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王道で行こう!  作者: たまさ。
不協和音
53/101

その5

「アイギル」

 硬い口調でぐいっと片腕を引かれ、ルディエラは無邪気な様子でその視線をあげた。

「なんですか?」

「いや、あの……」

 あんまりけろりとしているものだから、クロレルは一瞬逡巡したものの、相変わらず硬い様子で無理やり笑みを浮かべてルディエラの腕を引いた。

「すまない、少し話がある」

「クロさん?」

 ベイゼルまでもが困惑したが、クロレルははっきりとした口調で「アイギルと話があるんだ。ベイ、先に部屋に戻っていて」と微妙な調子で言った。

「おいおい、クロさん。うちのボケが何かした?」

「ベイゼル、おまえは関係ない。少し彼を借りる」


――というのが、先ほどまでの話である。

 

ルディエラは意味も判らずにクロレルに連行され、食堂から少しばかり離れた場所にある一番小さな会議室へと引き立てられた。主に使われる目的としては規約違反などの査問の場として使われる。

あまり、否、かーなーり、嬉しい場所ではない。

 ルディエラはなんとなく嫌な予感を抱きつつ、自分はなにかまたしでかしただろうかと頭の中を思い切り回転させていた。


 まさに心は売られて行く子牛だ。


フィルドは怪訝な顔をしていただけだが、ベイゼルは眉間にくっきりと皺を作っていた。


 それにしても、場所がイヤ過ぎる。

狭い室内に優しいとは言え上官と二人きり。

――こっそり食堂のフルーツを盗み食べしてしまったのが露見してしまっただろうか。いやいや、それは三日くらい前の話だから、それだったらとっくの昔に時効だ。

 時効の概念が早すぎるルディエラだった。


 クロレルはぐっとルディエラの両肩に手を置き、どう口にするものかと珍しく眉間に皺など作っていたが、やがてぽつりと重苦しい口を開いた。

「私は、小さな子供を虐める人間は嫌いだ」


「……はあ」

 ルディエラは曖昧に相槌を打った。

小さな子供を虐めた覚えは勿論無い。そもそも、ここは騎士団隊舎で小さな子供など存在しないのだ。

「弱い人間を虐める人間は反吐がでる」

 噛んで含めるような口調でゆっくりと問いかけるように言うクロレルに、ルディエラはまったく意味がつかめずに困惑していた。

「だから、まず信じて欲しい」

「えっと……はい?」

 その「はい?」 は明らかに「何を言ってるの?」という「はい?」だったが、クロレルは「信じます」という意味合いにとったのだろう。

 こくりと喉を鳴らして言った。

ただただ真剣な調子で。

「君は、虐められているのではないかい?」


はいぃ?


――ルディエラは素の顔でぱちぱちと瞬きを繰り返した。

相手の意図を測りかね、ついで小首をかしげて見せる。

「えっと、怪我は確かにいっぱいしますけど……訓練上のことだし。これといって虐めっていう感じは」

「言いたくない気持ちは理解できる。だが、きちんと言いなさい」

 きつい口調で言い、ふっとクロレルは視線を逸らした。

「尻から出血するようなことをされたんだろう?」


……


 ルディエラは大きく目を見開き、慌てて肩に手を置かれたままの状態で身じろぎして自らの身をぐりんと捻った。

――尻から出血!

 言われてはじめて臀部を確認し、自らのズボンが汚れていることにルディエラは驚愕した。

 確かに腹部はずっと鈍い痛みを伴っていた。だが、出血する程の傷み!


自分は悪い病気かっ。

咄嗟に浮かんだ恐怖は、しかし一瞬のうちにかき消された。

一気にたちのぼる羞恥心と共に。


 腐っても女、間違っても女、転んでも女!

ってかもしかしてぼく本気で腐ってるかもしれない。

 咄嗟に相手の腕から逃れるように、無理とは判っていても身を隠してしまいたい程の羞恥にルディエラは悲鳴を飲み込んだ。

 だぁっと体内の血液が物凄い勢いでうごめき、顔に火がつくのではないかというくらい熱が篭る。


「ちがっ――ごめんなさいっ。ぼく、今日ちょっとさっき、そうっ、お尻に怪我しててっ」

 ぎゃあっっっ。

これってアレだ。

マーティアが言っていたアレに違いない。


「ルディ様は成長が遅いですけれど、そのうちに女性には体の変調があるものなんですよ。お腹の下腹部が重いような感じになって、傷みを伴い下腹部から出血がありますが、女性は誰しもあるものですから――その時には慌てる必要はありません。マーティアに全て任せてくださいませ。怖いことではありませんよ。安心してくださいね」


って、マーティア居ないじゃないかぁ。

全然ちっとも安心できないっ。

そもそも、なんで?

どうして「今」なの? そろそろお邪魔しますよって連絡の一つくらい頂戴よ!


