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王道で行こう!  作者: たまさ。
にんじんとトウモロコシの髭
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その4

 首の下で、髪が揺れる。

切れ味のよい細剣でさくりと切られた髪はがたがたで長さも違う。

整えろといわれたところで、ただ心がすでに折れそうな程空虚だ。

 泣きたい気持ちはあるのに、けれど涙は出で来なかった。


 この髪が綺麗だと褒めてくれた兄。

優しく手櫛でかきあげてくれた兄。

額にキスをしてくれた兄。

その兄が、まるきりの他人のように冷たい眼差しを向け、ルディの髪を無残に切り落とした。


――嫌われるどころでない。


 もしかして憎まれているのかもしれない。

自分の仕出かしたことでそんなに兄に不快を与えるなどと思ってもみなかった。

ルディはゆっくりと喘ぐように浅い呼吸を繰り返し、自分を励ました。「立て――とりあえず今は」二本の足で立っていろ。

 自分は騎士団顧問エリックの娘――いや、末の息子だ。


 言われたように二枚扉の執務室の前の廊下で静かに兄を――騎士団第三隊隊長を持ち、彼がやっと出てくるとふかぶかと頭を下げる。

 その時無意識に見たティナンの手に、結い紐で結ばれた髪は無かった。

執務室のゴミ箱にでも捨てられたのかもしれないと思うと、喉の奥から何かがずぐずぐと競りあがるような気がして、慌てて唇を引き結んだ。

「ついて来なさい」

 冷たい口調のまま言われ、ただ静かにつき従う。

そうしなければ、口元は戦慄き熱い目頭から涙が零れ落ちそうだった。


 兄さま……――

ごめんなさい。

心の中で謝ることしかできない。もう兄でも妹でもないと言われてしまった。

 そうまでして騎士になりたかったのかと問われれば、ルディはもう応えることができない。

 後悔なんてしないなんて……嘘だ。


「隊服は後で部屋に届けるようにしておきます。部屋は二人部屋――同室のベイゼル・エージは第三師団の副長を務めている男だ。あとのことはその男に聞きなさい」

「はい」

 かすれるような声でかろうじて応えることができた。

 官舎から寄宿舎へと移動し、二階にある一室の扉を叩く。

中から出てきた男はティナンの姿を見て瞳を瞬いた。

ティナンよりも幾分身長の高い黒髪の青年は、濡れた髪をタオルでかきまわしながら片眉を跳ね上げる。


「なに? 俺なんかヘマでもしましたかね?」

「今日から一月、第三師団の見習いとして入りましたルディ・アイギルです」

 アイギルは親類の叔母の姓。

その名を告げられ、ルディはぎゅっと拳を掴んだ。

 淡々としたティナンからの紹介に、ベイゼルの瞳がはじめてティナンの背後に立つ小柄なルディを認めた。

「この時期に? なによ、その人事は」

「殿下の指示ですので甘受なさい」

 その口調はどこまでも冷たく、この人事に不満があるのだと隠そうともしない。

「あなたの部屋は余裕があるでしょう。同室として面倒をみて下さい」

「って、えええっ、マジすか? ってかなんで?

新入りなんだから4人部屋とかに放り込んでよっ」

「おまえは二人部屋を一人で使っているのだから文句は言わないように」

 アイギル、入りなさい。

片手で押し込むようにルディを放り込み、逆に副官の肩口を引き寄せて引っ張り出すと扉を閉ざした。


「なに、なんなのコレ」

 不服そうに胡乱に見上げてくる副官に、ティナンは襟首あたりを引っつかみ廊下の隅へと連れていくと、今度は襟首を掴みあげた。

「ベイ、あの子のことは頼みましたよ!」

 低く抑えた声は先ほどとはまた違う。

切羽詰るかのような上官の言葉に、ベイゼルは目を白黒させた。

「な、なによ?」

「手を出したら殺しますから」

「はぁ? いくら可愛くても俺そっちの趣味ないよ」

キモチ悪い。

あからさまに顔を顰めて見せる相手をぎりぎりと締め上げ、ティナンは真顔で言った。


「いいですか? 絶対に手を出さないで下さいよ。着替えを覗くのも駄目です。風呂場では見張りくらいやりなさい。他の男にべたべた触らせるな」

「……えっと……隊長の、恋人?」

 まさかの隊長ってば、そっちの趣味?

 目をむいて言う副官ににっこりと微笑みかけ、とりあえず殴った。

中指の骨がしっかりと当たるように。

「うちの可愛い妹です!」

「はぁ?」

「殿下の気まぐれで騎士団に入れましたけれど、男で通しますから。

絶対に、絶対にヘタなマネしないで下さいよっ」

「隊長が面倒みればいいでしょうが!」

「ぼくとは一切かかわりが無いということで通しますから。名前もかえているし」

「――なんか面倒くさいんだけど」

「あの子にも自分とはかかわりなど一切無い、男で通せと言ってあります。あなたも女であることなどそ知らぬフリで相手をして下さい」

「……ほんと面倒臭いんだけど」

 そもそも俺、女好きなんだけど。とぼそりという副官に、ティナンは笑いかけた。

「あなたのあれやこれやを大目にみてきたぼくを敵にまわすつもりは無いでしょう?」

「そりゃ、まぁ……」

「ですよね。うちの可愛いルディに悪さなぞしようものなら、真面目に降格の挙句どっかの僻地に飛ばしますから。

 崖の警備に行かせてそのまま蹴落としますよ? 南方砦の鐘楼から蹴倒しますよ!」


――すっげぇめんどい。


 ベイゼルは心底からいやな気持ちになったが、ある程度自分の主張を告げると、彼の上官はやっと息をついた。


「他の人間にばらさないように!」


ばらすもナニも……頼むから面倒ごとに巻き込んでくれるなよ。

ベイゼルはやっと開放された首元をさすりながら薄暗い天井を見上げた。


めんどくせぇ。


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