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王道で行こう!  作者: たまさ。
不協和音
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その2

ことりと朝食用のプレートをテーブルに置きながら、ルディエラは眉を潜めて溜息を吐き出した。

朝から無駄に元気のいいルディエラらしからぬ様子に、ベイゼルはパンにオイルをひたしながら片眉を跳ね上げる。

目覚めた時から元気丸出し馬鹿娘は、自室から食堂へと至る間でいったい何があったというのだろうか。

「なんだよ、朝一で着替えがどうたらって元気に暴れていたヤツが、何、突然不景気なツラさらしてどした?」

 言葉で促してからベイゼルはハっと息を飲み込んだ。


まさか、アレか?

オンナノコには月に一度訪れるというお客様がいらしたとかいう話か?

やべぇ、オレまずいこと聞いたか?


本気で焦ったベイゼルだったが、幸いその下世話な勘ぐり――むしろ下衆の勘ぐりは杞憂に終わった。

「さっき、廊下でフィルドさんに会ったんです」

 ルディエラは言いながら更に顔をしかめ、ベイゼルの前の席につき、プレートの上の丸パンをぱふりとふたつに割った。

 二つにしたもの片方を更に二つに、そして更に――ぱふりぱふりと割っていたパンは、なんだか不味そうな欠片の山に変化した。

「なんだ、フォードと喧嘩か?」

 ルディエラはフィルドとはすでに「仲良し」だとアピールしているが、果たしてルディエラとフィルドが仲良しこよしには到底見えない。

 心配して損した、とばかりに食事を再開したベイゼルの前で、細切れとなったパンをぽいぽいと口の中に放り込みつつ、ルディエラは眉根を寄せた。


「ぼく普通におはようございますって挨拶したんです」

「で?」

「そしたら、フィルドさんってば悲鳴あげて逃げてったんですよ。ぼく何かした覚えないのにっ。まるで害虫でも見るみたいにっ」


――害虫かどうかは知らないが、疫病神がどんな姿をしているのかと問われれば、ベイゼルは即答でオレンジ頭のクソガキだろうと答えるだろう。

 にこにこ笑顔で厄介ごとしか運んで来ない。

まさに疫病神の体現といえる。


「うわぁぁぁって。凄い声で。もしかしてぼくって嫌われてるんでしょうか」

「ま、ここは別に仲良しクラブじゃねぇしいいんじゃね?」

「そりゃ、そうですけど。ぼくってば来月になったら第二隊に移動な訳じゃないですか。できれば第二隊の人とは仲良くしたいです」

 細かくしたパンを食べ終えたルディエラは悲しそうに息をつくと、ふと思い出すように顔に掛かる髪を、ついっと引っ張った。

 すでに肩口で切られてから二月、伸びた髪が鬱陶しいのだろう。

「最近は仲良くやれてたと思うんですけどね。ほんと、ぼく何か悪いことしちゃったかなぁ」

 つんつんつと髪を引っ張りながら落ち込むように言うルディエラに、ベイゼルはがしがしと自分の前髪をかきあげた。


「気にすんなっつうの」


***


 突きかかる剣先を自らの剣の中途で受け止め、そのまま流すように左足を軸にして身をかわす。

 ベイゼルが選んでくれた新しい剣は、はじめのうちこそ重さが気に掛かったものだが、二日も使えばルディエラの手にしっかりと馴染んだ。

 第一撃を避けたところで、すぐさま二撃が向けられる。

それは予想通りの動きで、ルディエラは口元を緩めその攻撃を跳ね上げて相手の懐へと身を沈めた。

 内側から掬いあげるように細剣を跳ね上げ、胴へと細剣をたたきつけようとした途端、相手の剣柄がルディエラの横腹を打った。

「っっ」

「甘いっ」

 一瞬息すらできなくなる痛みにルディエラはがくりとその場で膝をつき、もっていた剣をその場に取り落とした。

耳にドクドクと激しく入り込む音が、どこから聞こえてくる雑音であるのかも理解できずにへたり込む。視界にもやがかかるような感覚と一瞬の酸欠が思考能力を奪おうとする。

 崩れたルディエラの腕を無遠慮に引き上げ、ティナンは利き腕で持つ剣をするりと鞘へと戻した。

「ベイ」

「へーい」

「後は任せた」

 その言葉にベイゼルが肩をすくめ、ルディエラを引き取ろうと手を伸ばしたが――ティナンは厳しい表情のままルディエラの体を抱えなおした。

「って、任せたってココ?」

 ベイゼルは大げさな仕草で中庭にいる隊員達を示して見せた。

「おまえは最近見習いの世話といってさぼりすぎです。医務室に行ったら戻ってこない、武器庫に行けば遊んでいる」

 ティナンは冷たく言い切ると、痛みに唇を噛んでいるルディエラを抱いたまま身を翻した。

「隊長、ぼく、平気、ですから」

「うるさい。役立たず」

 さらりと言われた言葉に、ルディエラは泣きそうな顔をした。事実だと理解していても、敬愛する兄に言われるときつすぎる。


――違う。兄さまじゃない……兄さまだなんて、思ってはいけない。


 ルディエラは自分の中の考えを更に上塗りさせながら、ぐっと奥歯に力を込めた。

自分を支えているのは、兄ではなくて「隊長」だ。

 幾度も幾度も自分の意識の中に刷り込ませているというのに、自分は未だにそれを納得しようとしていない。

 兄だなどと甘えるな!

