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王道で行こう!  作者: たまさ。
不協和音
51/101

その3

 フィルド・バネットがもう二度と近づきたくないと魂に誓った筈の相手、ルディ・アイギルにいそいそと近づいて行ったその先で見てしまった光景は、フィルドの中に更に混乱をきたした。


第三騎士団隊長ティナンはルディ・アイギルを毛嫌いしている。

それは、他隊にまで流布される噂の一つ。


曰く、コネによって突然見習いとして入隊した為に不興を買った。  

曰く、自分の主である第三王子殿下キリシュエータに目を掛けてもらっている見習いを邪魔に思っている為に虐めている。

曰く、ティナンは稽古と称して見習いの腕を折ろうとし、キリシュエータ殿下に窘められた。

 そこはかとなく流れる噂は、どれもこれも「ティナンが見習いを嫌っている」という類のものに他ならない。


では、今フィルドが目にした光景は何であろう。

馬房の裏で休憩時間に見習いがへばっているのは良く見る光景のひとつ。だが、そのへばっている見習いの体勢に合わせてかがみこみ、その前髪をかきあげて、頬に触れ、眦に、頬に、まるで愛しむように唇で触れるティナンの光景は?


――いじめの一種。

ふと、フィルド・バネットの脳裏に浮かび上がった単語は、咄嗟に自分自身で打ち消す。

唇で触れることが嫌がらせって、そんな馬鹿なことをする――って、マテ、ソレは自分がすでにやった。

 確かに間違いなく嫌がらせとて。

ついで口止めとして。

ならばやはり、第三隊騎士団長ティナンが今やった行動は一種の虐めの延長か?


本当に? 

相手の意識がほぼ無いような状態でそんなことをして、本当に嫌がらせになるのか?


ばくばくと鼓動する心臓を宥める為に、フィルドは思わず自分の胸に手を当てた。

そうして何とか口を開こうとすれば、何故か喉がからからに渇くようで舌の動きが鈍い。

ティナンはそんなフィルドの様子に、すっと、いっそ優雅な身のこなしで立ち上がり冷笑を浮かべて見せた。

「どうかしましたか」

更に問われ、フィルドはもつれる舌を駆使して、かろうじて「いえ、あの……」と言葉を口にし、意気地の無い自分に嫌気を覚え、思い切るように勢いにまかせて言葉を口に載せた。

「アイギル、調子悪いんですか?」

見なかったことにする。

とりあえず今のことには触れない。

――へたれと言われても言い返せない。

「疲れて寝ているだけですよ。無理ばかりするから」

その口調は、穏やかだった。

訓練の時に見せるとげとげしさや激しさなど一切なく、柔らかさまでのぞかせる。だが、その全てを、フィルドへと向ける眼差しの鋭さが裏切っていた。

 まるで威嚇、もしくは見下してでもいるように。

フィルドは手の中、軟膏の入った携帯ケースをぎゅっと強く握りこみ、一歩更に近づいた。耳鳴りがするような、奇妙な緊張に本能が近づくなと警鐘を鳴らし続けているのを無視して。


――今、キスしていませんでしたか?


 それは嫌がらせですか?

それとも。

不自然に喉の奥に唾液が溜まり、フィルドは引きつった笑みを浮かべた。

男を好きだとか阿呆な人間が自分以外にいることは知っている。ルディ・アイギルと関わりにあったのはまさしくそれが原因だ。

 だが、まさか、そんな訳は、無いだろう。

浮かんでしまう思いを何度も打ち消して、打ち消して。

しかし、フィルドはそれでも再び浮かび上がってきてしまう事柄を――無視できなくなってしまった。


「黒い柄の、実用的な……短剣を拾ったんですが」

 声が震えないようにするのがやっとだった。

「ご存知じゃありませんか?」

 まるで自分の口から出されたのではないかのようなその声に、問いかけを向けられたティナンは面白いことを聞いたというように微笑んだ。

 口の端を引き上げる、冷笑。

「目障りな害虫への警告で投げつけたかもしれませんね。けれどそんな害虫の手が触れたような穢れたものはもう必要が無い。屑入れにでも放り込んでおいて下さい」

 聞きたかったのか、聞きたくなかったか理解不能の返答に血の気が引くのを感じたころあいに「よーお」と暢気な声がその場の緊張を一気に叩き潰した。

「何してんの、あんたら?」


何しているか?

