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王道で行こう!  作者: たまさ。
不協和音
52/101

その4

 絶好調な人間というものは、近くにいる人間の気持ちも明るくしてくれるものだ。

――ルディエラなどはその典型といえるだろう。明るい雰囲気で、その場の全てをなんとなく同じように明るくたのしい気持ちにしてくれる。

 だから、ベイゼルはルディエラが落ち込んでいると、軽く腹立たしさまで覚えて「なんだよ」と相手の心内を探ろうとするのだ。


 だが、本日絶好調を撒き散らしているのはルディエラではなかった。

第三騎士団長――ティナンである。

本日のティナンはまさに絶好調が歩いているように見える。ティナンはその職務上、午前中は騎士団の訓練にいそしみ、午後は彼の直属の上司となる軍事将軍第三王子殿下キリシュエータの補佐に回ることになるのだが、その午前中の訓練の間――ティナンは口元に笑みを貼り付けていた。


「いいことでもあったんですかねー」

 いつも厳しい表情の兄が微笑を称えて訓練に励んでいる様子は珍しい。

ルディエラ自身もなんとなくたのしい気分になっていたが、生憎とそんな楽天的な雰囲気に包まれているのはルディエラだけだった。


ルディエラはおそらく空気を読むという基本的な処世術を持ち合わせていない。にっこり微笑を浮かべて手招きしている猛獣に近づき、うっかり頭から食べられてしまいかねない空気の読めなさだ。