 脆弱な自分を叱咤しながら、ルディエラはティナンの腕を逃れて、ぐっとその二の腕を拒むように押した。

「自分は平気です。ご指導ありがとうございます」

 腹部の痛みはあろうとも、だからといって医務室に行く程ではない。ルディエラは拳を握り締め、更に一歩ティナンから離れた。

「訓練に戻ります」


――かっこよく決めたつもりであったが、休憩時間になった途端、ルディエラは地面になついた。

「医務室行くか?」

 自分の剣の柄頭をとんとんっと叩きながら言うベイゼルは、口元をにやにやと動かしているが、生憎とへたり込んでいるルディエラにはベイゼルが面白がっている顔すら見えていなかった。

「それは平気です……少し休めば」

 医務室に行く程のことでもないだろう。よれよれと立ち上がるルディエラの頼りなさに、ベイゼルは呆れた様子で肩をすくめた。

「しゃあねぇな、昼は何か食うか? 適当に見繕って来てやるから、いつものように馬房の裏で伸びてろよ」

「ふくちょー」

「ん?」

「お肉挟んだパンがいいです。あとゆで卵三つ」

「おまえ、ばててる癖に意外にしっかり食うな?」

 ゆで卵は基本ですっ。

素晴らしい筋肉の為の第一歩。ルディエラの戯言(たわごと)を耳をほじりながら「へいへい」とやり過ごし、ベイゼルは背を向け、ルディエラはよれよれと言われた通りに馬房のほうへと歩いて――馬房の壁になつくようにずるずるとしゃがみこんだ。


 平気だとティナンに言ったものの、痛みが少しきつい。

「もう、容赦ないんだからなー」

 乾いた笑いで言いながら目を閉ざしたルディエラは軽い睡魔に身をゆだね、ふっと前髪をかきあげられる感触にぼんやりと視線をあげた。

びくんっと身がすくんだのは、目の前にティナンがいた為だ。

クインザムと良く似た面立ちだが、未だ年若く、騎士団長の隊服を着ている。間違いなくティナンだ。

――いや、夢……夢?

 地面に膝をつき、覗き込んでいるティナンは、痛ましいような眼差しで、吐息を落とした。

 鬼隊長ではなく、兄の顔で。

「痛むかい?」

「……」

「ごめんね。おまえの動きが思いのほか良すぎて、加減を忘れてしまった――」


 なんだ、夢だ。

ルディエラはうつろな瞳をまた閉ざし、馬房の壁に頭を預けた。

今のティナンがこんなに優しい筈は無い。自分は女装もしていないし、ここは隊舎だし。ならばこれは「夢か……」かすれるように呟いた言葉に、ティナンの苦笑が落ちる。

「夢かな」

 ほら、夢だって。

当人も言っている。

 ティナンの手が――白手に包まれてもいない指先がルディエラの前髪をかきあげ、そのまま頬をなぞる。

 優しく温かな手の動きに、鼻の奥がつんと痛んだ。

「兄さまの、ばか」

「だねぇ、ぼくもそう思う」

「兄さま嫌い」

「……それはちょっと酷い」

 ティナンの親指の腹が、頬を強くなぞる。その感触がくすぐったくて身じろぎすると、今度は瞼に柔らかな吐息が触れた。

「ごめんね」

 子供の頃のように、瞼に、頬に優しく落ちる唇に消え入るような笑みを零し、幸せな気持ちで更に深い場所にこてりと落ちた。


***


――だから、これは他意はない。

フィルド・バネットは顔をしかめつつ、先ほどクロレルから貰った携帯用の軟膏を手にゆっくりとした歩調で歩いていた。

ものすごく、足が重い。

午前中の訓練で腹部を殴打されたのは、別にルディ・アイギルだけではない。他にも怪我をしたものはいるし、医務室に担ぎ込まれたものもいる。

だから、これは日常風景であって気にかけることでは勿論無い。

何と言っても、今朝などはあのクソガキをきちんと無視できたのだから、わざわざ自分で近づくなど馬鹿げている。止めるべきだ。

 これからの平和で平穏で極一般的な華々しい人生の為にも、自分の視界からあの小僧を一切排除するべきなのだ。

 二十歳の半ばには可愛らしい花嫁を――もちろん、笑顔の可愛い普通のオンナノコの花嫁をもらい、男の子を二人、女の子を一人作り上げ、人が羨むような幸せ家庭を築く!

 あれは悪魔だ。男など論外だっ。

などと何度も自分に言い聞かせているというのに、フィルドは眉間にくっきりと皺を作り、足音も高く馬房の裏手に回ろうとしていた足が、ぴたりと止まった。

 慌てて壁に張り付くようにして、そろそろと顔だけをだしてそっと覗き込んだ先――


 フィルドは鉛を押し付けられたような感覚を覚えて拳を握り締めた。

馬房の壁に背をあずけて、だらしなく座るルディ・アイギルの前に第三隊隊長がしゃがみこんでいる。

 咄嗟に、また虐められているのかとイヤな気持ちが沸きあがったものが、次の瞬間には違うものに変化した。


 ティナンの手が目を閉ざしたままの見習いの髪にふれ、頬にふれ、その唇が――瞼に触れ、頬に触れた。


ドクドクと血が逆流する感覚を覚え、気配を殺すことも忘れて一歩踏み出せば、フィルドの存在に気づいたティナンはゆっくりと身を起こし、冷たい眼差しでフィルドを見返し、微笑した。


「なにか?」


なにか……――何か?

そもそも、今のはいったい何だ?



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