それは、こちらが聞きたい。


***


デコピンで目が覚めた。

まぁ、いい。いい夢を見たから。デコピンで起こされたことは大目にみよう。

ルディエラはゆで卵――「って、半熟卵だし! もぉ、ふくちょーってば今度はちゃんと固ゆで卵にして下さいね」にかぷりとかじりついて不満を漏らすと、さらにデコピンがとんだ。

「何度も俺にメシを持って来させる気か、おめぇはっ」

「いや、そういうつもりじゃないですけど……たた、今度そういう機会があった時は、ぜひとも固ゆで卵にして下さいねっていう、可愛いおねがいじゃないですか」

「可愛くねぇっつうの」

 ベイゼルとのいつものやり取りの中、ルディエラは何故か一緒に卵の殻をむいているフィルドへと視線を向けた。

「フィルドさんだって卵は固ゆでのほうがいいですよね」

「……」

 問いかけてはみたものの、ゆで卵をぱりぱりとむいているフィルドは、すでに卵むき職人だった。


「……」


ぱりぱり、ぺりぺり。


 卵を三つ頼んだルディエラだが、ベイゼルは面倒だったのか籠の中にハムを挟んだパンを幾つかと、どこからくすねて来たのかワインの入った皮袋。ついでこんもりと一山になった幾つものゆで卵を運んで来た。

 そんな訳で、男二人とルディエラという面子で卵をむいている。


フィルドはひとつむくと、何も考えていない様子ですいっとそのつるんとむけた卵をルディエラに差し出し、ルディエラは驚きつつもそれを受け取った。


ぱりぱり、むきむき。


「……フィルドさん?」


 魂無くなっていませんか?

ルディエラは自分の食べかけの卵と、受け取ったばかりのつるりとした卵とを見比べ、新しい卵をベイゼルへと差し出した。

確かにゆで卵は大好きだが、すでに五つ食べている。

さすがにちょっと食べすぎ。


「ベイゼル副長」

「ん?」

 ベイゼルは受け取った卵に塩をかけながら片眉を跳ね上げた。まさか「おまえにあげたんじゃねぇよ」と言われる訳じゃねぇよな、と思えば、フィルドは視線をあげずに卵をひたすら見つめ、ぱりぱりと相変わらず一心不乱に殻をむきながら口を開いた。


「私の部屋に、短剣が二本あるんです。あとで預けますから――ティナン隊長に返しておいて下さい」

捨てておけと言われたことは無視する。

無視して、あえて短剣をつき返すことである種の意味合いをもたせるつもりだ。

「うへぇぇ。面倒事に俺巻き込まんでくんない?」

 ティナン隊長、という名前にルディエラがぴくんっと反応した。

「隊長の短剣? ああ、そういえば最近隊長違うの持ってましたね。何ならぼくが渡しておきましょうか?」

 先ほどの夢見が良い為、今なら近づいても大丈夫な気すらしているルディエラがにっこりと笑って提案してみたが、フィルドはふいっと視線をあげた。


「おまえはいい。おまえは――あんなヤツに近づくなよ」


 淡々とむけられる視線と言葉に、ルディエラはきょとんと瞳を瞬いた。

「あ、フィルドさんってば隊長のこと誤解してるでしょう? フィルドさんも結構きつく訓練受けてますもんね。

 隊長は訓練の時は容赦ないし、厳しいし、怖いですけど。でも、本当はすっごくいい人なんですよ? ただ、お仕事に真面目なだけで」

「違うね。ああいうのはサディストって言うんだ。他人を痛めつけて性的快楽を得るド変態」

「ちょっ、なんて酷いこと言うんですかっ。隊長だって好きでやってる訳じゃないですよっ」

 よりにもよって愛する兄を変態などと呼ばれたルディエラはムキになって唇を尖らせた。


「隊長は本当はすっごく優しいんですっ」

「普段のあの人を知ってるのか?」

 淡々とした切り替えに、ルディエラはぐっと言葉を詰まらせた。


――勿論、普段のティナンのことは十分すぎる程に知っている。

久しぶりに会えばぎゅっと抱きしめてくれるし、頭をなでてくれるし、お土産だっていっぱいくれる。

兄達の中でも一番優しい兄だ。

だが、ここは騎士団である。

 そんな兄のことを吹聴できる訳もない。

自分とティナンはまったくの他人なのだ。

 わたわたとあわてたルディエラは、ほんの少し頬を染めながらぶんぶんと首を振った。

「そりゃ、そんな詳しく知ってる訳じゃないですけど……でも、隊長、本当に悪い人じゃないですよ」

「おまえ絶対に騙されてる。あれだけ毎日叩きのめされてるくせに、どこをどうしたらいい人だなんて思えるんだ? 冷静になれよ」

「だーかーら。どうして隊長を悪く言うんですかっ」

「それは、それ……とにかく! あの人は絶対におかしいっ」 

「酷いこと言わないで下さい! 隊長は素晴らしい人ですよっ。もぉっ、フィルドさんなんか嫌いですっ」

 せつせつとティナン隊長を擁護するルディエラと、その言葉に傷ついたように顔をしかめるフィルドを生温かな眼差しで見ながら、


「……もう、なんなのこの面倒くさいかんじー、ホント勘弁してー」

と、ベイゼルはぐったりとゆで卵を咀嚼し、喉に詰まらせた。






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