 涙目になったルディエラは、咄嗟に自分でも意味不明な声をあげてしまった。クロレルは更に重苦しい溜息を吐き出してゆっくりと首を振って示す。

「アイギル。君が自分のところの隊長を頼れない気持ちは良く判る。でもベイゼルはちょっとだらしないように見えるが、信じられる副長だろう? 勿論、私でもいいんだ。どうか正直に言って欲しい」

「ですからっ。虐めじゃないです。全然違いますからっ」

 ぎゃんぎゃんと喚いているうちに、腹部の痛みが酷くなっていく気がする。

それまで意識していなかったことを突然意識した途端、脳が痛みを認識したのかもしれない。


「アイギル。いい加減にしなさい。

君が誰を庇っているのか、それとも我慢しているだけなのかは判らないが――隊の規律を守るのも私達の仕事なのだよ。そうやって誤魔化そうとすることは決して許されることではない」

 少しばかりきつい口調で言いながら、そろそろと逃げようとするルディエラの手首をしっかりと握りこんだクロレルを前に、ルディエラはふるふると半泣きで首を振った。


「本当に、本当に虐められたりしてませんっ」

「まさか――」

 クロレルは眉間の縦皺を増やし、重苦しさを倍増させた。

「ティナン隊長に虐められて――」

 泣きたい気持ちでルディエラは叫んだ。


「ぼく慢性の痔なんです!」


***


――もう死にたい。


 自室に戻り、ルディエラはしくしくと涙に暮れた。

その後のクロレルときたら、まさに腫れ物にでも触れるかの扱いだった。

腹部の痛みはどんどんからごんごんと鈍い主張を続けているし、こっそりとベイゼルと共有している自室に戻り、大慌てでズボンと下着を交換したものの、手当ての仕方がわからずにとりあえず当て布をして誤魔化している。

マーティアの進言があったものの、このままにしておいたら命に関わるのではないかとかどんどん不安が押し寄せてくる始末だ。

ぎゅっと枕を抱きしめて、頼れるものも何も無く歯を食いしばっているだけで果てしなく不安がどろりどろりと蓄積されていく。

 ベイゼルがいてくれたらいいのに、とは思うものの――ベイゼルがいたからといっていったいどうだというのだろう。

 自分の性別も、体の変化も言うことなどできる筈が無い。


いや、ばらしてしまえばいい。

自分が女だとばらして――ばらして、ずっと騙してきたことを許してくれなかったらどうしたらいい?

副長に嫌われてしまったら、どうしたら?

 考えを打ち消して、

ルディエラはぎゅっと強く目をつむった。


「ティ……兄さまっ」

 

 無意識に救いを求め、嗚咽と共に声が漏れた。

ティナンを呼んだところで、ティナンに泣き付いた時点で自分の見習い期間は終わってしまう。

「兄っ、兄さまっ」

 縋ればきっと兄はその手を差し伸べてくれる。

抱きしめてくれる。

だが、それだけは絶対にできない。

――でも、でもっ。痛いよっ、兄様っ。怖いっ。

怖くて、叫びだしてしまいたいくらい、凄く怖いんだっ。 


 不安と傷みとにぎゅっと奥歯をかみ締めていると、口の中に血の味が滲んで更に身を固くした。

 このまま体内の血という血が全て流れ出してしまうのではないかとか、ありえないと思うのに怖いことばかりを考えてしまう。体をぎゅっと縮込めて、誰か、誰か助けてと必死に求めた。 


 その時、ふいに勢いよくカーテンが引かれ、ルディエラはびくんっと身をすくめた。

 自分のことばかりにかまけていて、部屋の扉が開いたことになど気づいていなかったのだ。ベイゼルが戻ったのかと思いきや、しかしカーテンを開いてそこに立つのはベイゼルではなかった。

「どうして私が小間使いのような真似をしなければいけないんだ。

兄の命令とはいえ、まったく理解できない」

 ずいっと菓子の入った袋を突き出した第三王子殿下キリシュエータは、涙でぼろぼろになったルディエラの姿にびしりと固まった。


 ノックはしたのだ。

しかし幾度もノックをしてみたが、中から応えは無かった。

だというのに確実に気配はある為に「兄にお使い」を頼まれた三男坊は苛立ちのままに部屋に足を踏み入れ、部屋を区切っているカーテンを乱暴に引いてみてみれば、その主は枕を抱えて泣いている。

 枕を抱え、身を丸め。壁に背を預けてぼろぼろになったその姿に、キリシュエータはあっけにとられた。

 まったく予想していなかった姿だ。


「おまえ、まさか夜になるとそうやって泣いている訳ではないだろうな?」

引きつる顔で問いかければ、ルディエラはぐっと唇をゆがませた。


「でんかっ」

「なんだ」

「でんかぁ」

「――どうした?」


「おなっ、おなかいたいぃぃぃぃ」


 ルディエラは涙腺を決壊させたかのようにうわーっと盛大に泣いた。


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