殺気を撒き散らしている相手であればそれなりに対処ができるが、そうでないとまったく無力な愚か者。


「おまえ、本気で言ってる?」

 ベイゼルはうんざりとしながら呟いた。

「あ、そういえばフィルドさんが言ってた短剣――あれが手元に戻ったから喜んでいるのかもしれませんね」

 ふふっと無邪気に笑うルディエラを眇めた眼差しで見下ろし、ベイゼルは「うわーっ」と自分の髪をかき回した。


 そう、問題の短剣は無事にティナンの元へと戻った。ほんの一瞬。

ベイゼルは心底お断りしたかったが、フィルドに押し付けられた為に渋々その短剣を隊長達の暮らしている王宮内に造られている上級官舎へと足を向けたのだ、昨夜。

 溜息を何度も繰り返し、自分が悪い訳でもないのに愛想笑いで「遅い時間にすんません」などと言いつつ、件の剣を差し出した途端、ティナンは微笑んだ。

 それはそれは綺麗な微笑だった。

「死ね」

「俺関係ねぇでしょぉぉぉぉっ」

「ああ、すみませんね。ただの条件反射で――官舎の出入り口に屑入れがありますから、その中に入れておいて下さい」

「いやいやいや、せっかく持ってきたんだから、受け取りましょうよ、ここはひとつ」

 ベイゼルの訴えを、しかしティナンはやはりにっこりと拒否した。

「燃やせ」

「もぉぉ。俺にじゃなくて自分でしてよぉっ。なんで俺が隊長の尻拭いしなくちゃいけないんすか」

「そうですね、理不尽なことを押し付けました。すみません」

 ティナンは更ににっこりと微笑し、じっとベイゼルを見つめた。重なり合った視線、張り付いた微笑、そして耐えられなかったのはベイゼルだった。


「捨てておきます」


「いえいえ、いくら部下といえども私用を頼むのは良くないですよね。スミマセンネ」

「是非、是非処分させてください。もう燃え盛る炉の中にでも放り込んで跡形もなくっ。心からやらせて頂きます」

 だから私とか言わないで。そのにこやか邪悪笑顔を消し去ってくれ。

最終的には縋るかのように訴えたベイゼルは、完全敗北していた。


――ティナンの機嫌がいいのがそれが原因であるのか、ベイゼルとしてはいまいち判りづらいが、本日のティナンは心底楽しそうに部下の訓練に励んでいる。

 あまりの笑顔に他隊員達を恐怖におとしいれながら。


***


 本日も有意義な一日だった。

ティナンの機嫌はすこぶる良いし、ルディエラは多少腹部が痛い気がするが、最終的にぶっ倒れることもなく無事一日が終わろうとしていた。

 そう、大変素晴らしい一日だった。

先ほどまでは。


へんなのと目が合いました――


ルディエラはいつも通り、訓練を済ませてひょこひょこと本日の訓練で使用した道具一式を倉庫へと戻し、近道のつもりで裏庭を歩いていたのだが、なんとなく視線を感じて、何気なくを装ってぐりんっと顔をむけて固まった。


 王宮と騎士団官舎とをつないでいる渡り廊下――その窓枠に、おそらく隠れていると思われる人物がいる。

 ちっとも隠れていないが――顔の半分だけを覗かせ、こそこそと見つめてくるのは、できればあまり関わりあいたくない相手だった。

 そもそも、その相手の背後にいる真っ白い騎士服の面々は隠れようという気すらない。


「……ふぃぶりすた、殿下?」

 呟いたのは、信じたくなかった為だ。

「おおっ」

 フィブリスタは驚いた様子で飛びのき、おそらく気恥ずかしさで顔を赤らめつつがばりと身を起こした。

 わたわたと奇妙な動きで跳ねたかと思えば、照れくさそうに微笑する。

「見つかってしまった」

――いや、だから、見つかります。

 フィブリスタ殿下は顔半分だけ出ていた為、もしかしたらあんな風に凝視されてさえいなければ発見しなかったかもしれないが、何度も言っている様に皇太子殿下フィブリスタの背後で控えている騎士五名。白騎士と呼ばれる王宮、王侯警備専門の騎士達。

 どんな場所でも目立つ存在の彼等は、主のとっぴな行動を完全無視で直立不動。

 純白の騎士服に、金のバイピングの施されたサーコートはどんな場所にも馴染むことなく自己主張をしている。

 丸見えです。


 この人、本気かな――

ルディエラに心配されている時点で、思い切り大丈夫では無い。


 大丈夫ではない皇太子殿下フィブリスタは、なんとか体勢を整えなおし、わざとらしくごほんごほんと咳払いをした。

「おいで、ルディエーラ。おいしい菓子がある――そなた程の年齢の娘は甘いものが好きだろう?」

「いや、あの……ぼくこれから夕食があるので」

 ついでに言えば、堂々とルディエーラと呼ぶのは止めて頂きたい。

もし誰かに聞かれたらと思うとお腹がひやひやとしてしまう。というか、今現在ちょっとお腹が痛い気がするのは、訓練の傷みではなく、もしかしてストレスというやつではあるまいか。

