をつまむようにして飲んでいると、部屋の扉がノックされた。


「あ、どーぞ」

 ルディエラは危うく死ぬほど不味い薬湯を噴出してしまうのを堪え、白湯で口を整えてわたわたと扉を開けに足を向けた。

 ベイゼルが朝食を頼んでおいてくれたものが届いたのだろう――単純にそう思い、極力にこやかに応対したのだが、扉の向こうに立っていたのは騎士団第二隊、クロレルであった。


 さぁーっと、血の気が一気に引いたのは、昨日の醜態を走馬灯のように思い出してしまったからだ。

――ぼくの恥さらしぃぃぃ。

 そんな自分を隠し、引きつり笑顔で「クロレル、副長? どうしたんですか?」と平静を装って告げれば、相手は労わるような眼差しで微笑んだ。


「今日はお休みだと聞いたからね。お見舞いを持ってきたよ」

 なんという心配り、気配りの人だろう。

むしろ放置しておいて欲しかった。少なくとも、二・三日くらいは。

ルディエラは引きつった表情を何とか笑顔にし「ありがとうございます」とお礼を口にした。

 クロレルは親しげにぽんぽんっとルディエラの肩を叩き、小さな袋をルディエラの手に押し付けた。


「良く効く軟膏だそうだよ。患部に良く塗りこんでおきなさい。早くよくなるといいけれど」

悪意無くにっこりと微笑まれ、ルディエラは泣きたくなった。


……痔の薬は要らない。





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