 ルディエラはちらちらと辺りを伺った。本来他の人間が使う表ルートではなく、裏ルートの為にもともと人通りは少ないが、だからといって安心はして居られない。

「では夕食を一緒に食べよう」

「殿下……」

 ルディエラはどう断るべきかと逡巡した。

勿論、食堂の食事よりも皇太子殿下と一緒の食事のほうがずっと豪華でおいしいだろう。だが、それを美味しく食べれるかというのはまた別問題だ。

 食事は楽しい相手と楽しく食べたい。

困惑しているルディエラへと助け舟を出したのは、控えていた白騎士の一人だった。

「殿下――見習いには見習いの決め事がございます。殿下が無理を通せば、彼女……いえ、彼に累が及びましょう」

 淡々とした口調ではあったが、温かみのある言葉にルディエラはほっと息をつくのと同時に少しばかりがっくりと肩を落とした。

――女だとばれている。

 第三王子殿下キリシュエータの護衛達とはすでに顔見知りで、ばれていたとしても何の問題も無いがこれはまずいのでは無いだろうか。

 そんなルディエラの暗い感情とは無縁のフィブリスタは、苦笑を落としてルディエラの頭をなでた。

「つらいことはないか? 何かあればいつでも言いに来るがいい――私の部屋はそなたの為にいつでも開く」

 本来であればそれは過分な程の誉れではあるが、ルディエラは勿論そんなことに頓着はしなかった。

「菓子はあとで部屋に届けさせよう」

「ありがとうございます」

 ぺこりと頭をさげてフィブリスタを見送ると、騎士隊の一人、先ほどフィブリスタを諌めてくれた白騎士がルディエラのもとへと舞い戻り、微笑んだ。


「白騎士の守秘義務は身命を賭す――我々が目にし、耳にした全ては国事と定め決して口外されることはない。心配することは何もない。ご自身の夢の為にどうぞ訓練によりいっそう励まれよ」


 目礼して身を翻す相手を見送り、ルディエラは切なげに溜息を吐き出した。


***


「うわー、微妙」

 思わず食事中に出た言葉に視線を向けて来たのは、反対側の席でスープを飲みきったベイゼルであった。

「メシの味? 今日もかわらずうまからず、まずからず。まぁたしかに微妙だが」

「違いますよ。さっき偶然(・・)第一隊、白騎士の方と会ったんです」

 王宮に行けば居るのは全て白騎士だが、騎士団隊舎には現在第二隊と第三隊しかいない。先日の夜会では山と目にした純白の隊服も、普段では滅多にお目にかかれるものではないのだ。

「りりしくて、なんか第二隊とか第三隊とかと随分感覚が違いますね」

 なんというか、オトナだ。

「あっちは超絶エリートだからな」

 というベイゼルに、ベイゼルの隣で食事をしているクロレルが苦笑する。基本的には三騎士団において上下がある訳では無い。家柄が良いから第一隊になれる訳ではなく、ようは素養の問題だ。

 厳格に部隊振り分けはされている。

「ぼくって本来だったら三月目にはあそこに配属されていた筈なんですよね」

「リルシェイラ殿下の遊説がなけりゃ、そうなってただろうな」

「すっごい残念――かなーって思いましたけど、ま、第一隊はぼくには向かないとはっきり判りました」

――ちょっとカッコイイという憧れが浮かんだのは事実だが、つまるところ第一隊に配属されるということは、基礎訓練ではなくて王族の警護にまわされるということだ。

ヘタをすれば皇太子フィブリスタの警護につけられるおそれがある。それはなんとなくイヤだ。

 いや、絶対にイヤだ。


 ルディエラはさばさばとした様子で言い切り、丁度その時当然のように空になった皿にひょいと置かれたゆで卵を凝視した。


――卵。

丁寧に綺麗に、ぷりんっとむかれたゆで卵。


 ルディエラは無言でその卵をひょいっとつまみ、ベイゼルの皿に置いた。

「まだ怒っているのか?」

「フィルドさんがティナン隊長の悪口を撤回したら許します」

「どうしておまえはそんなにティナン隊長の肩を持つんだ」

 冷戦状態の二人を前に、ベイゼルは置かれたゆで卵をクロレルの皿に移動させた。


「俺もうゆで卵見たくもねぇ」

 意味も判らず面前にゆで卵を置かれたクロレルは苦笑しつつ塩瓶へと手を伸ばし、食事用プレートを手に立ち上がったルディ・アイギルを見た。

「お先失礼しますっ」

 子供の喧嘩は決裂のままに終わったらしい。判りやすいアイギルの「ふんっ」という態度に微笑ましいと自然と眦が下がってしまう。

 フィルドは忌々しいという様子で顔をそむけているし、ベイゼルは「ゆで卵」に恨みでもあるのか、ぶつぶつと文句をつけながら同じように席を立つ。

 くるりと振り返ったルディ・アイギルの後姿――そのズボンに染みがあること気づき、クロレルは眉を顰めた。


――ズボンの色は暗褐色の為に目立たないが、汚れているのは判る。

それが血であると気づいた時、クロレルはざっと自らの血の気を引かせ、席を立った。

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